ドイツ商工会議所の専門家、「CBAMは制度の簡素化が必要」

2024年4月22日

ジェトロは2024年4月10日、EUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)について、シュツットガルト商工会議所で税関・貿易円滑化部門のヘッドを務めるマルク・バウアー氏にインタビューを実施した。同商工会議所はドイツ商工会議所連合会(DIHK)と3月18日に、CBAMの影響を受けた輸入業者を対象にしたアンケート調査(2024年4月1日付ビジネス短信参照、注1)の結果を公表している。バウアー氏はその調査責任者を務めた。


マルク・バウアー氏(シュツットガルト商工会議所提供)

アンケート結果(ドイツ語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますでは、CBAM対象製品の輸入量が少ないにもかかわらず、対応を求められている事業者への影響が大きいことが明らかになった。これを受けて、シュツットガルト商工会議所とDIHKは、CBAMに基づく温室効果ガス(GHG)排出量の報告対象外となる少額貨物の基準額を現行規定の150ユーロから大幅に引き上げることなど、制度の簡素化を提言している。バウアー氏との主なやり取りは次のとおり。

質問:
アンケートを実施した背景は。
答え:
私は商工会議所で長年、税関関連を担当しており、排出量のようなサステナビリティ政策は他部門の所管事項だ。一方、CBAMは、貿易でドイツ企業に大きな影響を与える政策であることが明らかで、早くから注目していた。CBAMの対象品目が明らかになり、素材だけでなく、ネジやボルトなど鉄鋼やアルミの川下製品も含まれたことで、問題の重大性が一層高まった。CBAMの制度設計の改善が必要で、企業にとってわかりやすい制度にする必要があるとDIHKのベルリン本部に訴えて、アンケートを実施することにした。企業の声を欧州委員会に届けていくことが必要だ。
質問:
アンケート結果について、どのように総評するか。
答え:
大方、事前に予想した通りの結果となった。CBAM報告を行う輸入者は通常排出量のデータを把握しておらず、生産者から情報を得る必要があるが、小規模な輸入者は生産者と直接の接点がない場合も少なくない。つまり排出量のデータへのアクセスは中小企業ほどハードルが高いということだ。
予想外という意味では、43%もの回答企業が自由記述を付したことで、こうしたアンケートとしては異例の多さだ。その多くは「内容が分からない」「このような制度が機能すると思えない」といった怒りに近い悲鳴だった。実際、EU域内企業による2023年第4四半期(10~12月)分のCBAM報告実績は約1万3,000件程度で、欧州委員会がこれまでの輸入実績などから想定していた7万件より大幅に少ない数だったとの情報があり、今のところ報告していない企業が多いことが分かっている。
質問:
CBAMは2026年から本格適用されるが、2023年10月に開始した移行期間での報告義務が企業の負担となっている。アンケートでは、報告用ポータル「CBAM移行期登録簿」の手続きについて、71%が「手間が必要以上に多く、過度の労力がかかる」と回答した。日本企業からは、排出量や生産プロセスに関する情報など、CBAMで報告が求められる情報には企業にとって機微な情報も含まれており、輸入者にそうした情報が伝わることに抵抗感があるとの声も聞く。
答え:
移行期間中の報告義務の目的は、輸入者が制度に慣れることと、欧州委が本格適用に向けた制度設計のためのデータを集めることの2つだ。2024年7月までは排出量の算出にデフォルト値(既定値)を用いることができるが、2024年第3四半期(7~9月)分の輸入からは、より具体的なデータを求められる。企業にとって機微な情報であることは理解できるが、欧州委の立場からすると、排出量と生産プロセスに関する情報を比較衡量してデータの信ぴょう性を確認する必要があるということだろう。
