在ベトナム日系企業、「非日系市場」への営業強化
競争激化で黒字企業の減少続く

2024年5月15日

在ベトナム日系企業の86%がこれまで現地日系企業を顧客ターゲットに据えてきたが、日系企業間の取引だけに頼ることに頭打ち感が出ている。市場の競争は厳しさを増し、日系企業に占める黒字化企業の割合が減りつつある。一段のビジネス拡大には、現地企業や非日系企業の攻略が不可欠だ。実際、日系企業の間には、営業要員を増やす動き、現地化を進める動きが強まっている。

黒字化企業が低下傾向

ジェトロが2023年8~9月に実施した「2023年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」(以下、日系企業調査)によると、「今後拡大する機能は何か」との問いに対し、在ベトナム日系企業の中で「販売機能」と回答した企業は62.0%だった。5年前の2018年、同調査の回答は46.8%にすぎなかった。「販売機能」を強化する傾向はアジアのほとんどの国・地域で見られる(例外は香港・マカオなど)。特に2022年から2023年にかけて急上昇している(図1参照)。

図1:今後「販売機能」を拡大すると回答した企業の割合の推移
2018年はベトナムが46.8%、タイが49.0%、インドネシアが56.8%、マレーシアが55.1%、中国が59.5%、インドが62.7%。2019年はベトナムが48.4%、タイが61.3%、インドネシアが62.1%、マレーシアが45.2%、中国が61.8%、インドが65.4%。2020年はベトナムが49.0%、タイが59.1%、インドネシアが57.5%、マレーシアが56.0%、中国が59.6%、インドが67.8%。2021年はベトナムが49.1%、タイが57.0%、インドネシアが56.6%、マレーシアが51.2%、中国が60.0%、インドが63.2%。2022年はベトナムが57.8%、タイが56.5%、インドネシアが53.3%、マレーシアが49.0%、中国が57.3%、インドが62.7%。2023年はベトナムが62.0%、タイが70.5%、インドネシアが62.3%、マレーシアが69.4%、中国が68.4%、インドが72.9%。

注:今後1~2年の事業展開の方向性について、「拡大」と回答した企業に対して、拡大する機能を尋ねたもの。製造業・非製造業共通。
出所:ジェトロ「海外進出日系企業実態調査」

「販売機能」の強化は、ビジネスチャンス獲得を図る企業の前向きな動きと言えようが、同時に、各国市場の競争環境が激化し、企業の競争力が試されているということでもある。ベトナムでは近年、黒字化している日系企業の減少が目立つ。新型コロナウイルス禍前(2017~2019年)には、在ベトナム日系企業の65%超が黒字を達成し、ASEAN平均を上回っていたが、2023年はASEAN平均から約7ポイント下回る。ASEAN諸国は総じて新型コロナ禍前の水準にまで回復してはいないが、ベトナムはさらに落ち込みが大きい(図2参照)。

図2:営業利益見込みを「黒字」とした企業の割合の推移
2017年はASEANが64.6%、ベトナムが65.1%。2018年はASEANが64.9%、ベトナムが65.3%。2019年はASEANが64.2%、ベトナムが65.8%。2020年はASEANが43.9%、ベトナムが49.6%。2021年はASEANが57.1%、ベトナムが54.3%。2022年はASEANが63.5%、ベトナムが59.5%。2023年はASEANが60.9%、ベトナムが54.3%。

出所:ジェトロ「海外進出日系企業実態調査」

ベトナムで業績が悪化しているのは、国内と国外の双方に要因がある。営業利益が悪化した理由を企業に問うと、国内要因としては「現地市場での需要減少」(製造業45.0%、非製造業58.1%)、国外要因としては「輸出先市場での需要減少」(製造業60.6%、非製造業34.2%)が上位回答となった(表1参照)。

表1:在ベトナム日系企業の2023年営業利益見込み「悪化」の理由 (単位:%)

製造業
順位 理由 割合
1 輸出先市場での需要減少 60.6
2 現地市場での需要減少 45.0
3 原材料・部品調達コストの上昇 38.8
4 人件費の上昇 29.4
5 他社との競合激化 20.6
6 為替変動 16.9
非製造業
順位 理由 割合
1 現地市場での需要減少 58.1
2 他社との競合激化 40.2
3 輸出先市場での需要減少 34.2
4 人件費の上昇 33.3
5 為替変動 25.6
6 原材料・部品調達コストの上昇 17.1

注:複数回答のため、各項目の割合の和は100%にならない。
出所:ジェトロ「2023年度海外進出日系企業実態調査」

ベトナムの貿易額の対GDP比は186%に達する(世界銀行、2022年)。ASEANの中ではシンガポールに次ぐ高い数字で、人口1億人以上の国としては、世界で他に類を見ない高い水準だ。国外市場の良し悪しが国内景気に大きく影響を及ぼす構造となっている。

また、「人件費の上昇」(製造業29.4%、非製造業33.3%)、「他社との競合激化」(製造業20.6%、非製造業40.2%)、「原材料・部品調達コストの上昇」(製造業38.8%、非製造業17.1%)といった国内・国外双方の要因も上位に挙がっている 。

