ハリス氏かトランプ氏か、短期決戦で激戦州の攻防が続く米大統領選挙
2024年9月20日
米国大統領選挙(2024年11月)から、民主党のジョー・バイデン大統領が2024年7月に撤退し、カマラ・ハリス副大統領が候補者に指名され、民主党陣営に活気が出てきた。高齢のバイデン氏(81歳)への懸念が高まっていたが、59歳のハリス氏はその懸念を払拭した。共和党候補のドナルド・トランプ前大統領(78歳)はバイデン氏の年齢を危惧する発言を度々行っていたが、ハリス氏が登場することで、自身の年齢が逆にリスクとみなされる立場となった。
11月5日の選挙に向けて、全米の世論調査ではハリス氏がトランプ氏を超える勢いを見せ、大統領選挙の結果を左右する激戦州(スイングステート)でもハリス氏はバイデン氏が失った支持率を取り戻しつつある(ジェトロ資料「米国大統領選の仕組み―スイングステートとは」参照(649KB))。
ハリス氏参戦で一変した大統領選
バイデン氏が2024年7月21日に大統領選からの撤退を表明し、ハリス氏を大統領候補として指名してから、全米の世論調査の平均値で、ハリス氏の支持率は伸び続け、8月上旬にはトランプ氏を上回った(2024年8月14日付ビジネス短信参照)。ピュー・リサーチ・センターが8月に実施した世論調査(注1)では、民主党支持者はハリス氏が民主党候補であることに大多数の88%が満足しているという結果が出た。
8月には民主党全国大会が開かれ、ハリス氏と副大統領候補のティム・ウォルズ・ミネソタ州知事の指名受託演説が行われた。9月10日に行われたハリス氏とトランプ氏のテレビ討論会でのハリス氏への評価は高かった(2024年9月12日付ビジネス短信参照)。ハリス陣営は、11月の本選挙まで勢いを一層増していきたいところだが、激戦州では依然として接戦が続いている(表1参照)。
州名 | 各州割り当ての選挙人数 | 世論調査の支持率平均値 |
住宅平均 価格 |
2016年大統領選挙の勝者 | 2020年大統領選挙の勝者 | ||
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ハリス氏 | トランプ氏 | 支持率の差 | |||||
ペンシルベニア | 19 | 49 | 47 | ハリス氏+2ポイント | 271,911 | トランプ氏 | バイデン氏 |
ウィスコンシン | 10 | 50 | 47 | ハリス氏+2ポイント | 313,952 | トランプ氏 | バイデン氏 |
ミシガン | 15 | 49 | 47 | ハリス氏+2ポイント | 249,917 | トランプ氏 | バイデン氏 |
ノースカロライナ | 16 | 48 | 48 | ハリス氏+1ポイント未満 | 336,379 | トランプ氏 | トランプ氏 |
ジョージア | 16 | 47 | 48 | トランプ氏+1ポイント未満 | 335,925 | トランプ氏 | バイデン氏 |
アリゾナ | 11 | 48 | 48 | トランプ氏+1ポイント未満 | 443,609 | トランプ氏 | バイデン氏 |
ネバダ | 6 | 49 | 47 | ハリス氏+2ポイント | 457,395 | クリントン氏 | バイデン氏 |
出所:世論調査の支持率平均値(小数点以下、四捨五入)は「ニューヨーク・タイムズ」紙(9月18日)、住宅平均価格はZillow(2024年第2四半期データ)
選挙戦を意識した副大統領候補の人選
民主党の副大統領候補として、白人男性のウォルズ・ミネソタ州知事が指名された。ミネソタ州は激戦州ではないが、中西部の州知事として激戦州のミシガン、ペンシルベニア、ウィスコンシンへの影響力が期待される。西部カリフォルニア州の上院議員だったハリス氏とのバランスも良いとされる。
共和党の副大統領候補J.D.バンス氏も、中西部オハイオ州出身の連邦上院議員であり、中西部の労働者層の票を意識した人選といわれる。同氏は、トランプ氏と同様に、製造拠点を海外に移転させたとして、多国間の貿易協定を非難している。
8月の世論調査(注2)では、ウォルズ氏がハリス氏の大統領選の勝利を助けると38%が回答し、バンス氏がトランプ氏の勝利を助けるという回答22%を上回った。9月の別の世論調査(注3)では、ウォルズ氏とバンス氏の好感度は両氏とも37%と拮抗(きっこう)している。
重視される経済・移民政策
