英国の新たな価値観とライフスタイル変革
エシカル消費の浸透(2)
2025年5月21日
英国の消費トレンドを追う連載。本稿ではエシカル消費の拡大を現地関係者へのヒアリングを交えて紹介するとともに、日本製品の輸出に求められる対応について考察する。
「エシカル消費」をテーマに、消費行動を省みるように
近年英国では「エシカル消費」の概念が広まり、消費パターンが見直されつつある。「エシカル消費」とは、倫理的な基準に則る商品やサービスを選ぶ消費行動のことを指す。具体的には、フェアトレードの食材、リサイクル素材の衣服、プラスチックフリーの日用品など、人・社会・地域・環境に配慮した製品を選んで買うことが例として挙げられる。
「エシカル消費」という概念は、英国企業「エシカル・コンシューマー・リサーチ・アソシエーション(Ethical Consumer Research Association)」 が1989年に英国で創刊した専門誌「エシカル・コンシューマー(Ethical Consumer)」により形成され、広められたとされる。
同社が発行する年次レポート「Ethical Markets Report 2023」によれば、英国におけるオーガニック、フェアトレード、エコフレンドリー製品などのエシカル消費の市場規模は、2010年の471億9,200万ポンド(約8兆7,770億円、1ポンド=約186円)から、2022年には1,411億2,500万ポンドと約3倍に拡大している。
2000年以降、政策による環境意識の高まりがこの消費行動をさらに浸透させている。英国政府は2019年6月、2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする「2050年ネットゼロ」を長期目標として掲げた。現在、産業、エネルギー、交通、住宅、農業などあらゆる分野で脱炭素化を進めることが国家戦略の中心となっている。
2020年にはイングランドにて使い捨てプラスチック製のストロー・マドラー・綿棒が原則使用禁止となり、一般消費者はレストランやスーパーなどより身近な場で環境配慮を意識する機会が増えた。また、2022年には英国全土でプラスチック包装税が施行された。この制度は年間10トン以上のプラスチックを製造または輸入する企業を対象に課税するものだが、一定割合の再生プラスチック使用量がある場合には課税対象から外れることとなっている。つまり、事業者に対し再生プラスチックを利用することで税負担を軽減できる仕組みを導入し、その活用を促進することを目的としている。環境配慮への取り組みは年々強化されている。
地政学的・社会的な情勢変動も「エシカル消費」を促進させている。昨今、英国のEU離脱(ブレグジット)、新型コロナウイルスによるパンデミック、そしてロシアのウクライナ侵攻といった重大インシデントが立て続けに起きた。輸入依存度の高い英国の産業構造で、不測の事態における脆弱なサプライチェーンが露呈し、品薄や物価高騰が起きた。こうした経験から、作り手や製造工程、流通経路を意識する傾向が強くなり、それらの透明性を高める「トレーサビリティー」が注目されるようになった。
体験重視の価値観へ
今や脱炭素化の方針は欧州他国でも進められており、サステナビリティーを重視する消費は英国に限ったものではない。では、エシカル消費を醸成する英国特有のカルチャーにはどんなものがあるのだろうか。英国を拠点とし、ファッション・デザイン分野のブランディングなどコンサルティング業を営んでいるBEAMS & CO UK取締役 の日野達雄氏はこれについて、「体験を重視する消費が根付きはじめた」という点を挙げた。
産業革命を経て19世紀以降、モノを所有することがステータスであったが、次第にレジャー産業が発展し、旅行や劇場鑑賞などの体験型消費が増え始めた。2000年代以降は環境意識の高まりや物価高といった情勢の変化により、高価なモノを所有するよりも、体験に投資するほうが合理的と考えられるようになった。
「英国では、子や孫の誕生日など特別な日の贈り物として、祖父母や親が体験型ギフトを贈る習慣がある。身の回りにあるモノがどう作られているのか、幼少期に実践的な経験をすることが消費に対する倫理観を育てている」と日野氏は語った。
トレンド発信地「イースト・エンド」の影響力が奏功
同氏は加えて、「ロンドンにおける商業地域の変遷もエシカル消費の促進に関係している。特に再開発で活性化したイースト・エンドにおいて、ワークショップ文化が広まったことの影響は大きい」と話す。
