関心強くも購入障壁高く
消費者視点で考えるインドEV四輪市場(2)
2025年12月2日
前稿では、インドの電気自動車(EV)四輪市場について各種統計をひもといてきた。消費・製造の両面で中央政府・州政府が取り組みを進める一方で、なぜEV四輪車の普及は限定的なのか。この記事では、インド市場における消費者の生の声を聞くことで、EV購入の障壁を探る。
なお、本稿に登場する消費者の意見は、当地消費者を代表するわけではなく、記事中で紹介するコメントなどは、消費者一個人の考えや行動である点をご理解いただきたい。
現地消費者を対象に実地調査
ジェトロは2025年9月~10月にかけて、EV所有者またはEV購入検討者に対して、サンプル調査を行った。 (1)アンケート調査と(2)ラウンドテーブル調査、(3)家庭訪問調査を組み合わせて実施した。調査対象者の詳細は、次の通り。
| 項目 | 対象者抽出条件 |
|---|---|
| 在住地 | 首都ニューデリーもしくは商都ムンバイ、またはその近郊 |
| 年齢層 | 20~55歳 |
| 生活水準 |
次の(1)~(8)すべてを家庭に保有する者。 (1) シーリングファン (2) ガスストーブ (3) 二輪車 (4) カラーテレビ (5) 冷蔵庫 (6) 洗濯機 (7) PC (8) エアコン ※年収では、一概に生活水準が図ることができない。そのため、所有する家電製品を聞くことで、生活水準を絞り込んだ。 |
| 所有車の燃料タイプ | ガソリン、ハイブリッド車(HEV)、バッテリー式電気自動車(BEV) |
| 所有車購入時期 | 2024年度(2024年4月~翌3月)または2025年度 |
出所:ジェトロ作成
| 車両タイプ | (%) |
|---|---|
| ガソリン車 | 38.0 |
| HEV | 22.0 |
| BEV | 40.0 |
出所:ジェトロ作成
表3:ラウンドテーブル調査参加者情報
| 項目 | 参加者1 | 参加者2 | 参加者3 | 参加者4 | 参加者5 | 参加者6 | 参加者7 | 参加者8 | 参加者9 | 参加者10 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年齢 | 31 | 34 | 37 | 37 | 36 | 39 | 33 | 36 | 34 | 37 |
| 所有車燃料タイプ | EV | EV | EV | EV | EV | ガソリン | ガソリン | ガソリン | HEV | ガソリン |
| 所有モデル | タタ・ネクソン | 現代・クレタ | MG・ウィンザー | 現代・クレタ | タタ・ネクソン | タタ・カーヴ | マルチスズキ・スイフトデザイア | 起亜・ソネット | トヨタ・ハイクロス | トヨタ・ハイライダー |
| 購入時期 | 2025年1月 | 2025年3月 | 2024年11月 | 2025年1月 | 2025年6月 | 2025年1月 | 2024年12月 | 2025年2月 | 2024年10月 | 2025年1月 |
| 購入時に比較検討した燃料タイプ | ー | ー | ー | ー | ー | ガソリン、EV | ガソリン、EV | ガソリン、EV | ガソリン、EV | ガソリン、EV |
| 運転頻度 | 週5~6日 | 週5~6日 | 週5~6日 | 週5~6日 | 毎日 | 毎日 | 毎日 | 週5~6日 | 週5~6日 | 週5~6日 |
| 項目 | 参加者11 | 参加者12 | 参加者13 | 参加者14 | 参加者15 | 参加者16 | 参加者17 | 参加者18 | 参加者19 | 参加者20 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年齢 | 39 | 37 | 35 | 34 | 45 | 44 | 45 | 41 | 45 | 39 |
| 所有車燃料タイプ | EV | EV | EV | EV | EV | ガソリン | ガソリン | HEV | HEV | ガソリン |
