フランスの2023年映画産業動向

2024年5月27日

2023年の観客動員数、新型コロナ禍以前の水準下回る

フランス国立映画センター(CNC)の報告によると、2023年のフランスの映画館の観客動員数は約1億8,100万人に達したが、新型コロナウイルス禍以前の水準(約2億人)には届かず、2017年~2019年の平均値を13.1%下回った。

そうした中、ハリウッド大作には多くの人が関心を寄せ、日米合作の「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」(観客動員数710万人、1位)や「バービー」(同580万人、2位)、「オッペンハイマー」(同440万人、4位)などが人気を集めた。また、フランス映画は市場の約40%を占め、2023年の観客動員数上位10本のうち3本、上位30本のうち9本、上位50本のうち15本がフランス映画だった。

2024年の観客動員数については、(1)2023年夏から米国ハリウッドで行われた長期ストライキによって大作の製作スケジュールが変動したこと、(2)2024年夏に開催を控えるパリオリンピック・パラリンピックにより、パリを中心としたイル・ド・フランス地域圏の多くの住民が自宅を離れることが想定されていることから、不確定要素が多いとみられる。「レゼコー」紙(2024年1月2日付)によると、フランス国立映画連盟(FNCF)は前述の要因から、2024年上半期の観客動員数は2023年同期を下回る可能性がありつつも、年間では2023年より増加、もしくは2023年と同程度の観客動員数を見込んでいる。一方、Neuflize OBC銀行の映画部門は、新型コロナ禍以前の水準への回復は2025年を待たねばならないとしている。

また、CNC傘下の映画配給観測所が2013年から2022年までのデータを有する独立系映画配給企業26社を対象に実施した調査によると、映画配給業界の業績は堅調に推移しており、衰退はみられない。同業界全体の2022年の売上高は前年比18.4%増で、新型コロナ禍以前の2017年から2019年の平均値と比較すると、4.4%下回った。2022年に公開されたフランス映画全体では、映画館の入場料収入が投資額を上回っているが(投資額に対する入場料収入率107.1%)、入場料収入で経費を賄えた企業はわずか14.6%で、入場料収入の減少は、テレビや映像での二次利用で補われている。2022年のフランス映画への投資額は1億400万ユーロで、2020年と2021年を除いた過去10年で最低を記録した。また、より多くの映画に資金が分配されるようになったことから、2022年の1作品当たりの平均投資額は36万8,000ユーロで、2013年の100万ユーロを大きく下回った。

2021年では調査対象企業の半数が純利益を計上した一方、赤字を計上した企業は23%で、2017年から2019年の平均値(15%)より増加しており、配給会社の経営状況に差が広がっていることがうかがえる。

映画配給市場では大手による寡占化が進んでいる。2022年に公開された映画のうち、上位30社が封切り作品の約58%、収益の97.4%を独占している。うち上位5社は米国企業で、特に収益の42%を占める上位3社(ウォルト・ディズニー、ユニバーサル・ピクチャーズ、ワーナー・ブラザース・ディスカバリー)の存在は大きい。フランスのスタジオカナル(Studiocanal)は、前出の5社に次ぐ第6位(5.9%)で、パテ(Pathé)やUGC(各5.1%)を抑え、2022年のフランスの配給会社のトップだった。

映画市場では、少数の作品の成功が多くの作品の赤字を補う構図となっている。しかし、作品が商業的に成功するかを予測するのは困難で、多くの映画を公開することがリスクを軽減する方法とされている。そのため、配給する映画を絞らざるを得ない零細企業が必然的に経営危機に直面しており、フランス映画配給業者組合によると、現在危機的な状況にある企業は今後より一層困難な状況に陥る可能性があるという。

世界におけるフランス映画の受容

ユニフランスの暫定データによると、2023年にフランス国外で公開された新作フランス映画は220作品以上で、累積観客動員数は3,740万人、興行収入は2億3,400万ユーロだった。2022年と比較すると、観客動員数は38.5%増となり、7作品が100万人以上の動員を記録した。フランス映画の国外配給先は欧州各国が多く、国外で上映されたフランス映画の観客は、2010年代は欧州各国の顧客が約半数を占めていた。現在はさらにその割合が増え、8割近くに達している。特にロシアは最大の配給先で、2023年のフランス映画の観客動員数は約709万人に上る。また、2023年に国外で最もヒットしたフランス映画はアニメーション映画「ミラキュラス レディバグ&シャノワール: ザ・ムービー」で、年間で700万人以上を動員した。