報告方法については、欧州委はガイドライン文書や、報告用のフォーマットを公表しているが、改善されているものの、なお内容が複雑過ぎることは確かだ。特に中小企業にとっては、報告を担う輸入者も、データを提供する生産者も、対応するのが大変な制度だ。もともと川下製品が含まれる制度設計ではなかったはずだが、個人的には、ブリュッセル(EU本部)での妥協の結果、十分な影響評価を経ずに川下製品が含まれたように見受けられ、多くの企業に影響を及ぼす制度になってしまったのではないかと思っている。
質問:
他方、本格適用が開始されると、再びデフォルト値(注2)を用いた報告が許容されると理解している。この点、企業はどのような選択、運用をするとみているか。
答え:
デフォルト値は、実際の排出量をモニタリングしたデータと比較すると、一般的に排出量が多い値となりがちである。このため、排出量に応じた課金が生じる本格適用時にデフォルト値を利用すると、企業の費用負担が増える。しかし、排出量を算出する手間はかからないため、より多くの費用を払っても、デフォルト値を使うメリットがあると判断する企業も出てくるとみている。データが得られない中小企業にとっては、デフォルト値を使うか、あるいは少量の輸入ならばEU域外からの輸入自体を断念するという選択肢も考えられる。
質問:
CBAMは、EU域外からの輸入を抑え、EU域内での生産を促進したいという産業政策的な側面もあるとの指摘があるが、どうか。また、CBAMの勝者はだれか。
答え:
欧州委でCBAMを所管する税制・関税同盟総局は通関行政の部局で、産業政策的な考慮はないと思う。欧州議会など政治的な勢力の中には(産業政策的な効果に期待する半面)、CBAMがEU域内の中小企業に負担をもたらすという経済活動の実態を十分に理解していない層もいるかもしれない。CBAMの勝者は「ビッグプレーヤー」だ。また、複雑な制度の導入によってコンサルティングなどサービス事業者にメリットをもたらすことも間違いない。難解なシステムの敗者は中小企業であり、小口輸入者だ。これには小さな企業だけではなく、対象製品の中でとりわけネジやボルトなどの細かい部品を小ロットで輸入する企業は全て含まれる。
質問:
最後に、アンケート結果では、(1)CBAMの適用対象から除外される基準額の引き上げ、(2)生産者から情報が得られない場合の代替手段の設定という制度の見直しを提言している。提言に含めたメッセージとは。
答え:
基準額は現行の150ユーロから、少なくとも1,000ユーロに引き上げるべきで、5,000ユーロならさらに望ましい。あるいは、金額ではなく、例えば、5トン以上の輸入のみ報告とするなど、重量ベースを採用するのも選択肢だ。代替手段については、通関行政に携わってきた立場からすると、輸入者を認可する制度(注3)ではなく、関税のように、輸入時に排出量に伴う負担額を支払う制度にすれば、大幅に簡素化されるのではないか。現在の移行期間を、CBAMを可能な限りシンプルで効果的な制度へと見直していくための時間として活用すべきだ。

注1:
バウアー氏によると、同アンケートは2024年に入ってから、商工会議所のウェブサイト上に匿名で回答する方式で実施。集計対象数は締め切り内に回答した100社程度とのこと。
注2:
移行期間中は、2023年12月に欧州委員会が発表した、対象製品のCNコードごとに生産1トン当たりの二酸化炭素(CO2)排出量の係数を示した世界各国共通のデフォルト値が適用される。欧州委は本格適用の開始までに、移行期間中に収集したデータに基づき、各製品について輸出国ごとのデフォルト値を決定するとしている。
注3:
2026年の本格適用後は、CBAM対象製品を輸入するには、事前に加盟国当局に申請を行い、「認可申告者」として認可を受ける必要がある。CBAMの詳細は、ジェトロの調査レポート「EU炭素国境調整メカニズム(CBAM)の解説(基礎編)」、地域・分析レポート「EUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)に備える」(2023年8月31日付)を参照。
執筆者紹介
ジェトロ調査部欧州課長
安田 啓(やすだ あきら)
2002年、ジェトロ入構。海外調査部国際経済課、公益財団法人世界平和研究所(現・中曽根康弘世界平和研究所)研究員、ジェトロ・ブリュッセル事務所次長などを経て、2023年から現職。