Patsnap、AIで知財活用を変革
日本を目指すシンガポール発SU(1)
2024年11月14日
シンガポールで2007年に創業したパットスナップ(Patsnap)は、人工知能(AI)を活用して膨大な特許情報の検索、分析を行い、研究者のイノベーション活動の作業を効率化するソリューションを提供する、シンガポール国立大学(NUS)発のユニコーン(企業評価額が10億ドル以上の未上場企業)だ。同社は今後、日本に現地法人を設立し、日本進出を本格化する。日本市場を目指すシンガポール発のスタートアップの特集第1弾では、Patsnapの共同創業者のグアン・ディアン・アジア大洋州地域担当ゼネラルマネジャーに書面インタビューした(2024年10月5日)。
特許、論文検索時間をAIで大幅短縮
- 質問:
- NUS発のベンチャーとして、2007年にPatsnapを設立した背景は。
- 答え:
- 共同創業者のジェフリー・ティオンCEOがNUS在学時の2005年、1年間の起業家育成プログラム「NUSオーバーシーズ・カレッジ(NOC、注1)」で米国のフィラデルフィアのバイオバレーに派遣された。その時に特許技術の検索を任されたところ、ジェフリーは生体医工学専攻にもかかわらず、特許技術検索の作業が難しく煩雑だと感じた。そこで、特許検索ツールをつくろうと思い立ち、卒業までの約1年間、Patsnapの事業のアイデアを温めた。
- 私もNOCプログラムの卒業生だ。NOCでシリコンバレーに1年間、派遣された。大学最終年にNOCの共通の友人を介してジェフリーと知り合い、Patsnapのことを聞いて即座に一緒に取り組みたいと手を挙げた。以来、約15年間、Patsnapで働いている。
- 質問:
- 2007年に創立して以降、知的財産権(IP)の検索・分析でどうAIを活用したか。また、最近では生成AIをどう事業に取り込んでいるのか。
- 答え:
- Patsnapは、生成AIが台頭する前の2015年より、機械学習やコンピュータビジョン(注2)、セマンティック検索(注3)、自然言語処理の開発に取り組んできた。我々は最近、最先端のイノベーションに関する膨大なデータで訓練した独自の大規模言語モデル(LLM)を開発した。この結果、我々の主要な顧客である各企業の知的財産や研究開発(R&D)の部門担当者が、正確で信頼性の高い回答を参照情報付きで得られるようになった。我々のLLM は、チャットGPTやグーグル開発の「ジェミニ(Gemini)」のような汎用生成AIと異なり、ハルシネーション(誤った回答の生成)の頻度は極めて低い。
- Patsnapのコアビジネスは、イノベーションのすべての過程において、データや分析結果を提供することだ。生成AIを活用することで、例えば、発明届出書「Invention Disclosure」をわずか数分で作成することができる。かつて1週間程度かかっていた作業を数日に短縮し、労働生産性を向上させることで、他社と差別化が可能だ。
- 質問:
- PatsnapのIP検索・分析ツールを使うメリットは何か。
- 答え:
- :約1万5,000社のグローバル企業がこれまでに、PatsnapのAIツールを用いて、イノベーション活動を加速できた。顧客は、自動車、ライフサイエンス、化学、消費財、エンジニアリング、ハイテク分野から法律と幅広い業界にわたる。 Patsnapの独自の革新的なデータで訓練したLLMとAIアシスタント「Hiro」を活用することで、IP関連のタスクの生産性を75%向上し、R&Dに係わる無駄を25%削減できる。
- 例えば、ある大手石油・ガス会社が石油パイプライン内部堆積物の除去施設の設計にあたり、同社のR&Dチームが複数の方法をテストしたところ、すべて失敗した。そこで、Patsnapのデータベースから他の堆積物の除去に関する特許を見つけ、そこからヒントを得て新しい除去方法を設計した結果、除去時間を480分から235分に削減できた。
- また、バイオ医薬分野の中小企業の場合、特許出願の経緯履歴や最新の出願状況、競合の技術の調査にかかる作業時間を、数時間~数日から分単位へと短縮できた。日本企業は既にエンジニアリングやイノベーションにおいて先駆的だが、自社の新規技術の商業化やマーケティングにおいてPatsnapを活用してほしい。
