在カンボジア日系企業、景気減速が影響も、4割弱が事業拡大見込む
海外進出日系企業実態調査の結果分析

2024年3月6日

ジェトロが2023年8月21日~9月20日に実施した「2023年度海外進出日系企業実態調査」の結果を基に、カンボジアに進出する日系企業(有効回答企業数122社、うち製造業42社、非製造業80社)の動向について解説する。

黒字割合は微増も、景況感は鈍化

2023年の営業利益を「黒字」と見込む企業は43.9%で、「均衡」が26.2%、「赤字」が29.9%だった。中国、インド、ASEAN全体では、いずれも「黒字」を見込む企業の割合は前年調査時より低下したが、カンボジアでは前年の42.6%よりわずかに上昇した。また、2023年の営業利益見通しを前年比で「改善」と答えた企業は36.2%で、ASEANではラオス、インドネシアに次いで高い。2024年の見通しでは、52.3%が「改善」すると答えており、ASEANではカンボジアが首位となっている(図1参照)。

図1:営業利益見込み(前年との比較)
カンボジアで2023年の営業利益見通しを前年比で「改善」と答えた企業は36.2%。2024年の見通しでは、52.3%が「改善」すると答えた。

注:カッコ内は有効回答数。2024年のみ2023年時点の予測。
出所:ジェトロ「2023年度海外進出日系企業実態調査」

カンボジアは2022年下半期から欧米の需要低下による縫製業を中心とした輸出減速のあおりを受け、雇用や在庫の調整が行われた。その結果、国内景気減速によって内需も低迷し、小売りやサービス、金融業などほぼ全ての業種に影響を及ぼした。また、人件費をはじめとする各種コストの上昇が業績を圧迫していると指摘されている。このように厳しいビジネス環境の中、在カンボジア日系企業は、事業基盤の安定している輸出型製造業や、若干とはいえ国内消費の成長に手応えを感じているサービス業などの非製造業を中心に、業績を保っている状況にある。

事業の拡大意欲は4割弱、前年より低下

今後1~2年の事業展開の方向性については、「拡大」と回答した企業が38.8%で、前年調査時の53.3%より低下した。ASEAN内ではミャンマーに次いで低い水準だった。「縮小」と「撤退・移転」の合計は5.8%とわずかだったものの、「現状維持」が55.4%で、事業展開の方向性は前年よりもやや慎重な見方となっている(図2参照)。足元のビジネスを取り巻く環境と業績見込みをまずは見極めたいという経営判断だと推察される。

「拡大」と回答した企業に対し、拡大する機能を聞いたところ、「販売機能」(51.1%)が最も多かった。中間層を中心とした今後の消費市場の拡大を見越していることがうかがえる。それに次いで多かったのが「汎用(はんよう)品の生産機能」(23.4%)だ。中国、ベトナム、インドネシアなどの国々では「汎用品の生産機能」の拡大と回答する企業の割合が低下傾向にある一方、カンボジアでは中国、ベトナム、タイなどからの生産委託が見られるほか、それら諸国の生産拠点からの労働集約工程の移管や、分業化を目的としたプラスワンでの進出を検討する企業も出てきている。

図2:今後1~2年の事業展開の方向性
カンボジアでの今後1~2年の事業展開の方向性については、「拡大」と回答した企業が38.8%で、前年調査時の53.3%より低下した。「縮小」および「撤退・移転」の合計は5.8%とわずかであったものの、「現状維持」が55.4%で、事業展開の方向性は前年よりもやや慎重な見方となっている。

注:カッコ内は有効回答数。
出所:ジェトロ「海外進出日系企業実態調査」

人件費と雇用状況はメリットとリスク共存

カンボジアの投資環境について、メリットとして上位に挙げられた項目は、「人件費の安さ」「安定した政治・社会情勢」「市場規模/成長性」「言語・コミュニケーション上の障害の少なさ」「従業員の雇いやすさ(一般ワーカー・スタッフ・事務員など)」だった。人件費を含む雇用面での評価は、タイプラスワン、ベトナムプラスワンといった戦略の下、人件費が相対的に安い国への労働集約工程の移管や分業化を目的とした進出を検討する企業にとっては、ハイライトされるポイントとなる。

リスクとして上位に挙げられた項目は、「法制度の未整備・不透明な運用」「税制・税務手続きの煩雑さ」「行政手続きの煩雑さ」「現地政府の不透明な政策運営」「人件費の高騰」だった。カンボジア政府は新投資法とその運用政令の制定により、投資に関する優遇措置や条件を明文化し、国外からの直接投資を積極的に誘致している。一方、各種法規制、税制、行政手続き面の効率化・透明化・簡易化など、実務面で残っている課題が浮き彫りになった。人件費については、メリットとして最上位となった一方、その高騰がリスクの上位項目にも挙げられた。2010年代前半に一時、日系製造業企業の進出が急増した局面では、廉価な人件費が投資環境上の圧倒的なメリットだった。しかし、継続的な最低賃金引き上げなどに起因する人件費上昇により、2010年初頭に見られた圧倒的な優位性は薄れつつあるといえる。

雇用については、一般ワーカー・スタッフ・事務員などの採用がメリットとなっている一方、マネジャーなど中間管理職の採用にリスクを抱いている企業も一定数あった。企業内外での人材育成や管理者層育成も課題と捉えられる(表参照)。

表:投資環境面のメリットとリスク(複数回答)

投資環境上のメリット上位項目
順位 項目 回答率(%)
1 人件費の安さ 54.5
2 安定した政治・社会情勢 49.1
3 市場規模/成長性 44.6
4 言語・コミュニケーション上の障害の少なさ 34.8
5 従業員の雇いやすさ (一般ワーカー・スタッフ・事務員など) 33.9
投資環境上のリスク上位項目
順位 項目 回答率(%)
1 法制度の未整備・不透明な運用 65.5
2 税制・税務手続きの煩雑さ 62.2
3 行政手続きの煩雑さ(許認可等) 52.9
4 現地政府の不透明な政策運営 (産業政策、エネルギー政策、規制など) 49.6
5 人件費の高騰 48.7

