内戦終結以降、成長する経済・産業
投資期待高まるスリランカ北部州(前編)

2023年8月2日

スリランカでは、政府と反政府武装組織「タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)」との26年に及ぶ内戦が2009年に終結した。内戦終結の立役者となった当時のマヒンダ・ラジャパクサ大統領とゴタバヤ・ラジャパクサ国防次官は国民的英雄として位置付けられた。他方、10年以上が経過した現在も、政府による市民虐殺に関する処罰を巡る論争が繰り広げられている。政府は現在、民族融和に向けた政策を進めようとしている。

その内戦の影響を最も大きく受けたのが、LTTEが拠点を置いた北部州だ。同州は、近年ではインドとの地理的・文化的近接性を活用した投資機会という観点から注目を集めつつある。本稿では、前半で北部州の経済概況や投資機会、後半ではインドとの連携によって投資が進む北端のカンケサントライ港、マンナールの風力発電所、IT教育を進めるノーザンユニ大学の事例を紹介する。


内戦で破壊され、再建が進められるジャフナ市庁舎(ジェトロ撮影)

タミル人が多く集まる北部州

北部州の面積は8,890平方キロで、日本の都道府県別面積では10番目に当たる鹿児島県(9,188平方キロ)より少し小さい程度だ。同州はスリランカの総面積の13.6%を占め、ジャフナ、キリノッチ、マンナール、ムライティブ、バブニヤの5県で構成されている。

図1:北部州の地図
北部州は、ジャフナ、キリノッチ、マンナール、ムライティブ、ヴァヴニヤの5つの県で構成されている。北部州内では、南西にマンナール、南東にヴァヴニヤ、東部にムラティブ、ムラティブの北方にキリノッチ、キリノッチの北方であり、州内の北端にジャフナが位置している。

出所:北部州ウェブサイト

北部州全体の人口は126.1万人(2022年6月時点)で、州都ジャフナ市を有するジャフナ県に半数近い62万4,000人が住んでいる。その81%は農村部、19%は都市部に居住する。2012年の国勢調査によると、スリランカ全体では15.2%のタミル人が北部州では93.8%と、大部分を占める(注1)。主に使用する言語はタミル語で、タミル人の多くがヒンドゥー教を信仰する。


ヒンドゥー教のナッルール・カンダスワミ寺院(ジェトロ撮影)

内戦後に成長遂げた地域経済

内戦による地域への影響は現在も残っている。同地域では、家族の死亡や海外への移住、財産の喪失など、さまざまなかたちで打撃を受けた。2019年時点の貧困率(注2)は23.8%に上り、全国9州の中でも2番目に高い。

それでも、内戦以降は経済の回復が進んできた。北部州は、内戦が終結した2009年時点では、1人当たりの名目GDPが全国9州で最も低かった。しかし、その後は順調に成長を遂げ、新型コロナウイルス流行前の2019年には3番目に浮上した。だが、経済の中心のコロンボが位置する西部州とは依然として大きな差がある。

図2:1人当たりGDPの推移
(単位:スリランカ・ルピー、1ルピー=約0.45円)
2009年時点では131,278スリランカ・ルピーだったが、その後上昇し、2019年には659,713スリランカ・ルピーとなり、全国9州で3番目に浮上した。それでも、西部州とは依然として大きな差がある。経済の中心である西部州は、2009年時点では381,208スリランカ・ルピーだったが、その後も成長を続け、2019年には1,090,170スリランカ・ルピーとなった。西部州は、他の8州と比べて大きな差がある。

出所:スリランカ中央銀行資料からジェトロ作成

地域経済の主軸を担うのは農業と漁業だ。農業は乾燥地帯の豊かな土壌を生かし、マンゴー、料理用バナナ、ジャックフルーツ、ザクロ、リンゴ、ブドウなどの果物や、タマネギ、ジャガイモ、オクラといった野菜を生産している。


ジャフナ市内で果物を売る市場(ジェトロ撮影)

漁業では、インド洋に面した沿岸部でエビやカニ、イカなどが取れる。エビやカニはスリランカの漁業で主要な輸出品目となっている。その他、石灰石が豊富に分布しているため、セメント製造の工場も設立されている。


マンナール沿岸での魚の水揚げ(ジェトロ撮影)

目下の課題は雇用創出と物流改善、適切な水処理

北部州では、さらなる成長の萌芽(ほうが)をつかむべく、新たな投資に期待が寄せられている。北部州当局によると、政党を問わず、北部州議会所属の地方議員や地域住民が開発を求めているという。

その上で、特に以下の課題解消につながる投資が期待されている。

1点目は、雇用機会の提供だ。北部州当局によると、北部州出身者の多くが同地域内で就業を希望しているものの、十分な働き場所が確保されていない。さらに、就業につながる教育機会も限られている。このため、雇用につながる投資分野への期待が高い。

2点目は、物流効率の改善だ。北部州は地理的にはインド南東部と近接しており、ポーク海峡を挟み、最も近い場所ではわずか35キロの距離にある。だが、十分な港湾施設が整備されていないため、相互の交流は限定的だ。とりわけ、北部州の産品をインドに輸出する際には、同州からインドに直接輸送するのではなく、通常はまず大規模な港湾施設を有するコロンボに送ることになる。コロンボまでは、自動車で7時間程度を要すため、物流費用がかさむとともに、時間のロスも大きくなっている。

