輸出における規制リスクの高い品目は?
米中デカップリングの行方(後編)

2023年3月28日

米中両政府は、米中対立に起因した多くの規制を敷いている。グローバルにビジネスを行う企業にとって、これらの規制への対応、いわゆる経済安全保障への対応は喫緊の課題だ。前編では、米国の輸入における規制リスクの高い分野について検証した。後編では、米国の対中輸出額の大きい品目を中心に、規制リスクを検証する。

先端半導体が輸出規制の筆頭

2022年に米国の対中輸出額が大きかった品目は、大豆、石油、集積回路、民間航空機、トウモロコシなどであった(表1参照)。大豆は、輸出額も大きい上、前年比で26.6%増、米中対立が本格化する前の2018年と比べても5.7倍と大きく伸びた(注1)。続いて輸出額が大きい石油も、2022年に前年比15.3%増、2018年比でも28.7%増と伸びた。その他、トウモロコシや綿も、それぞれ2018年比で89.2倍、3.2倍となっている。新型コロナ禍が影響してか、免疫製品や医薬品の輸出額も伸びた。

他方、集積回路、乗用車、半導体製造機器は2018年比では増加しているが、前年比ではそれぞれ32.6%、24.5%、30.1%減少した。民間航空機は、2022年は前年比で増加しているが、2018年比では71.1%減と米中対立以前の水準には回復していない(注2)。

表1:米国の対中輸出額が大きい品目(単位:100万ドル、%)(△はマイナス値)
品目名(代表例) HTS番号 2018年 2019年 2020年 2021年 2022年
金額 前年比 金額 前年比 金額 前年比 金額 前年比 金額 前年比 2018年比
大豆 1201.90 3119.2 △ 74.5 8004.9 156.6 14065.7 75.7 14118.2 0.4 17868.3 26.6 472.8
石油 2709.00 5417.8 23.7 2960.4 △ 45.4 6814.8 130.2 6046.2 △ 11.3 6971.5 15.3 28.7
集積回路 8542.31 4089.1 31.6 6449.3 57.7 8272.9 28.3 9793.7 18.4 6600.1 △ 32.6 61.4
民間航空機 8800.00 18221.2 12.0 10427.3 △ 42.8 4391.7 △ 57.9 4724.7 7.6 5273.3 11.6 △ 71.1
トウモロコシ 1005.90 59.0 △ 61.2 56.9 △ 3.5 1241.3 2080.8 5060.2 307.6 5261.2 4.0 8820.3
免疫製品 3002.15 339.1 75.3 1561.8 360.6 1197.1 △ 23.4 3147.4 162.9 5217.0 65.8 1438.7
乗用車 8703.23 4029.5 △ 38.2 4342.5 7.8 4565.5 5.1 5358.0 17.4 4043.2 △ 24.5 0.3
半導体製造機器 8486.20 2966.2 47.7 2982.7 0.6 4102.7 37.5 5523.1 34.6 3858.4 △ 30.1 30.1
綿 5201.00 920.5 △ 5.4 705.1 △ 23.4 1820.7 158.2 1330.4 △ 26.9 2902.6 118.2 215.3
医薬品 3004.90 1069.9 9.3 1175.1 9.8 2034.2 73.1 2010.5 △ 1.2 2422.7 20.5 126.4

出所:米国際貿易委員会(USITC)から作成

これら輸出額が大きい品目の中で、今後、減少が予測される分野の筆頭は半導体関連だろう。米商務省産業安全保障局(BIS)は2022年10月、先端半導体が中国人民解放軍の現代化や中国での人権侵害に寄与していることなどを理由に、輸出管理を大幅に強化した。これには、特定の製品や技術を輸出管理対象に追加するという伝統的な輸出管理の強化のみならず、本来は輸出管理規則(EAR)の対象ではない品目であっても、先端半導体製造施設で利用される製品や技術の輸出に対しては許可申請を必要とする、先端半導体製造施設での出荷・修理・メンテナンスなど開発や生産を支援する米国人(注3)の特定の行動も規制対象とする、といったこれまでとは異なる方法も取られている。こうした広範な規制の下、半導体関連の対中輸出は、今後、一定程度まで減少すると予測される。実際、表1の通り、集積回路と半導体製造機器の輸出額は、これまで一貫して増加傾向にあったものの、2022年に前年比で減少した(注4)。