米国や日本、中国などR&D活動の活発な市場に注力
- 質問:
- ユニコーンへと急成長を遂げた背景には、アジア地域でのR&Dやオープンイノベーションの活発化があるのか。
- 答え:
- Patsnapは2021年、シリーズEの資金調達でソフトバンクとテンセントが率いる投資団から総額3億米ドルの資金調達をした結果、ユニコーンに浮上した。アジアでのイノベーション活動の加速によって、Patsnapのサービスの需要が高まったのは確かだ。Patsnapが発行した最新の年次レポート「2024年グローバル・イノベーション100(注4)」では、世界で最も革新的な100社のうち45社がアジアの企業である。2023年のレポートの5社から大きく増え、アジアは国際的なテック開発の一大拠点へと台頭している。
- 質問:
- 東京に2019年、駐在事務所を設置して以降、日本でサービスを開始したが、市場の反応は。
- 答え:
- (日本市場の)反応は非常に好調だ。過去2~3年、日本市場はPatsnapにとって最も成長の著しい市場だ。我々の調査では、日本には顧客となりうる企業や個人が1万以上あり、法人顧客は200社以上に上る(2024年10月)。2024年6月時点の売り上げの伸びは、前年同月比58%に上った。
- 上掲の「2024年グローバル・イノベーション100」によると、日本企業は最も革新的な100社のうち30社を占め、日本は世界で最も影響力のあるイノベーション拠点の1つだ。同30社のうち24社は既に、Patsnapの顧客だ。
- 質問:
- 日本市場での今後の計画は。
- 答え:
- 我々は、世界で、IPや特許の出願件数が多く、R&D支出の多い上位3カ国である米国、中国、日本を優先市場としている。日本は重要な市場であり、日本への投資をさらに拡大する方針だ。今後、日本法人を設立し、人員を増員することで、引き続き顧客を拡大していく。東京で10月1日、Patsnap・フロンティア会議を初めて開催し、幅広い業界から数多くのIPやR&D関係者に出席いただいた。日本の顧客からの好意的なフィードバックと支援に支えられ、日本でのプレゼンスをさらに強化したいという気持ちが高まった。
- 質問:
- 生成AIなど技術の急速な変化に対応する中で、今後5年間の課題は。
- 答え:
- Patsnapにとって向こう5年間の最大の課題は、急速なAI技術の発展のペースに追い付き、IPやR&D部署向けのAIを活用したソリューション提供で競争力を維持することだ。
- 今後、Patsnapがグローバル展開を拡大するなかで、それぞれの地域のニーズを満たすソリューションを調整していく必要がある。例えば、日本市場でシェアを伸ばすために、日本語対応だけでなく、日本の検索エンジン構築にも投資した。
- 企業が世界的にデータに基づくイノベーションへとシフトしている中で、Patsnapが提供するAIを活用したプラットフォームへの需要が今後も高まると予想される。世界のR&D市場が1兆米ドル規模だと考慮すると、Patsnapの市場は極めて大きい。現時点では、10億米ドル規模のR&D市場のある米国、中国、日本、英国、シンガポールに専念している。
- 注1:
- NUSオーバーシーズ・カレッジ(NOC)は、起業に関心のあるNUSの学生を世界のイノベーション拠点に半年から1年間、派遣して、スタートアップなどでのインターンや大学での学習をするプログラム。
- 注2:
- コンピュータが画像を認識し、情報処理するAIの分野。
- 注3:
- AIが大量のデータを学習し、文脈を理解した上で、関連性のより高い検索結果を導く技術。
- 注4:
- Patsnapの2023年版「グローバル・イノベーション100」はPatsnapウェブサイト参照 。2024年版は近日中に同サイトに掲載予定。
日本を目指すシンガポール発SU
- 執筆者紹介
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ジェトロ・シンガポール事務所 調査担当
本田 智津絵(ほんだ ちづえ) - 総合流通グループ、通信社を経て、2007年にジェトロ・シンガポール事務所入構。共同著書に『マレーシア語辞典』(2007年)、『シンガポールを知るための65章』(2013年)、『シンガポール謎解き散歩』(2014年)がある。