日系企業の相互関税への反応
米国関税措置のASEANへの影響(2)

2025年7月10日

米国のドナルド・トランプ大統領は、2025年1月の第2次政権発足から間もなく追加関税政策に着手し、ASEAN各国に大きな影響を与えている。貿易統計を基に、米国の関税政策によるASEANのサプライチェーンへの影響を概説した前稿に続き、本稿ではASEANビジネスに関わる日本企業の米国「相互関税」への反応や対応を紹介する。具体的には、米国による「相互関税」の公表(2025年4月)以降の日本企業の動向について、ジェトロによるヒアリングを基に時系列に概説する。

多くの日系企業は間接的な影響を懸念

まず、米国の追加関税政策に対する、在ASEAN日系企業の初期の反応を見てみよう。ジェトロは2025年4月上旬、米国が相互関税を公表した直後から、ASEAN各国に進出する日系企業にヒアリングを行った。その結果、多くの日系企業が相互関税による自社ビジネスへの間接的な影響を懸念しつつ、正確な情報の把握に努めようとする様子がうかがえた。例えば、タイで輸送機器や電子部品を製造する日系企業からは、「顧客経由で米国向け輸出が多く、顧客の売上減を懸念している」「顧客が他国(関税率の低い)に生産移管しても、自社が追随するのは難しく、新規顧客の開拓が必要になる」といった声があった。また、インドネシアで輸送機器を製造する日系企業は「追加関税による各国の景気悪化が、自社のASEAN事業に間接的に影響する」と懸念する。このように、多くの日系企業の懸念が、間接的な影響に向かった理由の1つには、前編で確認したようにASEANから米国に直接輸出する日系企業の割合が限定的であるためだ。例えば、ジェトロの「2024年度 海外進出日系企業進出実態調査(アジア・オセアニア編)」によれば、2024年時点で、在ASEAN日系企業の国・地域別の輸出先は、日本向けが46.4%、ASEAN域内向けが30.3%だ。他方、米国向けは5.0%のみにとどまっている(「米国関税措置のASEANへの影響(1)輸出・投資統計にみる対米関係の変化」参照)。なお、同調査によれば、新型コロナ禍以降、日本や中国からASEANに生産拠点を移管した日系企業は約400社にのぼる。中国から移管した企業の中には、「米中貿易摩擦による関税リスク回避」を理由に挙げる企業もあったが、実際には「(日本の)人員不足」「ASEANでの現地調達ニーズや需要増への対応」「中国でのコスト高騰、新型コロナ禍のロックダウン回避」「顧客の(ASEANへの)移管に追随」といった理由が複数の企業から挙げられた。つまり、日本企業がASEANに生産拠点を設置する目的は、米中対立や米国向け輸出のためだけではなく、サプライチェーン上の多様な要因が影響していると言えよう。

各国と米国との交渉の行方に注目

同様に、複数の日系企業が関心を寄せているのが、各国の今後の対米戦略や米国との関税交渉の結果が自社に与える影響だ。2025年4月9日に、ASEANは特別経済大臣会合をオンラインで開催した。同会合の共同声明では、米国の相互関税が世界のサプライチェーンや消費に与える影響への懸念が示された一方で、米国の地域経済および安全保障への貢献を再確認し、報復措置は取らず、米国との建設的な対話を継続する方針が表明された。その後、ASEAN各国は、ベトナムやインドネシアを中心に米国との交渉を順次開始し、米国産の航空機、液化天然ガス(LNG)、農産物の輸入拡大を提案している。これは、相互関税の背景にある、各国の巨額な対米貿易赤字の削減を目指したものだ。各国政府や企業が注目するのは、自国に課された相互関税が、交渉の結果として周辺国と比べ、どれほど削減(または撤廃)されるかという点である。もちろん、関税率だけが企業のサプライチェーンの最適配置の決定要因ではない。しかし、関税率を相対的に低く抑えることができれば、その国は米国向け輸出拠点として、輸出コスト面で有利な条件を享受できるであろう。

