デリー首都圏の大気汚染対策が企業活動に影響(インド)

2023年2月13日

インド政府は2022年10月以降、デリー首都圏で大気汚染対策を強化している。大気汚染の水準に応じ、段階的に各種規制を敷く仕組みを導入したのだ。対象は広範囲にわたる。中でもディーゼル発電機の使用規制は、日系を含む製造業企業に大きな影響を及ぼしている。また、古い排ガス基準にのみ適合した乗用車も、走行規制の対象となる場合がある。大気汚染対策としての各種規制は、今後も当面続く見込みだ。

2022年10月から大気汚染対策を強化

インドの大気汚染は、世界最悪の水準にある。スイスの大気質テクノロジー企業IQAir(注1)が観測したところ、2021年の大気汚染度(PM2.5)が最も激しかった世界の10都市のうち6都市がインドに集中。うち、5都市がインド北部のデリー首都圏に位置している(表1参照)。なお、デリー首都圏で空気質指数(AQI、注2)が特に悪くなるのは例年、冬季(10月後半から2月ごろ)だ。

表1:世界で大気汚染が最も激しい10都市(2021年)
順位 都市 国名
1 ビワディ インド
2 ガジアバード インド
3 ホータン 中国
4 デリー インド
5 ジャウンプル インド
6 ファイサラバード パキスタン
7 ノイダ インド
8 バハワルプル パキスタン
9 ペシャワール パキスタン
10 バグパット インド

注:PM2.5濃度の2021年平均数値に基づく。太字はデリー首都圏の都市。
出所:IQAir

大気汚染がもたらす住民への健康被害は甚大だ。シカゴ大学エネルギー政策研究所(EPIC)は2022年6月、現行水準の大気汚染が今後も続く場合、デリー首都圏を含むインド北部の住民の平均寿命が7.6年縮まるという試算を発表した。 デリー首都圏の各州政府(注3)は例年、冬季限定で車両交通規制を敷くなど散発的な対策を講じてきた。それでも、抜本的な改善に至ることはなかった。事態を重く見たインド最高裁は2021年12月、中央政府と州政府に対し、デリー首都圏の大気汚染問題に本腰を入れて対応するよう要請。これを受け、デリー首都圏で大気汚染問題を管轄する大気質管理局(CAQM)の動きが加速化した。

CAQMは2022年7月、政策ペーパー「デリー首都圏における大気汚染緩和政策」を発表した。その中で、大気汚染は複合要因によるものだと指摘した。具体的には、建設工事、ディーゼル発電機、火力発電所、交通車両、野焼き、爆竹の使用などを列挙。項目ごとの対応方針を示した。また、AQIが201以上になる場合に、AQIの水準に応じて、段階的にデリー首都圏に以下のような各種規制を敷く行動計画も策定。この規制は、早速2022年10月から適用が開始されるに至った(2022年10月4日付ビジネス短信参照)。

  • ステージ1(AQI201~300):建設現場での資材や廃棄物を敷地内保管。工事面積が500平方メートル以上の現場について事前登録。
  • ステージ2(同301~400):建設現場の防じん対策の定期的な検査と、厳格な運用。ディーゼル発電機の使用を規制(後述)。
  • ステージ3(同401~450):建設工事の原則停止。旧式車両に対する交通規制(州政府の判断による、後述)。
  • ステージ4(同451~):デリー市内のトラック通行を原則禁止。学校の閉鎖(州政府の判断による)。

日系企業もディーゼル発電機の使用規制に直面

新しく導入された大気汚染対策は、産業界に大きな動揺をもたらした。特に問題視されたのは、ディーゼル発電機の使用規制だ。

デリー首都圏では公共電力の供給が安定していない。時期や地域によって、停電が頻発するのが実情だ。このため、デリー首都圏で操業する製造業企業は、停電時のパックアップ電源用として、敷地内にディーゼル発電機を置くことが多い。しかし、2022年10月以降は、AQIが300を超えるステージ2以上の場合、公共電力の有無にかかわらず、ディーゼル発電機が一定の基準を満たさない限り、使用が禁止されることになったのだ(表2参照)。

