日本企業も動く、留意点は(スリランカ)
日本での就労希望者が増加中(後編)

2023年5月23日

前編では、スリランカ政府が日本での就労を奨励していることと、その背景を説明した。

では、スリランカ国内では、実際にどのような変化が生じているのか。後編では、スリランカの労働者の観点から誘因を分析する。あわせて、現在の日本企業の動向を紹介した上で、今後の問題点を指摘する。

待遇と良好なイメージで高まる関心

スリランカ国内では、日本での就労への関心が広がり始めている。ジェトロが2022年11月に実施した、高度外国人材の採用に取り組む日本企業を支援する「ジェトロ オンライン合同企業説明会 2022 秋」には、700人を超えるスリランカ人が登録した。2位の中国、3位ベトナムを上回って、世界最多だった。在日スリランカ大使館による日本での求人関連情報にも、高い関心が寄せられている。例えば、ビルクリーニング分野特定技能についての求人に関するフェイスブックでの投稿には、1,000件を超える「いいね!」がついた。またこの投稿は、800回以上シェアされた。

就職への関心を反映し、日本語の学習熱も高まっている。スリランカでの2022年12月の日本語能力試験(JLPT)には1万7,000人以上が応募した。海外からの応募者数としては、ミャンマー、韓国、台湾、ベトナム、中国に次いで6番目だ。2022年7月の試験では6,624人が応募。わずか半年で2倍以上に急増したことになる。

スリランカの労働者が日本就労に関心を向ける理由には、主に2つある。(1)待遇面と(2)日本に対するイメージの良さだ。

(1)就労待遇の優位性

待遇面というのは、国内よりも日本で多くの報酬が期待できるということだ。

昨今、アジア新興国では報酬水準が上昇した。その結果、日本はアジアからの出稼ぎ先として魅力を失いつつあるという言説が広くみられるようになった(注1)。本国との賃金格差が今後縮まると、日本への出稼ぎには行かなくなるという指摘だ。

だが、これはスリランカには当てはまらない。ジェトロが実施した「2022年度投資関連コスト比較調査」で、当地はアジア・オセアニア地域で、月額基本給が最も低い。製造業の作業員(正規雇用の一般工職で実務経験3年程度を想定)の場合、月額基本給(諸手当を除いた給与)が87ドル。アフリカ9都市と比較しても、33.28ドルのアディスアベバ(エチオピア)に次いで低い水準になっている。

東京で1年勤務したとすると、単純計算で、スリランカで勤務した場合の約2年分の報酬(2,140ドル)に当たる。マネジャーでも、422~477ドル程度にとどまっている。東京で製造業の作業員として勤務した場合には、賃金が4~5倍程度になりそうだ。効率的に賃金を得られるというのを目的にすると、スリランカ国内で長期間勤務して昇進を目指すより、日本で働く方が優れていることになる。

(2) 良好なイメージ

日本に対して、スリランカ人は概して肯定的なイメージを抱いている。

まず、両国の外交関係はおおむね良好だ。日本は第二次大戦後、長年にわたってスリランカのインフラ開発を援助してきた。サンフランシスコ講和会議で当時のセイロン(注2)代表が日本の国際社会復帰を支持したという歴史を、多くの人が誇る。この事実は、しばしば日本との友好関係の象徴として捉えられる。

日本商品に対する信頼も高い。当地で使用されている自動車の多くが日本車だ。同じ島国として経済発展を果たしたという点からも、多くが憧れを抱く。

加えて、スリランカ国民の約7割を占めるシンハラ民族の大半が仏教を信仰する。こうした点で日本に文化的な親和性を感じる人も、一定数いる。そのほか、以前に放送されていたテレビドラマの「おしん」を見て、日本に対する文化的関心を持った人もいる。

日系企業も人材獲得に動く

この流れに呼応し、スリランカの人材を日本に送り出そうとする企業も増えている。

サービス業を展開するある日系企業は、100人近くのスリランカ人材を雇用する。今後も採用を強化していく方針だ。「当地人材は、素直で真面目で明るい性格が魅力。日本に対する憧れから、一生懸命頑張ろうとしている姿に好感を覚える」という。こうした点は、顧客からのアンケートでも高い評価を得ていると指摘する。

