スリランカはいかにFTA交渉に取り組むか

2023年3月29日

スリランカ政府は、国内経済を活性化するための経済改革プログラムの一環として、グローバル経済との関係性の再構築を図っている。特に、輸出および輸出を目的とした海外直接投資誘致を強化するため、戦略的に重要な中国やタイなどとの自由貿易協定(FTA)交渉を進めている。ラニル・ウィクラマシンハ大統領は、スリランカは南アジア、東南アジア、東アジアへの輸出に向けた機会を活用するべく、輸出志向で競争力のある市場経済の創設に注力すると表明している。そのため、FTA交渉を遅滞なく進めるよう関係当局に指示を出している(2023年1月23日付ビジネス短信参照)。

こうした中で、スリランカ全国輸出商工会議所(National Chamber of Exporters of Sri Lanka)は2023年1月18日、現在交渉中のFTAに関するセミナーを開催した。経済危機に直面するスリランカにとって、FTAを広げる意義とは何か。FTA交渉のキーパーソンらが議論を交わした。


左から、K.J.ウィーラシンハ氏(FTA首席交渉官)、アリッタ・ウィクラマナヤケ氏 (ヘリテージパートナーズ
筆頭パートナー、弁護士) 、ロハン・サマラジヤ氏 (LIRNEasia会長)、スバシニ・アベイシンハ氏 (Verité Research リサーチディレクター)、ラリス・カハタピティヤ氏(KIKグループ会長)(ジェトロ撮影)

産業界からの参画を求める、スリランカ政府

FTA交渉の首席交渉官のK.J.ウィーラシンハ氏は、スリランカ政府によるFTAの提案がスリランカの輸出企業にどのような影響を与えるかを取り上げた。

同氏によると、FTAは物品とサービスの両分野を含む包括的な方法で交渉されている。FTA交渉において産業界からのデータや反応が欠けていることが大きな問題の1つとなっている。このため、さらなる産業界からの参画を求めている。

インド・スリランカFTAは1998年に締結されたが、当時多くの人が十分なフィージビリティスタディがきちんと行われていないと不満を持っていた。それでも、FTA締結を経てスリランカとインド間での年間貿易額は5,000万ドルから9億ドルに増加し、インドへの輸出やスリランカへの完成品の輸入の60%が同FTAを利用している。また、FTAはバリューチェーンを形成するが、スリランカは、世界の人口の20%を抱えるインドとパキスタンの市場に、FTAを通じてアクセスすることが可能となっている。

スリランカは国際競争にいかに立ち向かうのか

一方で、スリランカ政府は、スリランカがFTAを通じて市場にアクセスする必要があると考えているが、FTAだけでスリランカの問題を解決することはできない。

スリランカの最大の問題の1つが貿易収支である。スリランカは、付加価値の高い製品や産業を育成し、輸出可能な分野と製品を拡大するとともに、輸出する企業を増やさなければならない。そのためには、輸出部門への投資の拡大も必要となる。従来、スリランカは家事労働の女性を出稼ぎ労働者として海外に派遣することで、外貨を獲得してきた。配電盤を製造し輸出を手掛けるKIKグループ会長のラリス・カハタピティヤ氏は、現在の経済危機を乗り越えるために、IT分野などにおいてより技能の優れた人材を送り出すとともに、起業家やスタートアップの育成を通じてより多くの産業を生み出すことが重要であると強調した。

また、輸入を取り巻く状況も大きく変化している。原材料を輸入する場合、外貨不足によりスリランカの地場銀行の国際的な信用度が低下したことでL/C(信用状)の有効性が低下するとともに、スリランカ・ルピーの為替価値が大きく減価している。新型コロナウイルス流行前は1ドル=200スリランカ・ルピー程度だったが、現在は360スリランカ・ルピー程度になっている。原材料を輸入し、競合地域に完成品を輸出する場合、以前よりも高い価格とならざるをえない。したがって、スリランカとしては、従来の製品を販売しているだけでは競争に勝つことはできない。

スリランカの市場環境をいかに改善していくべきか

アジア地域の政治や経済などの分析を行うスリランカの調査会社であるVerité Research リサーチディレクターのスバシニ・アベイシンハ氏は、スリランカ規格協会を通じて、強制規格を導入することを提案した。ほとんどの欧州諸国では、産業を保護するために品質管理を実施している。スリランカ国内でも、規格を導入して産業を保護し、適切な品質を満たした製品による、消費者にとっても望ましい、公平な競争の場を作る必要があると強調した。ココナッツ製品を製造するある中小企業では、FTAによって価格が安く品質の低い製品が市場に参入してくることを懸念している。たとえ中小企業が良質の製品を製造したとしても、国内の市場における外国製品との価格競争に勝てないことになりかねない。

同時に、アベイシンハ氏は、国内の障壁を減らし、競争力のあるビジネス環境をつくる重要性を指摘した。FTAは外国政府が課す障壁を減らす効果があるが、スリランカの場合、自国政府が課す障壁の方が、外国政府が課す障壁よりはるかに大きいという。外貨の送金に関する規制や輸入規制、 燃料不足や停電などの問題を指摘している。

カハタピティヤ氏は、非関税障壁は主要な問題ではなく、より重大な国内の問題として、官僚主義、税関の汚職、貿易インフラの欠如、時代遅れの法制度などの障壁を挙げた。中国とFTAを締結し、すべての品目を関税なしに輸出できるようになったとしても、中国にある、より発展した製品と競争しなければならない。スリランカは、十分な製品をそろえる必要がある。より高度な技術を活用して製品を製造することで、外貨を獲得する必要がある。

