東北3省、日本語・理工系人材が集積も、日本での就職に課題(中国)

2019年2月26日

中国東北3省には日本語人材や理工系人材が集積しており、最近では、日本での就職を前提に、東北3省で大卒生の採用を検討する日本企業が増えている。しかし、日本での就職に関する総合的な情報の不足などのため、中国人学生の反応は芳しくない。中国人学生の就職環境やニーズを適切に把握した上で、求人方法を見直す必要がある。

東北3省の大卒者数は年間60万人超

2017年末現在、中国の大学数は2,631校となっている。うち、東北3省には、遼寧省115校、吉林省62校、黒龍江省81校の計258校の大学があり、中国全体の9.8%を占める。2017年の大卒者数は、遼寧省が26万8,767人(地域別大卒者数で全国第13位)、黒龍江省が19万7,183人(17位)、吉林省が17万59人(20位)の計63万6,009人に達した(図1参照)。

図:中国における地域別の大卒者数(2017年)
山東省が最も多い57万1,220人、次いで広東省が51万1,222人、河南省が50万4,119人となっている。東北3省では、遼寧省が26万8,767人、黒龍江省が19万7,183人、吉林省が17万59人に達した。最下位はチベットで9,020人にとどまった。

出所:「2018中国統計年鑑」を基にジェトロ作成

大連を中心に日本語人材が集積

中国で日本語教育が盛んな地域としてよく挙げられるのが東北3省だ。2017年の日本語能力試験1級の受験者数は、3省合わせて1万1,497人で、中国全体の14.7%を占めた(表1参照)。うち、大連は中国の都市別で広州、上海に次ぐ第3位に位置し、人口100万人に占める受験者数でみると第1位に躍り出るほど、日本語人材が集積する都市としての存在感が大きい(2018年5月11日記事参照)。

表1:日本語能力試験1級受験者数(2017年) (―は値なし)
順位 都市 受験者数(人)
中国大陸計 78,382
1 広州 8,919
2 上海 8,426
3 大連 6,175
4 北京 6,126
5 武漢 3,979
6 南京 3,490
7 杭州 3,290
8 西安 2,692
9 天津 2,504
10 長沙 2,445
13 瀋陽 2,057
16 長春 1,586
18 ハルピン 1,443
39 延吉 236
注:
太字は東北3省の地域。
出所:
「日本語能力試験」ウェブサイトを基にジェトロが作成

日本語教育は、大学または語学学校で行われることが多く、特に大学が大きな役割を果たしている。東北3省で日本語専攻を設けている大学数は59校あり、在校生の数は約1万8,000人、年間の卒業者数は5,200人に上る(表2参照)。2000年以降はコンピュータや機械など日本企業の採用ニーズの高い理工系の専攻においても、副専攻で日本語を教える大学が増加しており、それらを加えると日本語人材の数はさらに多くなる。

表2:東北3省の大学における日本語人材数(単位:校、人)
地域 日本語専攻のある
大学数
構成比 在校生数 構成比 卒業生数 構成比
遼寧省合計 27 46% 10,380 58% 2,913 56%
階層レベル2の項目 瀋陽 6 10% 1,733 10% 496 10%
階層レベル2の項目 大連 15 25% 7,512 42% 2,027 39%
階層レベル2の項目 その他 6 10% 1,135 6% 390 7%
吉林省 20 34% 4,550 25% 1,375 26%
黒龍江省 12 20% 3,069 17% 929 18%
東北3省合計 59 100% 17,999 100% 5,217 100%
注:
「日本語専攻のある大学数」と「在校生数」は2018年3月現在、卒業生数は2017年のデータである。
出所:
卓聯教育科技(大連)に調査を委託しジェトロ作成

東北3省の日本語教育が盛んな背景には、他地域に先駆けて日本語教育に取り組んだ歴史ある大学が多いこと、1990年代から大連を中心に進出した日系企業への就職や日本への留学などの実利的なニーズがあったこと、などが挙げられる。近年では、日本のアニメや漫画、ファッション、ポップカルチャー、観光といった文化的側面が日本への興味・関心を喚起し、日本語学習のきっかけになっていることもある。

理工系の人材も多数輩出

東北3省には、日本企業の採用ニーズが高いIT、建設、製造関連などの理工系人材を育成している大学が96校あり、理工系人材の輩出が多い地域とも言える。

この地域における理工系大学のプレゼンスは高い。中国で大学のステータスを表す際にしばしば使用される指標として、「211重点大学」と「985重点大学」(注1)がある。東北3省には、「211重点大学」が11校、「985重点大学」が4校ある(表3参照)。

