浮体式洋上風力発電で世界の海へ挑む日本のスタートアップ

2023年5月22日

再生可能エネルギーの中でも注目される洋上風力発電の分野で、新たな技術を武器に、世界を目指す日本のスタートアップがある。東日本大震災(2011年)をきっかけに、原子力発電以外のエネルギー源確保を目指して設立されたアルバトロス・テクノロジー(本社:東京都)だ。同社は、自社で浮体式洋上風力発電機を開発、2022年9月には第1回目の資金調達に成功し、大手企業・大学と共同で実証実験の準備を進める。本稿では、同社最高経営責任者(CEO)の秋元博路氏に日本の課題を踏まえた同社の強みや今後の展望などを伺う。

日本市場の課題、アルバトロス・テクノロジーの強み

2018年から2019年にかけて、EUや英国が2050年のカーボンニュートラルを目標に掲げるなど、脱炭素社会実現に向けた機運が高まっている。日本政府も、2020年に「2050年カーボンニュートラル」を目指すと宣言し、2021年には第6次エネルギー基本計画を策定、政府として再生可能エネルギーの導入拡大を推進している。 

同基本計画PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(822KB)における再生可能エネルギー対応の部分では、「立地制約の克服やコスト低減に不可欠な次世代型太陽電池、浮体式洋上風力発電といった革新技術の開発を進める」ことが明言されている。洋上風力発電には、主に着床式と浮体式の2種類がある。着床式とは風力発電機の基礎を海底に固定する方式であり、浮体式とは係留した浮体構造物の上に風力発電機を設置するものである。とりわけ後者の浮体式は、前述の基本計画にも明記される革新技術と位置付けられている。 

日本近海では、戸田建設など大手6社による五島列島での浮体式発電ファームの開発が進んでおり、2023年末までに8基の発電機を設置する予定である。これは、五島市の総世帯数の約1割に相当する1,800世帯分の電力を賄える規模とされる。このように、洋上風力発電をめぐる動きが活発化する中、この分野に着目し事業展開を行うスタートアップがアルバトロス・テクノロジーだ。 

欧州、英国沖の北海では既に大規模な洋上風力発電設備の設置が進んでいるが、日本の沖合では商用洋上風力発電の実装はなかなか進んでいない。その理由を秋元氏は、欧州の沖合と日本の沖合、それぞれ適する洋上風力発電設備の種類が異なるからだと指摘する。欧州沿岸の北海では、陸から100キロ離れても、着床式風車の基礎を海底に設置できる浅瀬がある。そのため、着床式が大半を占める。また、導入が進むことでコスト削減にも結び付いている。一方、日本では、海底が急傾斜で深くなるため着床式の基礎が大型化し、沿岸から数キロほどで、浮体式の方が低コストになる。とはいえ、これまで費用対効果の高い浮体式の風力発電機が日本になかったことが、日本での実装が進まなかった理由という。その点を克服したのが、同社の浮体式風力発電機で、そのため注目が集まっている、と秋元氏はいう。 

アルバトロス・テクノロジーが開発する浮体式風力発電機については、日本企業の中には競合企業がほぼない。垂直軸風車(注1)を用い、発電機の重心を低くし、発電機自体の傾斜を許容することを可能にした。発電機が海上で傾いた時でも性能が低下せず、かつ大型機の発電効率は水平軸型風力発電(注2)と同等だという。 

秋元氏によると、この浮体式風車は、転覆することがない、いわば「起き上がりこぼし」のような特徴を持つため、台風が多く発生する地域でも浮体コストを抑制できるという。また、複数の小型発電機を搭載し、クレーンを使わない組み立て、海上での設置が可能なため、大型の着床式水平軸型風車よりも設備費を半分以下に、そして保守・運転維持費の大幅な削減を実現することができる。さらには、従来型の風車ブレードはガラス繊維が主体であるのに比べ、同社の風車部分はカーボンファイバーの連続成形部材を使用するため、低コストで製造が可能かつ、すべて国内で調達できる部品を使用していることからサプライチェーンの地政学的なリスクを回避していることが強みである。

図1:アルバトロス・テクノロジーの風力発電機の仕組み(同社提供)

元々、東日本大震災をきっかけに原子力発電以外のエネルギーの開発を志した秋元氏は、管理運営に携わる幹部を外部から相次ぎ登用し、エンジニア含め計7人で事業開発を行う。

現在、小型風力発電機の海上実証実験準備を進めており、2022年9月には、アジアでの持続可能な産業創出を目的として、シード・アーリー期のスタートアップへ投資をしているジェネシアベンチャーズから第1ラウンドで1億円の資金調達に成功した。電源開発や大阪大学など複数の大企業や大学と連携をして、海上実証実験に向けた、実験機の設計・開発を進めており、2024年には海上実証実験を行う予定である。

ジェトロ事業を活用後の海外展開に向けて

2021年度、ジェトロ・スタートアップ支援課の事業である内閣府スタートアップシティ・アクセラレーションプログラムにおいて、米国のアクセラレーターであるバークレー・スカイデックが運営を行うディープテックのコースに同社は参加した。シード期に世界有数のアクセラレータープログラムへ外国企業と共に参加することで、世界のスピード感を感じることができ、投資家などの聞き手に刺さるプレゼンテーションの工夫などの学びも得た。「米国市場、特にカリフォルニアでは、再生可能エネルギー関連が注目を浴びており、それに関する助成金が高額なことはビジネスを展開するうえで1つの魅力である。今後はジェトロ・グローバル・アクセラレーション・ハブ(GAH)を活用して、ネットワークを広げ、米国進出の足掛かりにしたい」と秋元氏は話す。

