米国を軸に急成長するSKオン
韓国企業のEV・車載電池戦略(後編)
2023年8月7日
本稿では、韓国車載電池メーカーを中心に最近の動向について概観している。前編では、現代自動車グループのEV戦略と、LGエナジーソリューション・LG化学について概観した(前編「合弁工場建設を急ぐLGエナジー」参照)。後編では、SKオン、サムスンSDIの車載電池事業についてみた後に、電池原料・材料のバリューチェーン全体でビジネスを広げるポスコ・グループの動向について整理する。なお、車載電池の主な生産プロセスは図のとおり。

注:本稿では便宜上、黄色を「電池原料」、水色を「電池材料」と呼称する。
出所:各種資料を基にジェトロ作成
米国生産を急拡大させるSKオン
SKオンは2021年10月、SKイノベーションから分離して発足した二次電池(注1)企業だ(2023年3月末でSKイノベーションの出資比率は95.24%)。他の韓国大手2社に比べ、SKオンの電池事業は歴史が浅い。前身のSKが2005年にハイブリッド車向けリチウムイオン電池の開発に着手し、2006年に生産を開始した。2009年にEV向け車載電池の開発に着手、2014年に起亜自動車(現 起亜)に車載電池の供給を開始した。後発企業の同社の戦略について「毎日経済新聞」(2023年7月19日、電子版)は、「SKオンは競合他社に比べ10~20%程度、販売価格が安い」という業界関係者の見解を伝えた上で、「戦略的に価格を調整する一方、これを通じ完成車メーカーと合弁会社を作り、供給先を確保する戦略を取っている」と紹介している。
少し前になるが、2022年7月14日発表の同社プレスリリースによると、同社は韓国、中国、トルコ、ハンガリー、米国で工場を稼働、ないし稼働予定だ(表1参照)。特に、米国の生産規模拡大が著しい。その結果、同社では2022年に77ギガワット時(GWh)だった総生産能力を2025年に220GWh、2030年には500GWhに急拡大させる計画を示した。海外拠点のうち、米国とトルコではフォードとの連携を軸に生産増強を図っている。なお、同社は投資が先行しているため、法人発足後2年連続、営業赤字に陥っている。ちなみに、2022年の連結売上高は7兆6,178億ウォン(約8,380億ウォン、1ウォン=約0.11円)、営業損失は1兆727億ウォンだった。
国名 | 拠点 | 生産能力 | 稼働(予定)年 |
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韓国 | 忠清南道瑞山市 | 5GWh | 2018年稼働 |
中国 | 江蘇省常州市 | 7GWh | 2020年稼働 |
広東省恵州市 | 10GWh | 2020年稼働 | |
江蘇省塩城市第1工場 | 27GWh | 2021年から順次稼働 | |
江蘇省塩城市第2工場 | 33GWh | 2024年稼働 | |
米国 | ブルーオーバルSK(フォードとの合弁)ケンタッキー州グレンデール、テネシー州スタントン | 129GWh | 2025年に順次稼働 |
ジョージア州コマース第1工場 | 9.8GWh | 2022年稼働 | |
ジョージア州コマース第2工場 | 11.7GWh | 2023年稼働 | |
トルコ | アンカラ近郊(フォード、コチとの合弁) | 30~45GWh | 2025年稼働目標 |
ハンガリー | コマーロム第1工場 | 7.5GWh | 2020年稼働 |
コマーロム第2工場 | 10GWh | 2022年稼働 | |
イバンチャ | 30GWh | 2024年稼働 |
出所:同社プレスリリース(2022年7月14日付)などを基にジェトロ作成
同社の2022年1月以降の主な事業展開は表2のとおり。
生産能力は、米国を中心に増強中だ。2022年7月14日、フォードとの合弁会社が発足し、2025年から順次、生産を開始すると発表した。生産能力は129GWhと、同社の他の生産拠点に比べ、圧倒的に大きい。また、原材料確保に向けて、活発に活動している。韓国国内では、ポスコホールディングとバリューチェーン全般にわたるMOU(了解覚書)を締結(2022年6月16日)、エコプロ、中国・格林美と前駆体工場建設の投資協定を締結した(2023年3月23日)。北米では、米国インフレ削減法対応で、フォード、エコプロビーエムと正極材合弁生産に向けたLOI(意向表明書)を締結(2022年7月23日)、ウエストウォーター・リソーシズと負極材共同開発の協約を締結した(2023年5月3日)。さらに、電池原料の鉱物資源確保では、オーストラリアのグローバル・リチウム・リソーシズ(2022年9月29日)、同国のレイク・リソーシズ(同年10月12日)、チリのSQM(同年11月9日)と相次いで協力関係を構築し、正極材の主原料のリチウムの確保に注力している。
発表年月日 | 概要 |
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2022年 6月16日 |
ポスコホールディングスとMOU(了解覚書)を締結。リチウムなどの原材料・正極材・負極材・リサイクルなど事業のバリューチェーン全般について共同でプロジェクトを発掘し、協力を行う。両社はSKオンの二次電池中長期計画を共有し、ポスコ・グループの素材拡大供給について合意。今後、実務グループを作り、海外事業拡大のための中長期戦略、リチウム・ニッケルなどの原材料分野の投資、正極材開発計画、負極材供給量拡大、廃バッテリーリサイクルなどについて協議する予定。 |
7月14日 | フォードとの合弁会社(折半出資。本社は当初、米国ジョージア州に所在、今後、テネシー州に移転予定)のブルーオバルSKが正式に発足。テネシー州、ケンタッキー州の3工場合計の生産能力は年産129GWhで、2025年から2026年にかけて順次、生産を開始する予定。 |
7月23日 | フォード、韓国の正極材企業・エコプロビーエムと、北米で正極材生産施設建設のため共同投資することで合意、LOI(意向表明書)を締結。製品はSKオン・フォードの米国合弁会社のブルーオバルSKに供給する。 |
9月29日 | オーストラリアのグローバル・リチウム・リソーシズと、リチウムの安定的供給のためのMOU(了解覚書)を締結。これにより、リチウム精鉱の中長期的な安定的確保が可能になった。さらに、グローバル・リチウム・リソーシズが推進中に生産プロジェクトに持ち分出資する予定。 |