表3:東北3省の「211重点大学」と「985重点大学」
分野 211重点大学 985重点大学
遼寧省 大連理工、東北、遼寧、大連海事 大連理工、東北
吉林省 吉林、東北師範、延辺 吉林
黒龍江省 ハルビン工業、ハルビン工程、東北林業、東北農業 ハルビン工業
注:
名称の最後の「大学」を省略。
出所:
中国教育在線を基にジェトロ作成

その両方に指定されているのは、大連理工大学(遼寧省大連市)、東北大学(遼寧省瀋陽市)、吉林大学(吉林省長春市)、ハルビン工業大学(黒龍江省ハルビン市)で、吉林大学を除いた3校はいずれも理工系大学となる。同3校は、国内の理工系大学ランキングにおいても上位に位置する(表4参照)。

表4:分野別大学ランキングにおける東北3省の順位 カッコ内の数字は全国ランキングにおける順位を指す。―は値なし。
表中の記号は、大学の所在地について、●遼寧省、▲吉林省、■黒龍江省、をそれぞれ表す。
分野 1位 2位 3位 4位 5位
総合 吉林
(9)▲
遼寧
(39)●
黒龍江
(40)■
延辺
(53)▲
大連
(55)●
理工系 ハルビン工業
(6)■
東北
(9)●
大連理工
(13)●
ハルビン工程
(27)■
大連海事
(48)●
財経系 東北財経
(6)●
ハルビン商業
(15)■
吉林財経
(28)▲
吉林工商学院
(45)▲
ハルビン金融学院
(47)■
医薬系 ハルビン医科
(4)■
大連医科
(17)●
黒龍江中医薬
(18)■
瀋陽薬科
(23)●
遼寧中医薬
(32)●
教育系 東北師範
(4)▲
ハルビン師範
(22)■
遼寧師範
(27)●
瀋陽師範
(32)●
吉林師範
(38)▲
農林系 東北林業
(7)■
東北農業
(9)■
瀋陽農業
(16)●
吉林農業
(23)▲
大連海洋
(31)●
言語系 大連外国語
(11)●
注1:
全国ランキングは、分野ごとに順位づけられた。ただし、言語系分野では、そもそも11大学だけしか発表されていない。
注2:
「吉林工商学院」と「ハルビン金融学院」を除き、名称の最後の「大学」を省略。
出所:
艾瑞深中国校友会網の2019年1月公表資料を基にジェトロ作成

理工系で中国国内の大学ランキング第6位のハルビン工業大学は、力学やロボット開発などで有名だ。特に、宇宙開発分野における貢献が大きく、近年は中国初の有人宇宙船「神舟」の開発にも参画した大学として注目を集めている。卒業生のIT分野での起業も盛んだ。

理工系9位の東北大学は、冶金(やきん)、材料、鉱業、機械などの分野での実績が豊富だ。近年はソフトウエア開発、自動化制御システム開発などのハイテク産業に関わる学科にも力を入れている。中国IT・ソフトウエア開発大手の東軟グループは同大学で創設された。

理工系13位の大連理工大学は、力学、水利、化学などが有名だ。一部の学部では日本語能力も兼ね備えた複合型人材を育成している。2014年には立命館大学と共同で国際情報ソフトウエア学部を開講した。中国の国立大学が日本の大学と学部を共同設立・運営するのは初の試みである。

日本での就職には課題も

このように、東北3省には日本語人材や理工系人材が集積しており、日本での就職を前提に、東北3省の大学の卒業生の採用を検討する日本企業が増えている。しかしながら、中国人学生の反応は芳しくない。主に以下の3つの理由が考えられる。

(1)日中間の賃金格差の縮小

日本企業に中国人IT人材を派遣する企業によると、日本企業のIT人材の年収は300万円からハイレベル人材で700万円を超えるというが、中国の大手IT企業は近年の国内のIT産業の発展とともに賃金格差を縮小させている。

中国の検索エンジン最大手の百度や、電子商取引(EC)大手のアリババ、京東をはじめとする新興企業は、北京、上海、深センやその周辺都市に集積し、破格の待遇で優秀な人材を採用する事例も増えてきている。例えば、百度が人材招聘(しょうへい)サイト「BOSS直聘」で掲載している月給水準は、2万元(約32万円、1元=約16円)を基準としており、最高8万元の例もみられる。

