中国の日本酒消費市場動向、国際唎酒師に聞く

2024年3月12日

2023年の日本の中国向け日本酒輸出は減速しながらも、輸出先別では1位を維持し、日本酒の輸出市場に占める中国のプレゼンスは依然として高い。中国では日本酒の認知度向上に伴い、日本酒版のソムリエである国際唎酒師(きき酒師)の活躍の場が増えている。本稿では、中国向け日本酒輸出統計、国際唎酒師の活躍状況、日本酒の消費市場動向などについて概観する。

中国向け日本酒輸出は減速しながらも、輸出先別ではトップ

日本の財務省が発表した貿易統計によると、2023年の日本の中国向け日本酒輸出は、数量で前年比21.6%減の5,794キロリットル、金額で同12.0%減の124億7,000万円となった。2022年までは、新型コロナウイルス禍の影響が出た2020年を除いて増加を続けてきたが、2023年の減速は東京電力福島第一原子力発電所のALPS処理水問題や中国の景気減速による消費低迷などの要因が大きいとみられる(図参照)。

図:中国向け日本酒の輸出量と輸出額の推移(2013~2023年)
2013年896㎘、2014年1,074㎘、2015年1,576㎘、2016年1,910㎘、2017年3,341㎘、2018年4,146㎘、2019年5,145㎘、2020年4,772㎘、2021年7,268㎘、2022年7,388㎘、2023年5,794㎘。中国向け日本酒の輸出額の推移(2013~2023年)は、2013年5.2億円、2014年6.9億円、2015年11.7億円、2016年14.5億円、2017年26.6億円、2018年35.9億円、2019年50.0億円、2020年57.9億円、2021年102.8億円、2022年141.6億円、2023年124.7億円。

出所:財務省貿易統計からジェトロ作成

中国向けの日本酒輸出は減速しながらも、2023年の国・地域別では依然として1位(金額ベース)を保っており、2位の米国(90億9,000万円)、3位の香港(60億2,000万円)を大きく引き離している(表参照)。中国向け輸出額が全体に占める割合は30.4%と、前年比0.6ポイント増えており、日本酒の輸出市場に占める中国のプレゼンスは高い状況が続いている。

表:日本酒の輸出額上位3カ国・地域および輸出額の推移(2013~2023年) (単位:億円、%)
輸出全体金額 1位 2位 3位
国・地域名 金額 シェア 国・地域名 金額 シェア 国・地域名 金額 シェア
2013 105.2 米国 38.7 36.8% 香港 17.1 16.3% 韓国 13.8 13.1%
2014 115.1 米国 41.3 35.9% 香港 18.3 15.9% 韓国 13.1 11.4%
2015 140.1 米国 50.0 35.7% 香港 22.8 16.3% 韓国 13.6 9.7%
2016 155.8 米国 52.0 33.4% 香港 26.3 16.9% 韓国 15.6 10.0%
2017 186.8 米国 60.4 32.3% 香港 28.0 15.0% 中国 26.6 14.2%
2018 222.3 米国 63.1 28.4% 香港 37.7 17.0% 中国 35.9 16.1%
2019 234.1 米国 67.6 28.9% 中国 50.0 21.4% 香港 39.4 16.8%
2020 241.4 香港 61.8 25.6% 中国 57.9 24.0% 米国 50.7 21.0%
2021 401.8 中国 102.8 25.6% 米国 95.9 23.9% 香港 93.1 23.2%
2022 474.9 中国 141.6 29.8% 米国 109.3 23.0% 香港 71.2 15.0%
2023 410.8 中国 124.7 30.4% 米国 90.9 22.1% 香港 60.2 14.7%

出所:農林水産省貿易統計からジェトロ作成

中国語による国際唎酒師の資格取得者、言語別で1位

中国では、日本酒の認知度向上に伴い、日本酒版のソムリエである唎酒師が増えている。唎酒師の資格制度は日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会(以下SSI)が1991年に制定している。また、2009年には外国語で唎酒師の認定試験を実施する資格制度も制定しており、外国語で受験した者には「国際唎酒師」の資格を付与している。