出所:ジェトロ「2023年度海外進出日系企業実態調査」

サステナブル経営課題への意識高まるも、脱炭素の取り組みは途上

世界的に注目が集まっているサステナブル経営課題の1つが人権尊重だ。カンボジアでも、サプライチェーンにおける人権の問題を重要な経営課題として認識している日系企業が78.8%に及んだ(図3参照)。また「事業活動において人権デューディリジェンス(人権DD)を実施している」割合は29.7%で、ASEANの中で最も高かった。一方で「人権DDを実施しておらず、情報収集も行っていない」企業も37.3%あり、対応が割れている状況だ。

脱炭素化への取り組みについては、「まだ取り組んでいないが、今後取り組む予定がある」「取り組む予定はない」と回答した企業は合計で71.6%だった。「すでに取り組んでいる」企業は28.4%にとどまり、全体的には脱炭素対策への取り組みはいまだ途上とみられる(図4参照)。

進出日系企業へのヒアリングによると、人権尊重の認識や脱炭素対策への取り組みについては、取引先からの要望や親会社のブランド価値の維持・向上のために対応しているケースが多いようだ。脱炭素化に向けた具体的な取り組み事例としては、工場の屋根に太陽光パネルを設置するかたちで再生可能エネルギーによる自家発電などが挙げられる。

図3:サプライチェーンにおける人権の問題を 重要な経営課題として
認識している割合(業態・規模別)
カンボジアで、サプライチェーンにおける人権を重要な経営課題として認識している日系企業が78.8%に及んだ。特に、大企業の認識割合が高い。

注:カッコ内は有効回答数。 出所:ジェトロ「2023年度海外進出日系企業実態調査」

図4:脱炭素化への取り組み状況(業態・規模別)
脱炭素化の取り組みについては「未だ取り組んでいないが、今後取り組む予定がある」および「取り組む予定がない」と回答した企業の割合は合計で71.6%だった。「既に取り組んでいる」企業の割合は28.4%にとどまった。

注:カッコ内は有効回答数。
出所:ジェトロ「2023年度海外進出日系企業実態調査」

新政権下での投資環境改善など、将来に向けたビジネスチャンスに注目

2023年の国内の最大のトピックスは、8月に在職38年のフン・セン首相が退任し、長男のフン・マネット氏が新首相に就任したことだ。新内閣では、閣僚などの重要ポストに若手が抜てきされており、政権の世代交代が進んだ。新政権では引き続き外資誘致を重要政策と位置付けており、ビジネス界からは若い政権による新しいかじ取りに期待する声が多い。実際、周辺国と比べて高い電気料金の引き下げなど、投資の障壁と捉えられている課題の一部は、既に対応策が施され始めた。また、進出日系企業実態調査で浮き彫りになった日系企業が捉えているリスクや課題については、日カンボジア官民合同会議や担当省庁との個別対話会などにより、個々に具体的な改善・解決策の協議が継続されている。

カンボジア政府は、2021年に改正した投資法で投資奨励分野への投資に税制優遇を与えることを発表している(投資法日本語仮訳参照)PDFファイル(1.5MB)。これは、新型コロナウイルス禍を経て、産業構造の多角化と高度化が必要とし、それを目指すものだ。世界のサプライチェーンに貢献する産業、電機・電子、機械などの製造分野、農業、イノベーション・デジタル関連、物流など18業種が優遇の対象となる。直近の製造業関連では、前述のとおり、米中摩擦や地政学的なリスク回避、サプライチェーンの強靭(きょうじん)化を理由に、まずはタイ、中国、ベトナムなどから「プラスワン」の位置付けとしてカンボジアへの製造委託や、協業・進出の可能性を模索する企業が徐々に増え始めている。タイとの国境とプノンペンを結ぶ国道5号線や、プノンペンとシアヌークビル港を結ぶ高速道路の開通により、物流インフラ整備が進み、隣国での製造を補完する位置づけとして、カンボジアの存在感が高まることが想定される。

非製造業では、足元の国内景気に停滞感があり、消費市場が大きく拡大している状況ではないものの、首都プノンペン周辺を中心に日系企業のビジネスチャンスはある。一定の中高所得層には、安心・安全・高品質として、日本ブランドの製品・商品・サービスが高く評価されている。また、日本の技術に対する関心度も高く、デジタルイノベーションなど新産業で技術力を持つ日本企業に商機がある。カンボジアの主力産業の1つの農業は、これまでデジタルやイノベーションを用いた発展に遅れがあった。加えて、同分野で外資制限がほとんどない中で、日系企業の進出は限定的な状態となっている。カンボジアは、国土面積の3分の1に当たる5万5,800平方キロが稲作を中心とした農地だ。直近の事例では、稲作地から発生する温室効果ガス(GHG)の削減とカーボンクレジットの売買を提案する日系ベンチャー企業の取り組みや、電気供給が乏しい稲作地で太陽光を用いて灌漑の水量制御を行う技術への関心が寄せられている。足元の状況にとらわれず、将来的な可能性を踏まえたビジネス展開にも注目が必要だ。

執筆者紹介
ジェトロ・プノンペン事務所 経済連携促進アドバイザー
大西 俊也(おおにし としや)
1987年、総合商社に入社以来、長年、自動車事業領域を中心に、人事などのコーポレート部門、海外拠点の運営などの職務を経験。これまでの海外駐在は、ケニア、インド、ラオス、カンボジア。2023年4月から現職。