3点目は、適切な水資源確保だ。ジャフナは、スリランカで最も人口密度の高い都市の1つとなっており、十分な量の飲料水を確保する必要がある。地上の水源が限られているため、これまではポンプで地下水を大規模に採取してきた。だが、農業灌漑用水の過剰採取や化学物質・農薬の使用、海水の侵入による塩分濃度の上昇により、地下水が近年劣化してきた。このため、代替水源の確保が必要になっている。人口増加による飲料水需要や、地域の持続的な発展に対応するため、海に接しているという地理的特性を生かし、海水を淡水化する水処理施設の建設が求められている。


地域の有力大学として知られるジャフナ大学(ジェトロ撮影)

多分野に及ぶ北部州の投資機会

前述の課題克服につながる投資分野としては、どのようなものがあるのか。北部州政府は具体的な投資機会として、下表の産業分野を挙げる。農林水産分野では、豊富な種類の野菜や果物、魚などを産出しており、高付加価値の産品につながる加工施設や、機械導入が求められている。観光業では、ポルトガル・オランダ・英国植民地時代の遺構の「ジャフナ要塞」や沐浴(もくよく)場の「キーリマライの泉」など多くの観光資源を抱えているものの、観光客数は他地域と比べて少なく、今後の発展が期待されている。

同州で潜在的な投資家として期待されているのが、もともと北部州に居住していたものの内戦などによって海外に移住を余儀なくされた人材だ。北部州当局によると、ジャフナに住むほとんどの家庭の親族のうちひとりは現在も海外に移住しているという。スリランカに住む家族が海外移住者から郷里送金を受け取っているが、今後は地域開発につながる投資にも期待が寄せられている。

表:北部州における投資機会
分野 具体的な投資機会
農業 タマネギやトウガラシをはじめとする野菜の栽培、バナナやマンゴー、パパイヤやブドウなどの果物の栽培、ココナッツの栽培、チークやマホガニーなどの樹木植林、野菜の集荷施設、保冷施設などの建設
漁業 深海・沖合漁業、漁具、製氷工場、チルドルーム、集荷センター、チルド輸送、加工センター、ボートの製造・修理施設、漁網・漁具の製造
畜産業 牧場(牛、ヤギ)、養鶏場、飼料製造、乳製品製造
工業 木材製品、建設資材、食品加工品、飲料製品、軽工業製品、ココナッツ関連製品、化学製品、皮革製品、手工芸品、電気・電子製品、パルミラヤシ製品
観光業 観光ホテル、レクリエーションセンター、カルチャーセンター、博物館、エンターテインメントパーク、特産品販売所
ヘルスケア 民間病院、診療施設、実験所、診療案内所
交通 レンタカー、バンや大型トラック貸し出し、機械器具レンタル、船舶輸送サービス、物資や旅客の輸送サービス
教育 言語訓練機関、職業・技能訓練機関、学術・専門訓練機関、学術・専門訓練機関、教員訓練機関
インフラ 発電プロジェクト、倉庫・冷凍庫、物流・サプライマネジメント、スーパーマーケット・商業施設、水道、通信、映画・映画産業施設
サービス 農業機械や車両、家庭用工具や電子・電気機器、機械の修理
IT ビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)、ナレッジ・プロセス・アウトソーシング

出所:北部州政府資料からジェトロ作成


3月に開催された見本市「第13回ジャフナ・インターナショナル・トレード・フェア」には、ビジネス機会を求め、来場者は5万人を超えた(ジェトロ撮影。2023年3月22日付ビジネス短信参照

それでは、具体的にどのような投資案件が北部州で現在進められているのか。後編では、北部州の代表的な投資案件について紹介する。


注1:
タミル人とは、スリランカ・タミル人と、インド・タミル人を合わせて指す。スリランカ・タミル人は、古くから南インドから移住したとされており、スリランカ北部と東部に多く住む。インド・タミル人は、19世紀の英国植民地時代にゴム園や茶園の労働者として南インドから流入した人々で、紅茶農園が集中するスリランカ中部に多く住む。
注2:
スリランカ・センサス(統計局)は、2013年を基準とする国民消費者物価指数をもとに、2019年時点の1人当たり月額消費額が6,966スリランカ・ルピーを下回る世帯を、貧困状態にあると定義している。貧困率は、総人口に占める貧困状態の人々の割合を示す。

投資期待高まるスリランカ北部州

  1. 内戦終結以降、成長する経済・産業
  2. インドとの連結性を生かした開発が進展
執筆者紹介
ジェトロ・コロンボ事務所長
大井 裕貴(おおい ひろき)
2017年、ジェトロ入構。知的財産・イノベーション部貿易制度課、イノベーション・知的財産部スタートアップ支援課、海外調査部海外調査企画課、ジェトロ京都を経て現職。
執筆者紹介
ジェトロ・コロンボ事務所
ラクナー・ワーサラゲー
2017年よりジェトロ・コロンボ事務所に勤務。