そのほか、当地に工場を構えるある日系企業で、本社に人材を送り出す例もある。人材を送るに当たっては、現地工場で日本語などの教育を提供しているとのこと。本社からは「一生懸命に真面目に働く。また文化的な親和性から、日本の生活によくなじんでいる」と評価が高い。今後さらに多くの人材の送り出しに期待されているそうだ。

当地IT人材をこれまでに数十人紹介したという日系企業は「他の東南アジア諸国の人材と比べて優秀」という評価を顧客の日本企業から受けている。一方で、「スリランカ人材は、まだ日系企業にはほとんど知られていない存在」との指摘もあった。そのため今後、知名度の向上を図っていきたいと語っている。

以下の表が示すとおり、「技術・人文知識・国際業務」の在留資格では、日本に既に9,000人以上が居住している。国・地域別ではインドやフィリピンなどを上回って6位になる。「特定技能」や「技能実習」の資格でも、スリランカ出身者は上位10カ国・地域に入っている。「経営・管理」の資格では、実に4番手だ。この資格では、中古自動車貿易などを手がけている例が多いとみられる(注3)。

他方で、「高度専門職」の資格では28位(36人)にとどまっている。

表:就業を目的とする主な在留資格の国籍・地域別人数

技術・人文知識・国際業務
順位 国籍・地域名 人数
1 中国 83,029
2 ベトナム 72,997
3 ネパール 24,127
4 韓国 23,381
5 台湾 12,456
6 スリランカ 9,043
7 インド 8,934
8 フィリピン 8,297
9 米国 7,856
10 ミャンマー 7,308
経営・管理
順位 国籍・地域名 人数
1 中国 14,615
2 韓国 2,668
3 ネパール 2,159
4 スリランカ 1,729
5 パキスタン 1,673
6 ベトナム 1,307
7 台湾 783
8 米国 571
9 インド 431
10 バングラデシュ 418
特定技能(1号・2号)
順位 国籍・地域名 人数
1 ベトナム 52,748
2 インドネシア 9,481
3 フィリピン 8,681
4 中国 6,144
5 ミャンマー 4,107
6 カンボジア 1,872
7 タイ 1,793
8 ネパール 1,401
9 モンゴル 375
10 スリランカ 224
技能実習(1号・2号・3号)
順位 国籍・地域名 人数
1 ベトナム 181,957
2 インドネシア 39,177
3 中国 36,110
4 フィリピン 29,537
5 ミャンマー 15,825
6 カンボジア 10,317
7 タイ 9,149
8 モンゴル 2,287
9 スリランカ 1,006
10 ネパール 822
高度専門職(1号・2号)
順位 国籍・地域名 人数
1 中国 11,010
2 インド 968
3 韓国 795
4 米国 716
5 台湾 526
6 ベトナム 470
7 フランス 264
8 英国 251
9 ドイツ 130
10 タイ 127
28 スリランカ 36

出所:出入国在留管理庁「在留外国人統計(2022年6月)」からジェトロ作成

今後に向けた留意点は

こうしてみると、今後、スリランカから日本へと人材が向かっていく流れが強まる可能性は十分にある。そうした中で、以下の点に留意が必要だろう。

  1. スリランカからの人材流出

    海外就労が拡大するとなると、その裏返しとして国内の経済を担う人材が流出するという懸念が生じる。
    海外就労促進の背景には経済危機があった。一方で重要な働き手が枯渇すると、その回復に時間がかかりかねない。この点に関して質問を受けた際、ラニル・ウィクラマシンハ大統領は「非常に憂慮している」と言明した。もっとも、「人々はスリランカ国内に未来が見いだせないために海外に出ていっている。だから、まずは国内の経済状況を改善しなければならない」とも付言した。
    スリランカ政府は現在、外国企業の誘致に積極的に取り組んでいる。しかし、人材流出が将来に向けて負の作用をもたらす可能性は、十分にあり得る。問題は既に散見される。進出する日系企業の一部からは「ITエンジニアが海外に流出し、採用が難しくなっている」「建設プロジェクトを担う人材が海外での働き口を求めて退職してしまった」という声が既に上がっているのだ。

