日本語人材が集積する大連、複合型人材の需給はアンバランス(中国)
問題の解決には産官学連携が必須に

2024年2月6日

中国の大連市には日本語専攻を有する大学が17校あり、遼寧省全体の約6割を占める。日本語人材が集積する都市としての存在感が大きいが、「日本語+α」の専門能力を有する複合型人材は不足している。大学側は企業のニーズに合致する実践型人材の育成を急いでおり、日系企業との交流・連携を強く希望している。日系企業側も同様のニーズがあり、双方をつなげる枠組みの構築が求められている。

本稿では、日本語教育の盛んな大連市や複合型人材不足の実態、産学連携で人材育成に取り組む企業の現状などについて概観する。

日本語教育が盛んな大連

国際交流基金が2022年11月に発表した「2021年度日本語教育機関調査」によると、日本語学習者数上位10カ国・地域別で、中国が2018年調査に引き続き第1位になったという。その中国における日本語教育の特徴は、大学などの高等教育段階の学習者数の割合が52.7%を占め最多という点だ(注1)。中国ではチベットを除き、すべての地域の高等教育機関で日本語教育が実施されている。なお、中国教育部学生服務・素質発展中心(元全国高等学校学生信息諮詢・就業指導中心)の公表データによると、日本語専攻を有する大学を地域別でみると、江蘇省(40校)、広東省(40校)、山東省(36校)に続き、遼寧省(30校)は第4位だ(図参照)。さらに遼寧省内の内訳をみると、遼寧省全体の6割近くを占めるのが大連市(17校)である。

図:中国地域別の日本語専攻のある大学数
江蘇省40校、広東省40校、山東省36校、遼寧省30校、浙江省29校、上海市23校、吉林省23校、河南省22校、河北省21校、北京市20校、湖北省20校、湖南省20校、江西省20校、四川省19校、福建省19校、陝西省17校、安徽省16校、天津市16校、黒龍江省14校、貴州省10校、広西チワン族自治区9校、重慶市8校、山西省6校、雲南省6校、内モンゴル自治区5校、甘粛省4校、海南省4校、寧夏回族自治区3校、青海省2校、新彊ウイグル自治区1校、チベット自治区0校。

出所:「陽光高考網」のデータ((2024年1月9日現在)を基にジェトロ作成

2019年の日本語能力試験1級の受験者数(注2)でも大連市は、上海市、北京市、広州市に続く第4位だが、人口100万人当たりの受験者数では、第1位に躍り出るほど、日本語人材が集積する都市としての存在感を有している。

大連市で日本語教育が盛んな背景については以前レポートにもまとめたが、いくつかある(2019年2月26日付地域・分析レポート参照)。大連外国語大学や大連理工大学など他地域に先駆けて日本語教育に取り組んだ歴史ある大学が多いこと、1990年代から大連を中心に進出した日系企業への就職や日本への留学などの実利的なニーズがあったこと、などが挙げられる。

「日本語+α」の専門能力を有する複合型人材が不足

日本語人材(注3)を採用する企業側からは、「日本語+α」の専門能力を有する複合型人材が不足しているとの指摘もある。在瀋陽日本総領事館在大連領事事務所が2023年7月に実施した、大連市の日系企業や同市で日本語人材を育成する大学を対象に行った「日本語人材育成フォーラムアンケート結果」(以下、大連領事調査)によると、「日本語能力を重視する日本語人材がほとんど確保できていない」と回答した企業の割合は全体の1割未満だった。他方、「日本語+α」の専門能力を有する複合型人材が確保できていないと回答した企業の割合は約6割を占めた(2023年10月30日付ビジネス短信参照)。

こうした指摘を受け、多くの大学ですでに「日本語+α」の複合型人材の育成に取り組んでいる。

ジェトロ大連事務所が大連外国語大学に対して行ったヒアリング(2023年12月21日)によると、例えば、年間約1,200人の日本語人材を輩出する大連外国語大学では、日本語学部の学生が他学部の知識が学べる。また、ジェトロ大連事務所が2023年3月に行った調査「東北3省の日本語人材」PDFファイル(417KB)によると、日本企業の採用ニーズの高い理工系の専攻においても、副専攻で日本語を教える大学が増えている。例えば、ハイレベルの理工系人材を多く輩出する大連理工大学では1987年に中国初の取り組みとして、機械工学部で「機械+日本語」という日本語強化班を設けた。これ以来、材料専攻やIT専攻でも日本語を教えており、日系企業の評価が高いという。

しかし、前述した大連領事調査からも明らかなように、多くの大学で育成する日本語人材と大連の日系企業が求める人材にはまだギャップがみられる。

学生の就職状況は、大学の重要な評価指標の1つである。近年、社会問題となっている「就職難」を背景に、大学側の日系企業との交流ニーズが高まっている。大連領事調査では、大学からは、日系企業との交流分野として、「企業見学」「インターンシップ」「就職情報に関する一般的な意見交換」「企業によるビジネススキルなど講座の実施」「企業説明会」などの要望が多く挙がっていた。ある大学関係者は「日本語教師の9割は企業での就職経験がなく、即戦力になる学生の指導力が足りない。日系企業との交流と連携は不可欠だ」と指摘した。