米国向け輸出では、具体的な対応策も検討

前段では、ASEANから米国に直接輸出する日系企業の割合は全体として限定的であることを指摘したが、米国向け輸出を行っている日系企業の状況はどうであろうか。各社の米国向け輸出量、売上高に占める割合に応じて様々だが、対米ビジネスへの具体的な影響も散見された。例えば、インドネシアの日系企業A社(精密機器)は、4月上旬の時点で既に、米国の顧客から注文キャンセルや納期の後ろ倒しを求められ、サプライチェーンや雇用への影響を懸念している。同社では、輸出の3割が米国向けだ。また、ベトナムの日系企業B社(非鉄金属)からは、「米国の通商政策を踏まえると、同国との取引拡大はリスクにならざるを得ない」との声も聞かれた。同社の米国向け輸出は売上高全体の約4割を占める。

こうした中、ASEANから米国に輸出する日系企業の検討事項として、(1)最適な生産・輸出拠点の再検証、(2)コスト減額策の模索、(3)価格転嫁の可否・度合い、(4)輸出先の多角化、が挙げられることがわかった。例えば、タイで電子部品を製造する日系企業C社は、「ASEAN、中国、日本のどの工場から米国に輸出するのが最適か、顧客も含めて再検証している」という。また、インドネシアでは、米国の顧客への値上げ要請や保税倉庫の利用など、現地パートナーと検討予定という日系企業D社(電子部品)や、米国以外の輸出先を検討する日系企業E社(繊維・衣服)も見られた。このように、米国向け輸出が全体の5割以上、または全量を占める企業では、事業全体への影響が大きいため、様々な対策検討やシミュレーションをしている。

サプライチェーン変更には慎重な対応

ここまで、米国の相互関税公表直後、4月上旬時点でのASEAN進出日系企業の動向を紹介してきた。他方、5月中旬になると、各社の懸念や対応は、さらに具体化する。ジェトロは5月中旬、ASEANを含めグローバルに海外拠点を有し、米国に輸出する日本企業の本社(製造業)にヒアリングを行った。主な質問項目は、相互関税が米国向け輸出に与える影響やサプライチェーン変更の可能性だ。

その結果、米国向け輸出を継続するにあたり、企業や業界を超えた共通の対応策が見られた。具体的には、社内でのトランプ関税対応プロジェクトチームの立ち上げ、米国側の原産地規則への対応(遵守)などだ。また、共通課題として、価格転嫁の可否が業績に直結することや、サプライチェーン変更の難しさなどが挙げられた。他方、生産拠点としてのASEANの優位性は変わらない、という前向きな認識も共通して見られた。例えば、ベトナムで電気機器を製造するF社は、「過去の蓄積から、現地調達率が9割以上だ。コストや生産能力を考慮すると、関税率が低い国に簡単に移管できるわけではない」と指摘する。実際、多くの企業では、拠点新設によるサプライチェーン変更には慎重で、既存拠点間での生産調整を優先する傾向が見られた。理由の1つは、米国の関税政策の継続性が不透明な点だ。例えば、自動車部品をASEANから米国に輸出する企業G社は、第1次トランプ政権時に、関税率やコストを踏まえ、中国からタイやマレーシアに生産拠点を移管済みだ。再度サプライチェーンを動かすのは、将来の米国の通商政策が見えない中では困難だという。他方、同社では、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)を活用し、メキシコ経由での米国向け輸出も選択肢として考えている。しかし、今後予定されるUSMCAの再検討交渉次第では、自動車部品の原産地規則が厳格化される可能性もあり(2025年5月15日付ビジネス短信参照)、依然として不確実性は残る。そのため同社としては、供給途絶を回避しつつ、サプライヤーやエンドユーザーとの対話を通じた関税コスト吸収や価格転嫁が鍵となる対応策をとっている。

次に、電子部品をASEANで製造して米国へ輸出する企業H社は、米国の追加関税を踏まえ、高付加価値品の生産は日本国内に回帰させるが、価格競争の激しい製品は、引き続きASEANで生産する方針だ。また、製品を日本、タイ、メキシコから米国に販売するI社も、サプライチェーン変更には数年を要するため、当面は、価格転嫁で対応する方針だ。同業界では、製品領域によってサプライチェーン変更の難易度は異なる。特に、少量多品種型や地産地消型の製品では、生産拠点の国・地域を超えた変更や分散は困難だという。