なお、半導体に対する規制は、輸出管理にとどまったものでも、現政権にとどまったものでもない。まずバイデン政権は、サプライチェーン強靭化の大統領令で指定した10の分野の筆頭に半導体を挙げている。大統領令を受けた報告書の中では、「大統領就任後1日目から、半導体のサプライチェーン強靭化に努めてきた」と記載し、半導体はテクノロジーの「DNA」であり、農業や輸送、医療、通信、インターネットなど経済のあらゆる分野を本質的に変革してきた、と重視している。さらに、2022年8月に成立したCHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)では、米国内での半導体製造施設の建設・拡張や研究機関の開発に対する補助金申請の条件として、中国などの懸念国で半導体製造能力拡張を伴う重要取引を10年間行わないことを課している。また、対米投資規制をみても、半導体を重視していることがわかる。米国では、外国投資委員会(CFIUS)が、外国企業による米国企業の買収が安全保障上の脅威にならないかを審査し、大統領にはCFIUSの勧告を受けて買収を差し止める権限が与えられている。CFIUSが1975年に創設されて以降、大統領が差し止めた買収事例は6件のみだが(注5)、いずれも中国が関係している上、その半数にあたる3件が半導体関連である(表2参照)。民主党のオバマ大統領も、共和党のトランプ大統領も、半導体関連の買収を差し止めている。半導体は、歴代の米政権にとって、党派によらず、機微な分野であったことがわかる(注6)。

表2:CFIUSに基づく差し止め事例
実施年 大統領 買収企業国籍 概要
1990年 ブッシュ(父) 中国 中国宇宙航空技術輸出入公司(CATIC)によるシアトルの航空機部品メーカーMAMCOの買収につき、契約解消を指示。買収により輸出規制の対象技術をCATICが入手する可能性があることが理由
2012年 オバマ 中国 中国系企業ロールズ・コーポレーション等によるオレゴン州の風力発電関連企業4社の買収について、契約解消を指示。ロールズ・コーポレーションが計画していた風力発電事業の所在地が、同州の米海軍訓練施設近くの飛行制限空域内にあることが理由
2016年 オバマ 中国 中国系投資ファンド福建芯片投資基金による米国資産を持つ独半導体企業アイクストロンの買収差し止めを指示。議会調査局は、アイクストロン社の技術や実績が軍事転用される可能性が理由との報道内容を紹介
2017年 トランプ 中国 投資ファンドのキャニオン・ブリッジ・ファンド(CBFI)等による米半導体企業ラティスセミコンダクターの買収の差し止めを指示。CBFIには中国政府関連ファンドが出資しており、買収案件は米国の安全保障の脅威となり得ると判断
2018年 トランプ シンガポール ブロードコムによる米半導体企業クアルコムに対する敵対的買収を阻止。買収された場合、第5世代ワイヤレスネットワーク(5G)技術のリード企業が米国に存在しなくなり、ファーウェイ等中国企業に5Gを支配されるとの懸念に基づき阻止
2020年 トランプ 中国 トランプ大統領は中国IT企業の北京中長石基信息技術(Beijing Shiji Information Technology)に対し、同社が2018年に買収した米同業ステインタッチ(StayNTouch)の売却を命じる大統領令を発表。トランプ政権がステインタッチの保有する顧客情報が中国に流出することを懸念した可能性がある

出所:米政府発表資料、議会調査局発表資料(CRS)、メディア報道などから作成

過去にも例示された機微技術群

また米政府内では、先端半導体と同様の強力な輸出規制が検討されているといわれている。具体的な技術や品目は明らかではないが、AI(人工知能)やバイオテクノロジー、量子コンピューティングなどが対象になるのではないかといわれている(注7)。これらは輸出管理改革法(ECRA)に基づいて、規制強化の対象例としてBISが2018年に提示した14の新興技術に含まれていた(参考参照)。当時のトランプ政権は、ECRAに基づき、新興技術や基盤的技術と定義された機微技術の輸出管理を一括で強化することを計画していた(注8)。結局は、規制すべき個別具体的技術を特定することの難しさや、産業界から規制強化は経済への悪影響になるといった反発などがあり、包括的な規制強化はできなかった(注9)。ただし、AIや量子コンピューティングへの輸出管理強化が2023年になっても取り沙汰されているように、これら技術が関連する品目は、潜在的に規制対象になり得ると考えられるだろう。

