日系企業は人手不足対策に苦慮
米LA地域の雇用・賃金動向(前編)

2024年3月15日

米国では、新型コロナ禍が明け、多くの企業は人手不足と離職問題に直面した。ロックダウン措置で解雇した従業員は戻らず、より条件の良い職場環境を求めて離職する従業員も急増した。従業員はリモートワークでワーク・ライフ・バランスの価値を実感し、職場通勤の再開を進める雇用者との間で考え方に隔たりが生じた。新型コロナ禍以降の雇用環境への対応に苦慮するのは、カリフォルニア州ロサンゼルスの日系企業も同じだ。本稿では前後編に分け、ロサンゼルスの雇用環境の変化と日系企業への影響について紹介する。

空前の売り手市場に突入

カリフォルニア州政府やロサンゼルス郡が、新型コロナウイルス感染症への対策として2020年3月に導入したロックダウン措置により、企業はオフィスや工場、店舗を一時的に閉鎖、同時に従業員の解雇やリモートワークの導入を進めた。

翌4月のロサンゼルス都市圏の雇用者数は前月比15.2%減の525万人と大幅に減少、失業率は前月の6.1%から16.4%へと一気に上昇した(図1参照)。その後、企業活動の再開に伴い雇用者数は徐々に増加し、失業率も低下した。2023年以降の雇用者数は新型コロナ禍以前の2019年の水準を上回り、失業率も2019年の水準に戻りつつある。

図1:ロサンゼルス都市圏の非農業部門雇用者数(NFP)・失業率
ロサンゼルス都市圏の非農業部門雇用者数(NFP)及び失業率の推移について、2019年1月から2023年12月まで示す。ロサンゼルスでのロックダウン措置の導入後、非農業部門雇用者数は大きく落ち込み、失業率も大きく上昇したが、その後、雇用者数は徐々に増加し、失業率も低下。2023年以降は、雇用者数は2019年の水準を上回り、失業率は2019年の水準に戻りつつある。

注:ロサンゼルス都市圏:ロサンゼルス市、ロングビーチ市、アナハイム市。2023年12月データは暫定値。 出所:米国労働省労働統計局資料に基づきジェトロ作成

雇用者数や失業率は新型コロナ禍以前の水準に戻りつつある一方、「欲しい人材が見つからない」「期待していた人材が辞めていく」など、人材確保に苦労する企業の声は2023年12月末でも聞かれる。米国の求人件数はロックダウン措置導入時の2020年3月には前月比17.2%減、4月には同19.1%減と2カ月連続で2桁の減少を記録した(図2参照)。求人件数は4月を底に増加に転じ、2022年3月には新型コロナ禍以降で最多となる1,202万7,000件に達した。他方、同月の採用件数は657万7,000件と求人件数を大きく下回り、採用件数を求人件数で除した採用率は54.7%にとどまった。2019年の平均採用率81.6%と比べてかなり低い水準であることが分かる。求人件数は2022年3月をピークに減少しているが、同時に採用件数も減少傾向にあり、2023年12月現在でも採用率は低迷している。

図2:米国の非農業部門求人・採用件数(季節調整済み)
米国の非農業部門求人件数・採用件数・採用率の推移について、2019年1月から2023年12月までを示す(季節調整済)。求人件数は2020年3月、4月と2カ月連続で大きく減少したが、2020年5月以降は増加に転じる。しかし、採用件数は求人数ほどの増加を示さず、採用率はコロナ前と比べて低い水準が続いている。

注:求人件数、採用件数いずれも2023年12月データは暫定値。
出所:米国労働省労働統計局資料に基づきジェトロ作成

従業員の価値観の変化も離職を後押し

営業再開につれ、企業は従業員の確保が必要となった。だが、図2が示すとおり、一時的に解雇したかつての働き手はなかなか職場に復帰せず、新規採用をかけても従業員を確保できないという事態が生じた 。

同時に、離職者数も増加した(図3参照)。ロックダウン措置導入時の2020年3月には解雇者数は前月比で6倍を上回る1,300万人と一気に増加、一方の離職者数は同16.2%減、翌月には同32.6%減と大幅に減少した。その後、離職者数はおおむね毎月増え続け、2022年4月には449万7,000人とパンデミック以降の最多を記録した。離職者数は同月をピークに減少に転じ、2023年12月現在では2019年の水準まで下がっている。

図3:米国の非農業部門離職者数・解雇者数推移(季節調整済み)
米国の非農業部門離職者数・解雇者数の推移について、2019年1月から2023年12月までを示す(季節調整済)。2020年3月には、解雇者数は大きく増加した一方、離職者数は大きく減少。その後、離職者数は増加を続けたが、2022年4月をピークに減少している。

注:離職者数、解雇者数いずれも2023年12月データは暫定値。
出所:米国労働省労働統計局資料に基づきジェトロ作成

新型コロナ禍以降にしばらく続いた、米国で離職者数が急増する現象は「大離職(The Great Resignation)」 と呼ばれている。大離職の発生の主な原因には、(1)オフィスや店舗でのウイルス感染を懸念する高齢者や慢性病を患う従業員を中心に退職者が増えた、(2)生活コストの上昇により、高い給与の仕事への需要が高まった、(3)以前から職場環境に不満を抱いていたが、新型コロナ禍期間中には先行き不安から同じ職場にとどまっていた従業員が、労働需要の増加を受けて転職活動に乗り出した、など多くの理由が挙げられる。

