新興企業支援政策
フランスのイノベーション・エコシステム(1)

2025年11月18日

フランスのスタートアップ振興政策であるフレンチテック(La French Tech)発足後10年が経過し、イノベーション創出をめぐって各国が政策競争でしのぎを削る中、フランスは独自のイニシアチブで急速に発展を遂げてきた。本連載では、フランスのスタートアップ・エコシステムの強みを取り上げた過去のレポート(2019年8月15日付2019年10月3日付地域・分析レポート参照)を基盤としつつ、最新のフランス政府の新しい動きや企業の取り組みを交えながら、エコシステムの現状をアップデートする。また、フレンチテックのこれまでの成果や抱える課題、産官学の連携、予見可能性が低い世界情勢を踏まえたフランスの国家戦略を紹介する。1回目の本稿では、フレンチテックのこれまでの成果と制度の進化を取り上げる。

フレンチテックの目覚ましい成果

2013年にスタートアップ支援の国家プロジェクトとして始まった「フレンチテック」は、フランス発スタートアップの国際展開の支援やブランド力強化を目的として発展してきた。この象徴的な施策の結果、スタートアップ数、スタートアップ関連雇用・売上高成長率の増加をはじめ、多くのユニコーン企業(注)誕生など顕著な成果が見られた。具体的には、フランスデジタルの2024年時点のデータによると、スタートアップ数は1万5,000社で、前年比3,500社増だった。エコシステム全体が生み出す雇用は130万人超に至り、直近12カ月で創出した新たな雇用は20万人、2022~2023年のスタートアップの売上高成長率は27%だった。その勢いを示すかのように、米国・ラスベガスで開催される世界最大級のテクノロジー展示会CES(2025年1月8日付ビジネス短信参照)には、2024年、2025年ともにフランスから欧州最大規模の100社超のスタートアップが参加した。フランスのユニコーン企業数は2015~2025年の10年間で、2社から34社に急速に増えた。フランス政府は2019年に設定していた「2025年までにユニコーン企業を25社創出する」という目標を2022年1月に前倒しで達成し、2023年1月には、2030年までに100社創出という新たな野心的な目標を掲げるに至っている。

成長株企業のラベル認定制度と充実した支援策

フレンチテックは2019年、「ネクスト40/フレンチテック120」という成長が見込まれる企業を網羅した2種類のラベル認定制度を開始し、毎年スタートアップの選出結果を公表している。選出された120社のスタートアップは1年間にわたり、行政・公的機関など60のパートナー機関から、資金支援、海外市場開拓支援、雇用、実証などのサービスを優先的に受けることができる。近年、制度が変更され、対象企業は創業20年以内、かつ未上場・非買収の企業と明記され、選定基準は「ポテンシャル」から「価値創造および成長性」へとシフトした。具体的には、従来の直近3カ年の資金調達額(「投資家からの信頼」の指標)に加え、売上高および売上成長率(「顧客からの信頼」の指標)が対象となった。ユニコーン企業も例外なく応募・審査が必要となり、自動選出制度を廃止するなど、エコシステムの成熟に伴い、企業の収益力を反映したバランスの良い要件へと変更を図った。

また、社会や環境へのインパクトを考慮した指標(カーボンフットプリントの開示やジェンダー指数など)を導入し、政府が重要視する、持続可能な開発目標(SDGs)に関連する価値指標も評価項目に組み込んだ。同ラベリング制度は、これら客観的な指標に基づいて選定が行われ、毎年スタートアップの入れ替わりがあることが特徴で、その時々で勢いのある新興企業を見つけ出す分かりやすい目印となっている。2025年の「ネクスト40/フレンチテック120」に選ばれた企業の直近1年の平均売上成長率は27%で、2024年の総売上額は100億ユーロにのぼる。選出スタートアップのうち、93%が既に海外展開を行っており、売り上げの35%を海外市場から獲得している。ネクスト40企業の4分の1は、海外売上高が全体の50%以上を占める。海外展開国の内訳を見ると、選出企業の20社以上がビジネス展開する10カ国のうち7カ国が欧州諸国で、今回の新たな選出企業群は特に欧州市場において高い国際競争力を持つことが明らかとなった。

さらに、資金面では、Bpiフランス(公的投資銀行)が、創業間もない起業家が資金の相談に行く公的な窓口金融機関として認識されている。同金融機関は創業後の第一歩を支え、企業の成長とイノベーション創出を下支えするエコシステムの中核的な役割を果たしている。現にフランスでは、2013~2021年に、スタートアップの約80%が直接あるいは間接的に同金融機関から資金調達を受けている。大規模言語モデル(LLM)による生成AI(人工知能)を開発するミストラルAI(Mistral AI)は、創業初期から同金融機関などから資金支援を受け、現在フランスで最も成功しているスタートアップの1社とみなされている。これに加え、同金融機関が民間ファンドにも投資をすることで、民間投資の呼び水としても波及効果を発揮している。

懸念点:レイタ―ステージにおける資金調達、収益性確保の両立

このように充実したフレンチテックの支援策や公的金融機関の支援のもと、ユニコーン創出が想定を超えるペースで進むなど順風満帆に見えるフランスのスタートアップ・エコシステムだが、懸念材料も指摘されている。英国のコンサルティング会社アーンスト・アンド・ヤング(EY)によると、フランスの2025年上半期のスタートアップによる資金調達額は、前年同期比で35%減の28億ユーロとなった。内訳を見ると、グロース向け投資資金の前年同期比87%減という数字は、ベンチャー向け投資資金の7%減を大きく上回っている。このことからも分かるように、スタートアップの初期成長フェーズでは、Bpiフランスによる直接・間接の資金提供や、ベンチャーキャピタル(VC)など民間からの投資が比較的充実している。しかし、規模を急速に拡大するスケールアップの段階において、多くのスタートアップが資金調達や収益性確保などの課題に直面する。その結果、事業継続が困難になり、破産に追い込まれるケースが観察される。