弁護士事務所のヘリテージパートナーズ筆頭パートナーに所属する、会社法を専門とする弁護士のアリッタ・ウィクラマナヤケ氏は、政治的リーダーシップの欠如という問題を指摘した。シンガポール、ベトナム、インドなどの競争力のある国々は、自国の戦略のもとで、産業を発展させてきた。スリランカでは、北部における土地の所有者や開発をめぐる問題、国内で休日を独自に設定しているため海外に適切に認知されておらず国際ビジネスに支障がたびたび生じるという問題、電力をめぐる政治的な争いなど様々な側面の問題が解決されずに放置されてきた。

アベイシンハ氏は、スリランカにおける貿易手続きの改善の遅れを指摘している。自動化や透明性、近代化などを示す世界貿易機関(WTO)の貿易円滑化指標の進展が、スリランカは2017年の加盟以降、他国と比べて非常に遅いという。競合国が、WTO の支援を受けずとも自力で貿易円滑化の改善を推進してきた一方で、スリランカはまだ非常に低い水準にとどまっている。WTO貿易円滑化協定が発効した2017 年から、大きな進展を実現できていない。このままでは、スリランカは自発的な改善が進まず、海外投資家にとって魅力の乏しい国にとどまることになる(表参照)。

表:WTOにおける貿易円滑化指標の進展度合い(注)
国名 2017年時点の
実施状況
2022年時点の
実施状況
マレーシア 94.10% 100.00%
タイ 91.60% 98.70%
フィリピン 93.30% 100.00%
インドネシア 88.70% 100.00%
カンボジア 82.80% 93.70%
インド 72.30% 100.00%
バングラデシュ 34.40% 44.50%
スリランカ 29.00% 31.50%
ベトナム 26.50% 84.90%

出所:ベリテ・リサーチの資料からジェトロ作成

スリランカにとって、FTAよりも重要なこととは

カハタピティヤ氏は、FTAはスリランカにとって最優先事項ではなく、またすぐに多くの利益をもたらすものではなく、利益を得るには時間がかかる、と強調した。現時点では、スリランカ政府が、FTAの実現に向けて必要以上にリソースを割いてしまっている。スリランカは、自国経済の競争力を高め、より多くの投資を呼び込むとともに、輸出企業の生産性と国際市場における競争力の向上に、もっと積極的に力を注ぐ必要がある、と指摘した。FTA交渉では、国内に存在する課題への対処にも同時に取り組まなければならない。輸出可能な製品を十分にそろえたうえで、FTA交渉に取り組む必要がある、という。そして、インドなどへの製品の輸出を想定し、貿易の担当者を設置するなど輸出体制を強化する必要があると述べた。

加えて、スリランカにとって競争力の源泉が何になるのか、という点についてもさらなる議論が必要となる。FTAは製品やサービスの価格を下げるための取り組みであるが、特にスリランカのような小国では、価格が競争力の源泉とはなりえない。中国やインドなど一部の国は規模の経済により価格競争に取り組んでいるが、他の多くの国は価格競争を避け、独自の戦略を展開している。先進国は FTA をより包括的なものにするべく、労働や環境などの分野もFTA で取り込んでいる。 このため、スリランカは、FTA交渉の際に、環境や品質への調和、安全保障の確保といった点をどのように取り組むか、他の戦略の源泉に目を向けることが有益となる。競争力がなくなれば産業の確保が難しくなり、政治的にも非常に困難な事態を招くことになる。実際に、英国やドイツ、米国や日本、韓国のような国々もこうした課題に直面している。

アベイシンハ氏は、スリランカの優先事項は、現在の経済の混乱から抜け出すことであり、FTAではないと指摘している。何が何でもFTAの締結を急ぐことではない。交渉で少しでもミスがあれば、将来の世代に影響を及ぼしかねない。スリランカと中国とのFTA交渉において、スリランカが非関税措置を設けてはいけないということが条件として検討されていた。外貨を十分に保有しないスリランカにとって、輸入をコントロールする手段を保有しておく必要がある。

そのほか、情報通信分野のシンクタンクであるLIRNEasia会長のロハン・サマラジヤ氏は、ルールの欠如による汚職の問題を指摘する。ほとんどの人が不要な金銭の支払いが求められる汚職に不満を抱いている。サービス産業が非効率的であり、経済の効率化が十分に実現されていないと指摘する。汚職をめぐる規制を制定するとともに、外国企業の参入による競争を通じたサービス産業の効率化を求めた。現在、スリランカはスリランカ投資委員会(BOI)を通じて効率化に取り組もうとしているが、十分ではないとの認識を示した。

以上の議論をまとめる形で、カハタピティヤ氏やウィクラマナヤケ氏が、スリランカが現在の経済危機から脱するために、まずは政府が産業界や専門家と対話することを提案した。債務を支払い、国際的な評価を高めることがまず重要である。スリランカは、以前に中国やインドとFTA交渉をしたときは、より強い立場にあったが、今は相対的に弱い立場にある。適切な事前の調査と交渉がなければ、よりリスクが高くなる恐れがある、と警鐘を鳴らした。


注:
本表は、2017年の貿易円滑化協定の加盟国が、協定の履行にあたり約束していた事項がどの程度順守されているかを示す。100%に近いほど、当初の約束を実行していることになる。詳細は、WTO「貿易円滑化協定データベース 加盟国による履行約束に関する進展度合い外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」参照。
執筆者紹介
ジェトロ・コロンボ事務所
ラクナー・ワーサラゲー
2017年よりジェトロ・コロンボ事務所に勤務。
執筆者紹介
ジェトロ・コロンボ事務所長
大井 裕貴(おおい ひろき)
2017年、ジェトロ入構。知的財産・イノベーション部貿易制度課、イノベーション・知的財産部スタートアップ支援課、海外調査部海外調査企画課、ジェトロ京都を経て現職。