現地BtoB市場の攻略がカギ

「販売機能の強化」は、対輸出市場を指す場合もあるだろうが、多くは対国内市場だろう。国内市場は、一般消費者(BtoC)市場、ビジネス(BtoB)市場、政府・公共セクター向け(BtoG)に分かれる。ベトナムの1人当たりGDPは、上昇したとはいえ、まだ4,000ドル超の水準で、消費市場は十分な購買力を有していない。ベトナム統計総局によると、同国の2023年の消費市場(小売り・サービス・観光を合わせた市場)規模は、6,231兆8,000億ドン(約38兆140億円、1ドン=約0.0061円)。うち小売りは約30兆円で、日本の小売業販売額163兆円(経済産業省、2023年)の5分の1以下だ 。

ベトナムで「販売強化」の主たる市場はBtoBだが、これまでの日系企業のBtoB取引は、進出日系企業をターゲットとする企業が圧倒的に多かった。日系企業調査によると、「現在のBtoBターゲット層」に関し、在ベトナム日系企業の86.3%が「進出日系企業」と答えた。「地場企業」をターゲットとしている企業は49.9%、韓国、欧米などの「進出外資系企業」は36.4%、「政府・公的機関」との回答は8.2%にとどまった(複数回答)。この傾向は、製造業・非製造業を問わずに共通し、他のアジア各国でも似通っている(表2参照)。

表2:ASEAN主要国のBtoBターゲット層(単位:%)
国・地域名 進出日系企業 地場企業 外資系企業 政府や公共機関
現在 将来 現在 将来 現在 将来 現在 将来
ベトナム 86.3 64.3 49.9 69.4 36.4 60.6 8.2 14.9
タイ 92.1 66.9 46.6 66.2 27.6 56.1 7.7 13.4
インドネシア 85.6 63.5 56.1 64.1 29.5 52.1 13.6 21.7
マレーシア 74.0 60.9 66.8 73.9 48.5 63.5 13.2 23.0
シンガポール 77.7 65.3 70.3 79.0 56.3 69.8 27.0 35.1
フィリピン 76.1 69.9 46.7 61.3 37.0 48.4 17.4 21.5

注1:複数回答のため、各項目の割合の和は100%にならない。
注2:外資系企業は日本企業を除く。
出所:ジェトロ「2023年度海外進出日系企業実態調査」

「日本の取引先の進出に合わせ、わが社も進出した」というのは、日本の中小企業の代表的なベトナム進出理由の1つで、進出日系企業をターゲットとした上記調査結果とも符合する。しかし、販売面について言えば、各国の企業数に占める日系企業の割合はわずかだ。ベトナムには2,500社前後の日系企業が存在するとみられるが〔外務省の「海外進出日系企業拠点数調査(2022年10月調査)」では2,373社〕、韓国企業は1万社近く(ベトナム韓国商工会議所)が進出する。また、政府統計によると、ベトナムの企業数は約90万社とされる。大多数を占める非日系企業との取引なくして、今後大きな飛躍は難しい。

実際、日系企業はその方向に動いている。日系企業調査によると、「将来のB2Bターゲット層」に関して、「進出日系企業」とする回答は64.3%に急落し、代わって「地場企業」が69.4%、「進出外資企業」が60.6%、「政府・公共機関」が14.9%に増加している。大きな変化を予感させる結果だ。

現地化推進、現地人材強化は不可欠

非日系の新規顧客を開拓するには、営業担当者の知識や経験に加え、地場企業や多国籍企業に入り込む語学力や人脈が必要だろう。特にベトナム語は習得が難しい言語の1つ。ベトナム進出経験の長いある日系製造業の社長は「最近、ベトナム人の営業をかなり増やした」と話す。また、2024年3月末に日本に帰任する何人もの日本人駐在員から「後任はベトナム人だ」と聞いた。現地人材を育て、その会社のDNAを移管・移植し、自律的なチームを作るのは容易ではない。しかし、現地化は派遣コストを減らすとともに、地場の新規案件を獲得し、ビジネスを拡大・多角化する非常に有効な手法だろう。

日本在外企業協会(日外協)が2023年1~3月に実施した「日系企業における経営のグローバル化に関するアンケート」(大企業を主とした会員企業が回答)によると、「海外法人は、グループの理念・ミッション・ビジョン・バリューを共有できているか」との問いに、「十分できている」との回答は16%にとどまった。これに対して、「ある程度できている」は78%だった。「ある程度できている」ということは、本社とのギャップが少なからず存在することを示唆している。

また、2018年10~11月に実施された日外協の同アンケートでは、海外法人の社長の国籍を調べている。「日本人」社長の企業は、北米では18%、欧州・ロシアは19%と低く、トップの現地化も相当進んでいるようだ。しかし、アジア(中国を除く)では、まだ64%と高い 。

アジアで強まる「販売強化」の動き。日本企業はまず現地に入り込める営業人材を増やし始めた。同時に、企業は、本社と出先のビジョンの共有、会社の中枢を担う現地幹部人材の育成や登用など、中長期的な現地化も推進しなければならない。

執筆者紹介
ジェトロ・ハノイ事務所長
中島 丈雄(なかじま たけお)
1992年、ジェトロ入構。ジェトロ・ニューヨーク事務所、ジェトロ・サンフランシスコ事務所、海外調査部北米課長、サービス産業部サービス産業課長、対日投資部外資系企業支援課長、対日投資部次長などを経て、2019年9月から現職。