IT大国インドの人材採用に挑む、インド工科大学での日系企業説明会

2023年3月2日

インド工科大学ハイデラバード校(IITH)で2022年9月24日、日本企業の就職説明会「JAPAN DAY」が開催された(2022年10月12日付ビジネス短信参照)。このイベントはIITHとジェトロ、国際協力機構(JICA)の共催で2018年から開催され、5回目となった。2020年、2021年は新型コロナウイルスの影響でオンラインでの実施となり、キャンパスでのリアル開催は3年ぶりだった。

政策的背景:豊富なIT人材で注目を集めるインド

日本のIT人材不足への懸念はますます高まっている。経済産業省の調査(「IT人材需給に関する調査」2019年4月)によると、IT人材は2030年には最大で79万人不足するという。新型コロナ禍を経て、デジタルトランスフォーメーション(DX)がますます加速し、IT人材の需要が高まる中、日本国内で十分なIT人材を採用することが難しいため、東南アジアやインドなどの諸外国での採用を検討する企業も少なくない。中でもインドは2023年中に人口世界一になり、世界的にも評価の高い工科大学が多数あることから、IT人材の層が厚いことで有名で、近年注目が高まっている。

独自ルールを持つIIT学生採用の入口となるJAPAN DAY

他方、有数のインド工科大学(IIT)各校から新卒学生を採用する場合、国内の他大学や日本、他国と異なり、IIT独自の厳格なルールがあり、就職課が大きな権限を持っている。

例えば、新卒採用活動をするには、夏から秋にかけて各企業は大学の採用サイトから、企業情報などとともに求人票を登録する必要がある。求人票には、そのポストに必要な技能や期待されることなど、多くの詳細情報を明記する必要があり、普段そのような採用活動を行っていない日本企業にとっては、1つのハードルになり得る。

その後、秋ごろから各企業による学生との交流イベントが開催されるが、このイベントは就職課からオファーを受けた企業のみが開催できる。JAPAN DAYが開催されるのも、この時期だ。

12月1日からIIT各校で採用面接(プレースメント)が始まるが、その面接スロットは、やはり就職課が給料や過去の採用人数を加味して決定する。面接では、企業はその場で採用可否を判断する必要があり、内定オファーを受けた学生もその日中に返事をする。学生は内定を受ければ、その後行われる他社の面接には参加できないことになっているため、企業からすれば、いかに早いスロットを取るかが重要だ。

新型コロナ前は、これらの採用面接は全てリアルで開催されており、IIT各校で採用したければ、日本から多くの採用担当がインドに渡航し、各校に分かれて対応する必要があった。新型コロナ後はリアルとオンラインの併用となり、利便性は高まっている。

以上のように、IITの学生を新卒で採用するには、IIT各校の就職課と中長期的に関係を作ることが求められ、企業にとって相当なコミットメントが必要となる。JAPAN DAYは、このような負担を軽減するものではないが、日本企業とIITH就職課との関係作りの入り口として機能しているとも言える。

IITHはIIT23校の中で唯一、大学設立時にJICAの資金が入っていることからも、もともと日本との関係が深いことがわかる。その協力関係を基盤に、このイベントは成り立っている。

企業と学生が本気度を伝え合ったJAPAN DAY2022

今回参加した日本企業10社は大企業5社、スタートアップ4社、中小企業1社といった顔ぶれで、業界も製造業からIT、ソフトウエア関連と多岐にわたった。初参加が6社、過去に参加したことのある企業が4社だった。

イベント当日、定員250人の講堂は学生で満席になり、立ち見や床に座って参加する学生もいて、約320人であふれた。午前はIITH から B.S.ムルティIITH学長、アビナブ・クマール教授、ジェトロ・ベンガルール事務所の水谷俊博所長のあいさつの後、参加企業10社が順番にプレゼンを行った。

