マグレブ諸国とチュニジアの政治
中東アフリカから見た世界情勢(1)

2024年4月10日

チュニジアは「アラブの春」の先駆けとなったジャスミン革命から13年を経て、現カイス・サイード大統領が憲法改正により大統領に権力を集中させる政治体制を作り上げた。民主化の流れからの逸脱が指摘され、債務不履行(デフォルト)の回避が大きな課題となるなど経済的にも困難な状況だ。これらのチュニジアの現状、周辺地域との関係、世界情勢の大きな変化の中のマグレブ(北西アフリカ)諸国、今後の展望などに関して、2人の専門家にインタビューした。

第1部の政治編では、フランスで活躍するマグレブ地域の専門家である政治学者ハディジャ・モフセン=フェナン(Khadija Mohsen-Finan)博士に、マグレブ諸国が描く世界像、マグレブ全体の相互関係、チュニジアの政治・外交の現状と今後について聞いた(インタビュー実施日は2024年3月18日)。


ハディジャ・モフセン=フィナン博士(本人提供)
質問:
モフセン=フィナン博士の経歴と現在の活動は。
答え:
チュニジア出身で、マグレブ地域の政治と国際関係を専門としている。パリ政治学院で博士号を取得し、同時に歴史学を学んだ。パリ政治学院とパリ第1大学で教鞭(きょうべん)をとり、フランス国際関係研究所(IFRI)のマグレブ地域のダイレクターを務めた。現在は各紙に寄稿している。
質問:
ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルとハマスの衝突、サヘル地域における軍事クーデターなど、世界情勢が大きく揺れる中、マグレブ諸国は自らをどう位置付けているか。
答え:
世界秩序の再構成が起こっていることは確かだ。 北アフリカ人の目には、西側諸国の衰退、特に米国と欧州の支配力の衰退と映っている。 この見方は、ロシアのウクライナ侵攻以来、特に顕著に現れ、イスラエルとパレスチナの紛争が始まった2023年10月7日以降はさらに強くなっている。こうした中、北アフリカ人は自らをどこに位置づけるべきか自問している状況だ。「グロ-バルサウス」というコンセプトが多く語られる中、特にチュニジアとモロッコは冷戦時代のようには西側諸国に追随することはできず、一方で南アフリカ共和国などをリーダーとするグローバルサウスへの帰属感もない。そのため、浮いた状態になっている。その上、自国の政治経済状況の悪化が加わり、この世界秩序の再構成が、マグレブ諸国に不安を生んでいる。外国に渡ろうとする若者の増加は、その不安を表している。
イスラエルとハマスの衝突に関し、国民と政府の間のギャップが指摘されており、チュニジアでは、政治的メッセージ上は国民と政府は同意しているが、政治的アクションが見られないことに対する国民の不満がある。アルジェリアは、2019年の民主化運動「ヒラック」の再来と暴動に対する政府の危機感からデモを禁止している。モロッコは2020年12月10日、イスラエルと外交関係を再確立し、国民の同意が得られるとしていたが、実際には同意する国民は27%にとどまっているとの統計結果が発表されている。イスラエルとハマスの衝突以来、政府は沈黙を守り、一方で、国民は即時停戦とイスラエルとの断交をも求めた数千人規模のデモが首都ラバトで毎週末、繰り返している。これらの現状の根底には、戦争、権力などに対する大きな疑問があると言え、世界秩序の再構成の問題のみならず、これらのコンセプトの定義が揺るがされている。
質問:
マグレブ諸国間の関係は。
答え:
マグレブ全体の横の関係は存在しない。マグレブ地域としてのまとまったアイデンティティーの意識も存在しない。西サハラ問題でモロッコとアルジェリアが対立し、両国間の冷戦状態が続く中、チュニジアは1957年にハビーブ・ブルギバ初代大統領が提唱した「肯定的中立性」を一貫して守ってきた。しかし、2022年8月、チュニスで開催されたTICAD8(第8回アフリカ開発会議)の際、サイード現大統領が西サハラ・ポリサリオ戦線のブラヒム・ガリ氏を空港で自ら迎え、首脳待遇を図ったことでモロッコの怒りを買い、この問題での中立性を破った。この大きな変化から、アルジェリアのチュニジアに対する影響力の拡大が読み取れる。チュニジアは電力、ガス、石油、国境線地域のイスラム過激派に対する警備、インテリジェンス活動など、あらゆる面でアルジェリアに依存している現実があり、中立を保てない立場にある。中立を守れるだけのカリスマ性のある指導者の欠如も大きい。
質問:
