アフリカで半導体のセンター・オブ・エクセレンス構築を目指す(ケニア)

2023年10月16日

アフリカは、世界の先端産業を支える希少資源を豊富に有するものの、「技術後進地域」として、そのバリューチェーンの中で置き去られてきた印象がある。しかし、新型コロナウイルス禍やロシアによるウクライナ侵攻など、世界のサプライチェーン再構築が必要となる潮流の中で、アフリカでも先端産業が芽生えつつある。ケニアでナノファブリケーションと半導体製造を行うセミコンダクターテクノロジーズ(Semiconductor Technologies Ltd.:STL)創設者のアンソニー・ギシンジ氏に聞いた(取材日:2023年8月30日)。

質問:
STLの事業概要は。
答え:
STLはナノファブリケーションと半導体の製造企業だ。マイクロプロセッサー、メモリーチップ、センサー、光学部品など幅広い半導体やナノ加工製品を製造し、通信、自動車、航空宇宙、防衛などさまざまな業界にサービスを提供している。ケニアの首都ナイロビから3時間ほどのニエリに拠点を構え、約100 人のエンジニアを雇用している。
事業分野で最も注力しているのは研究開発だ。研究開発は実際の製品開発サイクルの始点だ。私自身も米国やシンガポールなど世界の半導体業界で研究開発に長く身を置いてきた。STLは材料科学とナノテクノロジーの研究開発に優れており、ケニア政府や国際的な半導体メーカーのみならず、マサチューセッツ工科大学、ペンシルバニア州立大学、メリーランド大学などの学術機関もSTLの研究開発に関与している。
第2の事業分野は半導体の生産設備機器の製造だ。アフリカでは米国、欧州、日本から設備を全て購入するのは非常に難しいが、私たちは半導体製造装置を構築するスキルを持っており、2022年12月にはケニアで設計・組み立てた初めての先端半導体製造装置「オルボラナ(Ol’Borana)」を開発した。
第3の事業分野はマイクロチップ製造だ。STL はシリコンウエハーに付加価値を加え、さまざまなアプリケーションに対応するデバイスを製造している。結果として得られる半導体技術は、メモリーデバイス、ストレージデバイス、センサー技術、イメージングなどに使用される。これらのデバイスは航空宇宙、自動車、コンピューティング、バイオテクノロジー、IoT(モノのインターネット)、アグリテック、情報通信技術 (ICT) など多様な産業をサポートしている。また、TSMC(台湾積体電路製造)のように、特殊チップの受託製造を行う計画もある。

製造現場の様子(ジェトロ撮影)

半導体製造の様子(ジェトロ撮影)
質問:
STLを設立した動機は。
答え:
ケニアでの会社設立は2018年だが、事業計画と戦略目標の策定は 2012 年に始まった。私は半導体業界で 25年以上の経験があり、半導体以外の業界では(米国の)ゼネラルモーターズ(GM)でも長い間、研究開発に携わってきた。研究開発、デバイス設計、資本設備の製造、米国からシンガポール、フィリピン、タイ、マレーシア、ベトナム、さらには韓国のサムスンやSKハイニックスで製造技術の展開に関わってきた。また、IBM、タワーセミコンダクター、グローバルファウンドリーズなどで、非常に多くの製品サイクルに関わってきた。
その経験を基に、2012年にシンガポールでサプライチェーンの調査を開始し、2016年にさらなる調査を行ったところ、半導体のサプライチェーンにはリスクがあり、非効率的で構造的なリスクがあることが判明した。半導体産業で消費される鉱物資源のおそらく45%はアフリカ大陸から来ている。このサプライチェーンとそこにリスクが内在している事実を見て、多角化に注目することが戦略上重要と感じた。バリューチェーンを分析し、競争上の優位性を検討した結果、鉱物の原産地と人的資源が重要だと思った。2018年にケニアに法人を設立し、米国から機械や技術を持ち込んで、2020年5月にオペレーションを開始した。
質問:
