世界の炭素中立に向け、韓国が新機軸提唱
「カーボンフリーエネルギー(CFE)イニシアチブ」をひも解く

2024年2月29日

「パリ協定」が採択されたのは、2015年のことだった。その結果、「2050年までに炭素中立(carbon neutral)達成」が世界の共通目標になった。

一方、韓国政府は、それまでも炭素中立の達成に向けた取組みを重ねていた。さらに2023年10月19日には、「カーボンフリーエネルギー(以下、CFE)イニシアチブ」として新たな枠組みを世界に向けて提唱。具体的な推進計画を公表した(2023年10月26日付ビジネス短信参照)。

本稿では、この「CFEイニシアチブ」の背景や目的、具体的な内容を解説する。さらに、炭素中立達成に向け現実に世界の新機軸となるのか、最近の動向を交えて探っていきたい。

韓国提唱のCFEイニシアチブとは

尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は2023年9月21日(米国時間9月20日)、第78回国際連合総会で基調演説した。この際、(1) CFEの国際的拡大や(2)「カーボンフリー(以下、CF)連合」の結成を提案した。ちなみにCF連合とは、先進国と途上国の間での気候格差解消に向けたオープンプラットフォームだ(後述)。さらに、これら施策を受け、具体的ビジョンや取り組み内容などが落とし込まれたものがCFEイニシアチブということになる。「CFEイニシアチブ」という言葉が世に出たのも、この基調演説が初だ。 では、そもそもCFEとは何か。改めて確認しておくと、発電過程で炭素を排出しないエネルギー源・処理手法だ。より具体的には、原子力やクリーン水素、再生可能エネルギー(再エネ)、炭素回収・利用・貯留(CCUS)を含む。これを踏まえ、CFEイニシアチブは「無炭素エネルギー全体の使用を拡大し、各国の状況を考慮しながら、有効かつ実効的な手段として普及させていくキャンペーンを推進する」ことになる。「各国の状況を考慮し」という部分を強調していることも注目点だ。これは、韓国のエネルギー事情や関連政策から捉えると理解しやすい(後述)。 さらに2023年10月19日、「CFEイニシアチブ」推進計画が公表された。その中で、2050年の炭素中立達成を目指して進められている世界的な既存枠組み・キャンペーンを2例列挙。それらを現実に世界普及していく上での限界を指摘した。

  • RE100(注1)
    再エネには、天候不順など不可避な変動要因がある。さらに企業の所在地・国によっては発電環境が悪いこともある。これらの要因で、企業負担が増加しかねない。そのため、世界的に一律で普及させる手段として限界がある。
  • 24/7 CFE Compact(注2)
    カーボンフリーエネルギーの調達実績を1時間単位で認証する必要がある。しかし、その具体的な方法や体制が整っていない。そのため、広く参加を促すためには技術的なハードルが非常に高い。

「CFEイニシアチブ」は、こうした限界点を踏まえ、有効かつ一般に導入可能な炭素中立達成手法として世界に提唱したものだ。推進計画では、次の4点が掲げられた。

  1. 認証体制の構築と国際標準化の推進
    企業のカーボンフリー電源の使用実績に対して国際的に認証する「CF認証体制」を構築。もって、国際標準化を推進する。
  2. CF連合の発足とCFEプログラムの開発
    CFEの世界的な拡大と現実的な代案としての定着に向け、官民合同CF連合を国家間の協力主体として発足させる。もって、国内活動の基盤を強化する。
  3. グローバルアウトリーチを通じた拡大
    国際会議などを機にCFEをアジェンダ化する。CFEイニシアチブを国際的に拡大することで、各国政府や企業、国際機関の参加を誘導する。
  4. 国際共同研究と途上国支援の拡大
    主な協力国とのCFE分野のエネルギー国際共同研究を拡大する。これにより、途上国協力プロジェクトを模索する。

このうち「1. 認証体制の構築と国際標準化の推進」の狙いは、企業負担を最小化、利便性を最大化する手法で認証体制を設計することにある。これは、先述の24/7 CFE Compactに関して「技術的なハードルが高い」と指摘した限界点を踏まえた結果と推察される。また、CFE国際標準を策定し、2025年までに国際標準化機関(ISO、IEC)に提案することを目指すとした。

