フィリピンIT-BPM産業の強みとAI活用例
米コンセントリックス社フィリピン代表に聞く

2024年5月24日

フィリピンは、世界でも有数のITビジネス・プロセス・マネジメント(IT-BPM)のサービス提供地として知られる。そのサービス領域は、顧客体験(カスタマー・エクスペリエンス、CX)から、ヘルスケア、非音声ビジネス・プロセス、ITアプリケーションなど、多岐にわたっている。

フィリピンITビジネス・プロセス協会(IBPAP)は同国のIT-BPM産業について2028年までに、収益ベースで現在の約2倍の59億ドル、フルタイムの従業員ベースで現在の約1.6倍のる250万人規模に拡大させる計画を持つ。

フィリピンのIT-BPM産業の強さと同産業での人工知能(AI)の活用事例などについて、米国IT-BPM大手企業コンセントリックスのフィリピン代表のアミット・ジャガ氏に聞いた。(2024年4月12日にインタビュー実施)


アミット・ジャガ氏(本人提供)

企業概要:

コンセントリックス社

米国のカスタマーケアや業種・業界別のビジネス・プロセス・アウトソーシング・サービスの大手。70超の国々に2,000社を超える顧客を持つ。フィリピン国内には50カ所以上の拠点を有し、10万人を超える従業員を雇用している。フィリピンの民間企業として、最大規模の雇用を創出している。

質問:
顧客体験の向上でIT-BPM産業の役割は。
答え:
顧客体験とは、カスタマー・ジャーニー(注1)全体を通した企業と顧客との全ての接点(タッチポイント)でのやり取りだ。ダイナミックなグローバル時代に、企業はより良い顧客体験を実現できるパートナーを求めている。そうした企業のパートナーとなるIT-BPM企業は、顧客がブランド、製品、サービスに対して持つ全体的な体験を理解し、それを改善することに重点を置いている。つまり、顧客の好みの媒体(チャネル)のみに限定するのではなく、カスタマー・ジャーニー全ての設計、構築、実行が含まれる。世界的なブランドや企業は、当社のようなテクノロジーやサービスを有するIT-BPM企業と提携することで、顧客体験を向上させている。
質問:
フィリピンのIT-BPM産業の強みは。
答え:
フィリピンでは、既存の産業に次世代の人材が多く溶け込んでおり、人材とテクノロジーの組み合わせが強まっている。ミレニアル世代やZ 世代の専門家やリーダーはテクノロジー重視の姿勢を持ち、デジタルとリアルの接合点(デジタルエッジ)となり、イノベーションをもたらしている。また、政府と民間部門のつながりが強力な点も強みと言える。これらの強みは、フィリピンのIT-BPM業界が健全性を高め、将来への適応力を備えることに貢献している。

台頭するAI技術を自社で開発、ビジネスにも活用

質問:
IT-BPM産業で台頭するAIをどのようにみているか。
答え:
AIのような新興テクノロジーに投資して開発を続けることには、計り知れない価値があるとみている。成長市場の恩恵を受けるために、IT-BPM企業はAIを活用したサービスを強化し続ける必要がある。
ウェブサイトや携帯電話アプリケーション、音声通話など複数のプラットフォーム上でのブランドや企業との交流に関する顧客満足度を上げるには、人による対応とAIによる自動応答を組み合わせることが効果的だ。AIは、私たちの日々の生活で自動処理を行うことで台頭してきた。AIと人による対応を組み合わせることにより、従業員は顧客との交流のためのより高い付加価値の時間を確保でき、顧客により良い体験を提供することができる。当社は何よりもまず、課題に対処し、イノベーションを起こし、当社のテクノロジーやサービスを活用する企業に価値を提供することに重点を置いている。AIと人がどのように連携して顧客体験を向上させられるのかを提示していくこともその一環だ。
質問:
貴社のAI活用の具体事例は。
答え:
当社にとって、AIは決して新しい技術ではない。当社はAI技術をいち早く導入しており、われわれの従業員や顧客のために、AIソリューションを提供し続けている。現に、数十億カ所のデータ取得ポイントから、生成AI(注2)の設計と開発のための情報を得ており、提供するアプリケーションも安全なデジタル環境の下で運用されている。既に世界中で何十万人もの顧客が当社のサービスを利用している。
自社の業務でAIを活用している事例として、世界最大級の航空会社とのプロジェクトがある。以前は、その航空会社の従業員とともに、電話などの音声チャネルを通じて同社の取引の90~95%を処理していた。現在は、生成AIや機械学習型AIチャットボット(注3)といった技術を活用し、取引業務の50%以上を自動化している。こうしたAI技術の導入により、従業員はより複雑な取引を処理することに専念できるようになった。また、当社では、全ての顧客とのやり取りから顧客対応の品質を測るために、AIを使った品質管理自動化プラットフォームを導入している。このプラットフォーム上でこれまで1億2,900万件もの顧客とのやり取りを分析し、顧客対応の効率性を20~30%改善できている。
2つ目の事例として、当社内の人事業務でのAI活用事例について紹介したい。採用活動で、AIチャットボットを使ってコミュニケーションを行い、候補者の人物像の理解や面接の設定、データの分析を行っている。また、新入社員研修では、AIが作成した研修資料やユーザーガイドを活用しているほか、人事業務支援の一環として、社内ルールを理解するためのツールや従業員が抱える問題の解決を支援するツールを用意している。人事業務の運用プロセス改善と生産性向上の面では、AIによるパーソナライズされたパフォーマンス指導(コーチング)を行っている。具体的には、AI が実際の通話内容と蓄積された知識に基づいて人事担当者をサポートすることで、人事担当者が抱える課題をより迅速、かつ適切に解決できるようにしている。

人材、技術、官民連携が今後の発展のカギ

質問:
顧客体験向上に携わるフィリピンのIT-BPM産業が今後も発展し続けていくために必要なことは。
答え:
現在のテクノロジー主導で自動化が優先される世界では、物事の実行方法や体験方法が急速に変化する。課題を提示し、変革し、価値を提供し続けるためには、データに基づいた見通し、かつ、顧客体験全体を考慮に入れた見通しが必要になる。
こうした環境下で、フィリピンがこの業界で競争力を維持するには、「人材」「技術」「官民の連携」の3要素の組み合わせが重要になる。これらへの投資や強化が継続的に行われる必要がある。政府や公共部門も含め、全ての業界関係者による共同の取り組みが顧客体験向上に携わるフィリピンのIT-BPM産業の発展のカギだ。

注1:
顧客が製品・サービスと出会い、そこから購入・契約に至るまでの過程。
注2:
テキスト・画像・音声などを自動的に生成できる技術。
注3:
ウェブサイト上で問い合わせ対応などの業務を自動化できるプログラム。従来は決められたシナリオに沿って返答するタイプが主流だったが、文字認識や文字生成AIの精度向上により、さらなる活用が期待される。
執筆者紹介
ジェトロ・マニラ事務所長
中村 和生(なかむら かずお)
1990年、ジェトロ入構。本部、ニューヨーク事務所、トロント事務所、日本食品海外プロモーションセンター(JFOODO)を経て、2021年6月から現職。