中国、北部地域のグリーン水素で工業分野の脱炭素化を加速

2024年2月9日

中国は2020年9月22日、国連総会で2030年にカーボンピークアウト、2060年に実質的なカーボンニュートラルをそれぞれ目指すことを宣言した。この実現に向けて、風力や太陽光などの再生可能エネルギーを用いて作られるグリーン水素の普及が注目されている。

本稿では、グリーン水素を用いた新しいエネルギーシステムについて、その構築の必要性や中国政府の支援策、各地のプロジェクトの実施状況、その課題と解決策、日本企業との提携可能性について報告する。

中国におけるグリーン水素普及の必要性と世界的な取り組み

世界的な気候変動とますます深刻化する環境問題に対して、世界各国が積極的にエネルギー転換と低炭素社会の実現に向けた各種施策に取り組んでいる。

中国は、世界最大級のエネルギー生産・消費国として、カーボンニュートラルの実現に向けて、エネルギー消費量の多い産業の化石燃料からの脱却を急がなければならない。また、欧州をはじめ世界で「カーボンプライシング(注1)」の導入が広がりつつある中、海外に輸出される中国の一般的な工業製品の脱炭素化も求められている。

こうした中、中国ではグリーン水素を用いたエネルギーシステムに注目が集まっている。中国産業発展促進会の統計によると、2022年末までに中国の電気分解による水素製造プロジェクトは全国で52件着工・稼働している。また、将来の中国の水素供給量におけるグリーン水素の比率は、2030年までに15%に、2060年までに75%にそれぞれ達するとの見方がある(「中国改革報」、2023年10月11日)。

世界各国・地域の取り組み例を挙げると、米国では、クリーン水素(注2)の生産量を2030年までに年間1,000万トン、2050年までに年間5,000万トンにする目標を掲げている。EUでは、産業部門の水素需要量におけるグリーン水素の比率を2030年までに42%へ引き上げるとしている。このように、各国においてグリーン水素の導入目標を掲げている。

グリーン水素の産業育成に向けた政策を相次ぎ発表

水素に関する国家戦略は、2023年3月末までに世界42カ国・地域で策定・公表されている(中国国家エネルギー局(中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)なか、中国では2022年3月に国家発展改革委員会が発表した「水素エネルギー産業発展中長期規画(2021-2035)」(2022年3月29日付ビジネス短信参照)をはじめとして、再生可能エネルギー由来のグリーン水素の製造と利活用を推奨し、工業分野の省エネ化や脱炭素を図る政策を次々と打ち出している(表1参照)。中央政府レベルや省レベルで、水素産業促進策や水素燃料電池車保有数などを設定している。

表1:代表的な国家級支援策の取りまとめ
No 発令
時期
政策名称 主要内容
1 2022年3月 「水素エネルギー中長期発展規画(2021~2035年)」(中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
  • クリーンエネルギーによる水素製造技術と、水素エネルギーの貯蔵・輸送技術を大きく進歩させる。
2 2022年4月 「第14次五カ年規画における石油化学産業の高品質発展促進の指導意見」(中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
  • 「グリーン水素」の大規模な応用を加速させる
3 2022年6月 「第14次五カ年規画再生可能エネルギー発展規画」(中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
  • 再生可能エネルギーを大規模な水素製造に利用することを推進する。
  • 再生可能エネルギーを用いた発電のコストが低く、水素の貯蔵、輸送、利用といった、産業の発展に有利な条件が整っている地域では、再エネ発電による電力を使った水素製造の産業発展を促進し、大規模なグリーン水素製造基地を作る。
  • 化学工業、石炭、交通などの重点分野でグリーン水素代替を実現する。
4 2022年10月 「カーボンピークアウト・カーボンニュートラル標準化促進のアクションプラン」(中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
  • 再生可能エネルギー由来の水素製造、電気と水素の相互変換、燃料電池およびそのシステム分野における、規格の標準化を促進。
5 2023年10月 「工業情報技術分野における2023年国家省エネ・二酸化炭素削減技術・設備推薦の組織化に関する通知」(中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
  • 産業の省エネルギー・二酸化炭素排出削減技術の推奨範囲に、「再エネからの効率的で低コストの水素製造と水素エネルギーの利用」が含まれる。
6 2023年10月 「石油精製業のグリーン化で質の高い発展を促進する指導意見」(中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
  • 石油精製工程における脱炭素の推進、CCUS(二酸化炭素回収・有効利用・貯留)技術の利活用、水素精製などを通じた石油精製業と再エネの融合的な発展の促進、炭素排出に対する管理の強化。
7 2023年10月 「新情勢下にある電力システムの安定保障に関する指導意見」(中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
  • 新エネルギーの出力効率を改善し、高い比率の水素貯蔵を活用し、新しいエネルギーの貯蔵の建設を推進する。

