「水産王国えひめ」、北米バイヤー招聘で見えた魅力と課題、挑戦
2025年3月3日
「愛媛」と聞くと、まず、ミカンや今治タオルを連想するかもしれないが、全国有数の水産王国でもある。令和6(2024)年度「えひめの水産統計」によると、魚類養殖生産量は45年連続で全国第1位、マダイ養殖生産量も33年連続第1位を誇る。養殖魚の品種別生産量〔令和4(2022)年度〕でみると、愛媛県は、マダイの日本国内シェアが57%(生産量3万8,604トン、1位)と圧倒的なシェアを誇り、ブリ類が15%(1万7,091トン、2位)、ヒラメが15%(269トン、3位)、マアジが21%(114トン、2位)、真珠が32%(4,058キログラム、2位)など、他の多くの品種でも国内トップレベルのシェアを有している。
東京電力福島第1原子力発電所のALPS処理水の海洋放出を受け、一部の国・地域による輸入停止の影響を受ける中、ジェトロは、米国コロラド州デンバーでの水産品試食商談会(2024年10月15日付ビジネス短信参照)や、ハワイのシェフを招聘(しょうへい)した試食商談会(2024年10月25日付ビジネス短信参照)などを実施し、米国をはじめとする新規・代替市場の販路開拓に取り組んできた。さらに、2025年1月には米国、カナダのディストリビューター(卸業者)のバイヤー計3人を招聘し、企業訪問や試食商談会を実施した。本稿では、この招聘プログラムの中で見えた愛媛企業の取り組みや挑戦を追う。
サステナブルな水産業に向けて―養殖場の訪問―
招聘プログラムの中では、ミカンの皮の成分をエサに混ぜて育て、養殖魚特有の臭みを軽減した「みかんブリ」や「みかん鯛(たい)」の販売を手掛ける宇和島プロジェクトを訪問した。同社が養殖魚を仕入れる中田水産の養殖場では、約7万尾のみかん鯛を養殖しており、イワシや魚粉、ミカンの皮を混ぜた餌を自社で生産することで、原材料から生産の追跡を可能とし、トレーサビリティーを確保している。使うミカンの皮を検討した際には、10種類ほどのミカンを比較して研究した結果、伊予柑(いよかん)が餌に混ぜ込む成分として最も適していることが分かったという。かんきつ王国でもある愛媛県は、廃棄されるミカンの皮を生かしたサステナブルシーフードのストーリー性や、かんきつ類の香りがするみかんブリ、みかん鯛が海外からも注目されている。製品そのものの魅力に加え、その鮮度を保ったまま海外の顧客に届けることにもこだわっている。早朝に水揚げした魚は2時間後に加工、翌日には豊洲市場に到着し、海外へ出荷されているそうだ。



(ジェトロ撮影)
多様なニーズに適用する愛媛企業の挑戦―試食商談会―
試食商談会に参加した秀長水産は、鮮魚や活魚の加工製造・販売などを行っており、ジェトロの商談会をはじめ、海外バイヤーとの商談で得たバイヤーのニーズを踏まえ、新規商品開発を進めている。普段から魚を食べるわけではない北米の人に向けて商品開発する際は、煮付けのような日本人好みの魚料理よりも、骨がなく食べやすいフライのような料理が好まれる傾向にあることに着目した。社内ではよく「中学生男子の好み」に合わせることをイメージしていると、同社の海外営業課長の濵田城氏は述べる。同社はマダイのかま(注2)の揚げ物を今回の商談会に持参した。メイン商品のフィレ(注3)を製造した後に廃棄されてしまう部分のかまを商品化することで、廃棄に費用がかかるという課題を解決することができる。この揚げ物は調理方法が簡単で、過去の海外バイヤーとの商談会でもサクサクとした食感が高い評価だった。今回商談した米国バイヤーからも、骨付きの魚に抵抗を感じる人が多いが、骨の間の身が魚の部位の中でもおいしい部分なので、文化の違いを克服すべく試してみたいといった声があった。