なぜケニアに設立したのか。
答え:
私はケニア出身で、祖国の発展に貢献したいと考えたからだ。 私の家はここから約3マイル(約4.8キロ)離れたところにある。米国で非常に大規模な半導体産業の経営に携わっており、その能力を大陸にもたらすことができた。私はこの業界が急速に成長していることを知っているので、そこに情熱を持っている。世界の半導体市場は2030年までに年間約1兆ドルになると予測されており、サプライチェーンの雇用基盤は非常に大きくなる。ご存知のとおり、アフリカはSTEM教育(注1)で後れをとっているが、半導体産業が雇用創出や教育問題解決の一助となり得ると考えた。
しかし、より重要なのは、ケニアが米国にとって戦略的な利益を生み出すパートナーであることだ(注2)。ケニアは米国にとって戦略的に重要な位置にあり、地理的には文字どおりアフリカ大陸全体への玄関口だ。さらに、すばらしい才能に満ちた人材があり、インフラも成長している。地域最大規模の米国大使館があり、国連機関もある。ケニアは米国の半導体産業のサプライチェーンの一部となり得る。
質問:
ケニアでは高度な人材は確保できるのか。また、ケニアのエンジニアの能力をどのようにみているか。
答え:
STLは教育プログラムを通じて200人を超えるエンジニアを訓練してきた。私たちのビジネスの焦点は、先ほど述べたように、半導体エンジニアリングだが、従業員の7割が科学技術分野の女性エンジニアだ。従業員の平均年齢は25歳で、非常に若く、積極的に技術を吸収する優秀な人材だ。
STLはデダン・キマティ工科大学の構内に拠点を有する。ケニアの教育はアフリカ大陸の中でも優れており、大学はアカデミックな教育だけでなく、熟練、半熟練の労働者を生み出す専門学校としても機能している。STLも教育プログラムに積極的に関与・協力し、さらに、米国政府や米国の大学などの協力も取り付けている。STLには、そこで育った人材を雇用できるというメリットがある。
質問:
なぜアフリカで半導体やナノテクノロジーの研究開発を行うのか。
答え:
STLの工場でも国際的な規格の半導体製品を生産することは可能だ。しかし、私たちが焦点を当てているのは、アフリカの状況に合わせた半導体製造で、現状ではこれに取り組む人は誰もいない。アフリカで入手できる半導体は欧州や日本、極東向けに開発されたものだ。STLはアフリカ市場に対応するために、アフリカの事情に合わせた製品を開発するオンリーワンを目指している。農業やアグリテック向けの半導体開発により、収量の増加や気候変動への対応を実現する。また、チップ上で無線周波数の識別を行っており、畜産業に導入できるようにしている。センサー技術を用いたIoTにより、非常に多くのことを実現することができる。通信用の無線周波数バックホールシステム(注3)や、グリーンエネルギーも、STLにとって大きな関心のある分野だ。これらの分野をやっている企業はいないので、われわれがそれをやろうと考えている。
質問:
ケニアで半導体を生産する際の課題は。ほこりなどの問題はないか。
答え:
多くの問題には対処法が存在する。ほこりはフィルターシステムで対処ができるので、あまり大きな問題ではないが、半導体の製造工程で排出されるメタンは問題だ。メタンと湿気は対策にコストがかかる。例えば、米国の製造工場では冬季は摂氏マイナス20度の気温に対応するために、空調システムを使って工場内の温度を25.6度に保っている。逆に、夏には非常に高温で多湿となり、湿度も98%に達するが、やはり温度と湿度は適切に保つ必要がある。ケニアは赤道直下にあり、夏と冬の気温の寒暖差はプラスマイナス7.5度だ。この観点ではランニングコストは他国と比べて8.5%程度安く済み、優位性があるといえるだろう。また、半導体製造では水を大量に使うが、われわれの拠点のあるニエリはケニア山の麓にあり、水は豊富にある。ただし、ミネラル分を除去する処理が必要だ。
質問:
電気代はどうか。
答え:
