スタートアップが男性ヘルスケア市場に挑戦(英国、日本)

2025年4月23日

ジェトロ・ロンドン事務所は2024年10月24日、欧州の創薬バイオをテーマにオンライン・ピッチイベントを主催した。英国と欧州からスタートアップ(SU)7社を厳選。そのピッチを、日本のベンチャーキャピタル(VC)やライセシング担当者ら5人が審査した(2024年12月3日付ビジネス短信参照)。

本イベントが目的にしたのは、優れた技術を持つ当地バイオテックSUと、日本のステークホルダーとのマッチングだ。日本からは、製薬会社、VC、医薬品開発業務受託機関(CRO)から20人強が聴講参加した。

ピッチで最も得票して優勝を飾ったのが、カデンス・バイオ(Kadence Bio)だ。同社は、英国に本社を構え、早漏症治療薬を臨床開発中の製薬企業。男性ヘルスケア市場のアンメット・メディカル・ニーズ(注1)に挑戦している (1)カデンス・バイオのジョン・ボゴシアン最高経営責任者(CEO)と、(2)審査員を担ったVC、グローバル・ブレイン(Global Brain)の髙井弘基氏に聞いた(取材日:2025年1月22日)。


ボゴシアンCEOと髙井氏/ジェトロ・ロンドン事務所で(ジェトロ撮影)

偏見を持たれがちな分野にも取り組む

質問:
カデンス・バイオは、アンメット・メディカル・ニーズを特定し技術を確立していった企業なのか。
答え:
(ボゴシアン氏)私たちは技術主導で設立した企業。もともとは、うつ病や不安障害の治療に使える化合物を探索していた。その過程で、共同設立者の1人が男性の射精を遅らせる候補化合物を発見した。市場調査を実施した際に、早漏症治療薬を米国食品医薬品局(FDA)が承認していないことに気づいた。
早漏症は、男性の20%が悩む障害だ。にもかかわらず、偏見が強く話題にされにくい。私たちが開発中の治験薬があると、オンデマンド療法(注2)として薬剤を服用することができる。つまり、性的自発性を維持するための有益なソリューションを提供することが可能になる。早漏は精神的で人間関係に関わる幸福に二次的な影響を及ぼすため、非常に重要な問題と考えている。医薬品開発の取り組みを通じて、このアンメット・メディカル・ニーズに応えることに尽力している。
質問:
オンライン・ピッチイベントに参加した感想は。
答え:
(ボゴシアン氏)ピッチイベントは素晴らしい機会だった。当初は言語の壁を懸念していた。しかし実際には、コミュニケーションがスムーズだった。審査員たちはみな豊富な投資経験を持っていることがよくわかった。
もう1つ、当初持っていた懸念点は、当社の技術が非常にニッチで、必ずしも製薬会社のパートナーシップの議題に上らない分野という点。だからこそ、このピッチイベントで優勝できたことをうれしく思うし、私たちが取り組んでいる問題の認知度を高める機会にもなった。パネルからの質問も大変思慮深く、技術的な側面と、マーケティング戦略を含む商業的な側面について深く切り込んで質問をいただいた。

VCとして最終アセット価値に注目

質問:
VCが企業を評価するうえで重要なポイントは。
答え:
(髙井氏)VCにとっての価値は(技術が)最終的に生み出すアセットにある。そのため、アセットのプロファイルを重点的に評価する。創薬プラットフォーム型企業の場合も同様で、技術だけを純粋に評価しているわけではない。(注3)。
近年、人工知能(AI)創薬技術に注目が集まっている。非臨床段階の研究開発の加速やコスト削減に効果的であることは間違いない。ただ、VCや製薬企業の投資意欲を高めるには、臨床開発成功率の向上が不可欠で、現時点で評価するには時期尚早と考えている。AI技術そのものでなく、生み出すことのできるアセットの価値に着目するのは、そのためだ。特に、生体内(in vivo)データ(注4)は重要な判断材料の1つになる。
カデンス・バイオは、数ある男性の健康領域のSUの中でも、早漏症というアンメット・メディカル・ニーズに対してユニークなアセットを開発している。さらに、実績ある科学者でチームを構成しており、その専門性の高さも評価に値する。こうした点からも注目している。