しかし、国外への配給状況は新型コロナ禍以前の水準には回復しておらず、2019年比で18.5%減となっている。ユニフランスは、フランス以外の地域での新型コロナ禍からの回復の遅れが要因とみている。2023年の最終的なデータは2024年秋に発表される。

フランスにおける日本映画の受容状況

2023年には約20本の日本映画がフランスで公開された。特に宮崎駿監督の「君たちはどう生きるか(フランス語タイトルはLe garçon et le héron)」は多くの観客を動員し、フランスでの同監督作品の観客動員数記録を塗り替えた。本作は公開2週目に観客動員数100万人を突破し、最終的には「千と千尋の神隠し」(観客動員数:143万6,845人)を上回る159万2,840人を動員し、商業的に最も高い成功を収めた。

表:2023年のフランスにおける日本映画(共同製作を含む)の観客動員数
順位 作品名(仏題/邦題) 観客動員数 公開年月日 配給
1 Super Mario Bros. le film 7,359,395 2023年4月6日 Universal Pictures
ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー
2 Le garçon et le héron 1, 592,840 2023年11月1日 Wild Bunch
君たちはどう生きるか
3 Suzume 543,466 2023年4月12日 Eurozoom
すずめの戸締まり
4 Perfect days 373,950 2023年11月29日 Haut et Court
PERFECT DAYS
5 La famille Asada 253,727 2023年1月25日 Art House
浅田家!
6 Hokusai 182,463 2023年4月26日 Art House
HOKUSAI
7 Demon Slayer – en route pour le village des forgerons 109,154 2023年2月3日 Crunchyroll/CGR Events
「鬼滅の刃」上弦集結、そして刀鍛冶の里へ
8 Love Life 100,287 2023年6月14日 Art House
LOVE LIFE
9 Le château solitaire dans le miroir 71,597 2023年9月13日 Eurozoom
かがみの孤城
10 Rendez-vous à Tokyo 64,162 2023年7月26日 Art House
ちょっと思い出しただけ
11 Le grand magasin 59,033 2023年12月6日 Art House
北極百貨店のコンシェルジュさん
12 Les Chevaliers du Zodiaque 56,833 2023年5月24日 Sony Pictures
聖闘士星矢 The Beginning
13 The First Slam Dunk 54,194 2023年7月26日 Wild Bunch
THE FIRST SLAM DUNK
14 La beauté du geste 40,071 2023年11月15日 Art House
ケイコ 目を澄ませて
15 Moi quand je me réincarne en Slime – Le film : Scarlet Bond 33,972 2023年2月1日 Crunchyroll/CGR Events
劇場版 転生したらスライムだった件 紅蓮の絆編
16 Detective Conan : le sous-marin noir 29,839 2023年8月2日 Eurozoom
名探偵コナン 黒鉄の魚影(サブマリン)
17 Professeur Yamamoto part à la retraite 15,117 2023年2月14日 Art House
精神
18 La Maison des égarées 11,529 2023年6月28日 Les films du préau
岬のマヨイガ
19 La comédie humaine 9,218 2023年10月18日 Art House
東京人間喜劇
20 Goodbye 8,152 2023年1月28日 Eurozoom
グッドバイ―嘘からはじまる人生喜劇―
21 Saules aveugles, femme endormie de Foldes 7,417 2023年3月30日 Gebeka Films
めくらやなぎと眠る女
22 N’oublie pas les fleurs 6,681 2023年10月25日 Survivance
百花
23 Déménagement 5,581 2023年3月1日 Eurozoom
お引越し
24 Yamabuki 2,770 2023年8月2日 Survivance
やまぶき

注:観客動員数はCNCの報告とは一致しない。邦題はジェトロにて追記。
出所:Journal du Japonウェブサイトを基に作成

日本映画専門の配給会社アートハウス(Art House)代表のエリック・ル・ボ氏(以下、ル・ボ氏)は最近の日本映画のフランス市場への参入について、2023年6月にCNCのインタビューに応じている。そのインタビューの抜粋は次のとおり。

