ベトナム企業との協業の重要性高まる
ベトナムの構造改革(後編)

2025年9月8日

前編に続く本稿では、ベトナムの構造改革の中で特に企業活動との関係が深い「民間経済開発に関する政治局決議68号(68-NQ/TW、以下、決議68号)」の内容を紹介する。さらに、政策の具体化に当たっての日系企業の懸念点や、ベトナムに今後進出する際の事業展開の方向性について考察していく。

企業優遇策も転換

民間企業の活性化などの方向性を示した決議68号は、ベトナム地場企業の発展や成長を促す取り組みや、高付加価値産業やイノベーション関連の活動を優遇する内容が中心となっている。例えば、前編でも言及した国家プロジェクトへの民間企業参画奨励に加え、1万人規模の経営幹部育成プログラムの実施、中小企業やスタートアップ向け工業団地の土地割り当て、大企業による中小企業の製品・サービス利用促進の方針を明記した(表1参照)。外資系企業の投資プロジェクトには、国内サプライチェーン活用計画の策定を義務付けることも記載している。イノベーション分野では、研究開発費用の200%を損金算入できる措置や、技術革新投資、デジタル化・グリーン化にかかる費用の税控除などの導入を検討している。

表1:民間経済開発に関する政治局決議68号の主な内容
項目 内容
指導の考え方
  • 民間経済は国家経済の最重要な原動力であり、自立的、自律的、自給自足の経済を構築する上で中心的な役割を果たす。
  • 起業家(企業家)を経済前線の戦士とみなし、経済活動の自由を保証し、国家資源へのアクセス確保などを推進する。
  • 開放性や透明性、安定性などを備えたビジネス環境を構築し、研究開発やイノベーション、デジタルトランスフォーメーション(DX)などを推進していく。
2030年までの目標
  • 民間企業を200万社(現在94万社)まで拡大し、グローバルサプライチェーンに参画するコングロマリットを最低20社とする。
  • 民間企業の経済成長率:年平均10〜12%、
    GDP寄与率:55〜58%(現行差+5~8ポイント)
    国家予算収入の構成比:35〜40%(現行差+5~10ポイント)
    総労働力の占める割合:84〜85%(現行差+2~3ポイント)
  • テクノロジー、イノベーション、DXでASEAN3番手、アジア5番手入りを目指す。
目標達成に向けた取り組み
  • 国家は、民間経済の迅速かつ持続可能な発展を支援し、市場原理に反する行政介入を控える。
  • 透明性の高い法整備や、行政手続きの効率化を推進。デジタルやテクノロジーなど新分野の法的枠組みも構築。中小企業の創業後3年間の法人税を免除。
  • 民間部門の土地や資本などへのアクセス向上を促進。中小企業やスタートアップ向けの工業団地の土地割り当て、土地賃料の減額などの支援政策を導入。
  • 中小企業、裾野産業、スタートアップ向けの融資など財政支援の枠組みを多様化し、規制のサンドボックスも導入。
  • 人材育成・再訓練費用は法人税課税所得の控除対象とし、訓練や研修プログラムの開発強化を推進。1万人の経営幹部育成プログラムを実施。
  • 研究開発費用の200%を損金に算入する、機材調達・技術革新への投資やデジタル化・グリーン化の費用などを税控除するなどの支援策を導入。スタートアップやベンチャーキャピタル(VC)などの支援機関、これらに勤務する専門家や科学者に対し、法人税・個人所得税の免税・減税を適用。
  • 大企業による中小企業の製品・サービス利用や、中小企業のサプライチェーン参画のための取り組みを奨励。主要な外資系企業のプロジェクトには、承認段階から国内サプライチェーン活用計画策定を義務付け。外資系企業での経験を生かした起業を支援。
  • 国家の重点プロジェクト(高速鉄道、都市鉄道、先導産業、インフラ、グリーン交通、防衛産業など)への民間企業の参加を奨励。国際市場展開のプログラム「Go Global」の実施。
  • 個人事業や家族経営の法人化を支援・促進。中小零細企業や個人事業主に対し、デジタルプラットフォームの無料利用や研修プログラムを提供し、経営を支援。

出所:民間経済開発に関する政治局決議68号(68-NQ/TW)を基にジェトロ作成

これらの具体的な内容の多くは、法改正や所管官庁レベルの詳細な政策の施行を待つ必要があるものの、その方向性や目的を念頭に置いた法整備は徐々に進みつつある。

例えば、2025年6月から、一定の売り上げ規模をもつBtoCビジネス事業者らを対象に、電子インボイス導入を義務づける政令が施行された(2025年6月3日付ビジネス短信参照)。これまで比較的自由に経済活動を行なってきた商店や飲食店などの個人事業主も、国の法制度下で経済活動を行い、納税義務を負うことになる(インフォーマルセクターのフォーマル化)。これは、決議68号に盛り込まれた個人事業主や家族経営の事業者の法人化を促進する方針と一致する流れだ。一部の事業者には負担が生じるが、決議68号では、創業後3年間の法人税免除や経営支援の枠組み導入の方針を明記しており、一定の移行期間を与えるかたちだ。

