フランスのスタートアップ・エコシステム発展の理由

2019年8月15日

世界中でスタートアップ・ハブを巡る政策競争が繰り広げられる中で、フランスのスタートアップ・エコシステムは、世界最大級のインキュベーション施設「ステーションF」やオープンイノベーションイベント「ビバ・テクノロジー(2019年5月27日付ビジネス短信参照)」が世界の耳目を集めるなど、短期間で急速に発展してきた。その背景・要因とその特徴を分析する。

豊富なスタートアップ支援機関

高い基礎研究のポテンシャルを持ちながら、産業界への成果移転が進まないことが課題であったフランスで、スタートアップのエコシステム形成の転機となったのは、公的研究機関・高等教育機関によるインキュベーション施設の設立や所属する研究者による起業を認めた1999年のイノベーション・研究法であった。制定以来、インキュベーション施設は官民それぞれの主導で設立され、アクセラレーターについても、2005年の米国でのYコンビネータの設立に刺激を受ける形で、2011年のル・キャンピング(現在はヌマに統合、2013年12月3日付ビジネス短信参照)の設立以降、急速に発展した。現在、インキュベーターとアクセラレーター(以下、支援機関)はフランス全土で300近くも存在するといわれる。パリのヌマ(Numa)のようにスタートアップの課題を熟知する起業家のほか、公的部門が主導する支援機関も多い点がフランスの大きな特徴である。エアバスが設立したビズ・ラブ(BizLab)や、クレディ・アグリコルが設立したビラージュ バイ クレディ・アグリコル(Village by CA)のように、大企業が主導する支援機関も多い。日本では技術を目利きできる人材が不足しているため資金の流れができにくいという課題があるが、フランスでは公的機関の研究者、大企業所属もしくは起業経験のあるエンジニアがその役割を担っている。加えて、人材の流動性が元来、高い社会であることもエコシステム形成に寄与した。

政府はシードマネーを提供、エコシステムを可視化・ブランド化

エコシステムの形成に当たっては、2013年始動の多岐にわたる公共政策群「フレンチ・テック」が果たした役割も大きい(表参照)。この中には、民間アクセラレーターの資本増強を目的とする2億ユーロの「アクセラレーション基金」の設立が含まれている。民間アクセラレーターへの公的資金の投入の是非は、各国で政策論争のテーマとなっているが、フランスでは同基金により2015年12月から2019年1月までに、デジタルやバイオなどの分野を中心に、16件の投資が実行されている(ITニュースサイト「ルモンド・アンフォマティック」2019年1月30日記事による)。その中には、ハードのものづくりに特化したユジーヌアイオー(Usine IO)への出資もある。起業家がアイデアを持ち込み、専門家が施設に常備されている設備・機械を使って試作品を製造し、市場投入までを支援する機関である。この政策は、スタートアップにとってハードルであるアーリーステージのシードマネーの提供の流れをつくることに貢献したとも評価されている。なお、2018年6月に政府は、ディープ・テック系のアーリーステージのスタートアップを支援する目的で、4億ユーロの新基金「フレンチ・テック・シード」の設立を発表したが、これはスタートアップに直接出資する点で、アクセラレーション基金とは異なる。

表:フレンチ・テックの概要
目的 内容
コミュニティーの形成
  • 2013年、国内13都市を「メトロポール・フレンチテック」として拠点化。さらに、これらの拠点とそれ以外の地方のクラスターなどを9つのテーマ別にネットワーク化。
  • 2019年4月、「コミュノテ・フレンチテック」38拠点、「キャピタル・フレンチテック」13拠点に再編。
スタートアップの成長促進
  • 2015年12月開設の2億ユーロの「アクセラレーション基金」により、民間アクセラレーターの資本を増強することで間接的にスタートアップを支援。
  • 認定したスタートアップに対し、複数の公的機関が資金面、海外プロモーション、輸出、市場投入まで1年間サポート。
  • ディープ・テック分野のスタートアップ支援。
スタートアップ・エコシステムの国際化
  • 1,500万ユーロの基金により、フランスのスタートアップの海外進出と、外国のスタートアップのフランスでの活動促進を支援。
  • 海外進出支援としては、海外へのPRツアー、海外進出スタートアップのための国際ハブ(2019年4月に48拠点に再編)など。
  • 外国スタートアップ呼び込みのため、選抜した海外起業家に対しフランスでの起業をパッケージで支援するとともに、海外の起業家、エンジニア、投資家のビザ取得を容易に。

出所:経済・財務省資料よりジェトロ作成


フレンチ・テックの赤い雄鶏のロゴ
(フレンチ・テック公式サイトより)

フレンチ・テック立ち上げ当初の最大の目的は、スタートアップ支援のコミュニティー形成であった。具体的には、起業家やスタートアップ支援に名乗りを上げるプレイヤー(投資家、支援機関、民間企業、プレスなど)に赤い雄鶏(おんどり)のロゴの使用を認め、フランスのスタートアップ・エコシステムを高度に可視化した。ロゴを使用するプレイヤーの増加に伴い、フレンチ・テックの知名度が内外で高まることも期待された。