リモートワークの導入も、離職者数の増加に少なからず寄与した。ロックダウン期間中に多くの企業が導入したリモートワークは、人々のワーク・ライフ・バランスの考え方に変化をもたらした。職場通いのころには持てなかった家族との時間の確保、ホームエクササイズや庭の手入れなどを、仕事の合間に効率的にできるといったメリットを人々は感じるようになった。リモートワークをきっかけに、職場から遠く離れた土地に引っ越す人も増えた。郊外や田舎に出れば、より安価な家賃で、広くて快適な家に住める。

新型コロナ禍の収束に伴い、職場勤務に戻す企業が増えた。しかし、前述のリモートワークのメリットを経験した従業員の中には、職場勤務に戻るよりは、リモートワークを許可する企業への転職を希望する人がみられるようになった。 そもそも遠くに引っ越した人は、物理的に元の職場に戻ることは難しい。職場勤務の再開は、従業員の離職を後押しするという結果をもたらした。ロサンゼルスの日系企業も、同じ問題に直面している。ロサンゼルス郊外の人材紹介・派遣会社テルコワインバーグの照子ワインバーグ代表によると、新型コロナ禍の収束に伴い職場勤務に戻す、あるいはハイブリッド勤務を導入する日系企業が増え、引き続き在宅勤務を希望する従業員の考え方との隔たりが目立つようになった。日系企業としては、空席のポジションに最適の人材を雇用したいところだが、部下を持つことになるマネージャー職の求人であっても、「完全に在宅勤務でなければ他社に行く」と主張する、米国人応募者の採用を見送らざるを得ないケースもあったという。

カリフォルニア公共政策研究所(PPIC)が2023年11月に公表したアンケート調査結果によると(調査期間:2023年10月3~19日、カリフォルニア州在住の成人2,250人対象)、回答者の14%は完全に在宅勤務、21%は在宅勤務と職場勤務のハイブリッド、61%は完全に職場勤務という勤務体系の内訳であった。この割合は、2021年11月発表の同調査からほとんど変わっていない。また、「2024年には完全な在宅勤務を希望する」とする回答者は29%、ハイブリッド希望は33%にのぼり、いまだに多くの人が在宅勤務を希望していることが明らかとなっている。

求められる迅速性・柔軟性

ジェトロが2023年9月に在米日系企業の協力を得て実施したアンケート調査「2023年度海外進出日系企業実態調査北米編PDFファイル(1.98MB)」を、ロサンゼルス都市圏の企業に限定して分析すると(調査実施期間:2023年9月6~26日、回答企業99社)、「人材不足の課題に直面している」と回答した企業は65.7%と半数以上にのぼった。経営上の課題(複数選択)として、「従業員の採用」と回答した企業は、「従業員の賃金上昇」(54.5%)、「新規顧客の開拓」(50.5%)に次ぐ44.4%と高い割合となった。また、2022年8~9月の時期と比べて、人材・雇用状況には「変化なし」との回答者の割合は67.7%に達し、「改善」(17.2%)を大きく上回っている。

また、経営上の課題への対応策(複数選択)として、「リモートワークの維持」を挙げた回答企業は、「既存社員の賃金の引き上げ」(36.4%)に次ぐ27.3%となった。このほか、「人員体制の強化」(26.3%)、「教育・訓練強化」(25.3%)など、人事関係の課題への取り組みが上位となっている。統計上は労働市場の改善がみられる2023年に入っても、引き続き人材不足に苦労し、賃金の引き上げやリモートワークの維持などの対策に尽力する日系企業の努力が浮かび上がる。

さらに課題はある。前述のワインバーグ氏によると、採用にあたり候補者との面接を複数回にわたり行う日系企業が少なくない。マネージャー職以上のポジションとなると、現地法人での面接に加えて、日本本社との面接を求める会社もある。新型コロナ禍明けの売り手市場の局面では、候補者は既に複数の企業から採用オファーを受けている場合が多く、採用プロセスに時間がかかることで、候補者を取り逃してしまう日系企業が散見されたようだ。求人ポジションの上司や同僚など、複数の面接を一日で終了し、すぐに面接者に結果を知らせるような米系企業とのあいだで採用競争力を落とすことになりかねない。

図2および図3で示したとおり、求人件数や離職者数が減少するにつれ、労働市場は落ち着きを取り戻しつつある。ロサンゼルスの日系企業が職場勤務体制に戻す、あるいはハイブリッドでも週当たりの職場勤務日数を増やす、などの動きを取り始めた様子を見る限り、これまでの売り手市場から買い手市場へと振り子が振れつつある、とワインバーグ氏も実感している。

だが、雇用環境がすぐに新型コロナ禍以前に戻るかといえば、そうとは限らない。「現地に採用権限を与えることで、採用プロセスの柔軟化や迅速化を図ることは引き続き重要」と、ワインバーグ氏は日系企業にエールを送っている。

本稿の前編では、新型コロナ禍以降のロサンゼルスの雇用状況の変化が日系企業へ与える影響を紹介した。後編では、ロサンゼルスでの賃金の上昇、そして政府が導入する労働法の日系企業の採用競争力への影響について説明する。

米LA地域の雇用・賃金動向

  1. 日系企業は人手不足対策に苦慮
  2. 日系企業の採用競争力
執筆者紹介
ジェトロ・ロサンゼルス事務所
堀永 卓弘(ほりなが たかひろ)
2011年財務省入省。財務省主計局調査課、理財局地方企画係、金融庁監督局銀行第二課、 個人情報保護委員会事務局、財務省大臣官房総合政策課などを経て、2023年7月からジェトロに出向、現職。