ASEANの相互関税への対応
米国関税措置のASEANへの影響(3)

2025年7月14日

前編、中編に続く本稿では、ASEANが米国の関税政策や、それに端を発する米中対立にどう対応してきたか、政策面から振り返る。ASEANの対応は、中立維持による外国投資の積極誘致、米国の追加関税回避、そして米中依存の低減を目的とするASEAN域内統合の深化や第三国・地域との連携強化、の3つに分類される。一方、米国による相互関税の公表後、ASEAN各国と米国との関税交渉では、非関税障壁への対応も議題に挙がる。

サプライチェーン誘致に取り組むASEAN

2017年に発足した米国の第1次ドナルド・トランプ政権は、鉄鋼・アルミニウムや中国からの輸入品に対して追加関税を発動した。2025年1月に発足した第2次トランプ政権も新たな追加関税の導入に着手している。その間のジョー・バイデン政権下でも、中国を含む懸念国を対象に経済安保上の措置が取られた。米中対立は、輸出管理を含め、貿易戦争から技術覇権を巡る争いに変化してきたが、特にASEANに影響しているのは米国の関税政策だ。

ASEAN各国による、米国の追加関税や米中対立への対応はどうだったのか。1つ目の対応は、米中対立の中で、いわゆる「漁夫の利」を得る形で、投資を呼び込み、そのメリットを享受しようとする動きだ。第1次トランプ政権以降、中国や台湾に拠点を置く企業を中心に、地政学リスクを回避するため、国境を越えてサプライチェーンを再編しようとする動きが見られた。ASEANは、こうした企業に投資先として選ばれてきた。特に近年は、各国がデジタルや半導体などのハイテク産業の誘致を強化する戦略を打ち出している(表1参照)。

表1:各国の主な産業開発・投資誘致戦略
国名 内容 戦略
インドネシア 天然資源の高付加価値化、産業の下流化、製造業の拡大、グリーン経済開発、電気自動車(EV)振興など。 国家長期開発計画(RPJPN:2025~2045)、国家中期開発計画(RPJMN:2025-2029)、メーキング・インドネシア4.0(2018年)など
マレーシア 電気電子分野の研究開発(R&D)、集積回路(IC)設計の強化、半導体(ウェハー製造)の投資誘致。ほかに、航空・宇宙、化学、医薬品、医療機器も重点産業。 国家半導体戦略(2024年)、マレーシア・デジタル(MD)戦略(2022年)、新産業マスタープラン2030(2023年)など
フィリピン 法人税低減などを通じ、グリーン、ヘルスケア、ロボット、装置・部品などの分野で投資誘致。日米比開発による「ルソン経済回廊」の発表(2024年4月)。 クリエイトモア法(2024年)、戦略的投資優先計画(SIPP)(2022年)など
タイ EV、エレクトロニクス(半導体)、ロボット、デジタル、バイオなどの分野で、優遇措置付与による産業育成・投資誘致。 タイランド4.0構想(2015年)、バイオ循環型グリーン(BCG)経済モデル(2021年)など
ベトナム ハイテク産業(例:半導体)に重点を置き、投資事業に優遇措置。多国籍企業の投資誘致を目指す。 「2030年までのベトナム半導体産業の発展戦略と2050年のビジョン」など

出所:各国政府発表等からジェトロ作成

漁夫の利を享受するには、ASEANが戦略的に中立を維持することが肝要だ。こうした中立外交を象徴する動きとして、タイの例がある。2025年2月5~8日、ペートンタン首相が中国を訪問し、習近平国家主席と会談した。両国は、クリーンエネルギー、人工知能(AI)、半導体、電気自動車(EV)などで、2国間の貿易投資協力の促進を確認した。一方、ほぼ同時期にピチャイ・ナリプタパン商務相が米国を訪問し、報道によれば、2月3日に米国当局と関税政策について協議し、10日には、米国商工会議所(USCC)などの産業界とも経済関係強化に向けた議論を行った。大国との間で、政治経済のバランスを維持しようとするタイの姿勢がうかがえる。

追加関税リスク回避に動くASEAN

ASEAN各国による2つ目の対応として、追加関税回避に向けた動きがある。ASEAN主要国の閣僚は、第2次トランプ政権の発足前後から訪米し、対米貿易赤字の削減(例:米国からエネルギーや農産物の輸入拡大)や経済連携の強化を提案することで、自国に対する追加関税を未然に防ごうとしてきた(表2参照)。ベトナム、タイ、マレーシアを筆頭に、各国は対米貿易で巨額の黒字を計上している(表3参照)。品目別にみると、ASEANからは半導体装置、集積回路、コンピュータ電話機、家具、アパレルなどの米国向け輸出が多い(2024年時点)。そのため、米国が追加関税を課す対象として自国が含まれることは、ASEAN各国にとって想定の範囲内であったといえる。