表2:デリー首都圏におけるディーゼル発電機規制の内容
ステージ AQI ガス供給がある場合 ガス供給がない場合
1 201~300 常時使用はNG。
公共電力の供給がない緊急時には、使用可。
常時使用はNG。
公共電力の供給がない緊急時には、使用可。
2
3
4
301~400
401~450
451~
次の要件を満たす場合に限って、1日当たり最大2時間使用可。
(1)800キロワット以下の発電機
  • ディーゼル・天然ガス併用可能タイプ(ガス7割以上、ディーゼル3割以下)に改造されている、かつ
  • 排ガス処理装置(RECD)が装着されている。(ただし298キロワット超の場合、2023年9月までは、RECD装着なしで最大1時間まで使用可能。)
(2) 800キロワット超の発電機
  • ディーゼル・天然ガス併用可能タイプに改造されている、かつ
  • 排気ガス排出量の第68指令(2022年9月14日付)準拠している。
    ただし、800キロワットちょうどの発電機も、2023年9月までは「800キロワット超」と同じ使用基準が適用される。
次の要件を満たす場合に限って、1日当たり最大1時間使用可。
(1)800キロワット以下の発電機
  • 排ガス処理装置(RECD)が装着されている。
    (2)800キロワット超の発電機
  • 排気ガス排出量の第68指令(2022年9月14日付)に準拠している。

注:排気ガス排出量の第68指令(2022年9月14日付)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.29MB)参照。
出所:CAQMの行動計画、通達などを基にジェトロ作成

CAQMは、各州電力公社に安定的な電力供給を求めている。と同時に、製造業企業に対しても、ディーゼル発電機を天然ガス・ディーゼル併用タイプに改造するか、天然ガス発電機に切り替えることを推奨している。しかし、そのためのインフラが必ずしも整っているわけではない。まず、天然ガス用パイプラインが各地に敷設されているわけではない。仮に敷設されていたとしても、実際には天然ガスが供給されていないこともある。

また、天然ガス供給があって、ディーゼル発電機を天然ガス併用タイプに改造したとしても、それだけでは不十分だ。排ガス処理装置(RECD)を装着することで、初めて1日当たり最大2時間の使用が認められる。このRECDは、中央公害規制委員会(CPCB)指定の検査機関が認定するものでなければならない。しかし、指定検査機関によるRECDの認定自体が遅れている。認定されたRECDが市場に出回っていない状態で規制開始となったことで、混乱に拍車がかかってしまった。

多くの大企業が加盟するインド工業連盟(CII)は、(1)認定RECDがそもそも市場にないことや、(2)天然ガスの供給があっても市場競争が働かず、価格面で採算が合わないこと、などを指摘。かねてから、CAQMに規制の見直しを申し入れていた。産業界からの強い働きかけを受け、CAQMは2022年12月16日になって、2023年9月末までは暫定的に一部規制を緩和すると発表した(2022年12月20日付ビジネス短信参照)。もっとも、基本方針は崩していない。

2022年10月1日の行動計画開始以降、CAQMは10月5日に早速ステージ1を宣言した。さらに2週間後の10月19日には、ステージ2への移行を表明。それ以降は、途中でステージ3、4の適用期間を間に挟みながら、ステージ1への引き下げが宣言される2023年2月1日までの期間中、ディーゼル発電機の使用規制が課されるステージ2以上の状態が続いた。

デリー首都圏で工場を運営する日系製造業企業も、規制強化への対応に追われている。具体的な対応方法は、企業ごとに異なる。いずれにせよ、(1)既存ディーゼル発電機のディーゼル・天然ガス併用可能タイプへの改造や、(2)ガス発電機の導入、(3)太陽光発電を含む電力供給源の多様化への準備、などを余儀なくされている状況だ。