10月12日 | オーストラリアの資源開発企業のレイク・リソーシズの持ち分10%を取得し、アルゼンチン産の高純度リチウム23万トンの供給を受ける契約を締結。供給を受ける期間は、2024年第4四半期から最大10年間。供給を受けたリチウムは米国とFTAを締結した国で精製後、北米の生産拠点に供給する予定。 |
11月9日 | チリのSQMとリチウム長期購入契約を締結。2023年から2027年に、SQMから高品質水酸化リチウム計5万7,000トンの供給を受ける。今後、リチウムの追加供給・生産施設投資の検討、使用済み車載電池のリユース(再利用)などでの協力について協議する。 |
11月25日 | 韓国の電池素材企業のエコプロ、中国の前駆体企業の格林美とインドネシアにおけるニッケル中間財生産の合弁法人設立のための業務協約を締結。3社は、スラウェシ島にニッケル・コバルト水酸化混合物工場を建設し、2024年第3四半期から生産開始する予定。さらに、3社は、韓国での硫酸ニッケル・前駆体生産で協力し、米国インフレ削減法に対応する計画。 |
11月29日 | 米国インフレ削減法に対応すべく、現代自動車グループと北米での車載電池供給協力のためのMOU(了解覚書)を締結。2025年以降、現代自動車グループの北米生産拠点に車載電池を供給する。供給量・協力形態などは今後、協議する。 |
2023年 3月23日 |
2022年11月25日発表の案件で、同社、エコプロ、中国・格林美3社が韓国・セマングムで年産5万トン規模の前駆体工場を建設する投資協定を締結。2023年内に着工し、2024年完工を目標とする。 |
4月23日 | 2025年までに韓国・大田市の車載電池研究院に総額4,700億ウォンを投じ、研究施設を拡充、次世代車載電池のパイロット・プラント、グローバル品質管理センターを設立することを発表。 |
5月3日 | 米国の鉱物資源開発企業のウエストウォーター・リソーシズと、負極材共同開発の協約を締結。協定に基づき、両社はSKオン製電池に特化した環境に優しい高性能負極材の研究・開発を予定。 |
6月22日 | フォードとの合弁会社・ブルーオーバルSKが米国エネルギー省から最大92億ドルの条件付き融資を受けることが決定。融資は、米国内の3工場の建設に充当する。 |
出所:SKオン プレスリリース資料を基にジェトロ作成
拡大路線に転じたサムスンSDI
サムスンSDIは1970年、日本のNECとの合弁会社のサムスンNECとして発足した。1999年に現社名に変更し、現在に至っている。事業領域は、二次電池などの「エネルギーソリューション事業」と、半導体素材・液晶素材・有機EL素材といった「電子材料事業」の2つの事業部門で構成されている。2022年の連結売上高は20兆1,241億ウォン、営業利益は1兆8,080億ウォンだった。
同社は、前述の2社に比べ、量的拡大よりも質的向上に注力する傾向にあった。ちなみに、「聯合ニュース」(2023年7月21日)は「サムスンSDIは競合他社のLGエナジーソリューションやSKオンに比べ、投資に保守的との評価を受けてきた。生産能力確保よりも収益性中心の成長戦略を取ってきたため」と述べている。実際、二次電池の海外生産拠点は、ハンガリー拠点を中心に生産能力を増強してきたものの、生産能力の本格的な拡張には慎重だった。2023年1月2日発表の同社社長の新年の辞でも、「『圧倒的な技術競争力』『最高の品質』『収益性優位の質的成長』という経営方針に従い、(中略)今年1年間の推進すべき課題に積極的に対応する」と述べるなど、量的拡大を優先する戦略となお、一線を画していたようだ。
しかし、2022年5月25日、米国でステランティスとの合弁で車載電池工場を建設することを発表して以来、2023年に入ると、4月25日に米国でGMと合弁工場設立構想を推進することで合意、7月24日にステランティスとの合弁企業の第2工場を建設することを発表など、足元では米国を中心とした海外生産拠点の拡大戦略に転換したようだ。前述の「聯合ニュース」の記事は、「米国インフレ削減法などで北米市場が急成長したことで、攻撃的な投資基調に変化したと解釈できる」と述べている。ちなみに、同社の2022年1月以降の主な事業展開は表3のとおり。
発表年月日 | 概要 |
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2022年 3月14日 |
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5月25日 |
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7月21日 |
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8月16日 |
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2023年 4月25日 |
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7月24日 |
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出所:サムスンSDI プレスリリース資料を基にジェトロ作成
電池原料・材料のバリューチェーン拡充を図るポスコ・グループ
従来、鉄鋼を中心にビジネスを営んできたポスコ・グループは、市場の急成長が見込まれる二次電池事業に着目、2010年に電池原料・材料事業に進出した。グループ傘下のポスコケミカル(現 ポスコフューチャーエム)は、2011年にLG化学(現 LGエナジーソリューション)と製品開発の協力体制を結び、2012年に正極材、負極材の本格供給を開始した。さらに、同グループは正極材原料のリチウム、ニッケルや、負極材原料の黒鉛などへの投資を続けてきた。このような垂直統合の結果、グループで二次電池原料・材料事業のバリューチェーン全体をカバーする体制となった。
電池原料・材料事業に携わっている主なグループ企業は、持ち株会社のポスコホールディングス、商社のポスコインターナショナル、ポスコフューチャーエム(2023年3月にポスコケミカルから社名変更)の3社だ。ポスコホールディングスは事業開発と投資事業、ポスコインターナショナルは原料供給と貿易業務、ポスコフューチャーエムは正極材・負極材の生産を行っている。このうち、ポスコインターナショナルは、(1)天然黒鉛の供給、(2)銅箔(どうはく)原料の供給、(3)使用済み電池のリサイクルを中心に行っている。
