Beyond Next Venturesが創るイノベーション(日本、インド)
日本がインドの成長を取り込むためには

2023年8月23日

中国を抜いて人口世界一となったインド。インド商工省が認定するスタートアップはインド国内で9万9,000社以上にのぼり、ここ数年で資金調達額、投資家数、インキュベーター数などを飛躍的に伸ばして世界3位のエコシステムとなった。

かつてベンガルールを中心にオフショア開発で培ったITサービスのノウハウは、グローバル・バリューチェーンの中で確実にアップグレードされ、IT企業のみならず巨大グローバル企業の経営層にインド出身者の顔が並ぶことは、もはや珍しくない。インドは世界のIT産業/イノベーション振興において、なくてはならない存在となりつつある。今回は、そんなインドとの連携を強めるベンチャーキャピタル(VC)、Beyond Next Ventures株式会社(BNV)の最高経営責任者(CEO)で創業者である伊藤毅氏に、イノベーション創出に対する考えやインドの魅力、日本にとっての好機と課題などについて聞いた。

Beyond Next Ventures株式会社ロゴ

BNVの伊藤毅CEO(ジェトロ撮影)

Beyond Next Ventures事業概要

ディープテックスタートアップに出資する日本のVC。2014年設立。ポートフォリオには日本とインドのスタートアップ延べ75社があり、運用総額は220億円。メディカル/バイオ、アグリ/フードといった幅広い領域のテック・スタートアップにシード期から投資を実行するほか、大学や研究機関の持つ技術シーズの事業化支援、研究者を対象とした経営チーム育成支援、CXO(幹部)育成など、手厚く幅広いサポートを展開する。

質問:
BNVは、なぜインド投資を進めるのか。
答え:
きっかけは、ベンガルールのインキュベーター、Centre for Cellular and Molecular Platforms(C-CAMP)から提携の話が持ち掛けられたこと。その時に初めてインドに出張したが、インドの今後の成長可能性を強く感じ、海外投資はインドに集中することにした。C-CAMPとは2019年に日印の起業家育成、双方のアクセラレーションプログラムを通した人材およびテクノロジーの交流などを目的とするコンソーシアム、C-CAMP Beyond Next Ventures Innovation Hub(CBIH)も設立した。
インドは国全体が成長しているので、スタートアップも躍進的に成長する余地があり、それだけ投資リターンも大きくなる可能性がある。現在、当社のインド人社員の割合は1割程度だが、今後、インドでの事業が拡大すれば、半分かそれ以上になるポテンシャルがある。

BNVが描くイノベーション・エコシステム

質問:
BNVは大学発ベンチャーに注力し、かつ、それをとりまくエコシステムの重要性を強調しているが、どのように考えているか。
答え:
当社は、大学の研究成果の社会実装をサポートするためのVCとしてスタートした。当時はディープテックという言葉もなく、大学発ベンチャーは儲(もう)からない投資案件の代名詞だった。そんな中で大学を見て感じたのは、技術も研究者も素晴らしいものがある一方で、資金、成功事例、そして何より経営者の不足が課題になっているということ。大学のそばに事業経験者やビジネスをリードできる人がいないと、VCがいくらお金を出してもうまくいかない。そういった人材を探そうとしても、資金も法人格もない設立前の大学発ベンチャーには、人材紹介会社/転職エージェントのサービス(人材を斡旋し、就職決定後に就職先から斡旋料をもらう)の活用は難しい。必要に迫られ、創業初期の社員としてヘッドハンターを雇用し、必要な経営人材をソーシングして、起業前の大学教員に無料で紹介することを始めた。世の中に必要なエコシステムの機能を、自分たちが動くことによって、少しずつ拡充していこうとしている。
質問:
大学発ベンチャーを生み出すには、研究者と経営者とをマッチングして進めるべきか、それとも経営もできる研究者を育成すべきか。
答え:
その両方だと思う。現在、多くの場合、研究者は研究に集中してもらうため、別途、ビジネスマンや経営者候補を連れてきて、経営チーム作りを支援している。しかし、最近の若い世代の研究者の中には、柔軟性や経営の資質のある人もいて、数は多くないが、そのような研究者の経営支援にも力を入れている。
大学の研究資金の課題は、国からの研究費や民間からの資金提供などに依存しており、柔軟性が低いことや、研究者が自由に使える研究費が限られていること。研究者が自ら資金調達をしたり、資金を生み出したりすることができれば、より研究を加速できるため、今後、日本に資金力のある研究者を増やすべきだと思っている。
質問:
大学での研究と産業界とをつなぐためには。
答え:
有期雇用形態が主となる大学にとって、長期的なプロジェクトをサポートできる職員を供給することは難しい。そのため、民間の当社が大学に出向いていき、ファンドや人材を提供することで、自らの投資機会を創っている。2016年には、スポンサー企業による資金提供のもと、選考を突破した研究者が、事業計画策定、メンタリング、経営者とのマッチングなどを無料で受けられるプログラム「BRAVE」を開始した。
大学の技術移転機関(Technology Licensing Organization:TLO)(注)のような役割にも関心はあるが、TLOのモデルが成り立つものは限定的で、実際に充分に機能している例はごくわずかだ。製品単体で知財になる物質特許であれば、ライセンスアウトしやすいが、あるソリューションの一部分を形成するようなものは、製品を最後まで作らないとビジネスにならない。
質問:
イノベーションの創出やテクノロジーの社会実装において、公的機関に期待することは。
答え:
まず大事なのは情報発信。一民間企業からは届かないような層、例えば経営者に向けて、インド市場などの魅力の喚起や現場に足を運ぶ機会を用意することが大事。政府や公的機関は社会基盤を整える役割があるが、細部までは対応できない。大枠や方針を決めてもらい流れができてきたら、実務については民間に任せるのがよいのではないか。