出所:中国政府の発表を基にジェトロ作成

大規模のグリーン水素プロジェクトは新疆ウイグル自治区、内モンゴル自治区、吉林省などに最も集中

中国では、2022年から各地で大規模な再生可能エネルギープロジェクトが立ち上がり、実証実験を開始している。2023年1~9月には、着工開始や承認待ちのグリーン水素プロジェクト数が57件にのぼり、投資総額は約3,000億元(約6兆円、1元=約20円)となる見込みだ(「央視財経」、2023年11月19日)。中国の再生可能エネルギー(風力、太陽光など)は、主に西北、華北、東北地域で豊富であり、大型グリーン水素プロジェクトの多くはこれらの地域に集中している。

表2:着工開始・稼働済みのプロジェクトの一部要約(―は値なし)
No エリア プロジェクト名 投資元と投資額 再エネ種類 グリーンエネルギー
生産量
主な水素の
利用分野
稼働時期
(予定)
1 西北
(新疆ウイグル自治区)
新疆庫車グリーン水素モデルプロジェクト 中国石油化学
投資総額約30億元
太陽光発電
  • グリーン水素
    2万トン/年
製油所でLNGの代替 2023年8月稼働
2 西北
(甘粛省)
張掖水素エネルギー総合応用モデルプロジェクト 中国電力工程
投資総額44億元
太陽光発電
  • グリーン水素
    3,000トン/年
  • グリーンアンモニア
    1万6,000トン/年
燃料電池車の充填用 2023年9月稼働
3 華北
(内モンゴル自治区)
内モンゴルオルドス市風力太陽光融合グリーン水素化工モデルプロジェクト 中国石油化学
投資総額57億元
太陽光・風力
  • グリーン水素
    3万トン/年
  • グリーン酸素
    24万トン/年
石炭加工 2023年2月着工
4 華北
(内モンゴル自治区)
ウランチャブ興和県風光発電水素製造合成アンモニア一体化プロジェクト 中国石油
投資総額41億3,900万元
太陽光・風力
  • グリーン水素
    2万5,700トン/年
合成アンモニア、尿素の加工 2023年着工
2024年末稼働予定
5 東北
(吉林省)
大安風力・太陽光・グリーン水素製造・合成アンモニア一体化モデルプロジェクト 吉林電力など
投資総額63億3,200万元
風力・太陽光発電
  • グリーン水素
    3万2,000トン/年
  • グリーンアンモニア
    18万トン/年
2024年稼働予定
6 東北
(吉林省)
松原水素エネルギー産業園(グリーン水素・アンモニア・メタノール一体化) 中国能源建設
投資総額296億元
風力・太陽光発電
  • グリーン水素
    11万トン/年
  • グリーンアンモニア(メタノール)
    60万トン/年
2023年9月着工
7 東北
(黒龍江省)
チチハル100万トン級グリーン水素エネルギー基地 国家電力投資
投資総額420億元
風力発電
  • グリーンジェット燃料
    40万トン/年
  • グリーンメタノール
    40万トン/年
ジェット燃料 2023年12月着工

出所:政府発表や各種報道を基にジェトロ作成

グリーン水素の製造・利活用の課題と解決策

国際エネルギー機関(IEA)の統計によると、世界の水素製造・使用量に占めるグリーン水素のシェアは1%にも満たない。また、中国の水素供給に占めるグリーン水素の比率は2020年で3%だという。中国でグリーン水素の普及が進んでいない背景には、再エネ発電システムにおける供給の安定性、生産コストの削減、輸送インフラの整備といった問題がある。その課題と解決策の例を、以下3点に分けて説明する。

再生可能エネルギーシステムにおける供給の安定性

再生可能エネルギーを用いた発電は天候などの影響で変動性が高く、水素製造に求められる電力供給量の安定性に欠ける。この問題を解決するために、上記表2に記載の新疆庫車グリーン水素モデルプロジェクトでは、水の電気分解を通じた水素生産における独自の制御システムを開発し、数万トン級のグリーン水素の製造が可能になったと発表した(「北青網」、2023年8月30日)。

生産コストの削減

再生可能エネルギーの利用をめぐっては、その経済性かつ持続可能性について常に議論されている。先述の新疆庫車プロジェクトの担当者によると、長期的なコストを削減する手段としては、太陽光発電の発電効率向上や、電気分解の効率改善による電力消費量の低減が挙げられる。また、水電解の副生物として生成される酸素を販売することで、グリーン水素のコスト削減につながると見込んでいる(「北青網」、2023年8月30日)。また、中国の証券会社の投資分析報告書では、グリーン水素の国内生産コストは2024年に13.72元/キログラム(kg)、2025年に12.90元/kg、2026年以降に10元/kgまで抑えられると予想している。

輸送インフラの整備

中国では、供給側と需要側が地理的に離れており、水素輸送のインフラ整備が求められている。グリーン水素の製造拠点の多くは、主に太陽光や風力など再生可能エネルギーの資源が豊富な内モンゴル自治区、甘粛省、青海省、新疆ウイグル自治区、吉林省、陝西省など北部地域に集中している。一方、グリーン水素の需要地は、石炭化学工業が盛んで集積地となっている西北地域のほか、燃料電池自動車の実証実験を行っている北京市、上海市、広東省、河南省、河北省といった中部、東部地域がメインである。