産学連携で複合型人材育成に取り組む企業も

産学連携で即戦力のある日本語人材の育成に取り組んでいる日系企業もみられる。野村綜研(大連)科技は2010年に大連に進出。BPO業務からスタートし、現在はITO、KPO、コンサルティング、ITソリューションなどを幅広く展開している。大連外国語大学と連携し、2022年から同大学内に企業連携クラスを開設した。具体的な取り組みについて、同社の楊柳董事に話を聞いた(2023年12月22日ヒアリング)。

質問:
企業連携クラスを始めたきっかけは。
答え:
ポテンシャルの高い新卒者を定期採用で確保したいとの思いを持ったことがきっかけである。大連市の優秀な人材は大都市に流出する傾向が強く、このような取り組みを通じて、若手人材の大連での就職率、定着率を高めればよいと考えた。今後は当社1社による授業設定ではなく、若手人材の採用ニーズがある、または日本語人材の育成における社会的責任を果たしたいと考える日系企業との連携を強化し、より魅力的なプログラムを策定する予定だ。2024年3月に開講予定の第3期はすでに日系企業2社との連携が決まっている。
質問:
大連外国語大学との連携内容は。
答え:
同大学日本語学院の責任者と複数回の交流を実施し、2021年5月に大学側の承認を取得。同年10月に日本語学院の3年生の学生を対象に説明会を行った。参加者60人に対し、学校での成績や面接結果に基づいて30人を選定した。2022年3月には、第1回企業連携クラスを開講した。「IT開発」「日本語(ビジネスメール)」「金融」「ビジネスマナー」などを講座に盛り込み、「IT開発」以外は外部の講師に講演を依頼した。評価は出席率と期末試験で行い、2単位取得可能とした。夏休みと冬休みにもインターンの機会を与え、当社の業務内容や企業文化を深く体験できるようにした。いずれも受講料は無料だ。
質問:
受講者と大学、それぞれの評価は。
答え:
大連外国語大学日本語学院にとって、同取り組みは初めてであり、当初は不安が大きかったと聞いている。当社から毎月定期的に受講者の学習状況を綿密に共有することで、大学側の不安を払拭(ふっしょく)した。学生側の評判も良かったため、現在も連携は続いている。2023年に1期生のうち、6人が当社に入社した。2023年3月に第2期、2024年3月に第3期を開講予定である。
質問:
大学との連携に向けた注意点は。
答え:
企業側と大学側の信頼関係を築くことが大前提であり、双方の対話を強化することが重要である。その過程でどのような講座が学生、企業・業界にとって需要があるかを話し合わないといけない。一方で、多くの大学や日系企業が交流ルートを見つけておらず、ジェトロや大連市政府など公的機関による交流の場の創出に期待している。

産官学による連携強化が必要

2023年10月22日に、大連市で日本語人材の育成と確保をテーマとするフォーラムが開催された(2023年10月30日付ビジネス短信参照)。大連市政府、日系企業、日本語教育関係者など計110人が参加した。参加者へのアンケートによると、企業関係者の82%が「日本語人材確保に関して、大学など日本語教育機関とのマッチングなどの交流事業があれば参加を希望」、日本語教育関係者の98%が「日本語人材の就職に関して、日系企業とのマッチングなどの交流事業があれば参加を希望」と回答しており、双方とも交流の場に対するニーズが高い。

つまり、前述の産学連携を進めている野村綜研(大連)科技のコメントにもあるように、産学連携を拡大するためには、両者をつなげるプラットフォームが必要である、ということだ。例えば、産(日系企業)はジェトロや日本領事館など、学(大学)は大連市で大学を管轄する政府部署または関連協会などの公的機関(官)が取りまとめ、日中の公的機関が連携して両者をつなげる場を作り上げることが考えられる。

大連市には約1,700社の日系企業が進出しており、豊富で優秀な日本語人材が企業発展を支えている。他方、日本語人材をとりまく環境や社会情勢は常に変化している。日本語人材の育成と採用・活用が適切にマッチしていくよう、産官学連携で共に取り組んでいくことが求められている。


注1:
高等教育のほか、初等教育、中等教育、学校教育以外の教育機関がある。
注2:
2020年から2022年までは新型コロナウィルスの影響により、一部の都市で日本語能力試験が中止となったため、各都市間の比較が難しい。
注3:
ここで言う日本語人材とは、業務上、日本語を使用する者を指す。
執筆者紹介
ジェトロ・大連事務所
呉 冬梅(ご とうばい)
2006年から、ジェトロ・大連事務所に勤務。経済情報部を経て、現在はヘルスケアなど各種事業を担当。