| 所有モデル | MG ZS | MGウィンザー | タタ・カーヴ | 現代・クレタ | MGウィンザー |
マヒンドラ・ XUV3XO AX5 PM AT |
現代・i20 | トヨタ・ハイライダー | マルチスズキ・グランドビターラ | 起亜・ソネット |
| 購入時期 | 2025年2月 | 2025年2月 | 2024年9月 | 2025年5月 | 2025年1月 | 2025年4月 | 2025年10月 | 2025年3月 | 2024年7月 | 2025年3月 |
| 購入時に比較検討した燃料タイプ | ー | ー | ー | ー | ー | EV | EV | EV | EV | EV |
| 運転頻度 | 週5~6日 | 週5~6日 | 週5~6日 | 毎日 | 週5~6日 | 毎日 | 週5~6日 | 週5~6日 | 週5~6日 | 週5~6日 |
出所:ジェトロ作成
| 項目 | 消費者A | 消費者B | 消費者C | 消費者D | 消費者E | 消費者F | 消費者G |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 居住地 | デリー | デリー | デリー | デリー | ムンバイ | ムンバイ | ムンバイ |
| 年齢 | 37 | 42 | 44 | 44 | 41 | 35 | 31 |
| 所有車燃料タイプ | EV | HEV | EV | HEV | EV | HEV | EV |
| 所有モデル | MG・ウィンザー | トヨタ・ハイライダー | タタ・ネクソン | マルチスズキ・グランドビターラ | 現代・クレタ | トヨタ・ハイライダー | タタ・カーヴ |
| 購入時期 | 2025年2月 | 2025年3月 | 2024年11月 | 2024年8月 | 2025年5月 | 2024年7月 | 2024年11月 |
| 購入時に比較検討した燃料タイプ | ー | EV | ー | EV | EV | EV | EV |
| 運転頻度 | 毎日 | 毎日 | 毎日 | 毎日 | 週5~6日 | 週5~6日 | 週5~6日 |
出所:ジェトロ作成
本稿での分析にあたっては、(1)のアンケート調査で収集したデータを定量的に示しつつ、(2)および(3)で得た消費者のコメントを定性データとして使用した。(1)、(2)、(3)は、それぞれ異なる消費者から得た回答・コメントであるものの、調査対象者を統一的な基準(表1参照)で選定、内容に齟齬・誤解のないように整理したため、両者を組み合わせて分析した。
約9割が新車購入段階でEVを検討、動機はコスト効率
アンケートの結果、自身が現在所有する燃料タイプに限らず、全体(n=188、複数回答)の約87.8%が新車購入段階でEVを検討したと回答。ガソリン車を保有する回答者(n=80)に至っては、ほぼ全員がEV購入を検討したと回答した。
EVを検討した理由としては、「ランニングコストの低さ」を挙げる声が多かった。前稿で示したように、EVはガソリン車やその他の燃料モデルと比較して、車体価格が相対的に高い。しかし、ランニングコストという視点では、ほかの燃料モデルを上回る効率の良さが特長だ。ムンバイ在住の消費者Gは「デザインや機能などを理由にEVを選択する人もいるとは思う。しかし個人的には、コスト一点張りで検討した。職場まで、毎日長距離(1日あたり100km~150km)走行するため、長距離走行でランニングコストが最も良かったのがEVだったことから購入に至った」と語った。そのほか、消費者Bは「ランニングコストもさることながら、ほかの燃料タイプ車と比較して維持費が低いのは魅力的だ」と述べた。

友人・知人からの口コミが決め手で購入判断
EV購入検討を進めるにあたって、参考にした情報ソースを聞いたところ(n=200、複数回答)、「友人・知人からの口コミ」が21.0%と最多で「インターネットでの情報収集(20.5%)」をわずかに上回った。