STLの現在の事業規模では、電力供給に問題はない。ケニアの電気は高価なので問題だが、グリーンエネルギーによって将来どうなるかを考えなければならない。ケニアの電気がこれからも高価であり続けるという見方はできない。現在、多くの民間企業が太陽光発電所を建設中だ。STLも新たにメイン工場を建設する予定で、建設予定地のサイエンスパークには、6~7メガワット(MW)の太陽光発電所の建設が計画されている。このメイン工場では、投資の一部を太陽光発電所に充てる予定にしており、電力コストは 1 キロワット時(kWh)当たり約7セントになる。
電圧の変動については、STLのエンジニアは既に高調波を除去するシステムを設計している。電力システムの高調波を許容できない非常に重い三相システムを使用しているため、そのシステムで電源をクリーンアップ(電圧を一定に調節)する。また、電力供給の中断に関して言えば、STLの工場ではキープアライブシステムと呼ばれる制御システムを導入しており、停電した場合でもバックアップを取得して環境を復元できる。この状況下では、生産性を失わないよう、3~4分以内に復元作業を完了する。アフリカではこのようなバックアップシステムも必要な視点で、それを考慮してシステムを構築する。
質問:
今後の事業の見通しは。また、どのような機会があるか。
答え:
アフリカには非常に多くの機会があり、当社が貢献できる点も多い。ただ、全てに取り組むための投資余力はまだない。従って、先ほど述べた主要分野に焦点を絞る必要がある。研究開発は会社を成長させるためにも、パートナーを獲得する過程でも、非常に重要で、収益源にもなる。
日本の例を挙げると、HOYAとAGCがパターニングの先端技術開発を進めている。エレクトロニクスを正しく作るには、ウエハーをパターニングする必要があり、両社はこのリソグラフィー技術を得意とする企業だ。STLは両社をサポートできる特定の技術を持っており、研究開発やパイロット生産で両社と協業ができるのではないかと考えている。
また、米国にはIBM をはじめグローバルファウンドリーズやNXPセミコンダクターなど、当社と具体的な事業協力行い得る企業が多数ある。STLはインテルからの研究委託を通して、インテルの研究開発能力の一部を、コスタリカからケニアに移転できるように準備している。事業機会の見通しは非常に大きいが、能力を構築するにはさらなる投資が必要だ。
質問:
STLは事業拡大のために米国政府からどのような支援を受けているか。
答え:
STLの最大の支援者は米国だ。米国開発援助庁(USAID)は、人材育成やフェローシップ、メンターシップ、米国の大学から教授をケニアに派遣して実施されたデダン・キマティ工科大学の能力構築など、多岐にわたってサポートしている。米国政府は、2023年9月にもSTLをシリコンバレーに招待した。招待を受け、メグ・ホイットマン駐ケニア米国大使とともに、シリコンバレーの投資家向けに開催される「米国・ケニア・ビジネスロードショー」のパネルディスカッションに出席したという。投資家やパートナー、学術機関や民間企業などにアピールする絶好の機会だと考えている。ホイットマン大使はヒューレット・パッカード(HP)の元CEO(最高経営責任者)で、イーベイ(eBay)とペイ・パル(PayPal)の元経営者でもあることから、影響力はとても大きい人物だ。
ケニア政府も協力的で、STLを支援するさまざまなプログラムを用意して、ここをたびたび訪問している。ケニア基準局や農業省のほか、国内にも私たちとの提携を検討する研究機関が数多くある。潜在的なパートナーが不足することはなく、優先順位を付けて対応を考える必要がある。
質問:
事業上の課題は。
答え:
どんなビジネスにも多くの課題がある。米国でも国際武器取引規則(ITAR)やさまざまな規制に関する独自の課題がある。ケニアの規制はフレンドリーで、事業環境は改善しつつある。インフラは不足しているかもしれないが、それは改善できるものだ。例えば、機材輸入について、3年前は港に10~20日間も足止めされて苦労したが、昨年(2022年)は3日半で完了した。大きな挑戦だったが、STLの米国パートナーが製造業を活性化するための機会だとケニア政府を説得した。