表2:第2次トランプ政権発足前後のASEAN主要国の反応
国名 内容
インドネシア プラボウォ・スビアント大統領が、米国大統領選に勝利したトランプ氏に祝意を表明。インドネシアと米国は強固な戦略パートナーであり、世界平和と安定のため、緊密に連携できると表明(2024年11月6日)。
マレーシア ザフルル・アジズ投資貿易産業相が、米国に向け、マレーシアの米国経済への貢献を説明し、追加関税を回避したい意向を公表(2025年2月24日)
タイ ピチャイ商務相が、米国からのエタン(圧縮ガス)輸入拡大を表明(2025年2月4日)。
ベトナム グエン・ホン・ジエン商工相らが訪米、米国からエネルギーや航空機購入を提案(2025年3月13日)。また、最恵国(MFN)税率を見直し、一部の自動車や液化天然ガス(LNG)、エタノール、農産品などの輸入関税を引き下げ(同年3月31日)。

出所:各種資料からジェトロ作成

表3:米国の対米貿易赤字額
(2024年、上位15国・地域)(単位:100万ドル)
順位 相手国・地域 貿易赤字額
1 中国 295,402
2 メキシコ 171,809
3 ベトナム 123,463
4 アイルランド 86,748
5 ドイツ 84,824
6 台湾 73,927
7 日本 68,468
8 韓国 66,007
9 カナダ 64,193
10 インド 45,664
11 タイ 45,609
12 イタリア 43,964
13 スイス 38,463
14 マレーシア 24,830
15 インドネシア 17,883

出所:US Census Bureauからジェトロ作成

予想より高かった相互関税

こうした中、米国は2025年4月2日、全ての国から輸入される品目への「共通課税」(10%)、および貿易赤字額が大きい国・地域に対し、より高い追加関税を課す「相互関税」を発表した。ASEAN各国は、相互関税の公表(2025年4月2日)直後より、相互関税の発動延期や削減に向けた米国との交渉の意向を示しつつ、国内の経済対策にも追われた(表4参照)。

表4:米国「相互関税」公表直後の各国の反応(2025年4月上旬)(△はマイナス値)
国名 相互
関税
米国向け輸出割合(2024年) GDPへの影響見込み(2025年) 対米/国内 対応
カンボジア 49% 37.9% △ 1.8 対米 相互関税の発動延期と早期交渉開始、また米国からの輸入品の一部に対する関税の削減計画を公表
国内 官民で協議し、緊急対策を取りまとめる
インドネシア 32% 9.9% △ 0.4 対米 報復措置は取らず、外交で互恵的な解決を目指す
国内 労働集約型産業や低所得者への支援策、代替市場の開拓を検討
フィリピン 17% 16.5% △ 0.6 対米 米国に報復措置は講じない方針
国内 相対的に低い関税率から、影響は小さいと理解。投資先としてのフィリピンの魅力拡大にも期待
ラオス 48% 2.9% △ 1.0 対米 政府による相互関税に関する声明は未発出(4/10時点)
国内 投資環境改善を急ぐ必要性に言及
マレーシア 24% 13.2% △ 0.6 対米 米国と協議。報復関税は検討していない
国内 経済への影響緩和に向けた戦略チームの立ち上げ
シンガポール 10% 8.5% △ 0.5 対米 相互関税に失望しつつ、対抗措置は取らない方針
国内 企業や労働者支援の官民タスクフォース設置を発表
タイ 36% 18.3% △ 1.1 対米 米国の農産物への関税引き下げ、非関税障壁の削減、輸入品目拡大を検討
国内 新市場発掘の奨励、輸出業者への支援施策を検討
ベトナム 46% 29.7% △ 0.9 対米 相互関税の発動延期を提案。双方向の関税撤廃に向けた協議開始に合意
国内 産業界への影響を意見聴取する方針

注1:米国向け輸出割合について、ラオス(商工省)、カンボジア(関税消費税総局)以外は、GTAを参照。
注2:2025年のGDPへの影響見込み(%)は、IMFによる2025年4月時点の予測と、2025年1月または2024年10月時点の予測との差。△はマイナス。
出所:各国政府、各種報道、貿易統計(GTA)、IMF World Economic Outlook(April 2025)よりジェトロ作成