  2. スリランカで適切な情報収集が不十分

    国内で現在、日本での仕事に関して、具体的な情報が広く認識されているとは言い難い。例えば、日本でどのような仕事をすることになるのか、日本にどのようなルールがあるのか、仕事をめぐってどのような文化があるのかといったことなどだ。すなわち、十分な情報を基に日本へと向かうスリランカの人材は限られていることになる。
    昨今では、文化的な摩擦などを背景としたスリランカ人を巡る事案も日本で発生している。適切なコミュニケーションが求められていると言えそうだ(注4)。

  3. 人材供給源としての継続性が未知数

    日本に向かう動きが広がる一方で、この流れが今後どこまで継続していくかは未知数だ。
    当地には、進出日系企業や日本人観光客が決して多くない。日本での就業を通じ、さまざまな技術とともに日本語能力を習得したとしても、帰国後に活用できる場面は限られることになる。
    また、日本への「憧れ」が継続される保証もない。日本での就業に関する関心が高まっているのが間違いないとしても、同時に、韓国やイスラエル、ドイツ、ルーマニアなどについても同様だ。優秀な人材が英国や米国、オーストラリア、カナダなどの大学で学ぶ例も多い。
    スリランカの人口は2,000万人強だ。近い将来、頭打ちを迎える時期が来るかもしれない。

LNBTI(Lanka Nippon BizTech Institute)の学長、アーナンダ・クマーラ氏(注5)は「日本は国際的に見て、差別のない安定した社会で、生活環境も魅力的といえる。外国人にとって、日本との文化の違いや社会の仕組みなどを理解すれば、過ごしやすい国」と評価した。他方で、「スリランカ国内では、日本の姿が十分に伝わっていない。日本がただ単に『短期間でお金を稼いで戻って来られる国』という認識が広まることは望ましくない。しっかりと技能を備えた人材が日本で活躍し、これまで日本人が考えてこなかったような観点から、新たなイノベーションの創造に寄与していくことが必要」との見方を示した。さらには、「日本での経験を母国で生かす仕組みを構築させる必要がある、そうすることが日本とスリランカ両国の持続可能な発展に大きく貢献する」と強調した。


注1:
アジアから日本への出稼ぎ労働者の「日本離れ」を指摘する議論としては、例えば以下で確認できる。
  • 富山篤、田中顕、下田吉輝「日本への出稼ぎ労働者、2032年に頭打ち」2022年11月、日本経済研究センター
  • 「円安で進む外国人労働者の“日本離れ” 賃金だけでは『アジアに負ける』 労働力確保へ危機」2023年1月26日、Yahoo!ニュース。
注2:
セイロンは、スリランカの旧名称。
注3:
日本での中古車・中古部品貿易のスリランカ人起業家の詳細については、以下を参照。
注4:
来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯の検挙人数は、2021年から2022年にかけて、総数では減少した。しかし、スリランカ人については、むしろ拡大している(警察庁刑事局捜査支援分析管理官「犯罪統計資料 令和4年1~12月分【確定値】)。
ウィシュマ・サンダマリさんが名古屋出入国在留管理局の収容施設で亡くなった事件も、日本国内で広く報道されているところだ。千葉県内在住のスリランカ人を対象とした調査では、日本人とのコミュニケーションを巡る課題が指摘されている(この点については、以下の資料を参照)。
  • 千葉大学移民難民スタディーズ・NPO法人多文化フリースクールちば「千葉の移民コミュニティの教育と福祉に関する調査―アフガニスタン人とスリランカ人のコミュニティの現状―」、2022年9月
注5:
LNBTIは、IT技術に加えて英語や日本語を学ぶことができるスリランカの大学。
なお、アーナンダ・クマーラ氏は、名城大学や鈴鹿大学で長年、教員経験を持つ。グローバル人材育成教育学会の会長も務めている。

日本での就労希望者が増加中

  1. 背景に政府による促進策(スリランカ)
  2. 日本企業も動く、留意点は(スリランカ)
執筆者紹介
ジェトロ・コロンボ事務所長
大井 裕貴(おおい ひろき)
2017年、ジェトロ入構。知的財産・イノベーション部貿易制度課、イノベーション・知的財産部スタートアップ支援課、海外調査部海外調査企画課、ジェトロ京都を経て現職。