デリー準州では交通車両規制も

大気汚染対策によって、日本人駐在員を含む一般住民の行動にまで制限が及ぶことがある。例えば汚染が深刻化した場合、CAQMの行動計画上、州政府の判断で自動車に走行規制を課すことが可能になっている。具体的には、ステージ3(AQIが400超)以上のとき、古い排ガス規制基準(注4)だけにしか適合していない乗用車については、走行制限が発動される場合がある(具体的には、BS-IIIまでの基準に適合したガソリン車、およびBS-IVまで適合のディーゼル車が対象)。実際、デリー準州は当該乗用車に対する車両走行規制を、これまでに2度(11月4~13日と12月5~7日、注5)にわたり実施した(2022年12月12日付ビジネス短信参照)。当該域内ではこれらの期間中、規制対象車をたまたま普段使用している住民が乗用車で外出できなくなる事例が相次いだ。

なお、ステージ4(AQI450超)になると、さらに厳しい車両交通規制が適用されることになる(例えばデリー市内でのトラック走行の原則禁止など、表3参照)。

表3:デリー首都圏で導入される主な車両交通規制
ステージ AQI 主な車両交通規制
1 201~300 (なし)
2 301~400 (なし)
3 401~450
  • デリー準州でのガソリン乗用車(BS-III)・ディーゼル(BS-IV)乗用車の使用
4 451~
  • デリー市内のトラック通行
  • デリー市内でのディーゼル中型貨物車・大型貨物車(デリー登録車両)の使用
  • デリー準州でのガソリン乗用車(BS-III)・ディーゼル乗用車(BS-IV)の使用
  • デリー準州および隣接地区でのディーゼル乗用車の使用〔ただし、最新基準(BS-VI)に適合した車両を除く〕

注:緊急用車両などの場合は例外あり。太字は州判断による規制のため、今後変更される可能性がある。
出所:CAQMの行動計画、デリー準州の指令を基にジェトロ作成

なお、CAQMは今後5年以内に、デリー首都圏の公共バスや自動三輪車(オートリキシャ)の完全な脱炭素化を実現したい考えだ。その一環として、2022年11月30日、デリー準州を除くデリー首都圏各州政府に対して要請を発出。2023年1月以降に新規登録できる自動三輪車は、圧縮天然ガス(CNG)車両または電気自動車(EV)に限定するよう求めた。ディーゼル動力の既存自動三輪車に関しても、デリー首都圏での走行を2026年12月末までに段階的に禁止するよう求めている。なお、デリー準州では同様の措置を既に実施済み。そのため、州内で走行するオートリキシャは全てCNG車両またはEVだ。

では、CAQMの積極的な大気汚染対策は、実際に奏功しているのだろうか。現時点では、まだ一概には言えないのが実情だ。CPCBのデータによると、デリーにおける2022年10月平均AQIは209。前年同月値(173)を上回った。一方、11月平均は321と前年同月値(377)よりも低い。中長期的な効果が検証されるのは、まだ先の話だろう。

いずれにせよ、現行のCAQM主導の各種規制は、デリー首都圏で当面続く見込みだ。


注1:
IQAirは、国連環境計画(UNEP)の提携先。
注2:
AQIとは、空気の質を測る指標。一般的に100以下の水準が、健康上望ましいとされる。
注3:
デリー首都圏は、デリー準州全域のほか、ハリヤナ州、ウッタル・プラデシュ州、ラジャスタン州の各州の一部地区から成る。該当地区は住宅・都市問題省ウェブページ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 参照。
注4:
BS(バーラト・ステージ)は、インドでの自動車排出ガス規制。EUによる同種規制を基に制度設計された。なお、BS-IIIは2005年以降、BS-IVは2010年以降に順次導入された。現行の最新基準はBS-VIで、2018年以降に導入。
注5:
2022年12月27日時点。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所
広木 拓(ひろき たく)
2006年、ジェトロ入構。海外調査部、ジェトロ・ラゴス事務所、ジェトロ・ブリュッセル事務所、企画部、ジェトロ名古屋を経て、2021年8月から現職。