SSIのウェブサイトでは、唎酒師の資格を「飲み手に日本酒を美味(おい)しく飲んでいただくための資格」と規定している。資格取得に際しては、日本酒の基礎知識や周辺知識、味わいや香りの特徴、料理との相性、飲み手の好みに合わせた商品提案力などのスキルが必要とされている。

2024年1月末時点で、唎酒師の認定者数は3万9,977人、国際唎酒師は1万428人となっている。国際唎酒師の認定試験は、日本を含む15カ国・地域で実施されており、英語、中国語、韓国語、フランス語、スペイン語での受験が可能である。2021年2月1日時点の言語別の内訳データによると、中国語での認定者数が最も多く全体の52.7%を占める。

日本酒を提供する・伝えるプロとして、唎酒師は日本酒市場の最前線で活躍している。中国の国際唎酒師2人に、資格取得のきっかけ、資格取得後の活躍状況、中国における日本酒消費市場の最新動向について話を聞いた。

業界関係者の資格取得は頭打ちの状態、愛好者の育成が重要

1人目の李鵬氏は、2017年に国際唎酒師の資格を取得した。中国で同資格試験が導入されたのは2016年であり、1回目の受験生である。現在は中国国際唎酒師協会の副会長兼(日本の)国税庁酒類輸出コーディネーターを務めており、国際唎酒師の育成ならびに日本酒を含む日本産酒類の中国におけるプロモーションに取り組んでいる。李鵬氏に話を聞いた(インタビュー日:2024年1月26日)。


日本酒セミナーで講演する李鵬氏(同氏提供)
質問:
国際唎酒師資格取得のきっかけは。
答え:
2010年に初めて日本酒に触れるまではワインファンだった。日本酒の味に引かれて、日本酒についてさらに知りたくなり、独学でいろいろと勉強した。日本語ができず、2016年に中国語での受験が実施された際、1期生として受験し、資格を取得した。
質問:
資格取得後の活躍状況は。
答え:
現在、中国国際唎酒師協会の副会長をしている。同協会はSSIの中国における国際唎酒師の資格試験の実施に関する運営を手伝っており、提携校(注1)の選定や監督管理などを行っている。提携校の多くは2018~2019年に提携関係を結んでおり、北京、上海、広州、深センといった一級都市と蘇州など上海の周辺都市に集中している。近年は内陸部の成都、重慶、西安にもできている。
また、2018年には日本酒講師の資格を取得し、提携校における講義も担当している。講義内容はSSIが編集した公式テキスト「日本酒の基」で触れた内容のほか、中華料理との相性など、中国の現状に合わせた内容を追加する場合もある。受講者は飲食店、酒販など日本酒業界の関係者が中心となっているが、業界関係者の受講は頭打ちの状態で、ここ2年は伸び悩んでいる。一方で、日本酒の愛好者による資格取得が徐々に増えている。日本酒の市場浸透に向けては、愛好者の育成が重要であり、今後は愛好者に適した科目の設置などの取り組みを強化していく方針だ。
そして、2021年から日本国税庁の酒類輸出コーディネーターに選定されており、日本産酒類の中国における認知度向上に向けて、各種プロモーション事業におけるセミナーの講師などの業務を請け負っている。
質問:
日本酒をめぐる最新市場動向は。
答え:
中国で流通している日本産の日本酒は、正確な統計はないが、約3,000SKU(注2)に達するとみられる。2016年ごろまでは日本に行って新品を探すことが多々あったが、現在は中国内でほぼ不自由なく探せる。720ミリリットル(ml)の日本酒の小売価格はEC(電子商取引)上で200元(約4,200円、1元=約21円)前後からとなっており、プレミアムがつく商品は2,000元を超える場合もある。そのため、主要な顧客層は中高所得層かつ度数の低い酒類を好む層にならざるを得ない。一般的に40~50代の男性には度数の高い白酒を好む人が多いが、この層は主要ターゲットになりにくい。
2023年の日本酒市場は大きなダメージを受けた。ALPS処理水問題や中国の消費低迷による要因が大きく、とりわけ日本料理店における日本酒の消費の落ち込みが激しい。2024年も影響が続く見込みであり、優勝劣敗が進むであろう。中国市場をしっかりと研究し、ブランドの育成に地道に取り組んでいくことがさらに重要となってくる。
日本酒の主要販路はこれまで日本料理店、高級スーパーマーケット、ECだったが、今後は中華料理店の開拓も重要である。中でも、ミシュラン星付きレストランや新しい潮流を求める消費層がよく利用する個性的な店舗と連携するなど、ターゲット層への影響力のある販路の開拓が効果的と言える。また、消費者が料理店にお酒を持ち込むケースが増えているため、一般消費者がよく利用するEC販路の開拓も重要視すべきである。