一方、外資系企業に影響がある点としては、法人所得税法を改正し、大規模投資や特定工業団地内での投資プロジェクトに対する税制優遇の撤廃を決めた(2025年7月10日付ビジネス短信参照)。

このように、現行の優遇措置の内容や認可基準が決議68号の具体化に向けて変更される可能性がある。新規進出や事業拡大に向けた投資を検討するためには、最新情報の把握に留意する必要がある。

具体的かつ実効性ある政策立案が求められる

決議68号について、日系企業の中には、ベトナムの今後の経済成長に向けて必要な方策だと理解を示す声もある。一方で、主に以下の3点が十分に明らかでないことから、懸念や実現性への疑問の声も聞かれる。

1. 外資系企業の位置づけ

決議68号は主にベトナム企業の活性化と育成を念頭に置いた内容となっている。外資系企業の位置づけは明確でないため、今後の優遇や支援の実施がベトナム企業に偏ることを懸念する日系企業もある。この懸念に対し、ベトナム政府のある要人は「これまでの外資系企業のベトナムへの貢献は理解しており、決議68号によって外資系企業の位置づけが後退することはない」と述べ、ベトナム企業との扱いを区別する意図はない考えを示した。こうした見解は、ベトナム政府自ら継続的に外資系企業向けに発信や説明をしていくことが望ましい。

2. 大規模な予算を伴う支援策とその財源

決議68号では、大規模な予算を伴う支援策の有無は明らかになっていない。大規模な設備投資を伴う製造業や研究開発向けの補助金などがあれば、企業の事業基盤の早期確立につながるだろう。政府が推進する税制改革や、行政の再編・効率化などによる予算削減策は、経済政策を実施する原資の1つとなる可能性がある。しかし、これらの効果が表れるには一定の期間を要するだろう。

3. 開発の優先順位

政府が考えるインフラや産業開発の優先順位に関し、政府の発表や現地報道などから、多くの企業は南北高速鉄道の建設や、最先端の半導体製造拠点、人工知能(AI)データセンターなどの誘致に高い関心を寄せていると捉えている。しかし、高速鉄道については、主要都市を結ぶ航空網が既に整備される中で、旅客ニーズや採算面などの計画が十分に詰められているかは不透明だ。また、半導体産業をはじめとするハイテク産業の推進には、電力や水の安定供給といったインフラ整備が先決となる。特に電気・電子産業が集積するベトナム北部では、短期的に電力供給不足のリスクが残っており、大型電源開発の早期具体化が急がれる。インフラ開発に投入可能なリソースには限りがある中、経済成長目標の達成に向け、現実的な優先順位付けやスケジュールの整理が求められる。

日系企業を含む外資系企業がベトナムの経済成長目標の実現に貢献していく上でも、外資系企業向けの具体的なメッセージ発信や、実効性のある政策・計画の策定などが待たれる。

パートナーシップ推進がカギ

構造改革の進展は、低廉で豊富な労働力や税制優遇などをメリットと捉えて進出した外資系企業の経営・生産体制にも影響を及ぼす可能性がある。今後の日系企業のベトナムでの事業展開の方向性について考察する。

対応策の1つとして、ベトナム企業とのパートナーシップや協業の強化が考えられる。例えば、政府の企業育成・支援策と足並みをそろえ、ベトナム企業との業務提携やベトナム企業からの調達拡大、ベトナム企業への業務のアウトソース化などを図ることも一案だ。ベトナム企業の操業が安定すれば、経済やサプライチェーンの強靭(じん)化につながる。日系企業も業務効率化や経営資源の最適化を進めることで、競争力強化や新たな取り組みに向けたリソースを確保することができる。決議68号に基づいた政策の具体化次第ではあるが、ベトナム企業向けの人材教育やベトナム企業からの調達、自社での経験を生かした創業などを推進することで、インセンティブを受けられる可能性もある。

近年、日系企業によるベトナム企業との協業を模索する動きは増えており、実際に出資や買収に至る例も多い(表2参照)。事業の内容や目的は、生産拡大、日本産品の輸出、金融サービス、物流事業、エンターテインメント事業の展開など、多岐に渡る。出資を通じて提携関係が深まると、日系企業のノウハウや技術の移転、人材育成などにより、パートナー企業の強みや価値を高める取り組みも進めやすくなる。また、1億人を超えるベトナム市場の開拓に向けた国内事業の拡大に当たっては、市場や商習慣を熟知し、ネットワークを持つベトナム企業の役割は大きい。