有権者が重視する項目として、世論調査では経済政策、移民政策が上位に挙げられる。経済政策について、トランプ氏からの具体的提案は少ないが、ハリス氏は8月に価格政策なども含め具体的提案を発表した(表2参照)。
米国シンクタンク「責任ある連邦予算委員会(CRFB)」はハリス氏、トランプ氏の経済政策は、財政的に赤字になる可能性が高いと指摘している。米国シンクタンク、タックス・ファウンデーションの分析では、ハリス氏の経済政策の費用は10年間で2兆ドルを超えると見積もり、その結果、インフレの上昇圧力がかかり、連邦準備制度理事会(FRB)の高金利姿勢がさらに長引くと結論づけている。経済対策への評価として、世論調査ではトランプ氏への支持がハリス氏を上回っており(注4)、ハリス氏が経済状況に対する国民の不満や怒りを克服するためには、楽観的な見通しだけでなくより明確なメッセージが求められるといわれる。
移民政策に関する両候補の目玉政策については、英国調査会社レッドフィールド・アンド・ウィルトン・ストラテジーズの調査(注5)によれば、トランプ氏が主張してきた「米国とメキシコの国境全体に壁を建設する」への実質支持率(「支持する」と「支持しない」の割合の差)はプラス33%、ハリス氏が提案する「子供のころに米国に不法入国した移民に市民権への道を開く」はプラス31%と、支持率において大きな差がみられなかった。民主党にとっては、国境の安全確保と不法移民対策への取り組みを説明しつつ、より優位に立てる人工妊娠中絶や医療問題を中心に議論すること、一方、共和党にとっては、バイデン政権の国境対策を選挙で問うことが選挙対策として得策、と指摘している。
政策 | ハリス氏 | トランプ氏 |
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(1)住宅政策 |
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(2)税金・医療費政策 |
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(3)価格政策 |
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出所:両党政策綱領、各種メディア、ブラウンスタイン・ハイアット・ファーバー・シュレック
最重要の激戦州とみられるペンシルベニア
激戦州の中でも選挙人の数が19人と比較的多いペンシルベニア(PA)州は、民主・共和両党にとって重要な州だ。両党とも、PA州を軸にした選挙戦を展開している。2024年3~9月初旬の各党の選挙資金の振り分けはPA州が最も多く、共和党は全体の3割を超え、民主党は2割だった。トランプ陣営はノースカロライナ州を維持し、ジョージア、PAの2州獲得を目指すとしている。一方、ハリス陣営は、中西部ウィスコンシン、ミシガンの2州とPA州を獲得することが明確な勝利への道とみている(ジェトロ資料「米国大統領選の仕組み―本選挙・予備選挙」参照(710KB))。
選挙戦から撤退後、バイデン氏は初めてハリス氏と共に9月2日のレーバー・デイに、PA州ピッツバーグで演説を行った。両氏は、地元企業のUSスチールを象徴的に捉え、日本製鉄のUSスチールの買収に対する懸念を表明し、USスチールが国内資本にとどまることを望むとした。バイデン政権は大型案件の審査に慎重な姿勢を見せ、買収が国家安全保障上の脅威となるかの審査を延長し、決定を大統領選挙後に見送るとした、と報じられている。トランプ氏も、USスチールの買収を阻止すると発言している。
ラテン系、若年層の票獲得がカギとなるアリゾナ、ネバダ
激戦州の中でも、アリゾナ州、ネバダ州はともにラテン系有権者の比率が高く(2024年5月16日付地域・分析レポート、表3参照)、選挙への影響が大きいとみられる。特に若いラテン系有権者の間では、高齢のバイデン氏が共感を得ることが難しかったといわれ、候補者がより若い非白人のハリス氏に代わったことで有利になるとみられる。
ハリス陣営は8月に、ラテン系有権者を意識し、スペイン語にも対応するSNSワッツアップ・チャンネルを立ち上げた。ラテン系に人気の高いメッセージツール(注6)を使って、選挙キャンペーンの舞台裏やハリス氏とウォルズ氏の情報を提供する。同陣営は激戦州の150の大学キャンパスでZ世代(18~25歳)の有権者を動員するキャンペーンを開始しているという。特に、アリゾナ州での取り組みが盛んで、「新学期」キャンペーンを展開し、ミレニアル世代(26~41歳)よりも政治に関心が高いZ世代に焦点を当てている。