消費者Dは「購入に際しては、ショールーム訪問やテストドライブを通じて、実物を実際に見るようにしているが、既に所有している人のフィードバックは、非常に重要。EVを所有する友人に、事細かに使用感を聞いて購入の検討材料にした」と述べた。ほかの複数の消費者からも同様の声が挙がり、身近な人の意見やアドバイスをより重要視していることが分かった。
魅力は、スムーズな初速と静音走行
EVの魅力について、消費者Aは「滑らかで静かな走行が可能」と述べる。ガソリン車に比して走り出しや初速スピードの上がり方が非常に自然であり、またエンジン音などがないため、運転中も静かである点を魅力として挙げた。同様の指摘をする消費者は多く、「騒がしいインドの街中でも、EVなら車内は静かで気持ちも落ち着く」とする声もあった。
そのほか、内燃機関がないことから車内スペースが広く、ガソリン車よりも快適な運転体験を実現できるという声や、高度な運転技術を要しないため、運転が容易という声も上がった。消費者Bは、「幼い子供がおり、EVにとても興味があるようで、事あるごとに乗りたがる。以前、自宅ガレージに駐車中のEV車内で一晩子供と共に過ごしたことがあった。背もたれをリクライニングでフラットにして、そのまま横になって寝た。車内スペースが広いため、車内で寝る場合にも問題なく、快適に過ごせた」とコメントした。
また消費者Cは「妻は、あまり運転が得意でない。しかし、EVなら簡単な操作で運転できる。そのため、ゆくゆくは妻に譲るつもりでEVを購入した」という声もあった。
課題は充電環境。低いリセール価格も懸念
EVを使用するうえで気になるのが、充電状況だ。アンケート結果によると、回答者(n=80、複数回答)の97.5%が、充電場所として「自宅」を選択した。また、充電頻度については、71.3%の回答者が「2~3日に1度」と回答した。充電場所として自宅を選択する理由として、消費者Fは「街中にも充電設備自体はあり、アプリで簡単に充電ステーションを探せるサービスなどもある。しかし実際には、アプリ上で示された位置に充電設備が存在しないことや、(設備が)壊れていることもある」と懸念をにじませた。
またバッテリー劣化の観点から急速充電を避け、充電にある程度時間をかけたいという思いも、充電場所として「自宅」を選択する人が多い理由だ。消費者Gは、「充電状況は、メーカーのアプリで確認できる。外出時に充電する場合は、充電中に近場で時間をつぶさなければならず、無駄に時間がかかる。自宅ならそのような時間が発生しないため、効率的だ」と語る。実際、アンケート結果を確認すると、最終的にガソリン車を購入した回答者(n=80、複数回答)の88.8%が「充電時間の長さ」を、72.5%が「充電インフラの不足」を、EV購入に至らなかった理由として挙げた。こうして見ると、EV購入の拡大には、充電時間の短縮と充電設備の充実が必要と言えよう。

なお、自宅への充電設備の設置にも苦労は多い。消費者Fは「自身が居住する集合住宅には、既にEVを保有し自宅併設の充電設備を設置している住人がいたので、話が早かった。しかし、自分がその集合住宅で初めてのEVオーナーになる場合などは、充電設備設置にあたり周囲の住人の理解を得る必要があるため、大変だろう。なおムンバイでは、州の政策により新設ビルに充電設備を併設しなければならなくなったため、今後はこういった苦労も減るのではないか」と語った。
集合住宅の駐車スペースに充電設備を設置した例(ジェトロ撮影)
そのほか、EVの課題としてリセール価格を挙げた消費者が多かった。一般的にインドはコストセンシティブな市場と言われており、それはEV購入の動機として「コスト効率」が挙がることからも分かる。この文脈において、バッテリーの劣化に伴って車両価値が下がり、ガソリン車やHEVと比較してリセール価格が低くなるEVは、購入検討の際に尻込みしてしまう消費者も多い。実際に、所有EVに高い満足感を抱いている消費者の中にも「乗り心地やランニングコストは最高な一方で、低いリセール価格が玉にきず」というコメントもあった。
日本メーカーに厚い信頼
最後に、インド、中国、韓国、日本、ドイツの5カ国メーカーに対する印象を聞いた(注)。