活動主体としてCF連合発足

また「2. CF連合の発足とCFEプログラムの開発」では、2023年10月中に、CF連合を発足させるとした。現に同年10月12日、その創立総会を開催済みだ。その際、会長や理事会のメンバーなどを発表した。産業通商資源部の報道資料(2024年1月29日付)によると、国内産業の代表企業20社が当該連合には参加した(表1参照)。その20社で、国内炭素排出量の67%を占めるという。

表1:CF連合の体制
項目 体制
会長 李會晟(イ・フェソン)気候変動に関する政府間パネル(IPCC)前議長
理事会 大韓商工会議所、韓国電力、韓国水力原子力、サムスン電子、現代自動車、LG化学、ポスコ、ハンファソリューション、GSエナジー、LSエレクトリック、斗山エナビリティ、高麗亜鉛、韓国エネルギー公団
一般会員 麗川(ヨチョン)NCC、産業技術試験院、機械電気電子試験研究院、韓国電力原子力燃料、水素融合アライアンス、ハンファインパクト

CF連合の会長は、李會晟(イ・フェソン)氏だ。産業通商資源部は、同会長について、「『気候変動に関する政府間パネル』の副部長を7年、議長を8年間歴任した。気候変動分野でハイレベルの専門家だ。また、国際的認知度を備えた人物と評価されている」と紹介している。創立総会では、発起主体の理事会メンバーによって、定款、事業計画および予算案が審議・議決された。2023年10月末には法人設立の行政手続きを完了。既に、具体的な活動が始まっている。

李会長は、日刊紙「朝鮮日報」(2023年11月1日付)のインタビューで、「私たちの経済発展に中心的役割を果たしてきた鉄鋼・セメント・石油化学・半導体産業は炭素中立時代に変化を要求されている」「韓国は石油・石炭のような炭素エネルギーが乏しいにもかかわらず、経済発展を遂げることができた。そうした私たちのノウハウと技術力なら、問題なく炭素中立を実現できるだろう」と語った。この発言から、韓国がCF連合を主導していく意義が読み取れる。

「CFEイニシアチブ」推進計画には今後、このCF連合の活動を通じ、国際標準化の推進、CFEプログラム(仮称)を開発していくことなどが掲げられている。

なぜ、韓国がイニシアチブ推進?

ここまで、「CFEイニシアチブ」やその活動主体のCF連合について概観してみた。一方で、そもそも韓国政府はなぜ、これらを推進して国際社会をリードしようとしているのだろうか。そこで、韓国のエネルギー事情や政策の観点から、その背景や狙いを探っていく。

まず韓国は、伝統的に化石燃料(石油、石炭、ガス)への依存度が高い。地理的には、(1)国土狭小で(2)エネルギー資源が乏しい制約を抱える(この点、日本も同様)。(2)のため、伝統的エネルギーの大半を輸入に頼らざるを得ない。事実、中東や中国、北米などから輸入している。また(1)により、太陽光や風力など再エネも大規模開発も難しい。その結果として、発電コストが高くなる。企業や消費者など利用者側にしてみると、割高なエネルギーとして認識せざるを得ない。

事実、2023年1月に公表した「第10次電力需給基本計画」(2023年1月16日付ビジネス短信参照)によると、2018年時点での電源別の発電割合で石炭と液化天然ガス(LNG)の合計が68.7%に上る。再エネはわずか6.2%だ。同計画では、2036年までに石炭・LNG合計を23.7%に減らし、再エネを30.6%まで引き上げることを目標に掲げている。一方で、原子力発電を、2018年の23.4%から2036年の34.6%に引き上げるとしている。再エネを上回る目標が設定されていることになる。さらに、「CFEイニシアチブ」で重要視する水素・アンモニアも、2036年に7.1%まで引き上げる方針だ。(表2参照)

表2:韓国の電源別発電割合 (単位:%)(-は値なし)
原子力 石炭 LNG 再エネ 水素
アンモニア
その他
2018年 23.4  41.9  26.8  6.2  1.7 
2030年 32.4  19.7  22.9  21.6  2.1  1.3 
2036年 34.6  14.4  9.3  30.6  7.1  4.0 