また、全米で住宅価格の高騰が問題となっているが、アリゾナ州、ネバダ州ともに激戦州の中でも住宅価格が極めて高く、平均価格はそれぞれ44万ドル、45万ドルを超え、全米の平均価格(41万2,300ドル)を上回る(表1参照)。ハリス氏は、住宅購入支援のため、2万5,000ドルの頭金援助を拡大するとしている。これを誤った選挙戦略、とする声もあるが、住宅政策が支持を得られるか注視される。一方、トランプ氏は9月10日の討論会後、アリゾナ州で選挙キャンペーンを展開し、新たな経済政策として、残業手当への課税を廃止すると発表した。
共和党にとっての重要州、ジョージア
ジョージア州は、2020年の大統領選挙ではトランプ氏が僅差でバイデン氏に敗れたが、最後まで勝利にこだわった。トランプ氏は、その選挙結果を覆すよう働きかけたことに応じなかったブライアン・ケンプ・ジョージア州知事(共和党)を責め続けていたが、人気の高い知事を非難することで、共和党穏健派の支持を遠ざけることも危惧された。その後、両氏は和解したとみられる。
ハリス陣営は、共和党の支持基盤が強い地方を重視する選挙キャンペーンを展開することで、徐々に支持を広げつつあるが、ジョージア州は激戦州の中でも、男性、白人層のトランプ氏への支持が根強く、ハリス氏を大きくリードする(2024年8月20日付ビジネス短信参照)。
しかし、バイデン氏撤退までは、ジョージア州ではトランプ氏優位の状況が続き、同州が接戦州から外されることさえ予想されていたが、ハリス氏への支持が伸びたことで、トランプ陣営の選挙キャンペーンのテレビ広告費に占めるジョージア州の割合は、2024年8月の2割から9~10月は4割超と倍増を見込む。
選挙後の混乱を危惧
ハリス氏は、有権者のためにトランプ氏との討論会を2回実施する意向を示したが、9月10日の討論会後、トランプ氏は、ハリス氏との2回目の討論会の実施に同意しないと発言しており、実施については未定だ。
2020年の大統領選挙後、トランプ氏が選挙結果を受け入れないとする発言から、2021年1月の連邦議事堂襲撃事件に発展した。2024年7月の世論調査(注7)では、2024年の大統領選挙後に過激派が暴力行為を起こすことを84%が危惧している。8月の世論調査(注8)でも、各候補者が大統領選挙の結果を受け入れる準備ができていると思うかという問いに対して、「準備ができてない」とみる割合はトランプ氏が67%(ハリス氏29%)と高く、同氏の選挙結果への対応ぶりが注目されている。
- 注1:
- 実施時期は2024年8月5~11日。対象者は全米の成人9,201人(登録有権者7,569人含む)。
- 注2:
- 経済誌「エコノミスト」と調査会社ユーガブの世論調査。実施時期は2024年8月11~13日。対象者は全米の成人1,567人。
- 注3:
- ハーバード大学米国政治研究センターとハリス・インサイト・アンド・アナリティクスの世論調査。実施時期は2024年9月4~5日。対象者は全米の登録有権者2,358人。
- 注4:
- 実施時期は2024年8月21日。対象者は全米の成人1,500人。
- 注5:
- ピュー・リサーチ・センターの世論調査では、「経済政策において良い判断を下す」という評価では、トランプ氏(55%)への支持率が10ポイント、ハリス氏(45%)を上回った。実施時期は2024年8月26日~9月2日。回答者は全米の成人9,720人。
- 注6:
- ピュー・リサーチ・センターが2023年5月19日~9月5日に実施した調査(対象者は全米の5,733人)で、ワッツアップを利用したことがあるヒスパニックは54%と全体(29%)に比べて利用率が高い。
- 注7:
- ロイターと調査会社イプソスの世論調査。実施時期は2024年7月15~16日、対象者は全米の成人1,202人。
- 注8:
- ABCニュースと調査会社イプソスの世論調査。実施時期は8月23~27日、対象者は全米の成人2,496人。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部米州課
松岡 智恵子(まつおか ちえこ) - 展示事業部、海外調査部欧州課などを経て、生活文化関連産業部でファッション関連事業、ものづくり産業課で機械輸出支援事業を担当。2018年4月から現職。