このような状況の中、遠隔地への輸送について、中国石油化学(SINOPEC)は2023年4月、内モンゴル自治区ウランチャブ市から北京市に至る全長400キロメートル以上の水素輸送パイプライン建設工事に着工した。このパイプラインによって運ばれた西北部地域の水素は、北京・天津・河北地域における既存の化石燃料をグリーン水素に代替することができ、水素燃料電池車へ活用されるという。また、既存のパイプラインと併用するため、天然ガス用のパイプラインを使用して、水素と天然ガスを混合して輸送するための各種実験を進めるなど、エネルギー需給の地理的課題解消のため水素輸送のインフラを整備している。

また、グリーン水素供給地の地産地消の推進については、内陸部における企業誘致も進められている。国務院が2023年10月に発表した「内モンゴルの高品質・中国式近代化発展促進に関する意見(中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」では、現地の新エネルギーの地産地消を奨励し、先進的でグリーンなエネルギーを利用する産業を内モンゴル自治区の工業団地に誘致するとしている。

グリーン水素分野における中国の課題と日本企業との提携可能性

中国は豊富な再生可能エネルギーを有するため、グリーン水素の大量製造に適している。しかし、中国の水素エネルギー産業は発展の初期段階にあり、コスト、市場性、インフラ整備、貯蔵などでさまざまな課題が依然として残っている。また、中国企業は水素貯蔵・輸送容器に使われる材料などを輸入に依存している。

こうした背景の下、中国政府は新エネルギー分野の外資誘致策を打ち出した。中央政府レベルでは2023年1月1日施行の「外商投資奨励産業目録2022年版(2022年11月4日付ビジネス短信参照)」において、再生可能エネルギー由来の水電解による水素の技術開発、貯蔵、輸送、液体化に加え、製造設備、貯蔵・輸送、水素ステーションの建設、燃料電池エンジン、膜電極など水素サプライチェーンのあらゆる分野の外資導入を奨励している。地方政府レベルでは、例えば山西省政府は2023年11月、「山西省の外商投資誘致を拡大する若干の措置」を発表し、「風力・太陽光・火力・蓄電を統合したグリーンプロジェクト」において、応用可能なビジネスモデルを共同で開発するため、外資系企業の参画を奨励する内容が盛り込まれた。

実際に、グリーン水素市場の需要拡大に伴い、外国企業も中国市場への参入を加速させている。中国の水素情報の専門サイト「氫雲鏈」によると、60社近くの外国企業が中国の水素産業で事業展開を行っており、手掛けるプロジェクト数はすでに140件を超えている。進出元の国・地域別では、ドイツ、米国、日本の3カ国で61%を占めている。分野は「燃料電池」「水素ガスの調合・貯蔵・輸送」「燃料電池自動車」の順に多い(注3)。

2023年1月にIEAが発表した、世界各国の水素関連特許(注4)出願数では、水素の製造、貯蔵・輸送、産業への応用という3つの分野において、欧州の特許出願数が最も多く、全体に占めるシェアは28%。次いで日本が24%で世界第2位となった。

日本の高い技術力を背景に、中国では日本企業との水素分野における協力も進んでいる。東芝は2021年12月、工業用設備や再生可能エネルギーなどを取り扱う山東省の山東能源集団と定置用純水素燃料電池システムの開発に関する技術提携契約を締結した。また、2023年3月、トヨタ自動車は中国自動車メーカーの海馬汽車と、燃料電池車(FCV)の研究と商業化で幅広く協力する戦略協力協定を締結している。

国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)では、2030年までに世界全体の再生可能エネルギーの発電容量を3倍に引き上げ、エネルギー効率を2倍にすると合意した(2023年12月14日付ビジネス短信参照)。世界的な脱炭素の流れの中で、中国ではグリーン水素を活用した新しいエネルギーシステムの構築を進め、工業分野のグリーン化を進めている。今後は、水素の製造、貯蔵・輸送、応用分野においても、中国の市場と日本の技術・製品の結合による相乗効果を図りながら、脱炭素に向けて協力する余地が大いにある。


注1:
「カーボンプライシング」とは、企業などの排出するCO2(カーボン、炭素)に価格をつけ、市場メカニズムを通じて排出を抑制する仕組み。炭素税や排出量取引などが含まれる。
注2:
水素は製造方法によって、(1)化石燃料を燃焼させたガスを改質することで製造する「グレー水素」、(2)グレー水素製造工程で排出された二酸化炭素(CO2)を回収し貯留または利用(CCS、CCUS)することでCO2排出を抑える「ブルー水素」、(3)再生可能エネルギーを利用して水を電気分解することで製造し、製造工程でCO2を発生させない「グリーン水素」などに分かれる。ここでいうクリーン水素は(3)に該当。
注3:
「氫雲鏈」2022年3月29日付記事による。
注4:
2011年から2020年に提出された国際特許ファミリー(IPF)。
執筆者紹介
ジェトロ・大連事務所
李 莉(り り)
2007年、ジェトロ・大連事務所入所。経済情報部、進出企業支援センターを経て、対日投資などを担当。2015~18年には、ジェトロ本部(対日投資部)に勤務。