税制面でも、いまだ課題が多くある。STLはケニアへの投資家として、雇用や産業活性化など、国に対して多くの貢献をしているのだから免税されるべきと考えている。政府は最近、在ケニア米国商工会議所のロビーイングをきっかけに、グーグルに一部免税措置を提供した。このように、課題は一つ一つ解決していくことが可能だ。
質問:
サプライチェーンでの米中デカップリングの影響は。
答え:
サプライチェーンは、各サプライヤーが正しく分散され、つながっていることを意味し、サプライチェーン全体を所有する人は誰もいない。新型コロナウイルス感染拡大によって世界のサプライチェーンは完全に混乱し、回復するまでにほぼ2年を要したが、われわれにとっては大きなビジネス機会となった。同じように、米国・中国間の問題は、私たちにとってビジネスチャンスでもある。なぜなら、私たちのビジネスはサプライチェーンを多様化し、商流のリスクを軽減することだからだ。STLは、米中問題による混乱がサプライチェーンに大きな影響を与えないよう能力を強化し、サプライチェーンの安定化に寄与することが必要だ。日本でも東日本大震災が発生した際、サプライチェーンが混乱した。日本は半導体分野では大きなプレーヤーなので、サプライチェーンのリスク削減、多様化が必要だ。
質問:
将来の展望は。パートナーとなる企業にはどのようなことを期待しているか。
答え:
私たちはアフリカでナンバーワンのチップメーカーになりたいと考えている。つまり、事業をケニア以外の他のアフリカ諸国にも広げたい。具体的には、2027年までにアフリカ3カ国に進出する計画だ。
そのためには、ビジネスと学術機関とのコラボレーションを通して、エコシステムを構築する必要がある。われわれはデダン・キマティ工科大学と協力しているが、同じくケニアのストラスモア大学とも、MOUを先日締結した。同大学には国内最高の法科大学院とビジネススクールがあり、エンジニアリング・スクールもある。ザンビアはコバルトなどの鉱物資源を擁するため、将来的には同国にも進出したいが、そのビジネス成功のフレームワークはどのようなものか、ストラスモア大学の研究グループと一緒に考えていく。
当社の特徴として、非常に迅速な経営を遂行していることがある。パートナー企業とは、ビジョンや相互の共通点、価値観をよく理解することが必要と考えている。もちろん、高い技術力を持つパートナーと連携したいし、日本企業のように高品質の製品を製造できるようになりたい。ケニア、そしてアフリカ大陸には非常に巨大で、広く開かれたビジネス機会があると考えている。

注1:
科学(Science)、技術(Technology)、工学(Enginnering)、数学(Mathematics)の頭文字をとって総称した言葉。
注2:
米国はケニアと2022年7月14日、「米国ケニア戦略的貿易・投資パートナーシップ(STIP)」の立ち上げを発表するなど、アフリカ諸国の中でケニアとの関係を特に重要視している(2022年7月15日付ビジネス短信参照)。
注2:
エリアに配置した複数の基地局からのデータを各種中継局によって転送・集約するモバイル通信システムのネットワーク。
執筆者紹介
ジェトロ・ナイロビ事務所長
佐藤 丈治(さとう じょうじ)
2001年、ジェトロ入構。展示事業部、ジェトロ・ヨハネスブルク事務所、企画部企画課、ジェトロ・ラゴス事務所、ジェトロ・ロンドン事務所、展示事業部、調査部中東アフリカ課を経て、2023年5月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ナイロビ事務所 事業・調査担当オフィサー
ベン・ムワサガ
ケニアのスタートアップなどに勤務。2021年1月から現職。