(ジェトロ撮影)
この商談会は、漁業・養殖業が盛んな宇和島市と松山市でそれぞれ開催し、愛媛県内の水産品と水産加工品を取り扱う計12の企業などが参加した。参加した愛媛県立宇和島水産高校は校内に養殖場や加工場を有し、米国への輸出や現地でのプロモーションまで一貫して取り組んでいる。生徒による英語での商品紹介に対して、バイヤーからは、「商品の背景にストーリーがあると、消費者の心をつかむことができる。カナダの高校とも交流し、ランチとして同校の缶詰を販売できないか」「缶詰製品にミカンを入れて、ミカン風味の缶詰ができたら面白いのではないか」といった声が聞かれた。水産品のみならず、だしや、かまぼこの製造・販売を行う企業も参加し、賞味期限や供給方法(冷凍、パウダー状、レトルトなど)、食べ方や原料などに関する質問や提案が飛び交った。
北米の水産バイヤーから見た「水産王国えひめ」の魅力と課題
「水産王国の愛媛県の魅力は、生息する漁場の恵まれた地理的環境にあり、サステナビリティーや海外展開の取り組みを積極的に進めようとしている事業者が多いことも魅力だ」と、愛媛を今回訪れたディストリビューターのウオガシ・グローバル・イノベーションの最高経営責任者(CEO)である百瀬慶広氏は話す。「われわれバイヤーは、似たような商品でおいしいものは他県や他国でもいろいろ知っているので、同様のものであれば安い方を選ぶが、コンセプトや味がオンリーワンであれば多少高くても買いたい。オンリーワンの商品開発を続ければ、事業者にも若手人材が集まりやすくなると思うし、若い力が柔軟な発想で新しい商品を開発するような良いサイクルが生み出せると面白い」と述べた。
海水温の上昇の影響を受けた生産量減少や人手不足、それに加え、最近懸念となっている米国のトランプ政権による関税政策など、生産者にはさまざまな問題が立ちはだかる。2025年1月には、愛媛県産の養殖スマのブランド「媛スマ」の養殖で最大手の業者が2024年に撤退したことで、2024年度の出荷量が大きく割り込んだがその理由は餌代の高騰と種苗(注4)の生存率の低下にあったという。しかし、一方で、最新の人工知能(AI)を活用した給餌システムでマダイに餌を与えることで、労働負荷の削減と餌の最適化などの課題解決に取り組む企業もある(2024年2月9日付ビジネス短信参照)。新たな挑戦に取り組む中で、若手や外国人材が即戦力という事業者も多い。宇和島水産高校も海外でマグロの解体ショーを行うなど、海外での活躍の場があることも若年層にとっての魅力だ。
愛媛には味、食感のみならず、商品の裏にあるストーリーやコンセプトなど、こだわりが詰まった誇るべき水産品・水産加工品が多くある。環境や人材不足などの外的な課題とうまく向き合いつつ、オンリーワンの商品をいかに海外マーケットに届けていくのか、「水産王国えひめ」の挑戦は続く。


(ジェトロ撮影)
- 注1:
- 即死させ、しっかり血抜きする作業に加え、ワイヤー状の専用器具を使い、魚の中骨上部に沿って走っている神経束(脊髄)を破壊する方法。従来の方法で締めた魚に比べ、鮮度が長続きする。
- 注2:
- 魚のえらの下の、胸ビレのついている部分。
- 注3:
- 丸一匹の魚から、頭、えら、内臓、ヒレ、中骨、尾を取り除いた状態で、いわゆる「3枚おろし」の身の部分。
- 注4:
- 栽培・増養殖漁業のために人工生産又は天然採捕した水産動植物の稚魚・稚貝等の総称。

- 執筆者紹介
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ジェトロ愛媛
数実 奈々(かずみ なな) - 2021年、ジェトロ入構。ビジネス展開・人材支援部新興国ビジネス開発課、海外展開支援部フロンティア開拓課、ジェトロ・アクラ事務所を経て現職。