中華料理とのコラボで日本酒の魅力をPR

2人目の樊雨絲氏は、2021年に国際唎酒師の資格を取得している。現在は北京でベジタリアン料理と日本酒をウリにする中華料理店を経営している。樊雨絲氏に話を聞いた(インタビュー日:2024年2月1日)。


店舗で日本酒のサービスを行う樊雨絲氏(同氏提供)
質問:
国際唎酒師資格取得のきっかけは。
答え:
2019年に初めて日本酒に触れた。それまでは主にワインやビールを飲んだが、自分に最も合うのは日本酒だと気づいた。米の旨味(うまみ)が生きたコクのある香りや後味がスッキリとした軽快さに魅了された。日本酒の魅力をさらに探りたく、日本酒バーに行って唎酒師に教わったほか、2021年に学校での体系的な勉強を経て、国際唎酒師の資格を取得した。
質問:
資格取得後の活躍状況は。
答え:
2022年末に北京に18席のベジタリアンレストランをオープンした。日本酒が好きであり、かつベジタリアン料理と日本酒の相性が良いと判断したため、アルコールメニューには日本酒のみ載せている。30~40品目を瓶とカップ売りしており、720mlの販売価格帯は300~3,000元、カップ売り(80ml)は60~100元となっている。来店客には30歳前後の女性が比較的多く、カップ売りへの注文が多い。1日当たり十数本の銘柄を開けている。
開店時間は18時で、20時以降から料理と酒を注文する顧客が増える。顧客には先に料理を注文いただき、その料理に合う日本酒を推薦している。四川料理風の味付けで、純粋に辛い料理にはスパークリングの比較的甘口の日本酒を、甘くて少しピリ辛の料理には辛口の日本酒を提案する場合が多い。顧客の95%は日本酒の初心者で、日本酒は飲みやすいとの評判が大半だ。また、一部の顧客は来店するまで日本酒はアルコール度数が高いと思っていたなど、マイナスイメージを持っていたが、当店での試飲を経て日本酒の愛好者になった人もいる。
初心者の大半は日本酒の味に関心が高く、「なぜ果物のような香りがするのか」「甘口と辛口の違いの理由は」などの質問をよく受けている。国際唎酒師の資格証を店内に飾っておくと、私の説明に対する顧客の信頼度が高まるし、店の宣伝にもつながる。また、商品の仕入れ時に考慮する主要要素は味、ラベル、価格で、そのうち味は最も重要である。当店の顧客層や料理に合う味かを判断する際には、唎酒師資格取得時に勉強した知識が生きている。
質問:
消費低迷による影響は。
答え:
消費低迷による影響を確実に受けている。2023年前半までは720mlの販売価格が600元前後の物が売れたが、同年後半から400元前後に下がっている。また、食事のみの顧客も増えている。その一方で、800元以上の日本酒を注文する顧客層は以前と変わらず、大きな影響は出ていない。今後もベジタリアン料理と日本酒のコラボを強化していく予定だ。来店客にはまず料理を楽しんでいただき、その過程で自然に日本酒の魅力を伝えていきたい。

注1:
海外ではSSIの国際唎酒師の資格認定試験を実施している提携校・認定校が61校あり、うち中国本土の学校数は28校と、国・地域別で最も多い(2024年2月22日現在)。提携校の中で、指導実績の優れた教育機関を認定校として認定。中国には提携校のみある。
注2:
SKUは、Stock Keeping Unitの略で、受発注や在庫管理を行う際の最小単位。
執筆者紹介
ジェトロ・大連事務所
呉 冬梅(ご とうばい)
2006年から、ジェトロ・大連事務所に勤務。経済情報部を経て、現在はヘルスケアなど各種事業を担当。
執筆者紹介
ジェトロ・大連事務所
王 哲(おう てつ)
2018年からジェトロ・大連事務所にて勤務。食品やヘルスケア事業などを担当。