官民連携で欧州ゲーム産業を牽引するカタルーニャ州(スペイン)

2024年9月9日

英国ロンドンで2024年6月に開催された「ロンドン・テック・ウィーク」で、情報通信技術に特化した英国の市場調査会社オムディア(Omdia)は、2023年の世界のコンテンツ消費額を発表した。ゲームが1,740億ドルとなり、その他のコンテンツ(動画配信:1,280億ドル、音楽配信:304億ドル)と比較して突出して多かった。 スペインは、2023年下半期のEU理事会(閣僚理事会)の議長国を務めた際、ゲーム産業を優先順位の高いクリエイティブ部門に含めるなど、国としてゲーム産業振興に力を入れている。中でも北東部カタルーニャ州は、スペイン国内売上高の52%、雇用の48%、EU域内のゲーム産業における外国直接投資の12.2%を占め、スペインのゲーム産業を牽引する。

本稿では、カタルーニャ州、特にその州都バルセロナで発展を続けるゲーム産業のエコシステムと、ゲームのヘルスケア産業での応用、ゲーム産業において今後さらなる活用が期待される人工知能(AI)の動向について紹介する。

欧州のゲーム産業を牽引するカタルーニャ州・バルセロナ

欧州のゲーム市場に詳しいシモン・リー氏によると(注1)、バルセロナはゲーム分野において欧州で2番目に大きなハブ(拠点)だ。背景には、(1)多様なゲームスタジオの存在、(2)国・州・市の3段階での公的支援、(3)人材の集結、(4)ゲーム専門大学など教育機関の存在、(5)良好な住環境、の5大要素があるという。

バルセロナ発のゲームスタジオとしては、ソーシャルポイント(2017年に米ゲーム会社テイクツー・インタラクティブが買収)、デジタル・レジェンズ(2021年に米ゲーム会社アクティビジョンが買収)などが存在。2024年6月には、フランスのゲーム会社ユービーアイソフトの元幹部が代表を務め、2,500万ユーロの投資を得て開設したスタジオ、ビスポーク・ピクセル(Bespoke Pixel)がバルセロナを本社に選んだ。

世界のゲーム産業全体では近年、レイオフ(解雇)が多く行われ、2024年1~5月には少なくとも1万100人と、2023年の年間を既に上回る人数が解雇された。

バルセロナでも2024年3月、韓国のゲーム会社スマイルゲートのバルセロナ拠点や、バルセロナ発のゲームスタジオのノバラマ(Novarama)が閉鎖された。一方、解雇された従業員の多くは、時間をかけずにバルセロナを拠点とする他のゲーム会社で再雇用先を見つけたという。

このようなエコシステムの形成は、2012年にソーシャルポイントがバルセロナ発のゲームスタジオとして初めて、ゲームを主な投資対象分野としていないベンチャーキャピタル(VC)などから投資を獲得し、シリーズBラウンド(注2)で740万ドルの資金調達に成功したことがきっかけとなっている。

これを機に、VCはバルセロナのゲームスタジオへの投資に関心を持つようになったが、当時、スタジオの数は限定的だった。他方、同時期に州政府は、今後10年間の目標として、州内のゲームスタジオ育成計画を掲げた。カタルーニャ州に新たなゲームスタジオを設立するという官民の方向性が合致したことで、新規事業創出プログラム「ゲーム・バルセロナ(GameBCN)」が誕生した。創設者のリー氏は、「新たなゲームスタジオを作るという共通の目標の下、グローバル企業からローカル企業、また中小規模のスタジオまで自由にコラボレーションできる環境が、バルセロナにおけるエコシステムの活性化につながっている」と語る。

ゲームのヘルスケア産業での応用

カタルーニャ州競争力振興機構(ACCIO)によると、カタルーニャ州は2019~2023年の5年間、ヘルスケア関連技術の海外投資プロジェクトの誘致数で世界第5位の地域となっている。英国アストラゼネカやドイツのバイエル、スイスのノバルティスなど、グローバルな製薬・ヘルスケア企業の技術拠点が13カ所存在する(2024年5月時点)。

また、カタルーニャ州に所在するスタートアップの中では、ヘルステック関連が356社と最大で、全体の16.9%を占める。バルセロナで開催される世界最大規模のモバイル関連展示会「モバイル・ワールド・コングレス(MWC)」の併催スタートアップイベント「4 Years From Now(4YFN)」では、2024年からデジタルヘルス関連のエリアが設置された(2024年3月11日付ビジネス短信参照)。

純粋な娯楽以外を主な目的として設計され、教育や医療的な価値を提供するゲームをシリアス・ゲームと呼ぶ。カタルーニャ州には、ヘルスケア産業のニーズに基づいたシリアス・ゲームの開発を支援するプログラム「シリアス・ゲームズ・ラボ」も存在する。