表2:出資・合弁などを主とした日本企業とベトナム企業の提携事例
日本企業 事業内容、分野 ベトナム企業 事業内容、分野 主な目的や内容
双日 商社 Dai Tan Viet(NEW VIET DAIRY) 業務用食品卸 ベトナム企業を完全子会社化し、販路拡大やバリューチェーン構築を推進
三井住友銀行 金融業 VP Bank 商業銀行 出資を通じた業務提携により、両行のサービス・商品強化を推進
トーモク 段ボール・紙器製造 Khang Thanh マニュファクチャリング 紙器製造販売 ベトナム企業を完全子会社化し、製造・販売事業を強化
TOPPAN 印刷業など JOYFUL 建装材印刷業 出資による提携強化で、家具・インテリア部材のライセンス生産・輸出販売を拡大
学研ホールディングス 教育 DTPエデュケーションソリューションズ 教育出版 DTPを子会社化し、日本の教育コンテンツの展開拡大
NTTイーアジア ソフトウエア開発など Vietnam Awing Technologies and Media JSC BtoB型のオンライン広告プラットフォーム運営 出資によるベトナム国内とASEANでの事業拡大推進
河村電器産業 受配電設備製造 Duy Hung Technological Commercial 、DH Industrial Distribution JSC 産業用電気機器およびFA機器の卸売り ベトナム企業2社を子会社化し、販売・調達を強化
TIS システムインテグレーション NTQソリューション オフショア開発、情報通信技術(ICT)ソリューション提供 資本提携による日越両国での新規事業機会創出、サービスの共同開発などの推進
日本酒類販売 酒類・食品の卸売り・輸出入など プロトレーダー、エルドラゴン 酒類・飲料の卸売り ベトナム企業2社を子会社化し、日本産酒類・食品の輸出販売を強化
マイナビ 人材・広告業 WeCare 247 介護人材と被介護者のマッチングサービス 出資などによる事業拡大支援
マイナビ 人材・広告業 TopCV 履歴書作成サービス・求人メディア運営 出資を通じたノウハウ共有などによる事業拡大推進
メタルワン 鉄鋼・鉄鋼原料の卸売り STEEL 568(NAM PHAT GROUP傘下) ステンレスなど鋼材の加工製造 建材・製造業向け鋼板加工サービスセンターを合弁で設立
SBテクノロジー ICTソリューション NTQソリューション オフショア開発、ICTソリューション提供 出資による人材交流とグローバル人材の育成、共同研究開発などを推進
ヤオコー スーパーマーケット運営 SEEDCOM FOOD スーパーマーケット運営 出資による業務提携やSEEDCOM FOODの事業拡大を推進
クレシード システム開発・ソリューション提供 PeaSoft オフショア開発、ICTソリューションの提供 出資による日越双方での事業拡大
NTTドコモ 通信サービス DATVIETVAC GROUP HOLDINGS、DAT VIET OOH CORPORATION メディア事業 合弁企業を設立し、デジタル広告等メディア事業を展開
セイノーホールディングス 物流業 Dash Logistics(ITLグループ傘下) 物流業 合弁企業を設立し、ベトナム国内で物流事業を展開
イオンエンターテイメント 映画館運営 BETA MEDIA 映画館運営 合弁会社を設立し、ベトナム国内で映画館事業などを展開

出所:2023~2025年にかけての各社の発表資料を基にジェトロ作成

加えて、特にIT分野では、日系企業のノウハウとベトナム企業の技術や高度人材との掛け合わせにより、ベトナム国内にとどまらない新たな価値創造や産業の高度化を目指す動きがある。NTTイーアジアはオンライン広告プラットフォームを運営するスタートアップのアウィング(AWING)に出資し(2024年4月8日付ビジネス短信参照)、日本企業の海外消費者向けマーケティング活動でプラットフォームの活用なども模索する。両社はベトナムに限らず、ASEAN諸国での展開も視野に入れている。

デンソーは地場IT大手FPTコーポレーションとともに、グローバル向けのソフトウエア定義型車両(SDV、注)のソフトウエアシステム開発で連携や人材交流を進める。

こうして、ベトナム企業と構築したビジネスモデルや枠組みを、日本やASEANなど第三国へのビジネス展開に生かすことも期待できる。ベトナムの変革を機会と捉え、地場企業や人材とのパートナーシップを一層強化することが日系企業の持続的なビジネス、今後のさらなる事業拡大のカギとなりそうだ。


注:
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ベトナムの構造改革

執筆者紹介
ジェトロ・ハノイ事務所 ディレクター
萩原 遼太朗(はぎわら りょうたろう)
2012年、ジェトロ入構。サービス産業部、ジェトロ三重、ハノイでの語学研修(ベトナム語)、対日投資部プロジェクト・マネージャー(J-Bridge班)を経て現職。