出所:産業通商資源部「第10次電力需給基本計画」

実は、この計画に先立つ「第9次電力需給基本計画」では、やや様相が異なっていた。同計画が策定された2021年1月と言えば文在寅(ムン・ジェイン)政権下で、「脱原発、脱石炭」「再エネ中心のエネルギー転換」を掲げていた。その考え方を反映し、原子力による発電割合を下げ、再エネ発電割合を大幅に引き上げる計画になっていった。つまり、再エネ発電に偏っていた前計画から、原子力発電を増やしバランスを整えた現計画へと変更したわけだ。

この電力需給基本計画の推移や政策方針に鑑みると、CFEイニシアチブが理解しやすくなる。再エネだけでなく原子力や水素を活用した上で炭素中立の達成を目指すという考え方は、その流れを踏まえて出てきたのだろう。さらに現政権は、「原子力」を輸出の戦略分野に掲げ、産業として成長させていくことを重要視している。このことを考えると、CFEイニシアチブの世界的普及は、韓国の原子力発電技術の輸出、ひいては経済成長に資することになる。産業政策の一面も見えてくる。

もっとも、要になる原子力発電の活用は、国ごとにスタンスが異なる。韓国政府としては、高い実現可能性が担保されたエネルギー政策、輸出促進、産業政策を推進しやすくしたい。原子力発電の活用は、その最たるものと言える。いずれにせよ政策推進のためには、CF連合を拡大しCFEイニシアチブに対する国際社会からの賛同を得られると好都合だ。CFEイニシアチブの背景には、そのような狙いも見え隠れする。

イニシアチブの意義をグローバルに発信

朝鮮日報によるインタビュー(前述)に対し李会長は、「我々が主導するCF連合には、米国や日本などから共感を得られるだろう。また、まもなく開かれるAPECやCOP28(国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議)はもちろん、2国間の会議などでもCF連合拡大が本格的に議論されるだろう」と答えた。実際、多くの国際的場面で「CFEイニシアチブ」が語られ、CF連合参画が諸外国に提案されてきた。

その中でも「米韓エネルギービジネス円卓会議」は、大きな成果と言える。この会議は2023年11月16日(現地時間)、APEC首脳会議を機に米国・サンフランシスコで開催された。産業通商資源部の発表によると、韓国・米国の政府高官をはじめ、両国の主要企業(注3)も参加。し、CFEの活用拡大方策について本格的に議論された。同円卓会議において、産業通商資源部の方文圭(パン・ムンギュ)長官(当時)は、「本日参加した韓米の主要企業は、世界経済で大きなシェアを占める。こうした企業が必要とする大規模な電力を安定的に供給し、同時に炭素中立目標を達成するためには、利用可能なすべてのCFEを最大限に活用しなければいけない」と強調。CF連合に対する支持と参加を要請した。

ちなみにこのころは、韓国が2030年万国博覧会の釜山誘致に向けて動いていた時期に当たる。大統領や首相など政府高官や大企業の代表者などが、世界各国にトップセールスをかけていた。2国間の首脳会談などでは、万博に併せて、このCFEイニシアチブの説明・CF連合への参画提案を積極的に取り上げてきた。韓国政府の発表によると、サウジアラビア、英国、フランス、アラブ首長国連邦(UAE)、オランダが、すでにCFEイニシアチブに支持を表明済みだ。特に、英国との間では「クリーンエネルギーパートナーシップ(Clean Energy Partnership)」を締結。CFE推進への共感を確認し技術協力を拡大することにしている。ちなみに英国は、洋上風力発電に加えて、原子力や水素など多様なCFEを活用し発電容量を増やす構えだ。すなわち、当イニシアチブの趣旨に欧州内で最も合致する国の1つと評価されている。それだけに、このパートナーシップは、CFEイニシアチブの拡大を図っていく上で意義深い先進事例になった。