例えば、ミールワームを原料としたたんぱく質(昆虫食)を製造・販売する2011年創業のインセクト(Ynsect)は、Bpiフランスを通じた公的資金の支援も得て、5億7,000万ユーロの資金調達に成功した。一時期はユニコーンを達成した、といわれるなどスタートアップの成功例として扱われていたが、その後の拡大期において十分な資金を得られなかった。資金繰りが悪化して工場建設が遅れ、また昆虫食市場の需要低迷を背景に事業の収益化に失敗し、2025年2月に民事再生手続きを申請した。

AIを用いて人間の視覚を模倣した画像認識センサーを開発する2014年創業のプロフェシー(Prophesee)も、2024年10月に支払い不能と認定され、会社更生法の適用手続きの開始が決定した。同社は、2022年に5,000万ユーロの資金を得るなど、EUの中で最も資金調達に成功しているファブレス(自社で生産設備を持たない)半導体分野のスタートアップと見なされていた。2023年にはフレンチテック120に選出された。事業面でも、ソニーや英国半導体設計大手クアルコムと、スマートフォンなどのデバイスで次世代視覚体験を生み出すためのセンサー開発における技術提携を結び、多くの特許を保持し技術的には高評価を得ていた。しかし、技術検証や量産化までの道のりが長く、また研究開発費や人件費に対して売り上げが極めて低水準であったことで資金繰りの悪化を招いたと考えられる。ディープテック・スタートアップ特有の「長期的な研究開発サイクル」と「短期的な収益圧力」のギャップが、経営の持続性を損なう結果となったといえる。

研究開発への先行投資が必要なディープテック企業は、一般的にそのギャップに陥りがちだ。解決策としては、まず、研究開発を支える公的資金の供給をはじめ、ディープテックのテクノロジーが描く長期的なビジョンや社会的インパクトを支えるVCなど民間プレーヤーの投資環境の整備だ。また、知的財産の権利化やライセンシングなどによる収益化の促進が考えられる。フランスはこれら対策の強化に取り組んでおり、産官学の取り組みの稿でその実例を示す。

スタートアップのエグジットはM&Aが主流

フランスのレイターステージのスタートアップのエグジット傾向として、IPO(新規株式公開)ではなく、M&A(合併・買収)が4分の3以上を占めることが指摘されている。また、フランスではスタートアップの成長戦略として、早期にIPOを目指すよりも戦略的買収や技術提携によるスケールアップが現実的な選択肢となっている。ユニコーン企業による買収・提携の事例として、オンラインカーシェアリングサービスを提供するブラブラカー(BlaBlaCar)は、フランス国鉄SNCFのバス部門としてフランス国内および近隣諸国を結ぶウィバス(Ouibus)や、ロシア・東欧市場を中心としたバスチケット予約プラットフォームを運営するバスフォー(Busfor) などを買収している。複数の交通手段の連携を図るマルチモーダル化を目指す戦略で、欧州全体でのプレゼンスを強化した。

高級中古ファッションのマーケットプレースを運営するヴェスティエール・コレクティブ(Vestiaire Collective)は、2021年にグッチやサンローランなどの高級ブランドを傘下に持つケリング・グループから、戦略的出資とともに経営への直接関与を受けた。これにより技術革新やデータ活用などを進め、循環型ファッションを推進するビジョンをより迅速に打ち出している。同グループ傘下の英国アレクサンダー・マックイーンと中古商品の真贋(しんがん)・品質を認証する共同プログラムを実施するなど連携している。また、2022年には米国同業トレージー(Tradesy)の買収などを通じて、サステナブルファッションを追求する戦略で海外市場での成長を目指している。

このように戦略的買収や技術提携を進め、有望株とみなされているスタートアップがどのようなエグジット戦略を選択するかは注目が集まるところであるが、全体としてフランスのスタートアップがエグジットとしてM&Aを選好する傾向は、翻ると、国内のIPO市場の規模や流動性が限定的であることの顕れであると指摘されている。IPO市場の構造的な弱さは、欧州VCがファンド期間内でのリターン確保を重視し、時間とコストのかかるIPOよりM&Aによる早期回収を好む傾向を強めている。この結果、圧倒的な規模の資本市場を持つ米国での上場を検討するスタートアップが増え、スタートアップの国外流出を招くことが懸念されている。M&Aでは、技術や人材を獲得した大企業などが、自社の企業文化や戦略、限られた分野の中でサービスを展開することになる。一方、スタートアップがIPOでより大規模な資本を調達できるようになれば、株主や市場の制約を受けつつも、一定の独立性を保ちながら加速度的に成長することで業種・業界・国境を越えたサービス展開が可能となる。フランスのIPO市場の魅力向上は、スタートアップが社会的インパクトの大きい企業に成長するための不可欠な要素の1つといえよう。


注:
企業評価額が10億ドル以上、かつ設立10年以内の非上場ベンチャー企業の総称。
執筆者紹介
ジェトロイノベーション部スタートアップ課 課長代理
井上 尚貴(いのうえ なおき)
2014年、ジェトロ入構。農林水産・食品部 農林水産・食品事業推進課(2014年~2017年)、ジェトロ・ラバト事務所 海外実務研修(2017年~2018年)、企画部企画課(2018年~2021年)、ジェトロ・パリ事務所イノベーション分野担当(2021年~2025年10月)を経て現職。