米国側の原産地規則への対応が鍵に

その他、各社が共通して懸念を示したのが、迂回貿易の取り締まり強化や、米国側の原産地規則対応の重要性だ。第2次トランプ政権は、ASEANを経由した中国からの迂回輸入の取り締まり強化を示唆しており、ASEAN進出日系企業は、部品調達先の可視化を迫られている。しかし、先述のI社によれば、間接的な調達先や二次サプライヤー以降の情報収集や管理は困難だという。対応策の1つとして、ASEAN各国からの米国向け輸出時に非特恵の原産地証明書(C/O)を取得する方法も考えられるが、その効果は、国や品目によって異なるため留意が必要だ。

他方、この点に関連して、注目すべき動きもあった。タイ商務省・外国貿易局(DFT)は2025年6月12日、迂回貿易の防止策の一環として、C/Oの審査厳格化を発表した(2025年6月16日付ビジネス短信参照)。タイから米国向け輸出のうち、監視対象品目(ウォッチリスト)について審査を厳格化し、DFTが唯一の非特恵C/O発給機関になる。DFTによれば、タイが発給する非特恵C/Oは米国に受け入れられており、原産地偽装の防止につながるという。

このほか、各社からは、米国向け輸出における追加関税コスト回避のため、ファーストセール・ルール(注)の活用や関税分類の見直しなど、適法な範囲で、現場での様々な工夫が挙げられた。また、中国に対する米国の追加関税動向への関心も高い。ASEANと中国との関税率差によっては、中国の企業や製品のASEAN展開が加速、日系企業との競争が激化する可能性があるためだ。

こうした不確実性の高まりや、競争環境の変化の中で、企業には短期、中期、中長期、長期の視点と戦略が求められていると言えよう(表参照)。例えば、正確かつ迅速な情報収集(短期)や、既存サプライチェーンを活用した輸出戦略の再検討(中期)、代替市場開拓や、政策変更にあっても世界で購入される商品力の維持(中長期)、そして各国政府への提言やロビイングの強化(長期)などだ。先を読むことが困難な状況であるが故に、リスク回避と自社の強みを生かすため、これらの視点の重要性は一層、重要になっている。

表:求められるビジネス上の視点
事象 想定される対応
競争環境の変化(例:中国企業・製品の流入) 生産効率向上、取り扱い製品のセグメント多様化、高付加価値化で競争力向上
各国の政策変更や米国との関税交渉(例:追加関税、非関税障壁撤廃) 短期(即時対応)
  • 先読みも含めた正確かつ迅速な情報収集と理解
  • サプライチェーンの弱点把握、通商環境の変化への対応シミュレーション(取引先とのリスク分担、コスト吸収、価格転嫁)
中期(戦略的対応)
  • 既存サプライチェーンを活用した輸出(投資)戦略
  • ASEANの非関税障壁の撤廃や構造変革を投資メリットとして活用する視点
中長期(構造的対応)
  • 生産・調達・輸出の分散化で、柔軟なサプライチェーンを構築、代替市場の開拓
  • 政策変更(追加関税)を経ても、世界で購入される商品力の維持
  • 各国・地域の政策にカスタマイズしたビジネス戦略(各種規制や保護主義への対応)
長期(政策・環境形成)
  • 各国政府への提言やロビイング活動の強化
  • 国際標準化への参画や影響力強化(輸出規制などへの対応)

出所:企業・有識者へのヒアリングなどからジェトロ作成


注:
米国では独立企業間取引など、一定条件下において、輸入の過程で複数の取引が行われた場合、米国向けに行われた最初の取引におけるインボイス価格を関税評価額として申告することが認められている。
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課 課長代理
田口 裕介(たぐち ゆうすけ)
2007年、ジェトロ入構。アジア大洋州課、ジェトロ・バンコク事務所を経て現職。