フランスのスタートアップエコシステムの強み

2019年10月3日

民間主導ながら、マクロン大統領も登壇するオープンイノベーションイベント「ビバ・テクノロジー」(2019年5月27日付ビジネス短信参照)には、米国のIBM、マクロソフト、グーグル、フェイスブック、中国のアリババ、テンセント、ファーウェイ、韓国のサムソンなどの世界的な大企業の幹部が毎年登壇し、スタートアップ大国フランスの魅力を内外に喧伝(けんでん)している。こうした企業が、フランスに着目する理由は何か。伝統的に基礎数学や基礎科学に強く、研究機関が集積してきたフランスでは人口知能(AI)人材が豊富で、外国企業からの投資が活発だ。ヘルスケア分野でも、株式上場による資金調達が盛んで、世界的にも好条件の研究開発控除などにより、世界を牽引するイノベーション企業が生まれている。ほかにも、まだよく知られてない得意分野がある。フランスのスタートアップエコシステムの強み、注目分野を紹介する。

米国、中国、韓国の企業は人工知能(AI)に注目

人口知能(AI)のプラグラミングには数学が必須であるが、フランスは伝統的に基礎数学が強く、哲学者でもあったデカルトとパスカル、最終定理で知られるフェルマーらの数学者や、13人のフィールズ賞受賞者を輩出してきた。フランスには、国立情報学自動制御研究所(INRIA)や情報工学先進技術学院(EPITA)といった、高度なAI基礎研究を行う高等教育・研究機関が多数存在する。こうしたAI人材の厚みを求めて、グーグル、フェイスブック、マイクロソフト、IBM、サムソンなどがフランスにAI研究拠点を設けている(2019年5月17日付地域・分析レポート参照)ほか、ファーウェイは数学と理論物理を強みとする高等科学研究院(IHES)に2010年以降2015年5月までに125万ユーロを寄付している。

フランスはまた、自社開発のアルゴリズムによるデータ分析・処理の技術・サービスを提供するスタートアップも数多く輩出している。例えば、センサーとアルゴリズムを組み込んだソフトを開発し動的画像のみを処理する技術で、自動走行やスマートファクトリーなどの分野での応用が期待されるプロフェシー(Prophesee)、AIで保険金の不正請求を探知するソフトを開発したシフト・テクノロジー(Shift Technology)など、枚挙にいとまがない。自動走行車で、日本を含め世界各国で実績のあるイージーマイル(Easy Mile)やナヴィア(Navya)も、フランスのスタートアップである。

米国企業による、フランスのスタートアップの買収も相次いで報道されている。アップルは2017年にAIを使った写真・画像の分析処理のアプリを開発したリゲインド(Regained)を、フェイスブックは2015年にフランス人が起業した音声認証のウィット・エーアイ(Wit.ai)を買収した。グーグルは2016年に画像に映された対象物をスマートフォン上で検索・特定するアプリを開発したムードストック(Moodstocks)を買収し、2012年以降で同社のフランスのスタートアップ買収はこれで3件目だと報じられた。日本企業を含む、外国企業によるフランスのスタートアップへの出資事例も増えている。

なお、2018年3月に発表されたAI国家戦略(2019年5月17日付地域・分析レポート参照)では、EUのAI戦略をフランスが主導する意欲が示されており、フランスのエコシステムが今後、EUの中核として発展していく可能性も無視できない。

資金調達や研究開発控除など、恵まれたヘルスケア分野

ヘルスケア分野にも、白血病や骨髄腫の免疫療法のセレクティス(Cellectis)、免疫療法のがん治療を得意とするイナート・ファルマ(Innate Pharma)、対脂肪肝の医薬品開発のジェンフィット(Genfit)、心不全用の人工心臓製造のカルマット(Carmat)、食品アレルギー治療薬のDBVテクノロジーズなど、画期的なイノベーションで業界をリードするスタートアップが存在する。フランス全土には、バイオのエコシステムが点在しており、フレンチテックの9つのテーマ別ネットワークのうち、バイオ・ネットワークには24エコシステムが参加している。また、バイオ産業団体フランス・バイオテックの2017年11月の資料「フレンチ・ヘルステック」PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.2MB) によると、イノベーションに熱心な企業が600社以上存在し、うち上位20社がフランスの1,100万人、世界の2億5,000万人の患者に関係し得る有望な製品を開発している。

フランスは、基礎科学の強さで国際的に定評がある。2019年のSCImagoの研究所ランキング外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます ではフランス国立科学研究センター(CNRS)が、全分野総合で世界2位(2009年から2016年までは8年連続で1位)、ヘルス分野の研究外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます でも米国以外から唯一トップ10入り(2位)している。

また、1958年のいわゆるドゥブレ政令が、公立病院が地域の大学と協定を結び、共同で治療、教育、研究を行う病院・大学センター(CHU)の構築を定めた結果、フランス全土でイノベーションを体現する臨床試験や治験が可能となったことは、国際競争が熾烈(しれつ)な製薬・ヘルスケア分野でのフランスの大きな強みとなった。