ポスコホールディングスのウェブサイトよると、同グループは正極材5カ所(韓国3カ所、中国・浙江省、カナダ・ケベック州)、負極材3カ所(全て韓国)の生産拠点をそれぞれ展開している。さらに、正極材原料のリチウム、ニッケルについては次のとおりだ。リチウムは、アルゼンチンの塩湖の権益を2018年に買収したほか、オーストラリアでも鉱山企業に出資し、権益を確保している。ニッケルは、オーストラリア企業に出資しているほか、最近では2023年5月にインドネシアでニッケル製錬工場を建設することを発表している。
ポスコ・グループは、2023年7月11日に電池原料・材料事業の生産能力、売上高の目標値などを発表した(表4参照)。2030年の売上高目標は62兆ウォンとしたが、これは、従来の売上高目標(41兆ウォン)を5割も上方修正したものだ。ここからも同グループが事業拡大にさらなる拍車を掛けていることがうかがえる。実際、発表では「今後3年間、グループの投資全額の46%を二次電池素材事業に集中投資し、2026年以降、本格的に利益を創出する」としている。その上で、「核心原料(注2)から素材までの『フル・バリューチェーン構築』、生産能力拡大などによる『量的拡大』と、製品ポートフォリオ拡大と技術開発の『質的拡大』を通じ、『2030年二次電池素材グローバル代表企業への跳躍』という事業ビジョンを実現する」と、強い決意を示している。
品目 | 生産能力 | 売上高 | 備考 |
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リチウム | 42万3,000トン | 13兆6,000億ウォン |
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ニッケル | 24万トン(高純度ニッケル) | 3兆8,000億ウォン |
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リサイクル事業 | 7万トン | 2兆2,000億ウォン |
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正極材 | 100万トン | 36兆2,000億ウォン |
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負極材 | 37万トン | 5兆2,000億ウォン |
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次世代素材 | 9,400トン | - |
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合計 | - | 62兆ウォン |
注:「次世代素材」の売上高の記載なし。
出所:ポスコホールディング・プレスリリース(2023年7月11日付)を基にジェトロ作成
同グループの受注は堅調だ。ポスコフューチャーエムの発表(2023年4月26日)によると、主な受注実績は、LGエナジーソリューション30兆2,959億ウォン(三元系・四元系正極材、2023~2029年)、サムスンSDI40兆ウォン(三元系正極材、2023~2032年)、アルティウムセルズ9,393億ウォン(人造黒鉛負極材、2023~2028年)、同13兆7,696億ウォン(四元系正極材、2023~2025年)、同8兆389億ウォン(四元系正極材、2025~2033年)となっている。ポスコフューチャーエムの強みについて、「ヘラルド経済」(2023年6月7日、電子版)は正極材を例に挙げ、「今後の正極材企業の競争力を決定付けるのは、中国を除くサプライチェーンを構築できる原料調達能力、前駆体生産能力、大規模投資を可能にする資金調達能力だ。ポスコはこれら要素をすべて備えている」とする専門家の見解を紹介している。
2022年1月以降のグループ各社の動向は次のようにまとめられる(表5~7参照)。特に、中国との関係について着目すると、「脱中国依存」一辺倒ではなく、「脱中国依存」と中国企業との連携強化の双方で動いている。これはLG化学やSKオンも同様だ。原料の調達では、中国への依存度を低下させるべく、調達先の多角化を推し進めている。例えば、正極材原料のリチウムは、アルゼンチンやオーストラリアから安定的に調達できる体制を構築しつつある。負極材原料の黒鉛については、タンザニアで天然黒鉛を調達、韓国国内では人造黒鉛の生産能力拡大を図っている。そうした一方で、中国企業と相次いで協力関係を結んでいる。すでに、2021年5月に、中国・浙江華友鈷業との合弁で電池リサイクル事業を担うポスコYHクリーンメタルを全羅南道に設立していたが、足元でも、インドネシアでのニッケル生産の協力について中国・寧波力勤資源科技開発とMOU(了解覚書)を締結(ポスコホールディングス、2023年2月24日)、慶尚北道で浙江華友鈷業との合弁で前駆体・高純度ニッケル工場を建設(ポスコフューチャーエム、2023年5月3日)といった発表がなされている。
発表年月日 | 概要 |
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2022年 2月28日 |
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3月7日 |
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3月8日 |
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3月25日 |
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4月7日 |
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4月25日 |
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7月28日 |
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11月10日 |
