EUが排出量取引制度(ETS)改正案で政治合意、排出上限を大幅削減、道路輸送や建物も対象に

(EU)

ブリュッセル発

2022年12月20日

EU理事会(閣僚理事会)と欧州議会は12月18日、EU排出量取引制度(EU ETS)の改正指令案の暫定的な政治合意に達したと発表した(EU理事会プレスリリース外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。今回の改正は、欧州気候法(2021年4月22日記事参照)において設定された、2030年の温室効果ガス削減目標(1990年比で最低55%削減)の達成に向け、現行のEU ETSの削減目標を引き上げるもの。今回の合意により、改正指令案は、EU理事会と欧州議会の採択を経て、施行される見込み。なお、合意された指令案のテキストは、2022年12月19日時点で未発表だ。

欧州委員会は2021年7月に、EU ETSが開始された2005年比で2030年までに61%削減を提案した(2021年7月16日記事参照)。EU理事会はこの削減率に同意したものの(2022年6月30日記事参照)、欧州議会は63%削減を主張(2022年6月27日記事参照)。両機関の交渉の結果、最終的に62%削減で合意が成立した。現行の削減目標である43%削減から、19ポイントの引き上げとなる。また、これに合わせて、2024年に9,000万トン[二酸化炭素(CO2)換算]分の、2026年に2,700万トン(CO2換算)分の排出枠を削減した上で、毎年の排出上限の削減率を2024~2027年は4.3%、2028~2030年は4.4%とする。

また、EUが温室効果ガス削減規制を強化する中で、規制の緩いEU域外への生産拠点の移転や域外からの輸入増加など、いわゆるカーボンリーゲージの対策として、特定の産業を対象に導入されている排出枠の無償割り当てに関しては、2026年から2.5%削減し、2027年に5%、2028年に10%、2029年に22.5%、2030年に48.5%、2031年に61%、2032年に73.5%、2033年に86%と削減率を加速度的に引き上げ、欧州委提案の2035年から1年前倒しし、2034年から100%廃止する。無償割り当てに代わるカーボンリーケージ対策として導入予定の炭素国境調整メカニズム(CBAM)の設置規則案については、すでに政治合意に至っているが(2022年12月14日記事参照)、今回のEU ETSの暫定合意により、無償割り当ての削減に連動するCBAMの導入時期や年度ごとの導入割合も確定。2026年からの無償割り当ての段階的削減と同時にCBAMを部分的に導入し、2034年の無償割り当て廃止に合わせて、CBAMに完全に置き換える予定だ。

さらに、EU ETSの対象に、海運を新たに加えることでも合意した。測定・報告・検証(MRV)規則の対象となっている5,000トン超の船舶に関しては、2024年から検証済みの排出量の40%を、2025年から70%をEU ETSの対象とし、2026年からは完全に導入する。5,000トン以下の一般貨物船舶に関しても、2025年からMRV規則の対象とした上で、2026年にEU ETSの対象にするかあらためて判断する。

ガソリン車や化石燃料を用いた暖房を主な対象に、新取引制度ETS IIを設置

ガソリン車などの道路輸送と化石燃料を用いた暖房を利用する建物を主な対象に、EU ETSとは別の取引制度としてETS IIを設置することでも合意。この制度は、欧州委の提案どおり、一般消費者ではなく、燃料の供給業者が対象となる。昨今のエネルギー価格の高騰による家計への影響が大きいことから、設置時期を、欧州委提案から1年後ろ倒しし、2027年からとし、エネルギー価格の異常な高騰が続くようであれば、さらにもう1年後ろ倒しし、2028年とすることができるとした。また、ETS IIの排出枠の価格を安定させるためのメカニズムも併せて導入する。

また、道路輸送や建物への拡大は一般消費者に与える影響が大きいことから、こうした一般消費者を支援するための「社会気候基金」の創設でも合意した。同基金は、ETS IIの収入を主な原資とし、加盟国もその25%程度を負担(合計で最大867億ユーロと試算)。加盟国ごとに、ゼロエミッション車の導入、建物のエネルギー効率の改善のための改装などのほかに、直接的な収入支援などを脆弱(ぜいじゃく)な市民や零細企業に提供する。

(吉沼啓介)

(EU)

ビジネス短信 6c23814582e25c59