株式上場による資金調達も盛んだ。フランス・バイオテックの2018年版資料PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.8MB) によると、ヘルステック分野における、ユーロネクスト証券取引所(パリ、ブリュッセル、アムステルダムで構成)への上場企業数は91社(バイオテック54社,メドテック37社)、企業の時価総額は230億ユーロに達した。2013年から2018年までの新規上場件数・金額(累積)では、パリ市場が件数で80%超の43件、金額でも約70%の9億9,000万ユーロとなり、ユーロネクストを構成する他の2カ国を大きく引き離して最も活況な市場となっている。ダイナミックな資金調達市場を抱えることも、フランスの強みである。

なお、研究開発費が多額となるヘルスケア分野において、フランスの研究開発税制は魅力のある優遇措置であることは間違いない。研究開発投資1億ユーロまでは30%、1億ユーロ以上は5%を法人税から税額控除でき、他の先進国の中でも有数の好条件だ。

ビックデータ、IoT、ドローン、ロボットでも強み

フランス政府は、2016年12月のモノのインターネット(IoT)に関する資料において、ビッグデータやクラウド・コンピューティングの活用が多用な分野で有効であるところ、フランスには技術者、科学者、企業などの切り札があると分析している。あらゆるデータの機械学習の自動化を実現したプレシジオン・アイオー(Precision.IO)や、企業内でのサービス分析と生産における機械学習モデルを強化するダタイク(Dataiku)のような、データ処理関連のスタートアップも注目されている。

フランスにはまた、ナノテクに強いグルノーブルを近隣に擁するリヨン、スマートコネクテッド製品の核であるアンジェ、IoTバレーを抱えるトゥールーズ、を筆頭に、全土にIoTエコシステムが存在する。また、大気計測のネタトゥモ(Netatmo)、コネクテッド体重計のウィジングス(Withings)、音声認識製品のパロ(Parrot)など、幅広いスタートアップ企業が同分野で数多く輩出されている。ラスベガスの電子機器見本市(CES)に出展するフランスのスタートアップは年々増加し、2019年7月1日付の「レゼコー」紙によれば、2019年には381社(全体の26%)に達し、開催国の米国(25%)を凌駕(りょうが)した。また、低消費・低周波通信で製品間(M2M)をつなぐIoTの基幹技術を開発したシグフォックス(Sigfox)、アクティリティー(Actility)は、世界的にも注目されるフランスのスタートアップである。

フランスは、米国、中国、イスラエル、ドイツと並んで、ドローン先進国に分類される。2012年の無人飛行機の利用に関する政令は、世界に先駆けてドローンの目視外飛行を可能にするもので、技術開発が進む大きなきっかけとなった。2016年9月3日付の「レクスプレス」紙AFP電によると、ドローン分野に関わる中小企業はフランス全体で1300に及ぶ。IoTの中核技術をベースに民生用ドローンを開発製造したパロ(Parrot)、ロボット技術をベースにドローン製造に進出したECAドローン、ドローンの収集したデータ処理ソフトを開発したレッドバード(Redbird、米国のエアウェアが買収)など、世界的に著名な企業を輩出した。潜水可能なノティロ・プリュス(Notilo Plus)のドローン、風抵抗に強く海難救助に優れたヘルパー・ドローン(Helper Drone)の製品、1.5キロ前方の人間を認識可能なセンサーを搭載したドゥレール(Delair)のドローンなどは、2019年のビバ・テクノロジー(2019年5月27日付ビジネス短信参照)でも注目を集めた。

ロボット分野も無視できない。ソフトバンクは2012年、アルデバラン・ロボティックスを買収した。オムロンが2015年に買収した米国のアデプト・テクノロジーは、AIを使って周囲の状況を分析し、ドアの開閉やエレベーターの運行も自動化する、搬送移動を得意とするフランスのロボットメーカーを買収している。産業用ロボットでは日本やドイツの後塵(こうじん)を拝するものの、サービス分野やソフトウエアでは、ペッパーやナオのソフトウエア開発のウマノ(Hoomano)、子供や高齢者との対話用の小型ロボ(Buddy)開発のブルー・フロッグ(Blue Frog Robotics)、うつ病治療用のロボット開発のアキシラム(Axilum Robotics)など優れたスタートアップも多く、ハードや産業用ロボットに強い日本との補完性も高い。

その他の分野でも、フィンテック、アグリテック、エネルギー、シェアリングサービスなどの分野で注目すべきスタートアップが多い。豊富な研究人材・研究力の高さが、フランスの最大の強みである。なお、制度面・資金面のインセンティブといった政府・自治体によるてこ入れがきっかけとなり、フランス各地でスタートアップの技術・製品の社会実装が、スマートシティーやコネクテッドシティーといった国または自治体の取り組みの中で急速に進んでいる。

執筆者紹介
ジェトロ・パリ事務所長
片岡 進(かたおか すすむ)
1991年、経済産業省入省、副大臣秘書官、繊維課長、内閣官房日本経済再生総合事務局参事官(総合調整担当)などを経て、2016年7月より現職。