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12月2日 |
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12月5日 |
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2023年 1月30日 |
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2月1日 |
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3月21日 |
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4月25日 |
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4月26日 |
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5月3日 |
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6月2日 |
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7月26日 |
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注:ポスコケミカルは、2023年3月20日にポスコフューチャーエムに社名変更。
出所:ポスコフューチャーエム プレスリリース資料を基にジェトロ作成
発表年月日 | 概要 |
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2022年 3月14日 |
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3月24日 |
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6月15日 |
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6月21日 |
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7月5日 |
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8月26日 |
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10月6日 |
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10月10日 |
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10月11日 |
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10月14日 |
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10月28日 |
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2023年 2月14日 |
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2月24日 |
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4月12日 |
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5月3日 |
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5月30日 |
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6月13日 |
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6月21日 |
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6月29日 |
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7月10日 |
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7月11日 |
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出所:ポスコホールディングス プレスリリース資料を基にジェトロ作成
発表年月日 | 概要 |
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2023年 5月29日 |
オーストラリア系鉱業大手のタンザニア子会社ファル・グラファイトと車載電池用天然黒鉛の長期供給契約を締結。ポスコインターナショナルは、今後25年間で75万トン規模の天然黒鉛供給を受ける。 |
出所:ポスコインターナショナル プレスリリース資料を基にジェトロ作成
- 注1:
- 「二次電池」(蓄電池、充電池ともいう)とは、充電により繰り返し使用できる電池を指す。二次電池は、自動車、ノートパソコン、携帯電話、工具など、さまざまな機械・機器で使用されるが、近年、需要が急拡大し、二次電池市場拡大を牽引しているのが車載電池だ。本稿では、「二次電池」としている箇所も、車載電池を念頭に記述している。
- 注2:
- 「核心原料」は、日本で使われる「重要原材料」と同義。
韓国企業のEV・車載電池戦略
- 合弁工場建設を急ぐLGエナジー
- 米国を軸に急成長するSKオン

- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部中国北アジア課
百本 和弘(もももと かずひろ) - ジェトロ・ソウル事務所次長、海外調査部主査などを経て、2023年3月末に定年退職、4月から非常勤嘱託員として、韓国経済・通商政策・企業動向などをウォッチ。