シリアス・ゲームズ・ラボは、バルセロナを拠点とするオープンイノベーションのコンサルティング会社ペニンスラが、文化省や州内の医療機関などと連携して2023年から開催。ペニンスラのマネージング・パートナーも務めるリー氏は、「ゲームはそのメソッドや仕組みが病気の予防や治癒に利用できる場合もあるが、娯楽を目的としたゲームを開発するゲームスタジオと、シリアス・ゲームに潜在的な需要を持つ医療機関やヘルスケア企業との間には認識のギャップがある。そのギャップを埋める目的でラボを立ち上げた」と話す。

2023年に開催された第1回は、ティーンエイジャー(13~19歳)が安全にソーシャルメディア(SNS)を利用するスキルと知識を身につけることを目的としたゲームを開発するスタートアップのノベリンゴ(Novelingo)、感情をコントロールする力や自尊心を身につけることを目的としたゲームやプラットフォームを開発するキトコ(KitCo)、自殺行動に対するケアと予防措置に関するプログラム「自殺リスクコード」などについて専門家へのトレーニングを目的としたゲームを開発するカタルーニャ中央病院の医療部門の専門家チームの3社・団体が、審査を経て参加した。

参加企業・団体は、それぞれのプロジェクトを分析して欠点や改善の機会を特定した後、メンターによるトレーニングやメンタリングを受けながらシリアス・ゲームを開発し、シリアス・ゲームのモックアップ(見本)やパイロット版を発表する。

前述の3社・団体は、シリアス・ゲームズ・ラボのウェブサイトで、ラボについて、特にメンタリングについて評価。シリアス・ゲームのプレーヤーに対してより効果的なストーリーを開発することや、チームワーク強化などのために有効だった、と述べている。リー氏は、今後のシリアス・ゲームズ・ラボの展開可能性について「国や地域ごとにヘルスケア関連製品に対する規制は異なるので、長期的にはプログラムに多様な国・地域の医療機関から参画してもらい、参加者が多様な国・地域で展開可能なシリアス・ゲームを開発する機会を提供できるようにすることも可能性として考えられる」と話す。

カタルーニャ州・バルセロナにおけるAIの動向

オムディアの調査によると、直近の約20年間で世界のゲーム開発費は一貫して増加しており、ゲーム開発における生成AIの活用が広がりを見せている。カタルーニャ州には488社(2019年比2.7倍)のAI関連企業が存在し、売上高は21億5,500万ユーロ、1万4,500人以上の雇用を創出するなど、南欧で最大規模のエコシステムが存在する。特に、AI関連の外国直接投資の受入額では、2019~2023年の間、西欧では5番目、南欧では最大の地域である。これまでの企業によるカタルーニャ州への投資額で最大の案件としては、NTTデータによる2億900万ユーロの実績がある。

また、2024年6月にはソニーAIが世界で4番目の研究開発拠点をバルセロナに開設した。ソニーAIのプレスリリースによると、同拠点は「味や香りに対する理解を深めるためにAIを応用する研究や、それらが多感覚のエンターテインメント体験にどのように貢献できるかなど、ソニーAIのガストロノミー(美食)関連の探求の拠点としても機能する」という。

バルセロナにおけるAI関連のプロジェクトにおいて中心的な役割を果たしているのは、官民主導でスーパーコンピュータを利用した研究、実装、管理、技術・知識移転を行う研究開発機関であるバルセロナ・スーパーコンピューティング・センター(BSC)だ。2023年11月時点で、世界で最も強力なスーパーコンピュータのトップ20のリストに2分野でエントリーする欧州唯一のスーパーコンピュータとなった「マレノストルム(MareNostrum) 5」を導入し、現在6代目の導入に向けた準備を進めている。

研究は、コンピュータ科学、生命科学、地球科学、科学・工学におけるコンピュータ応用、計算社会科学・人文科学の5分野に焦点が当てられており、研究の1つとして、カタルーニャ工科大学と連携した、聴覚障害者が一般的に直面するコミュニケーションの障壁を克服するためのAIを利用した自動手話翻訳研究ツールの開発などが進む。2023年6月には、バルセロナで開催されたクリエイティブ分野のイノベーションイベント「ソナー+D(Sónar+D)」におけるプログラムの一環として、AIの仕組みを理解し、AIに対する根本的な不安を克服することを目的に、過去30年間、同イベントの音楽フェスティバルに参加したアーティストの楽曲(4万曲)の歌詞を米国オープンAIの大規模言語モデル「GPT-4」を通じて、可視化させ、そのパターンを検証する取り組みも行った。

官民が連携してエコシステムを育み、欧州のゲーム産業をリードするカタルーニャ州・バルセロナ。産業の枠を超えた、今後のさらなる発展が期待される。


注1:
シモン・リー氏は、カタルーニャ州政府などが主催し、毎年2月中旬から9月ごろまでバルセロナで実施される「ゲーム・バルセロナ(GameBCN)」(2024年1月29日付地域・分析レポート参照)の創設者。ジェトロは2024年7月にヒアリングした。
注2:
スタートアップ企業の資金調達のステージの1つ。
執筆者紹介
ジェトロ・マドリード事務所
田中 佳恵(たなか かえ)
2021年、ジェトロ入構。デジタルマーケティング部デジタルマーケティング課を経て、2023年9月から現職。