ジャスミン革命後13年を経て、現体制の民主化の流れからの逸脱が指摘されているが、その理由は。
答え:
2011年のジャスミン革命が、最終的には成功しなかった理由は大きく2つある。まず、ベン・アリ政権を倒す原動力となった若者や、政権打倒後に政治を担ったイスラム主義勢力とそれ以外を含めたすべてのエリート層の「政治文化」と呼べる政治的経験の欠如が挙げられる。そのため、前体制を崩壊させることはできても、その代替策を提言できなかった。もう1つの理由は、内外の反革命勢力、つまり民主主義を根本的に恐れる近隣の国々と内部勢力の影響が大きく働いた。これらの反民主勢力が、革命後のチュニジアにおける政治的ポピュリズムを生んだ。
質問:
チュニジアの民主化プロセスは完全に終焉(しゅうえん)してしまったのか。
答え:
2011年に起こったジャスミン革命は、「国民は民主化を求めていない」とされていたアラブ諸国の一国であるチュニジアにとって、あまりに重要でありパラダイムシフトに相当する。チュニジアには「革命の息吹」と呼ばれる尊厳・自由・平等への意思を貫く人々が依然多く存在し、民主化プロセスが完全に収束してしまったとは言えない。一方、現政権の独裁傾向で民主化プロセスが中断されていること以上に大きな問題は、革命=民主化が具体的な生活改善に結びつかなかったことから、民主化を恐れ、民主化が生活苦の原因であると考える傾向を生んだことだ。革命後の政府はどれも、革命の発端が経済・社会問題であったことを忘れ、生活条件の改善、雇用創出といった経済政策を最重要課題に据えなかった。
質問:
2024年後半に予定される大統領選挙に関する予想は。
答え:
大統領選挙が予定通り行われれば、現職のサイード大統領の再選は確実だろう。大統領候補になれる人物は軒並み投獄されているか、裁判中だ(注1)。反対勢力が存在できない状況である。反対勢力はレジスタンスに入っている。マグレブ地域の他の国も同様の状況と言える。サイード大統領の支持層は中産階級だ。大統領の政治方針(政治・社会の清浄化など)を信じる余裕がまだある層と言える。クーデターと呼べる2021年7月の大統領への権力集中(注2)以来、最も強力な支持層は軍部だ。独立後のブルギバ政権、その後のベン・アリ政権下では軍部が軽視されていたのとは裏腹に、サイード大統領は軍の幹部2人を入閣させ、省庁の上層部に軍出身者を配置した。2022年7月25日の憲法改正以来、警察と軍の中立性が失われた。チュニジアはこれまでアラブ諸国の中で唯一、軍が政治的役割を演じてこなかった国だっただけに、大きな変化と言える。
質問:
チュニジアの今後の展望は。
答え:
財政難から、サイード大統領は経済界の引き締めに乗り出し、ビジネス環境の悪化が見られる(注3)。不信感が広がる環境は国民の分裂を生んでいる。しかし、現大統領の政策は経済効果を生むには程遠く、こういったシステムが継続できるとは思わない。
質問:
世界秩序の再構成という状況の中、日本への期待は。
答え:
現在、アフリカ諸国やアラブ諸国の間では西欧諸国を排斥する傾向がある。「一帯一路」政策を積極的に展開する中国に対しては、自国の港湾設備などのインフラ施設が乗っ取られるのではないかという警戒心がある。一方、日本は過去のレガシーがなく、これらのカテゴリーに入らず、「理性の声」を代表することができる有利な立場にある。日本のイメージは白紙に近いが、日本製品は品質が高いことで、国のイメージは非常にポジティブだ。日本製品が比較的高価であるため、それに見合う積極的なアピールやスローガンが必要となってくる。日本はどうして投資しないのか、と疑問に思っている国は多い。日本は積極さが求められている。

注1:
2023年2月22日の反体制派連合「救国戦線」の主要メンバーの逮捕に始まり、同年4月17日には最大野党でイスラム主義勢力のアンナハダ党のラシェッド・ガヌーシ党首が国家治安反乱罪で投獄され、現在に至っている。
注2:
2021年7月25日、大統領の特別措置を定めた憲法第80条を適用し、首相罷免と議会停止を行い、立法権を大統領令で行使し、行政権も直接行使するといった大統領への権力集中が行われた。
注3:
第2部のインタビュー記事を参照。

中東アフリカから見た世界情勢

  1. マグレブ諸国とチュニジアの政治
  2. チュニジア経済の現状と今後
執筆者紹介
ジェトロ ・パリ事務所
渡辺レスパード智子(わたなべ・レスパード・ともこ)
ジェトロ・パリ事務所に2000年から勤務。アフリカデスク調査担当としてフランス及びフランス語圏アフリカ・マグレブ諸国に関する各種調査・情報発信を行う。