一方で、アジア周辺海域のポテンシャルの高さから、同社はアジア市場にも大きな関心を寄せる。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)が2023年3月に発表した「Renewable capacity statistics 2023」によると、2022年の洋上風力発電の導入状況は、欧州全体で3万663メガワットに対して、アジア全体では3万2,496メガワットであり、アジアは世界で最も導入が進んでいる地域であると言える。2013年は、欧州が6,684メガワット、アジアが417メガワットであったことを踏まえると、この10年でアジアにおいて急速に導入が進んでいることもわかる(図2参照)。

図2:アジアと欧州での洋上風力発電における推定総風力発電容量推移比較
欧州の推移は2013年6,684MW、2014年7,976MW、2015年10,996MW、2016年12,633MW、2017年15,802MW、2018年18,727MW、2019年21,975MW、2020年24,927MW、2021年26,399MW、2022年30,663MWアジアの推移は、2013年488MW、2014年516MW、2015年722MW、2016年1,680MW、2017年3,006MW、2018年4,833MW、2019年6,298MW、2020年9,414MW、2021年27,818MW、2022年32,496MW。

出所:International Renewable Energy Agency (IRENA) Renewable Energy Capacity Statistics 2023PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(2.5MB)

また、アジア域内では現状、中国の導入が全体の93.7%で大部分を占めている(図3参照)。中国では2021年までに導入を進めたものであれば、固定価格買い取り制度(FIT制度)によって一定の価格で発電した電力が取り引きされるため、価格下落の影響を受けない。そのため、2020年から2021年にかけて急速な増加につながったとの見方が強い。

図3:2022年のアジアの洋上風力発電における
推定総風力発電容量の各国・地域割合
中国が93.73%を占め、次いでベトナム3.37%、台湾2.29%、韓国0.42%、日本0.19%である。

出所:図2参照

こうした状況の中、秋元氏は「中国以外のアジアの国々も今後伸びていく」と予想する。今後のアジア展開のターゲット市場としては、インドネシア、ベトナム、フィリピン、マレーシアなどをポテンシャルの高い地域として挙げている。日本同様に深い領海を持ち、今後、電力需要が伸びていく東南アジア地域は魅力的であり、浮体式洋上風力発電の大きなニーズが潜在化しているためである。

また、秋元氏は、アジア以外にも英国の大西洋沿岸やフランス沿岸など欧州の深水域もターゲットとして考えている。このように海外市場を見据えた動きを意識しながらも、現段階のファーストステップとして、日本国内での実証実験を大手企業・大学と共同で進め、実績を積み上げ、海外進出に必要な信頼を獲得することが足元の課題である。

持続可能な社会実現に向けてのネクストステップ

発電における課題もさることながら、発電した電力をどのように運ぶかも、洋上風力発電の大きな課題の1つだ。現状は発電した電力を海底に敷設した送電線で運んでいるが、この方法は設置コストがかかる。そこで新たな案として、発電電力から水素を生成、液化し、陸へ運ぶ方法にも同社は注目している。現時点においてはこの手段はあくまでビジョンであり、実現化はまだ先の話となるが、長期的には、液化水素を運搬する会社や水素社会を打ち出す自動車メーカーなど様々な企業との連携を踏まえ、ビジョンの具現化を目指したいとの意向を持っている。

秋元氏は、浮体式洋上風力発電の認知度はまだ低いため、まず浮体式と着床式のそれぞれの違いを知ってもらうとともに、ハードウェア・プロダクトを作る、いわば「ものづくり」的ディープテックスタートアップがあることを知ってもらいたいという。洋上風力発電設備の導入拡大、商用化を目指すためには補助金などの資金サポートは欠かせなく、多くの関係者との連携が重要な鍵となる。中でも大型商用風力発電の設置には、まず自治体との連携が肝要であり、次のステップで水素社会実現に関連する技術を有するメーカーとの連携を図っていく構えだ。世界では、浮体式洋上風力発電機プレイヤーは米国のプリンシプルパワー(本社:カリフォルニア州エメリービル)、フランスのイデオル、スウェーデンのSea Twirlなどのスタートアップがリードしている。日本発浮体式洋上風力発電機開発スタートアップとしてアジアで存在感を発揮し、欧州を含めた海外展開につなげていけるか、今後の取り組みに注目したい。


注1:
垂直軸型風車は、風向に対して垂直方向の回転軸を持つ。そのため、全方向の風向きに対応できる。発電機を風車の下部に搭載できる。
注2:
水平軸型風車は、風車の回転軸が地面に水平に設置される。日本ではプロペラ型と呼ばれることが多いが、プロペラは船の推進器を指すため、海外では一般的ではない。
執筆者紹介
ジェトロイノベーション部スタートアップ課
亀多 瞭介(かめた りょうすけ)
2021年、ジェトロ入構。日本のスタートアップの海外展開のため、世界最大のスタートアップイベントであるCESをはじめとした海外イベント出展を支援。
また、東京都XHUB事業でのアクセラレーションプログラムや、東京大学などアカデミアとの連携プロジェクトの企画運営も担当。