CFEイニシアチブを世界に向けて広く発信する好機になったのが、COP28だった。世界各国が気候変動対策について議論するこの国際会議は、2023年11月30日から12月13日までUAEのドバイで開催。198カ国の首脳が一堂に会している。会期中の2023年12月5日、産業通商資源部およびCF連合が主導した「CFE拡大のための円卓会議」が企画された。同円卓会議には、CF連合の李会長や炭素中立・グリーン成長委員会(注4)の金相浹(キム・サンヒョプ)委員長、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)のアブダラ・モクシ事務局長らが登壇。加えて、サムスン電子、ポスコ、日本製鉄、EPRI(Electric Power Research Institute)など、各国から企業約30社が参加した。CFEを多様な場面でいかに活用するのかなど、議論されている。参加企業からは「炭素中立を実現するための手段を(再エネだけでなく)水素や原発などあらゆるCFEに拡大すると、(温室効果ガス削減を目指す)企業の炭素中立に向けて大いに役立つ」「CFE使用実績を認定する体制が迅速に整備されることを願う」など、期待の声が寄せられた。この結果、COP28の合意文書には、韓国が円卓会議で訴えてきたCFEと関連する記述が加えられている。韓国代表団の活動成果として国内外にアピールできたかたちだ(2023年12月22日付ビジネス短信参照)。

「普及」から「実働」へ

二国間・多国間のアウトリーチ活動は、2023年末から積極的に進められてきた。産業通商資源部とCF連合は、その成果を2024年1月末に公表した。例えば、COP28の成果文書や現段階で支持を得た国、活動内容などを紹介している。また、2024年を「CF連合グローバル協議体に跳躍する元年にする。また、CFEイニシアチブの拡大、発展に向けた活動を本格的に展開していく」と位置付けた。「主要国が参加するグローバル作業班を発足させ、企業のCFE使用実績を認定するためのCFE認証制度を導き出す」としたことは、特に注目に値する。このように具体的なアクションを記載したということは、CFEイニシアチブの進捗が「普及」から「実働」段階へシフトしつつあることを示すからだ。

その後も、CFE円卓会議が開催されている。2024年2月13日には、国際エネルギー機関(IEA)のパリ閣僚会議に合わせ、韓国主導で開催した。この会議には、カナダ、日本、オランダ、英国、IEAなどが参加した。ここでも、CFE活用拡大のための国際的協力について議論が進められた。グローバル作業班の発足やCFEの国際的認証システム構築(先述)を取り上げたことも成果と言えるだろう。なお、この件は韓国側が提案し、参加国も歓迎姿勢だったという。もっとも、作業班発足日程や今後の計画など、具体的な情報が見えてこない。そう考えると、本当の「実働」に向けては、もう少し時間がかかるかもしれない。

このように韓国が主導する炭素中立の新機軸が、CFEイニシアチブだ。その提唱から半年。まだ、緒に就いたばかりではある。同時に、その割には、強い官民リーダーシップの下、先進国を中心に着実に浸透し始めているとも言える。今後さらに目指すのは、(1)世界全体で「2050年炭素中立」を達成する、(2)そのために、各国にとっての新しい救世主になる、そして(3)韓国自らにとってもエネルギー・産業政策の柱になる、ことだ。

しかし、本当にそのような「三方よし」になりうるのだろうか。その成否は、

  • 今後の「実働」段階で、具体的な成果を可視化できるのか、
  • 化石燃料への依存度が高い途上国を含め、多様な主体を巻き込んでいけるか

にかかっている。


注1:
RE100は、2050年まで消費電力の100%を再エネによる発電で調達するという自発的キャンペーンのこと。英Climate Groupが主導し2014年に立ち上がった。2023年11月末時点で、世界の400社以上が参画する。
注2:
24/7 CFE Compactは、毎時、毎日の電力消費量を100%CFEで調達しようとするキャンペーン。米グーグルが提唱。国連が国際イニシアチブとして推進している。2023年11月末時点で、140団体が参画している。
注3:
韓国側からは、サムスングループ、SKグループ、現代自動車、LGグループ、韓国電力などが参加。米国側からは、マイクロソフト、グーグル、アマゾン、エクソンモービルなどが参加した。
注4:
炭素中立・グリーン成長委員会は、「カーボンニュートラル基本法」に基づき設置された専門組織。(1)国のビジョンや中長期の削減目標など、炭素中立について基本的な方向性・計画を示す、(2)政策に関して審議・議決する、(3)推進状況や成果を点検する、といった役割を担っている。
なおカーボンニュートラル基本法は、2022年3月25日に施行された(2022年3月25日付ビジネス短信参照)。
執筆者紹介
ジェトロ・ソウル事務所
橋爪 直輝(はしづめ なおき)
2023年4月、経済産業省からジェトロ・ソウル事務所に出向。経済調査チーム所属。