午後は各社が教室に分かれ、学生が興味のある企業を自由に行き来し、個別に交流した。その後、2022年2月にIITHに発足したスズキ・イノベーションセンター主催のネットワーキングが行われ、参加企業は学生だけでなく、IITHの教授陣とも交流した。

参加企業への事後アンケートによると、イベント満足度では、満足が約8割、やや満足が約2割と総じて高く、イベントをリアルで開催したことについては、全企業が高く評価した。コメントには「会社側の本気度が伝わりやすく、学生1人1人のリアクションがわかるので良かった」「学生の熱気や雰囲気がより伝わってきて良い」などがみられた。また、今後の採用面接については、オンラインで参加する予定の企業が4社、現地で参加する予定の企業が5社、未定が1社だった。


JAPAN DAY午前の全体セッション (ジェトロ撮影)

JAPAN DAY午後の個別セッション (ジェトロ撮影)

アンケートから日本企業への姿勢を見る:技術力に前向きなイメージ

インドの学生は、日本企業をどのように見ているのか。IITH学生508人に対して参加前に取ったアンケートでは、日本企業への就職について「ぜひ働きたい」(57%)、「選択肢の1つ」(27%)と、8割強が前向きな姿勢を示した。また、日系企業に対して抱くイメージでは、1位が「興味深い技術を持っている(has interesting technology)」(44%)、次いで「社会的課題の解決に挑戦し、新たな分野にも進出できる環境がある」(27%)という結果だった。日本企業の技術力や、チャレンジングな仕事環境に良いイメージを持っていることがうかがえる。

図1:日系企業への就業に対する考え
日本企業への就職について「ぜひ働きたい」(57%)、「選択肢の一つ」(27%)と、8割強が前向きな姿勢を示した。

出所:学生へのアンケートを基にジェトロ作成

図2:日本企業に対するイメージ
質問:日本企業に対してどんなイメージを持っていますか?
1位が「興味深い技術を持っている」(44%)、次いで「社会的課題の解決に挑戦し、新たな分野にも進出できる環境がある」(27%)という結果だった。

出所:学生へのアンケートを基にジェトロ作成

アンケート回答学生の属性は、学部2年生から博士課程と幅広い学生が回答した。とりわけ、31%が学部3年生、21%が学部4年生、25%が修士2年生と、就職活動時期に近い学年が8割弱を占めた。学部については、情報工学や人工知能(AI)といったIT系の学生が19%だった。また、電気工学12%、土木工学7%、化学工学7%、デザイン6%と、情報系以外を専攻する学生も幅広く参加した(学部のみ複数回答可、回答総数567件)。

インタビューからキャリア観、日本観を知る

学生はどのように日本を見て、どのようなキャリア観を持っているのか。IITH学生のムディタ・ドゥベイさんにインタビューを行った。彼女は学部卒業後に現地コンサルタント会社で働いた後、現在は修士課程でデザインを学んでいる。コンサルタント会社では日本企業とのプロジェクトにも参画した経験がある。


インタビューに応じたムディタさん(ジェトロ撮影)
質問:
今回なぜJAPAN DAYに参加したのか。
答え:
日本ではどのような分野の企業が多いのか、また、自分に合う企業があるかを知りたかった。日本企業の人と実際に交流して疑問を解決する良い機会だと思って参加した。
質問:
JAPAN DAYに参加する前後で、日本企業に対しての印象は変わったか。
答え:
参加前は、締め切りが厳しい、仕事がきつい、休みがない、などのプレッシャーがあるイメージだった。今回参加してみると、きちんとワークライフバランスを保てることや、プロフェッショナル意識が高く、互いの仕事や時間を大切にしていることがわかった。
質問:
日本企業は、インドの学生にとって魅力的な就職先だと思うか。
答え:
欧米企業と比べると、日本企業は交通機関などの社会インフラや、インドに時々帰国できるような地理的近接性、また、礼儀やプライバシーといった文化的価値観など、生活環境の面で魅力的。しかし、多くの日本人が日本語で話すことを好むため、職場での言語が障壁になると感じる。
質問:
どのような会社で働きたいと思うか。
答え:
見るポイントは、(1)スキルアップや成長の機会が得られること、(2)給料、(3)世界各地への出張の可能性。一般的には、外資系企業で就職する方がインド企業よりも競争が少なく、給料も良い。また、北インドよりも南インドの人の方が、より大きなチャンスを求めて国外に出るモチベーションを持っている傾向があると思う。
質問:
どのようなキャリアパスを描いているか、人生の目標などはあるか。
答え:
自身の理想的なキャリアパスは、修士課程を卒業後、まずは国外に出てプロダクト系企業に就職すること。その後はインドに戻って家族と過ごしながら、社会課題の解決に貢献する会社を立ち上げたい。