中国のIT人材は給与などの待遇面で、日本企業だけではなく、力をつけてきている中国企業で働く選択肢が以前よりも増えている状況にあると言える。

(2)複合型人材の不足

大連で2010年から毎年、日系企業と中国人人材との面接会を開催しているコンシェルジュ大連によると、「近年、中国に進出している日系企業の求人は、IT人材が最も大きな割合を占めている。日本のIT人材が不足しており、中国でIT人材を求める傾向が強まってきている」という。現在、中国におけるIT人材は売り手市場であることが分かる。

その上で、日本に中国人IT人材を派遣している企業によると、「日本企業は、技術力に加え、日本語能力試験1級レベルの高い日本語能力を求める場合が多い」。

複合型人材の育成は前述の大連理工大学などが力を入れているが、IT人材が売り手市場であることも相まって、日本での就職を前提とした日系企業への応募者は少ない状況である。

(3)日本での就職に関する総合的な情報の不足

中国では現在、日本の映画や漫画などのコンテンツを比較的容易に入手できるが、日本での就職に関する総合的な情報はあまり多くない。人材派遣会社や採用を行う日本企業が提示するのは、一般的な採用条件だけにとどまることが多い。また、大学の就職支援窓口の担当者や大学教員の中で日本での就職経験を有する人員は少なく、学生への適切な指導が難しいことも課題として挙げられる。

こうした背景から、中国人学生は日本での就職について具体的にイメージする際、主として給与など待遇面だけで判断しがちになる。こういう状況は、中国人人材の日本での就職にマイナスの影響を及ぼしている可能性がある。求人の際には、一般的な採用条件だけにとどまらず、日本ならではの魅力をはじめ、日本での就職に関する総合的な情報発信が必要とされる。

日本企業に求められる求人スタイルの見直し

日本で働く外国人高度人材(注2)の主な予備軍は日本国内の留学生だが、今後は中国での採用に乗り出す企業が増えてくることが予想される。東北3省では近年、日本への人材派遣や直接採用に向けた企業の動きが活発化していることがそれを物語っている。

中国の日本語人材や理工系人材、さらには複合型人材を呼び込むためには、日本企業は既存の求人スタイルを見直す必要がある。大連と札幌で人材交流に携わるWORKS PLAZAの琴安国総経理は「日本での就職に関する正確で客観的な情報を大学生向けに広く周知させる取り組みが必要だ」と指摘する。

同社は2018年夏、中国人学生の日本での就職に対する具体的なイメージの形成に向けた取り組みを行った。河南省の鄭州大学IT専攻の3年生10人を9日間、札幌で研修させ、企業見学や生活体験、文化交流を通じて、札幌での就職や生活環境を体験させた。参加者からは「日本に対する印象が良くなった。日本での仕事や生活について具体的なイメージができて非常に良かった。日本語能力をさらに高め、札幌で就職したい」といった声が多数寄せられたという。

琴総経理は「日本での就職を考える中国人学生向けの説明会で、採用条件もさることながら、職場の雰囲気をはじめ、汚染のない自然環境、安心・安全な食品、観光資源、おもてなしの文化など、日本ならではの魅力を積極的に発信すべきだ」と語る。一般的に、現在の大卒生に当たる1995年以降に生まれた中国人は、就職先を選定する際に給与水準だけではなく、余暇の充実など生活面への影響も重視する傾向が強いと言われている。

日中間の経済連携分野において、「新しい日中協力の姿」が模索されている今、中国人材の採用でも、新しい視点が必要とされる時代に入っている。日本企業は、中国人学生の就職環境やニーズを適切に把握した上で、日本での就職に関する総合的な情報発信に努めるなど、求人方法を見直す必要がある。


注1:
「211重点大学」は中国教育部が1995年に定めたもので、21世紀に向けて中国の100の大学に重点的に投資していくとし、112校が指定されている。「985重点大学」は同じく教育部が1998年5月に定めた。大学での研究活動の質を国際レベルに高めるために、211重点大学の中でさらに絞った大学に重点的に投資していくとしたプログラムで、39校が指定されている。
注2:
ここでは高度な知識や技能を有する大卒生を指す。
執筆者紹介
ジェトロ・大連事務所
呉 冬梅(ご とうばい)
2006年から、ジェトロ・大連事務所に勤務。経済情報部を経て、現在はヘルスケアなど各種事業を担当。