日本企業はどのようにインドと向き合い、ビジネスに生かしていくべきか

質問:
最近はインド企業が日本企業を買収して経営統合したり、日本企業がベンガルールに研究開発拠点を設立したりする動きもみられるが、どのような分野・場面が日本とインドの協業・連携に向いているか。
答え:
日本側とインド側の需要と供給が合致していることが大事で、インド企業の足りない部分に日本企業が入る隙間がある。例えば製造業では、インドはIT人材が海外で外貨を稼ぐ一方で、政府が推進する製造業振興策「メーク・イン・インディア」のスローガンのもと、国内の製造業を育てて雇用も生みたい。インドの課題は、高い品質で大量に生産する技術が十分でないことだ。そこで、日本企業の持つ製造や品質管理のノウハウが求められる。対象がスタートアップであれば、成長するための資金や顧客(商品の購入)も日本企業に期待されることだ。購買力が高まりつつあるインド市場では、日本の消費者向けブランドの展開も受けいれられると思う。インドでは低価格のローエンド製品でないと売れない、という前提は少しずつ変わってきていて、例えば世界最先端の手術支援ロボット「ダビンチ」はインド国内に70台以上導入されているなど、ハイエンド製品の導入場面も出てきている。ただ、インドは局所的に見て判断することが難しいので、高所得層もそれ以外の層も幅広く見る必要がある。
質問:
日本企業がインドを活用していくために、何から取り組んだらよいか。
答え:
最もとりかかりやすいのは、インド人材の採用だ。日本のソフトウェアエンジニアは、何十万人単位で不足すると言われているとおり、大手企業でも採用に苦労しており、そこを埋め合わせないといけない。インドは、大卒であっても就職率が4割程度で、スキルのある人でも就職ができなかったり、給料が極端に低かったりするケースもある。日本や欧米と比較すると、インドでのソフトウェア開発はまだまだ低価格で行うことができ、コスト競争力にもなる。インドは人口の平均年齢が29歳であり、これはエンジニアに限ったことではないが、若くてパワーのある人にチームに入ってもらうことで会社もより成長できる。グローバル企業のマネジメント層でもインド人が活躍しているが、インド人はダイバーシティ豊かなチームのマネジメントにたけていて、0から1をつくれるような起業家気質の人が多く、こういった人材を新規事業や拠点のトップに据えることで、事業が推進されることもあると思う。
質問:
日本企業とインド・スタートアップとの協業における課題は。
答え:
当然、スタートアップは資金調達や販路開拓に必死なので、アピールが得意なインド企業であれば、日本企業に対して積極的に提案するだろうが、日本企業側はそこまで切迫した状態にはないことが多い。100の提案を受けて、1社最も優秀なスタートアップを選べばよい、スタートアップはどんなメリットを提案してくれるのか、という、待ちの姿勢になりがちだ。日本企業側に起業や新規事業開発の経験者が乏しいことがそもそもの課題だが、そのような一方的な状態では、VCがいくらスタートアップ側を支援しても、オープン・イノベーションはなかなか実現しない。スタートアップが日本企業に合わせるばかりではなく、日本企業側からスタートアップにアプローチして、事業を提案するくらいの姿勢が必要だろう。
質問:
インパクト投資に対する見方は。
答え:
新ファンドからは、基本的に全ての投資において、業績以外のインパクトKPI(重要業績評価指標)を設定するなど、インパクト評価を実施している。インパクト投資は上場企業においては既に一般的だが、この流れは徐々に未上場企業にも及ぶと思っている。
インドは、社会的インフラが整っていない隙間にスタートアップが入って事業を拡大させているため、スタートアップ投資=インパクト投資の状態。例えば、病院がない地域に遠隔診察プラットフォームが広まって、社会的インパクトを生み出している。当社の投資先のBigHaat外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますは農家向けのデジタルサービス企業で、農業に対し、必要なものを購入できるeコマースサイトや、その土地に適した作物や育て方といった情報を提供している。この結果、ユーザー農家の収入向上に貢献しながら、彼らの事業の急成長にも貢献している。

インドで開催されたBNV幹部と投資先経営陣との
ファウンダーズミーティングの様子 (同社提供)
どのような環境において、どのようなイノベーション・エコシステムが成功するのかについてはいまだ研究途上であるが、エコシステムを醸成する先駆者たちが、誰と誰を結び付け、どのようなリソースを提供したのかを分析することは、イノベーション・エコシステムに必要な要素や機能を明らかにすることにつながる。BNVによる、研究者の起業に向けたサポート、公的機関をはじめとする外部との役割分担、社会的インパクトを考慮した資金フローの形成などは、あるべきイノベーション・エコシステムを考える上で非常に参考となるだろう。
また、グローバルにビジネスを展開していく日本企業にとって、成長するインドを上手に活用し、グローバル・バリューチェーンに入り込むことは、ますます重要になりつつある。そして、そのためには、インドやスタートアップに対する日本企業のマインドのアップデートも迫られているのではないだろうか。

注:
大学の研究者の研究成果を特許化し、それを企業へ技術移転する組織。
執筆者紹介
ジェトロ イノベーション部ビジネスデベロップメント課
小沼 千晴(こぬま ちはる)
外資系IT企業で法人営業とCSRを経験。大学院修士課程(科学技術イノベーション政策)、国連工業開発機関(UNIDO)でのインターンシップを経て、2021年にジェトロ入構。対日投資部DX推進チームを経て現職。