欧州委、ETSⅡの準備は「順調」、CBAMは「移行期間に適応を」
ジェトロインタビュー

2024年3月25日

ジェトロは2024年2月末、EUの排出量取引制度(EU ETS)と炭素国境調整メカニズム(CBAM、注)について、欧州委員会の気候行動総局(DG CLIMA)と税制・関税同盟総局 (DG TAXUD)にインタビューを実施した。EU ETSの取引価格が他国・地域のETSより高い水準を維持していることについて、欧州委は、2050年の気候中立を目指しているEU ETSの設計下では二酸化炭素(CO2)排出に対する価格シグナルも高くなると指摘。2024年1月にCBAM移行期間の初回の報告期限を終えたことについては、「移行期間は学習期間。事業者には徐々に適応してほしい」と述べた。欧州委との主なやり取りは次のとおり。


欧州委員会本部(2024年2月、ジェトロ撮影)
質問:
EU ETSのこれまでをどのように評価するか。
答え:
EU ETSが2005年に始まって以来、ETS対象部門の排出量は37%削減した。長期的な脱炭素戦略を実現するための指標として有用なシステムだと思う。特に電力部門は脱炭素化が進んだ。産業部門も脱炭素化をさらに推進するために、新たな技術を選択する必要がある。
質問:
EU ETSの取引価格は、他国・地域のETSの取引価格より高い(図1参照)。企業競争力の観点から、どのように受け止めているか。また、どれほどの価格上昇まで容認するか。
図1:主要国・地域別のCO2換算1トン当たり取引価格の推移
EU、英国、カナダ、ニュージーランド、カリフォルニア、米北東部RGGI、中国の炭素価格制度別に、2013年から2023年までの二酸化炭素換算1トン当たりの取引価格推移を示した。出所は世界銀行による2023年3月時点のデータ。最新データで炭素取引価格が最も高いのはEUの96.3ドル。以下は英国の88.1ドル、カナダ48.0ドル、ニュージーランド34.2ドル、RGGI15.4ドル、中国8.2ドルと続く。過去10年で全体的に価格は上昇傾向で、2020年までは1.7から24.5ドルの間で推移していた価格が、それ以降はEUを中心に急速に上昇した。なおカナダは2021年以降、英国と中国は2022年以降のデータに限られている。

出所:The World Bank, Carbon Pricing Dashboard (2023年3月時点)を基にジェトロ作成

答え:
取引価格はETSの制度設計に大きく依存する。排出枠が多くある国のETSとEUのETSでは、需給バランスは大きく異なる。EUは2030年までに気候中立を掲げているので、炭素価格も高くなる。 価格の変動にはさまざまな要因がある。近年は欧州のエネルギー危機で、ガスから石炭への転換が進み、取引価格が上昇した。一方、足元では暖冬な上、再生可能エネルギーの利用により、取引価格が少し下がっている(図2参照)。価格が高くなると人々は心配するが、価格上昇には説明が付く。私たちとして重要なのは、取引価格がどれほど上昇するかではなく、制度が機能しているかだ。排出枠に余剰や不足があれば、市場を安定化させるメカニズム(市場安定化リザーブ)も組み込んでいる。
図2:近年のEU排出量取引価格の推移
EU排出量取引について、2019年3月から2024年3月までの5年間の価格推移を示した。出所はインターコンチネンタル取引所 欧州 電子取引 欧州気候取引所 排出枠 (EUA) 先物。2019年3月は24.05ドルで始まった。2021年1月までは40ドル以下を推移していたが、その後上昇。1年後の2022年1月には99.75ドルを記録した。その後、一度下落したが、2023年2月には102.14ドルと再びピークを作った。他方、それ以降は下落傾向にあり、2024年3月14日時点のデータでは59.45ドル。5年間、月別で最も低かったのは2020年3月の19.37ドル、最も高かったのは2023年2月の102.14ドルだった。