ロンドンにおける商業の中心と言えば、金融街シティの西側に位置するエリア「ウェスト・エンド」である。王室・政府機関の中心として機能し、また劇場などのエンタメ施設、世界的ブランドの旗艦店や高級百貨店が集まり繁華街を形成している。
一方で、近年はシティの東側「イースト・エンド」への注目度が高まっている。「イースト・エンド」は、かつてはドックランズエリアにおける荷役や倉庫作業といった港湾業が盛んな地域で、歴史的に労働者階級と移民が多く住んでいた。また、裁縫や服飾の技術を持つ移民により縫製業も栄え、衣服や靴を製造する工場や小さな作業所がひしめき合っていた。しかしながら、物流の変遷やグローバル化の波に押され、これらの産業は衰退し失業と貧困が拡大した。こうした状況を打破し、同地域に新たな産業を創出するため、1980年以降大規模再開発が進められた。その結果、旧港湾地域には高層ビルが立ち並ぶ金融街カナリーワーフが誕生。さらに、よりシティに近いエリアでは政府・自治体がクリエイティブ産業誘致に取り組んだことで、アーティストやクリエイターが集まり、スタジオやギャラリーが増加。現在では、ショーディッチ、ブリックレーン、ハックニーといったエリアがアートやデザイン、ファッションの発信地として生まれ変わり、人々を魅了している。

イースト・エンドの商業地域では、様々な店舗や団体がワークショップを提供している。この背景には、伝統的な手仕事に携わってきた職人が多い地域であったため、「人を集めて体験を売る」商売が受け入れられやすい土壌があったことや、ウェスト・エンドと比較し家賃水準が相対的に低かったことが要因として挙げられる。加えて先述の「トレーサビリティー」への関心の高まりや、若年層を中心としたSNSでの拡散というトレンドと相性が良かったのも、ワークショップが盛んになった理由の1つだろう。オンラインプロモーションなど多くの人へのアピールが一般化し、ブランドの差別化が難しくなるなか、ワークショップを通じてコミュニティを形成し、ファンを増やす手法が企業の新たな戦略として採用されている。こうしたワークショップを活用したアプローチは、輸出を狙う日本企業にとっても有効な手段と言えるだろう。
「エシカル消費」を踏まえた日本製品の市場参入のポイント
英国における「エシカル消費」の拡大は、日本製品の輸出にはどういった影響を与えているのか。実際にバイヤーはどういった目線で商品を選んでいるのか、小売店バイヤーへのヒアリングを通じて確認した。
2007年の開店以来、イースト・エンドの活性化に貢献し、その独自のカルチャーを英国内外へ発信するセレクトショップ「グッドフッド(Goodhood)」は、年々日本製品の取扱いを拡大している。同店のバイヤーで、日本へ直接出向き買付を行っているメイソン・ムーア氏へ、日本製品を販売する理由について尋ねてみると、「デザインと機能性のバランス」をまず挙げた。「革新的なアイデア、そして継承されてきた伝統製法から生み出される高品質の製品は、量産品と一線を画すブランド力を有すると認識している」と語った。商品選定にあたりバイヤーとして重視することについては、「他のショップではできない、新しい発見をするためにお客様は私たちの店舗へ足を運んでくれている。そのためには、珍しいだけではなく、商品ひとつひとつが確かな目的と、差別化できるストーリーを持っていることが重要だ」と話した。加えて「適切に手入れをすれば、生涯使い続けられるべきだ、という信念に基づいて商品を選定している」とも話した。
「エシカル消費」の浸透は、商品価格以外の要素に目を向けられる機会が増えたことを意味し、製品の強みや特徴、ストーリーを伝えることで勝機になると捉えられる。

おわりに
英国のライフスタイル市場では、「エシカル消費」の浸透により消費者の価値観が変化している。価格や品質だけでなく、環境配慮や持続可能性を訴求し、市場での競争力を高めていく必要がある。ストーリーの伝達やワークショップを活用した販売戦略は、価格競争を回避し、長期的なブランド育成にも繋がると考えられる。今後は体験・共感を重視した発信が鍵となるだろう。
エシカル消費の浸透
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- 執筆者紹介
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ジェトロ・ロンドン事務所 (執筆当時)
高橋 慧多(たかはし けいた) - 2017年、七十七銀行入行。2023年4月からジェトロへ出向し、2025年3月までジェトロ・ロンドン事務所に在籍。