参考:BISが2018年11月に例示した新興技術の14分野

  1. バイオテクノロジー
  2. 人工知能(AI)・機械学習技術
  3. 測位技術
  4. マイクロプロセッサー技術
  5. 先端コンピューティング技術
  6. データ分析技術
  7. 量子情報・量子センシング技術
  8. 輸送技術
  9. 付加製造技術(3Dプリンターなど)
  10. ロボット工学
  11. 脳コンピュータインターフェース
  12. 極超音速
  13. 先端材料
  14. 先進監視技術

出所:BIS発表資料から作成

乗用車も、半導体関連品目と同様、2022年に輸出額が減少した品目である。ただし、現時点では、特段、米国側から自動車輸出は規制されていない。今後も、自動運転技術が搭載されるなど機微な先端技術が含まれない限りは、米国側からの輸出規制は考えづらいだろう。他方で、自動車は「消費者や政策決定者にとって象徴的な製品」であることなどから(注10)、政治的環境に敏感な分野でもあり、米中対立が長引き両国の関係が悪化するにつれ、米国からの輸出車は、中国市場で一層、競争上不利になっていく可能性はある。民間航空機は、輸出額の大きい品目の中で唯一、2022年度の輸出額が2018年比で減少した。民間航空機も乗用車同様、米中対立に起因する米国からの規制強化の対象にはなっていない。ただ、長引く対立の影響によって、米ボーイングと並ぶ旅客機大手のエアバスとの中国市場での競争環境が厳しくなっていることや、新型コロナ禍による旅行需要の減退などにより、輸出額が減少していると考えられる。なお、航空産業は防衛産業とのかかわりも強く、常に安全保障上の機微さが付きまとっている点は、留意しておく必要があるだろう。

以上の議論を基に、輸入と同様、それぞれの品目を、輸出額を横軸に、規制の度合いを縦軸にして、輸出額の大きさと規制リスクを概念図としてまとめた(図参照)。集積回路や半導体製造機器は輸出額も大きい上、既に規制強化されている品目と位置付けられるため、これらに関連するビジネスをしている企業への影響は大きいと考えられる。また、AIやバイオテクノロジー、量子コンピューティングなど、BISが2018年に例示した技術に関連する品目は、現状では輸出額が大きくなくとも、今後、規制強化の潜在リスクが、他の品目よりも高いと考えられるだろう。他方で、輸出額最大の大豆や輸出額の増加が著しいトウモロコシなど食品分野は、安全保障上の機微さもないため、少なくとも米国側から大きく規制をかけることはないと考えられる(注11)。また、医薬品関連や綿なども、同様に大きく規制をかけられることはないだろう。なお、農産品や医薬品はサプライチェーン強靭化の対象分野に挙げられているが、これらは供給元の多様化が必要との観点で議論されているため、半導体などとは異なって、米国からの輸出が規制されるリスクは少ないと考えられる。

図:米国の対中国輸出における規制強化対象品目の概念図
集積回路や半導体製造機器は輸出額も大きい上、既に規制強化されている品目と位置付けられる。AIやバイオテクノロジー、量子コンピューティングなどは輸出額が大きくないが、規制強化の潜在的リスクが他の品目よりも高い。輸出額最大の大豆やトウモロコシ、医薬品関連や綿などは規制リスクは高くない。

注:輸出額の大きな品目を中心に掲載。あくまで概念図であり、すべてを網羅しているものではない。
出所:USITCの貿易データや米政府発表資料などを基に筆者作成

正しいリスク評価を

米中対立を起因とした経済制裁や輸出管理、またはこれらへの対抗措置は、範囲が広く制度が複雑であるが故に、自社ビジネスが規制対象なのか否かの正確な判断が難しい。加えて、今は規制の対象外であっても、将来的にいつどの分野が新たに規制対象になるかわからない、という先行きの不透明さがビジネスを拡大する上での障害になっている。こうした状況により、日系企業からは、明らかに現在は規制対象になっていな分野でも事業拡大に慎重になっている、との声も漏れ聞こえる。