各地投資環境について、VCとSUそれぞれの立場から

質問:
近年の英国、欧州、日本の投資環境は。
答え:
(髙井氏)欧州の投資環境は着実に活発化している。2024年に、欧州委員会が発表した政治指針にも、ライフサイエンス分野について具体的な提案が多く盛り込まれた。欧州全体としての競争力を強化する姿勢が明確で、その点が評価されつつある。
ロンドンは急成長を遂げているヘルスケア市場の1つ。特に、AIがヘルスケア技術の進化を後押しし、その影響力はますます拡大している。
日本市場には、良い点も悪い点もある。世界の経済状況に左右されにくいという特徴は感じている。
質問:
2024年11月、英国政府は男性の健康に関する戦略計画を発表した(2024年12月10日付ビジネス短信参照)。この影響について、どのように考えているか。
答え:
(ボゴシアン氏)この政策は非常に励みになる。英国政府が男性の精神的な幸福や健康を優先事項として考えているということが分かる。私たちの製品が将来的に保険償還を受ける可能性が出てきたということになる。
現状、セクシャルヘルスに対して患者の支払い意欲は高い。そのため、当社の計画としては保険償還を想定していない。私たちは、男性の抱える問題が間接的にパートナーにも影響を与えると考えている。そのため、女性の健康に焦点を当てている投資家たちとの議論も進めている。

SUとして日本市場挑戦に意欲

質問:
日本市場をどのように見ているか。
答え:
(ボゴシアン氏)私たちは、日本市場に対して強い関心を持ち、早期参入の可能性を探っている。
1つ目の理由は、マーケット規模が非常に大きいこと。日本では早漏のような疾患についてあまり語ることがなく、治療自体をしばしば不名誉と受けとめる。しかし、日本、韓国、中国を含むアジア諸国では、勃起不全治療薬の処方が多く、欧米よりも比較的治療機会が多い。社会的な要因もあり、日本における男性の健康問題は、社会的なプレッシャーやメンタルヘルスの問題に深く関連しているように思う。男性は感情を表に出しにくく、メンタルヘルスに関する話題を避ける傾向がある。そのため、マーケティング戦略で、患者のパートナーを意識したアプローチが重要になると考える。
日本の女性の視点から私たちの薬剤が理にかなっているのかにも、興味がある。近年、日本では出生率が低下しているところ、早漏と妊娠には間接的な関連性があることが分かってきた。早漏による羞恥心により性行為の機会が減る指摘がある。その結果、子供を持つ機会も減少する可能性があると考える。
私たちが日本市場への参入を検討するもう1つの理由は、日本の保険償還制度。バイアグラを例にとると、米国のほとんどの地域や欧州の多くの国で、保険償還を認めていない。しかし日本では健康保険適用の対象になり、償還できる。つまり、日本政府が患者のセクシャルヘルスの治療アクセスを優先しているということがうかがえる。
質問:
カデンス・バイオの日本市場参入に向けた次のステップは。
答え:
(ボゴシアン氏)2024年のバイオテクノロジー展「Bio Japan」に参加し、i2.JP(注5)を通じてステークホルダーとつながることができた。これは、私たちにとって非常に素晴らしいステップだった。私たちはステークホルダーとの関係を構築し、第2相臨床試験のデータが得られ次第、こうしたつながりを日本市場参入の足がかりとして活用することを目指している。
また、将来的に現地法人を設立し、現地スタッフを採用することも考えている。今後は、第2相臨床試験の初期データを活用し、日本でのロードショー(注6)を実施したい。また、日本で臨床試験を実施することも検討している。特に第3相臨床試験に関与することになるだろう。FDAからの承認後すぐに日本での承認申請ができるよう、日本の医薬品医療機器総合機構(PMDA)と話し合いの場を設けていきたい。
さらに、当社の臨床計画に関して地域的フィードバックを反映するため、日本からキーオピニオンリーダーを少なくとも1人、当社の科学諮問委員会に招聘(しょうへい)する予定。この点でも、ジェトロの支援に大変感謝している。

注1:
「いまだ満たされない医療上の必要性」を意味する。患者や医師から強い期待があるにもかかわらず、有効な既存薬や治療がない状態を指す。
注2:
必要な時にだけ服薬し、改善した場合に薬の使用を中止する方法。
注3:
創薬バイオベンチャーは、(1)パイプライン型と(2)プラットフォーム型に2分類できる。(1)は、シーズの探索から、非臨床・臨床試験まで担う。(2)は(1)の事業に加えて、自社の創薬プラットフォームを構え、持続的な候補物質の探索を実現している。カデンス・バイオは(1)の自社パイプラインのみを持ちあわせる企業。
注4:
マウスなどの実験動物を用い、生体内に直接被験物質を投与。その結果、生体内や細胞内での薬物の反応を検出する試験により得られるデータ。
注5:
i2.JPは、ライフサイエンスのオープンイノベーションに特化したオンラインプラットフォーム。アストラゼネカの日本法人が運営している。
注6:
機関投資家に向けた会社説明会。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
榊原 達也(さかきはら たつや)
2023年10月からジェトロ・ロンドン事務所勤務。