品質やブランド力がカギ
米国デミニミス制度廃止の衝撃(3)
2025年10月27日
米国のデミニミス制度廃止により、通関の不確実性が高まった。今後は通関の専門知識と体制整備が不可欠になる。サードパーティー(第三者機関)の活用を投資と考えるべき時代に変化したと言えるだろう。
他方、今般の制度変更は価格の透明性や信頼性の向上を促す契機ともなり、DDP(仕向け地持ち込み渡し・関税込み)条件や関税込み価格の表示が標準化する可能性がある。品質やブランド力で勝負する日本製品にとっては、米国市場での再評価の機会にもなり得る。
米国の越境EC市場を展望する3本シリーズの最終回。
サードパーティーの活用は、コストではなく投資に
デミニミス制度の廃止前、サードパーティー(第三者機関/物流業者や税務・法務の士業専門家が担うのが通例)の利用は、概ね「コスト」と考えられていた。しかし今後は、通関の不確実性をできるだけ少なくするための投資と考えるのが適切な場合も出てくるだろう。例えば、B to Cの越境ECビジネスでは、正確な金額と到着までのリードタイムが購入者の信頼や評価に直結する。換言すると、輸出者側の専門知識や経験が不足したままで輸出すると、輸入者の信頼を失ったり継続購入につながらなくなったりという影響が出かねない。
サードパーティーを利用することで回避の可能性が高まるリスクとしては、大きく4つ想定できる。(1)不十分な通関書類(対策:通関業者の輸出前チェックを通じて整備)、(2) HTSコードの誤分類(通関業者の専門知識を活用して回避)、(3)通関拒否(輸入側ブローカーが手配して保証金を積んでおく)、(4)顧客への追加費用発生(輸出側と輸入側のブローカーが事前計算しておく)だ。
サードパーティーの利用は、品目によって推奨度が異なる。例えば、各種部品・機械、化粧品・医薬品、電子機器・ガジェット、食品・飲料といった品目を製造する企業が原産性判定実務に不慣れな場合は、専門業者のサービス利用が有効ではないか。こうした品目は、製造工程で異なるHTSコードの原材料を加工・化合することが多い。そうした場合、原産地規則に基づいて判断することが必要になりがちだからだ。
HTSコードや関税率は輸出者が無料で調べられる
米国のHTSコードの特定には、米国税関・国境警備局(CBP)の事前教示制度(Binding Ruling)
を利用するのも良い。事前教示制度とは、輸入国・地域の税関に対して、輸出前に輸出品目のスペックや製造工程、使用される原材料などの情報を提示し、それを基に当局から特定商品について関税番号などの提示を受けるシステムのことだ。
もっとも、TPP加盟国や先進国・地域では、過去に税関が提示した関税番号を公開している。米国ではCBPが運営するデータベース「CROSS(Customs Rulings Online Search System)
」を参照することで、過去の事前教示案件を確認できる。加えて、ある程度のHTSコードを把握できており、関税率を調べたい場合は、米国国際貿易委員会(USITC)関税率表
や検索データベース
を用いるのも良いだろう。
その際は、FedEx Trade Networksの世界の関税率情報データベース「World Tariff」を利用すると絞り込みやすい。なお、これは本来、有料のサービスになる。しかしジェトロと同社との契約で、日本の居住者なら、同社のサイトを通じて無料で利用が可能だ。
関税率は決定に3基準
輸入国で税関が貨物の関税率を決定する基準には、3つある。(1)当該貨物の関税番号、(2)原産地、(3)輸入方法だ。
このうち(3)は、特定の国・地域から貨物を適切に輸送したのかどうかを判断するためのもので、積送基準(Shipment Criterion)と呼ぶ。(1)と(2)同様に、原産性を判断する上で重要な役割を果たす。貨物は原産国・地域から仕向け地へ直送するのを原則とする。ただし、第三国を経由しても、同地での実質的変更も原産性を損なうような操作もない場合、原産性の認定に問題は生じない。