また、国全体でスタートアップ・エコシステムの発展を目指すという目標を共有しつつも、フランス全土に13の都市拠点を設置して地域間での競争のメカニズムを導入したほか、バイオ、モノのインターネット(IoT)、モビリティー、フィンテックなどの9つのテーマで、これらの拠点や地方のクラスターなど各地のエコシステムのネットワーク化を図り、地域間連携の仕組みも導入した。また、2019年4月にはこれらの拠点の見直しを行い、スケールアップの実績を持つ拠点であって起業家が統治・主導する「キャピタル・フレンチテック」を13カ所に、また起業家がコミュニティー形成を主導する「コミュノテ・フレンチテック」を38カ所、新たに認定している。競争と連携のメカニズムに、政府・自治体による明確なサポートとが相まって、国全体でスタートアップ支援の大きな機運が形成されたことが、フランスの特徴であった。グザビエ・ニエル氏によるステーション Fの設立も、この機運の中の動きとして位置付けられる。フレンチ・テックの名の下に関係者が結集し、対外的にもその旗を掲げて存在感を示す、まさに1つのブランド政策の具体化である。マクロン大統領は、オランド前政権下で経済・財政相だったころ、イノベーションカンファレンス「DLDテルアビブ」を視察し、スタートアップ大国としてのイスラエルの可視性の高さに刺激を受けたという。マクロン氏が注力するビバ・テクノロジーも、スタートアップ大国を目指すフランスの「見える化」の取り組みの一環として位置付けられる。

大企業は企業イメージ向上のためスタートアップを支援

もう1つフランスのエコシステムにおいて特徴的なのは、大企業の役割である。フランスでは多くの大企業がアクセラレータープログラムを提供しているが、支援対象のスタートアップの業種は多岐にわたる。日本では通常、支援対象のスタートアップは同業もしくは関連業種に限定されるが、フランスでは全く無関係の事業を行うスタートアップでも、支援の対象とする場合が多い。企業イメージ向上のためであり、スタートアップと経済全体の発展が自社利益にもつながるため、と多くの企業は回答する。自社が支援したスタートアップが競合他社に買収されても、全く意に介さない。ある企業のアクセラレーションプログラムに、パートナーである他社が参加して資金拠出する場合も多いことも要因の1つであろう。大企業が自社ビジネスへの直接的な利益を要件とせず、支援の手を一斉に広げれば、スタートアップ起業の環境は大きく改善するであろうし、これこそが短期間でフランスのエコシステムが急速に発展した真の理由であると思われる。

また、試作品の作成や技術の検証もままならないスタートアップに、大企業がコンサルや助言を提供し、サービスや製品に仕上げる支援も行われている。新たなアプリケーションやサービス分野のスタートアップが多いのも、ニーズを抱える大企業が積極的に支援をしているからだという。大企業とスタートアップの緊密でウィンウィンな関係は、フランスで顕著に見られる特徴だが、これには産業構造的に国際的な競争力を有する中堅企業の層が薄いことがアキレス腱(けん)と言われるフランスにおいて、大企業が中小企業の国際展開を支援してきた伝統があったことも関係しているかもしれない。

若者の新規起業数も増加

デジタル庁(2019年新設の国土団結庁へ再編され、現在は解体)の活動報告書2015-2016年版によれば、2015年のフランスでスタートアップ起業数は2012年比30%増加した。30歳未満の若者の新規起業数も、経済・財務省の企業総局の2017年の報告書によれば、2006年から2015年にかけての10年間で4万3,000件から13万1,000件に増加した。マイクロ起業の手続きを簡素化する2009年の法改正の影響と考えられるが、ほかにも企業総局の報告書は、高等教育機関における第二・第三課程(文部科学省ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )の学位取得者による起業が増えた(起業者数に占める割合が2010年の27%から2014年には31%へ)ことが牽引した、と分析している。

フランスのエコシステム

フランスでは現在、優秀な人材の厚みを背景に、スタートアップ起業数が増加し、それを支援するさまざまなプレイヤーが業種の壁を越えて存在するなど、人・技術・資金の流れが要のエコシステムが健全に機能し、さらに大きく発展する流れに乗っている。その特徴は、スタートアップ支援の機運が国全体でさまざまなプレイヤーに共有されていること、大企業の支援が中核となっていること、そして公的部門の役割も大きいことである。フランスが得意とするブランド戦略の成功も大きな要因である。

もちろん、現在のフランスのエコシステムは完成されたものではない。「フレンチ・テック」第2期は成長加速に重点を置いているが、スタートアップが国際的に成功・発展するための成長加速資金の不足など、まだ多くの課題が残されている。ユニコーン企業の数も、まだ一握りでしかない。こうした課題解決に向けて現在、フランス公的投資銀行(BpiFrance)の出資・融資機能を強化する取り組みが進んでいるほか、政府は高い成長可能性を有するスタートアップ40社を毎年選出する「NEXT40」賞を2019年に新設した。

執筆者紹介
ジェトロ・パリ事務所長
片岡 進(かたおか すすむ)
1991年、経済産業省入省、副大臣秘書官、繊維課長、内閣官房日本経済再生総合事務局参事官(総合調整担当)などを経て、2016年7月より現職。