まず、地場メーカーは、「乗り心地の良さ」を挙げた割合(n=200、複数回答)が全体の77.0%。続いて「コストパフォーマンス」と回答した割合が72.0%、「利便性」が66.0%と、他国の同項目に対する回答割合に比して高かったのが印象的だ。消費者からは「頑丈で、インドの道路に適していると感じる」とのコメントが多く、地場メーカーの根強い人気がうかがえた。一方で、「車両修理やパーツの取り寄せ時に対応が遅れることが多い。アフターサービスの向上が課題」とコメントする消費者が多かった。
「信頼性」(80.5%)と「安全性」(80.0%)については、日本メーカーに軍配が上がった。また「高品質」(77.5%)と回答した割合も、ドイツメーカー(78.5%)に続いて高く、日本メーカーへの厚い信頼がうかがえる。消費者からは「耐久性に優れているため、特に、長期所有と低メンテナンスを重視する層に好まれる」といったコメントもあった。
韓国メーカーについては、「革新的」と回答した割合が87.5%と5カ国の中で最も高かった。ラウンドテーブル調査や家庭訪問調査でも「スタイリッシュで機能が豊富」という、ポジティブな声が相次いだ。
中国メーカーについては「信頼性」と回答した割合が32.5%と、ほかの4カ国に比して15ポイント以上低かった。外交面では、従前から中国と国境紛争を抱えている一方で、米国のインドに対する相互関税の影響などもあり、足元では関係改善の兆しが見えている(2025年9月10日付ビジネス短信参照)。しかし、消費者の立場では評価が分かれ、どちらかというと「信頼性が低い」とネガティブに捉える消費者が少なくない印象だった。消費者Cは「BYDなどは、技術的に先進的と思う。しかし、全般的に信頼性が低い印象だ」と述べた。
コスト意識強いインド消費者、EV四輪車の広がりは漸次的
これまで、アンケート調査、ラウンドテーブル調査、そして家庭訪問調査で得た回答結果をもとに、インドの消費者がEVに対してどのような印象を抱いているかを概観してきた。インド市場におけるEV四輪車拡大にあたっての課題としては、先に挙げた通り、充電インフラの不足・未整備と低いリセール価格の2点に集約できる。
今回の調査では、一定以上の生活水準を保ち、金銭的にある程度のゆとりがある消費者でも、強いコスト意識を持っていることが分かった。デザインや機能以上に、乗り換え時の車両価値を重視しているのが、インド市場ならではの特徴のように思われる。その観点から、技術進化によりバッテリー劣化の速度が遅くなるなどで車両価値の下落がやわらぎ、同時に他の機能が飛躍的に向上するなどしない限り、EV四輪車がインド市場で爆発的に拡大することは考えにくい。
また消費者視点からそれるため、本稿では詳述を避けるが、インドの電源構成も課題だろう。現時点では、7割が石炭火力で構成されており、モビリティーの電化が本質的にインドのカーボンニュートラル推進の一助になるかは不明だ。政府としても、モビリティー電化は解決策の1つとして位置づけており、「燃料源の多角化を進めていく中でのEV推進」というのが実際の温度感のように感じられる。これらの背景から、今後EV購入への補助が拡大するかも見通せない部分は多く、インフラ整備も含めて徐々に時間をかけてEV四輪車を普及させていて行くというのが、現実的なシナリオと考えられる。
- 注:
- 各メーカーについては、燃料タイプを問わず全般的な印象を聞いた。
消費者視点で考えるインドEV四輪市場
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- 執筆者紹介
-
ジェトロ調査部アジア大洋州課
野本 直希(のもと なおき) - 2016年大手生命保険会社入社、2025年から現職。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部アジア大洋州課
深津 佑野(ふかつ ゆうの) - 2022年、ジェトロ入構。海外調査部海外調査企画課を経て、2023年8月から現職。




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