一方で、貿易統計が表している様に、経済的相互依存の流れは止め難く、規制が強化されている中でも、米中両国間のビジネスは拡大している。仮に、日本企業だけが極端に米中両国間のビジネスに慎重になっているのだとすると、大きな機会損失となる。少子高齢化で市場が縮小していく日本の現状に鑑みれば、海外の成長を取り込むことに二の足を踏んではいられない。リスクが全くないというビジネス領域は存在しないため、これからもグローバルにビジネスを拡大していくためには、どこにリスクがあるのか、そのリスクは高いのか低いのか、そして自社にとって受け入れられるリスクなのか、といった視点からの経営判断が必要となってくる。そのためには情報収集・分析能力の強化が大事であろう。規制が多く、予測不可能な事態が続く中でも、したたかにビジネスを継続・拡大していくための戦略が求められる。


注1:
大豆は、米国への対抗措置として中国が課した追加関税の影響を大きく受けた品目で、初めて追加関税が賦課された2018年に既に輸出額が大きく減少した。そのため、2022年の輸出額は2018年比で大きくなっている。ただし、2022年の輸出額は、追加関税賦課前の2017年と比較しても46.2%増と大きく伸びている。
注2:
2020年2月に発効した米国と中国による第1段階の経済・貿易協定では、中国が協定発効から2年間かけて、追加で2,000億ドルの米国産の物品や農産品、エネルギー資源、サービスを購入・輸入する内容となっている。具体的な品目として列挙された中には、2022年の輸出額が大きかった大豆、石油、トウモロコシ、乗用車、半導体製造機器、綿が含まれている。なお、民間航空機は、HS8802が対象となっている。
注3:
米国籍を有している人のみならず、永住権を有している人など、いわゆるUS personが対象となる。ただし、その適用範囲は、個別のルールごとに異なる。
注4:
集積回路は2018年以降、半導体製造機器は2013年以降、輸出額が一貫して増加していた。なお、半導体の輸出管理強化についてBISは、従来レベルの半導体製造能力をそぐものではない、現時点で米国でしか製造できないものが対象、などと述べている。中国へ輸出する半導体が、米国の規制対象になるか否かは確認が必要。
注5:
現実には、大統領による差し止めに至る前に、CFIUSの勧告を受けた段階で買収を断念するケースが一定数あると考えられる。
注6:
米中の経済・貿易協定における中国が輸入を拡大する品目の中に、集積回路(HS8542)は含まれていない。
注7:
例えば、以下を参照。
Goodman, Matthew P., Murphy, Erin L., DiPippo, Gerard., Segal, Stephanie., and Reynolds, Matthew. “Five Things to Watch in 2023”, CSIS, December 20, 2022.
注8:
BISから提示された基盤的技術の中には、半導体製造装置や関連ソフトウエアツールなどが含まれていた。
注9:
BISは2022年5月、ECRAの1758条で特定が義務付けられている新興技術と基盤的技術について、今後の規則策定に当たっては各技術を区別せず、全て「1758条の技術」として表す方針を表明した。これにより、事実上、技術の特定を見送った。
注10:
自動車産業は、巨大かつ少数の自動車メーカーの影響力の大きさ、雇用数の多さや労組率の高さ、消費者や政策決定者にとって象徴的な製品であることなどから、他産業と比して、政治からの影響を受けやすいと言われている。以下を参照。
Sturgeon Timothy., Biesebroeck, Johannes Van., and Gereffi, Gary. “Value Chains, Networks and Clusters: Reframing the Global Automotive Industry.” Journal of Economic Geography, 8, 3 (May 2008): 297–321.
また、日米貿易摩擦の際には、日本車が破壊されるなど、自動車は象徴的に扱われた。
注11:
ただし、中国側の視点にたてば、輸出額の大きい品目を規制することによって、貿易相手国へ経済的損失を与えることができるという点には留意が必要。実際、中国は関係の悪化したオーストラリアに対して、同国の主要輸出品目である石炭や牛肉の輸入を実質的に停止する措置をとっている。

米中デカップリングの行方

  1. 輸入における規制リスクの高い品目は?
  2. 輸出における規制リスクの高い品目は?
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部米州課 課長代理
赤平 大寿(あかひら ひろひさ)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部国際経済課、戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員、海外調査部米州課、企画部海外地域戦略班(北米・大洋州)を経て2022年8月から現職。