出所:インターコンチネンタル取引所 欧州 電子取引 欧州気候取引所 排出枠 (EUA) 先物(2024年3月14日時点)を基にジェトロ作成

質問:
新たに創設するETS(EU ETSⅡ)(2022年12月20日付ビジネス短信参照)のポイントは。
答え:
EU ETSⅡは建物、道路輸送、小規模産業を対象とする。2025年1月から2年間、排出量のモニタリングをして、2027年に制度を開始する予定だ。エネルギー価格が高騰した場合は、2028年に延期する可能性もある。EU ETSをモデルにしており、排出枠を設定する。排出枠の無償割当はなく、有償オークションにより排出枠を購入する必要がある。
EU ETSⅡは、対象セクターの上流の燃料供給事業者に負担を課す設計だ。しかし、車両や暖房利用向けの燃料消費が主な対象となることから、消費者自身がコストを転嫁されていると感じることが想定される。そのような不安を解消するため、政治的には「社会気候基金」の設置なしにEU ETSⅡを成立させるのは不可能だった。社会気候基金は、貧困世帯でエネルギーや交通へのアクセスが難しい人々の支援に充てられる。EU ETSⅡの導入に向けた準備は順調に進んでいる。
質問:
CBAMは2023年10月に移行期間が始まり、2024年1月に1回目の報告を終えた。提出状況はどうか。
答え:
現在、分析中だ。移行期間は学習期間であり、初めから100%の報告書は期待していない。現在は輸入者の多くが(温室効果ガス排出量について)デフォルト値を利用して報告しているが、(実排出量の報告が必要となる今後を見据えて)EU域外の事業者には徐々に適応してほしい。
欧州委は(2026年からCBAMが本格適用される前の)2025年半ばまでに排出量の計算方法などを見直す報告書を作成する。
質問:
CBAMに対するEU域内企業の反応はどうか。CBAM導入に伴ってEU ETSの無償排出枠が削減されることには強い反対が出ているのではないか。
答え:
もちろん議論はされてきたが、カーボンリーケージに対処するには、現在のような無償割当は続けられないという結論だ。代替手段を見つけなければならなかった。CBAMは世界のカーボン・プライシングを促進する効果もある。
質問:
日本企業からは、生産施設(installation)ごとに排出量を管理するEU_ETSと、輸入品目ごとに炭素価格を支払うCBAMはイコールフッティング(同じ競争条件)ではないという声が出ているが、どのように認識しているか。
答え:
日本からそのような声があったことは認識している。(WTOの)無差別原則を順守しつつ、(排出量計算の)精度を高める方法を検討して実施規則を発表した。もちろん、新しい取り組みなので、一般的な算出方法というものがあるわけでもない。移行期間には方法論に関するさまざまな意見に耳を傾け、不必要な負担を生まないように検討していきたい。

注1:
排出枠の超過や余剰分を売買したり、CO2の排出枠を企業ごとに設定したりする排出量取引制度は、制度設計はそれぞれ異なるものの、近年、世界各国で導入が広がっている。中でもEU ETSは世界最大のETSで、EUの排出量の約4割をカバーしており、EUの気候変動対策の柱となっている。一方、EU域内だけ規制を強めると、排出規制の緩い域外からの輸入が増えたり、EU域内企業が域外に流出したりする「カーボンリーケージ」が発生する恐れがある。CBAMは、輸入品にもEU ETSに相当する炭素価格を課し、内外の競争条件を同じにする目的で導入された。
EU ETSの詳細は調査レポート「『欧州グリーン・ディール』の最新動向(第2回)政策パッケージ「Fit for 55」におけるカーボン・プライシングと再生可能エネルギー関連政策」(2022年2月)、CBAMの詳細は調査レポート「EU炭素国境調整メカニズム(CBAM)の解説(基礎編)」(2024年2月)を参照。
執筆者紹介
ジェトロ調査部欧州課
江里口 理子(えりぐち さとこ)
2013年、新聞社入社。記者として広島支局、東京経済部などで勤務。その後、一橋大学国際・公共政策大学院修士課程を経て、2023年にジェトロ入構。