ASEAN各国は、追加関税は予想していたものの、実際の関税率はASEAN側の想定より高かったと思料される。しかし、ASEAN全体としては、米国への報復措置は課さず、率直かつ建設的な交渉を続ける方針を表明している(「米国関税措置のASEANへの影響(2)日系企業の相互関税への反応」参照)。2国間ベースでは、4月中旬以降、ASEAN各国は米国との間で、相互関税の撤廃や削減に向けた交渉を順次開始した。ASEAN側は、引き続き、米国産品の輸入拡大による対米貿易赤字の削減、米国とのFTA(自由貿易協定)締結による関税撤廃などを提案している。しかし、米国側は「外国貿易障壁報告書(2025年)」において、ASEAN各国の輸入制限に加え、技術、投資、サービス、知的財産などの分野で非関税障壁を指摘している(表5参照)。例えば、同報告書は、マレーシアのハラル認証や肉・乳製品の工場登録義務、またタイやベトナムにおけるサービス業での外資規制を非関税障壁として記載している。国内産業保護を目的とする非関税障壁の緩和や撤廃には、国内の利害関係者との調整を要するため、ASEAN側にとっては、対応の難しさが課題となろう。

他方、米国の相互関税が、相手国との貿易赤字解消のための追加税率であること(注1)を踏まえると、米国との交渉では、引き続き均衡貿易が焦点である点には留意しなければならない。つまり、ASEAN各国が非関税障壁を削減しても、対米貿易赤字が減らなければ、理論上は、相互関税率は下がらない。この点は、企業のグローバルサプライチェーン戦略にも重要な示唆を与える。多くの企業が、米国の相互関税を踏まえ、A国から(関税率の低い)B国に生産・輸出拠点を移管しても、その結果、B国の対米黒字が増えれば、将来的に、B国にも高い相互関税が課せられる可能性がある。企業にとっては、生産拠点の移管に加えて、既存のサプライチェーンの中でのコスト吸収や競争力の強化、複数拠点を活用した柔軟なサプライチェーン構築という観点も重要となろう。

表5:米国が指摘する各国の非関税障壁(例)
項目 タイ ベトナム マレーシア インドネシア
MFN税率平均 9.80% 9.40% 5.60% 8.00%
高関税品目 飲料・たばこ47.1% 飲料・たばこ45.5% 飲料・たばこ72.2% 飲料たばこ44.5%、衣類23.9%
輸入障壁 輸入規制(バイオ燃料)、牛肉、豚肉の輸入制限 輸入規制(中古車部品、中古ICT機器など) 自動車輸入制限 商品バランス政策に基づく輸入ライセンス
技術障壁 一部食品(乳製品)の販売規制など ラベル規制、ICT製品の国内試験義務 ハラル輸入規制、肉・乳製品の工場登録、酒類輸入制限 消費財(玩具・家電など)の現地試験義務、ハラル輸入要件
知的財産 不十分な模倣品対策 不十分な模倣品対策 不十分な模倣品対策 不十分な模倣品対策
政府調達 WTO政府調達協定(GPA)未加盟 WTO・GPA未加盟 WTO・GPA未加盟、国内生産医薬品の優先調達 WTO・GPA未加盟、国内調達優先策(例:医療機器)
サービス障壁 放送、電気通信、金融業の外資規制 放送・金融業の外資規制、電子決済処理における公社独占 金融業の外資規制、放送枠の割当制度 映画上映、宅配事業、金融業などの外資制限
電子商取引 インターネット規制 インターネット規制、越境データ制限 インターネット規制(DNS規制) 政府の広範・不明瞭なインターネット規制権
投資障壁 サービス業での外資規制 一部のサービス業での外資規制 一部産業での外資規制 多くの産業で外資規制
その他 労働(不十分な結社の自由) 規制手続きの不透明性 WTO非通知の実質的な輸出補助金(税控除) 不明瞭な規制枠組みや税務評価、多発する汚職

出所:米国・外国貿易障壁報告書(2025)、WTO政府調達協定サイトからジェトロ作成

大国依存の低減、新パートナーとの連携強化

ASEANにとって、米国、中国ともに重要な貿易投資のパートナーだ。しかし、いずれかの大国の影響を過度に受けたり、どちらか一方を選択するよう迫られたりするような状況は、ASEANが避けたい事態の1つでもある。よって、ASEANでは近年、FTA拡大による貿易相手国の多様化、ハイテク産業における国内産業の高度化により、米中に偏った経済依存を低減しようとする動きがみられる。これが3つ目の動きだ。