質問:
(CNC)アートハウスはどのようにして設立されたのか。
答え:
(ル・ボ氏)私が2013年に設立し、現在も経営しているバージョン・オリジナル(Version Originale)という会社で、(フランスの映画配給会社)コンドル(Condor)と共同で5年間映画を配給したことから始まった。その後、アートハウスを設立した。
質問:
(CNC)最初からアートハウスは日本映画の配給に特化していたのか。
答え:
(ル・ボ氏)いえ、途中からだった。コンドルとのパートナーシップは、2012年に黒沢清監督の「贖罪」から始まり、2017年には深田晃司監督の「淵に立つ」を配給したことで、2人の監督との協働を続けた。しかし、初めから日本映画の配給に特化していたわけではなく、当初はイスラエル映画も配給していた。また、今後は韓国映画やスペイン映画の配給も予定しているが、長年にわたり日本映画との関係を深めてきたことは確かだ。
質問:
(CNC)配給する映画はどのように見極めているのか。
答え:
(ル・ボ氏)事業を継続するにつれ、より多くの作品が私たちのもとに集まってくるようになった。例えば、「浅田家!」(2020年・中野量太監督)の配給権は海外セールスを担う配給会社ではなく、日本の製作者側で管理されていたが、「フランスに日本映画に関心を抱いている会社がある」という評判を聞きつけた製作者が当社に直接連絡してくれた。
また、長年のノウハウにより、早い段階で、映画祭などで注目される作品を特定できるようになった。例えば、「君は彼方」(2020年・瀬名快伸監督)はアヌシー国際アニメーション映画祭に出品される前から、「あのこは貴族」(2021年・岨手由貴子監督)はロッテルダム国際映画祭で上映される前から注目していた。
質問:
(CNC)特定の映画によって、日本との関係性は変化したか。
答え:
(ル・ボ氏)商業的にヒットを出すまで、業界内で存在感を示すのは難しいが、観客動員数が25万人を超えた「浅田家!」が変化をもたらし、私たちのフランスのパートナーとの関係にも影響を与えた。また、2018年に配給した「ハッピーアワー」(2015年・濱口竜介監督)も映画ファンの注目を集め、重要な役割を果たした。
質問:
(CNC)フランスの映画館との関係はどうか。
答え:
(ル・ボ氏)配給は、いわば個々の嗜好(しこう)に左右される永遠の闘いのようなものだ。私が日本映画の配給を始めたころ、フランスの映画館で日本映画を公開し、上映し続けることは当たり前ではなかった。例えば、深田晃司監督の「淵に立つ」は、カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門で審査員賞を受賞したにもかかわらず、上映してくれる映画館を探すのは困難だった。配給は、根気が必要な仕事。日本映画が公開されるたびに、映画館側は日本映画に興味を持っている観客が多数存在することに徐々に気づいた。

2024年5月14~25日に、第77回カンヌ国際映画祭が開催された。今年のカンヌ国際映画祭では、スタジオジブリが団体として初めて名誉パルムドールを受賞した。同映画祭の主催者はプレスリリースで、宮崎駿監督、高畑勲監督がスタジオジブリを設立し、40年にわたりアニメ映画に新風を吹き込んだ実績をたたえている。優れた日本映画が今後フランス市場でさらなる支持を得ることができるか、今後の動向が注目される。

執筆者紹介
ジェトロ・パリ事務所
𠮷澤 和樹(よしざわ かずき)
2015年、ジェトロ入構。サービス産業課、クリエイティブ産業課、新産業開発課、デジタルマーケティング課、内閣官房への出向などを経て2023年6月から現職。これまでに日本の映画・映像、音楽、アニメーション、ゲーム、マンガなどをはじめとしたコンテンツ産業、ライフスタイル産業、日本発のスタートアップ企業の海外展開に従事。
執筆者紹介
ジェトロ・パリ事務所
キャロリーヌ アルテュス
1995年からジェトロ・パリ事務所に勤務。映画・映像、アニメーション、音楽、ゲーム、マンガなどの日本コンテンツの海外展開支援やプロモーションを担当。