まずはグローバルに活動し、いずれは家族のいるインドに戻りたい。その過程でどういった企業が自分に適していて、成長ができるのかという観点で就職先を考えているようだ。

5年間を振り返って

今回、開催5回目という節目を迎えたため、過去5年間の参加企業と採用人数をまとめた。以下の数字は全日本企業による採用人数ではなく、あくまでJAPAN DAYに参加した日本企業による採用人数だ。毎年、IITHで面接の対象になるのが800人前後であることを踏まえると、日本企業による採用人数はかなり限られていると言える。従来、新卒採用は知名度の高い大企業中心と考えられていたが、2022年度の採用では、JAPAN DAY初参加の中小企業が4人を採用した。

また、ここ数年では、中長期的に学生と関係を築き、能力やカルチャーフィットを見極められるインターン採用に絞って採用活動をする企業も少なくない。JAPAN DAYに数回参加することで就職課との関係を構築し、その後就職課から許可を得て、独自で採用イベントを実施する企業も見られる。また、IIT各校の特徴を理解した上で、幾つかの学校に絞って採用活動をするなど、採用戦略は千差万別だ。

表:過去5年間の採用人数
項目 2018年 2019年 2020年 2021年 2022年
実施方法 リアル リアル オンライン オンライン リアル
参加企業 9社
(大手7社、SU2社)
7社
(大手2社、SU3社、その他2社)
20社
(大手5社、中小4社、SU11社)
13社
(大手4社、中小2社、SU7社)
10社
(大手5社、中小1社、SU4社)
新卒採用人数 7社13人
(大手11人、SU2人)
2社4人 3社4人
(大手3人、SU1人)
3社7人
(大手7人)
4社12名
(大手8名)
インターン採用人数 6社93人 5社11人
(大手7人、SU4人)
1社2人
(大手2人)

出所:ジェトロ作成(2023年3月1日時点)

IITHの教壇に立ち、JAPAN DAYをジェトロとともにサポートする片岡広太郎准教授は「この事業は、日本とインドの人材交流で極めて重要なため、長期的な継続が強く求められる。DXなど人材交流の重要性がクローズアップされるが、その一方で、インドの人材は日本に対してほとんど無知であり、日本は米国などと比べてキャリアパスが想像しにくい国であることを認識する必要がある」と語る。そうした背景も踏まえ、JAPAN DAYのような活動を通じて、継続的に日本企業の風土やカルチャー、技術的優位性などを丁寧に伝えていく姿勢がますます重要になっていくだろう。

執筆者紹介
ジェトロ・ベンガルール事務所
夏見 祐奈(なつみ ゆうな)
2010年、経済産業省入省。通商政策局、製造産業局などを経た後、日本とインド両国の政府間合意に基づき設置された日印スタートアップハブの担当として2021年7月からジェトロ・ベンガルール事務所に勤務。
執筆者紹介
ジェトロ・ベンガルール事務所
松田 かなえ(まつだ かなえ)
2020年、ジェトロ入構。企画部を経て、2022年9月から現職。