例えば、2025年6月現在、ASEAN加盟国のうち、シンガポールとベトナムは既にEUとFTAを締結している。一方、マレーシアは2025年1月、12年ぶりにEUとのFTA交渉を再開すると発表した。タイも2025年内のFTA交渉妥結を目指し、インドネシアとフィリピンも、それぞれ包括的経済連携協定(CEPA)とFTAの交渉を加速させる方針だ。EUは、国・地域別で、ASEAN域内、中国、米国に次ぐ4番目の輸出相手であり、ASEAN全体の輸出の1割弱を占める(2023年、注2)。割合は大きくないものの、米国の関税政策をめぐり不確実性が続く中、EUとの連携強化は、新たなビジネス機会の確保やサプライチェーン強靭(きょうじん)化の面で重要だ。ただし、過去のASEAN各国とEUのFTA交渉は、人権、資源調達、持続可能性などを巡る意見の不一致により中断した経緯がある。今後はこうした課題について、いかに合意形成できるかが鍵となるだろう。他方、国内産業の高度化に向けた取り組みも進んでいる。マレーシア政府は2025年3月、国産人工知能(AI)チップの開発をめざし、英半導体大手アーム社との提携を発表した。現地国営通信によれば、この戦略により、米国依存を低減し、独自開発を推進する方針だ。タイでも同年2月、エーカナット・プロムパン工業相が国の産業競争力の維持のため、製品の高付加価値化と輸出先の多様化が必要だ、と発言している。

域内統合の深化とASEANの中心性

前述に加え、ASEANの経済閣僚からは、ASEAN域内の協力強化を通じて、大国の影響を低減しようとする発言も聞かれる。2025年にASEAN議長国を務めるマレーシアのアンワル・イブラヒム首相は、「米国の関税政策の影響緩和には、ASEANの団結が重要である」と繰り返し発言している。ASEANは、公正なルールに基づく多国間枠組みを活用し、自らの経済中心性を維持してきた。1993年から推進してきたASEAN自由貿易地域(AFTA)は、2018年1月に完成し、貿易自由化率は98.6%に達している。また、ASEAN経済共同体(AEC)が2015年に創設され、2045年に向けて更なる経済統合への議論が進む。さらに、地域的な包括的経済連携協定(RCEP)や環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP)を始め、ASEANを含む多国間経済枠組みも整備されている。新興国が集まるASEANにとって、ルールに基づいた多国間枠組みは、自国への投資誘致や経済成長にも重要といえる。この点、シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院のダニー・クオ学部長も、「多国間ルールにより、新興国は先進国と対等の立場に立つことができた」と、その重要性を指摘する(2025年4月、注3)。

相互関税後、初のASEAN首脳会議を開催

最後に、2025年5月26日、マレーシアで開催された第46回ASEAN首脳会議を振り返る。これは、米国による相互関税の公表以降、初めてASEAN首脳陣が集結した会合だ。共同声明を見ると、米中対立や相互関税にかかる議論は、本稿で述べた各国の対応が集約された内容といえる。特に、注目されるのは、「米国による一方的な関税導入の発表と、それが経済に与える影響に深い懸念を表明する」と明記された点だ。ASEAN各国にとって、米国との国力差は大きく、報復措置は実質不可能であり、対話を進めるしかない状況だ。しかし、ASEAN全体としては、明確に米国を非難し、関税措置に対する懸念を強く表明しようとする姿勢がうかがえる。また、今後の継続性は不明だが、新たなパートナーとの協力を模索する枠組みとして、第1回ASEAN・中国・湾岸協力会議(GCC)首脳会議が開催された。この会議では、世界貿易機関(WTO)の重要性や3カ国・地域間の経済連携促進が議論されるとともに、パレスチナ情勢について深刻な懸念が表明された。さらに、ASEANの中心性については、ASEAN各国が、域内の経済統合の深化やグリーンファイナンス、デジタルトランスフォーメーション、サプライチェーンの連結性向上などの協力に合意した。ASEAN各国は、本稿執筆時点においても、米国と相互関税を巡る交渉を継続しているが、多くの国で、交渉の先行きは不透明だ(注4)。それでも、変化する世界経済の競争力を確保するため、グローバルサウスを含む新たなパートナーとの連携強化と域内の結束強化が、ASEANにとってますます重要になっているといえる。


注1:
アジア経済研究所「トランプ政権『相互関税』、その計算式の“根拠”外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」より、米国・通商代表部(USTR)の貿易赤字額の計算式を参照。
注2:
ASEAN事務局の統計データベース「ASEAN stats」参照。
注3:
2025年4月に、インドネシアで、戦略国際問題研究所(CSIS)が開催したフォーラムでの同氏の発言。
注4:
報道(2025年7月3日付)によれば、米国トランプ大統領は7月2日、ベトナムと貿易交渉で合意したと発表。米国がベトナムに対する相互関税率を当初計画の半分以下に下げるかわりに、ベトナムは米国からの輸入品を無関税にする方針。
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課 課長代理
田口 裕介(たぐち ゆうすけ)
2007年、ジェトロ入構。アジア大洋州課、ジェトロ・バンコク事務所を経て現職。