日本原産品に対する米国の関税率は、2025年7月の日米関税合意に基づく。具体的には、一般税率(MFN税率)が15%未満の場合、15%になり、15%以上の場合は当該MFN税率となる。例えば、MFN税率が0%の冷凍ホタテ貝の貝柱〔玉冷:たまれい(注)、HTS0307.22.00.00〕の関税率は15%になる。また、油漬けのツナ缶(HTS1604.14.10.10)のMFN税率は35%なので、適用税率は35%になる。
デミニミス制度廃止にはプラス面も
デミニミス制度の廃止は、ビジネスでマイナス面が大きい。しかし、実はプラス面も想定できる。例えば、次の点だ。
- デミニミス上限額を超える取り引きが視野に入りやすく
通関手続きのクライテリアが正式申告と同等になったことで、輸入1件ごとの輸送・通関コストが概ね固定化する。その結果、単価の低い商品を小口で送るメリットが減少する。換言すると、輸出者が「単価の高い商品ラインナップ」や「セット販売」といった方向にシフトする可能性が出てくる。
実際、米系大手越境ECプラットフォームの在米購入者はこれまで、購入額を800ドル以下に抑えがちだった。デミニミス制度自体に詳しくなくても、プラットフォーム上で通関コストを自動計算する結果だ。 - DDP条件提示などが標準化か
越境ECビジネスでは、価格の透明性や配送のタイミングをバイヤーに提示し、それを守ることでバイヤーとの信頼関係が構築されていく。デミニミス制度廃止により関税賦課が前提になる結果、消費者にとって分かりやすく信頼性の高い価格設定の重要性が高まると考えられる。具体的には、「関税込み価格(インコタームズDDP)」や「送料込み価格」の表示が標準化していく可能性がある。
なお、CBPは8月15日、国際郵便を通じた輸入に関してガイダンスを公表した。しかし、各国の郵便当局はこのガイダンスが不十分として、米国に向けてEMSなどで郵送する商品の引き取りを停止している。その背景には、郵便単体での配送ではインコタームズをDDPに指定することが原則できないことがある。米国向け郵送物の引き取り停止要因の1つは、そこにある。 - 米国で中国品の存在感が低下していく可能性
非常に安価に輸入されていた中国産製品が、次第に米国市場から退場していく可能性もある。ひいては、米国市場の健全化も期待できるだろう。商品価格が押し上がると、米国内の競争条件が平等化し、品質やブランド力で勝負できる環境が整うためだ。
他方で、DDPが標準化するとなると、輸出者が関税負担するのが前提になる。それでも在米購入者にとって価値がある(どうしても日本から購入したい)商品なら、輸出者が関税額分を商品価額に上乗せしていようとも、輸出の可能性が高まる。競争条件が整った市場で「Made in Japan」が得意とする「高品質」「安心・安全」といった価値の再評価につながりやすくなるのではないか。
ここまでみたとおり、巨大市場の政策が世界のビジネス環境を変化させ、大きなパラダイムシフトをもたらした。B to Bビジネスへの影響に加えて、B to Cでも大きな変化と対応が大切だ。米国市場へのアクセスには、改めて十分な準備と対策が必要になる。
さらなる対応や情報収集に当たっては、ジェトロなどが発信する情報を活用していくと良いだろう。
- 注:
- ホタテ貝の貝柱だけを冷凍し、商品化したもの。
米国デミニミス制度廃止の衝撃
- 執筆者紹介
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ジェトロデジタルマーケティング部ECビジネス課
志賀 大祐(しが だいすけ) - 2011年、ジェトロ入構。展示事業部展示事業課、ジェトロ・メキシコ事務所海外実習、お客様サポート部貿易投資相談課、海外調査部米州課、ジェトロ・メキシコ事務所などを経て2024年10月から現職。




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