アンケート調査から読み解くベトナム・スタートアップの強みと課題

2023年12月27日

ベトナムは現在、シンガポール、インドネシアに続く、東南アジア第3のスタートアップ・エコシステムとして注目を集めている。これまでに電子決済やオンラインゲームなどの分野で4社のユニコーン企業(創業から10年以内で企業価値評価額が10億ドル以上となった非上場スタートアップ)が誕生したほか、フィンテック、小売り、ヘルスケア、教育、物流などの分野で多くのスタートアップが盛り上がりをみせる。

ジェトロは2023年2月から3月にかけて、ベトナムのスタートアップ239社を対象にアンケート調査(以下、「本調査」、注1)を実施し、86社から回答を得た(有効回答率36.0%)。回答企業のうち、9割以上となる79社が2015年以降の創業だった。さらに、そこには2020年以降に創業した設立3年以内のスタートアップも29社含まれる(図1参照)。

図1:ベトナム・スタートアップ(回答企業86社)の創業年分布
2014年以前は7社、2015年は6社、2016年は6社、2017年は8社、2018年は11社、2019年は19社、2020年は13社、2021年は7社、2022年は9社。

出所:ジェトロ「ベトナム・スタートアップへのアンケート調査」(2023年)

本稿では、本調査結果をもとに、ベトナム・スタートアップの現状を、ビジネスモデルや創業者の属性などの点から分析し、今後、ベトナム・スタートアップが成長する上でのエコシステムの強みや弱みについて考察する。

多くのスタートアップが初期段階

第1に、ベトナム・スタートアップの多くがエンジェルやシードラウンドであり、シリーズA、Bに続くステージの企業が少ないことがわかった。本調査で回答を得たベトナム・スタートアップ86社について、資金調達ステージ別に区分する(注2)と、(1)資金調達実績なしが25.6%、(2)プレシード(第三者の個人から少額調達)が16.3%、(3)シード(資金調達額目安が100万ドル以下)が36.0%、(4)シリーズA(同100万ドル超~300万ドル以下)が16.3%、(5)プレシリーズB(同300万ドル超~1,000万ドル以下)が3.5%、(6)シリーズB以降(同1,000万ドル超~2,000万ドル程度)が2.3%であった(図2参照)。

図2:ベトナム・スタートアップ(回答企業86社)の資金調達ステージ別の割合
(1)資金調達実績なしが25.6%、(2)プレシード(第三者の個人から少額調達)が16.3%、(3)シード(資金調達額目安が100万ドル以下)が36.0%、(4)シリーズA(同100万ドル超~300万ドル以下)が16.3%、(5)プレシリーズB(同300万ドル超~1,000万ドル以下)が3.5%、(6)シリーズB以降(同1,000万ドル超~2,000万ドル程度)が2.3%であった。

出所:ジェトロ「ベトナム・スタートアップへのアンケート調査」(2023年)

前述のうち、本稿では、便宜的に(1)~(3)を「シードラウンド以前」(以下、「シード」)、(4)~(6)を「アーリー・ミドルステージ」(以下、「アーリー・ミドル」)と分類する。

創業年と資金調達ステージを比較してみると、2020~2022年創業のスタートアップ29社のうちアーリー・ミドルは2社にとどまり、創業後数年でアーリー・ミドルに進むスタートアップは極めて少ないことがわかった(図3参照)。2017~2019年創業の38社のうち11社、2016年以前創業の19社では6社がそれぞれアーリー・ミドルであった。よって、創業年が古いスタートアップほど、アーリー・ミドルに進むスタートアップの割合が増えていることがわかる。

図3:ベトナム・スタートアップ(回答企業86社)の
創業時期と資金調達ステージ
2020~2022年創業のスタートアップ29社のうちアーリー・ミドルは2社にとどまり、創業後数年でアーリー・ミドルに進むスタートアップは極めて少ないことがわかった。2017~2019年創業の38社のうち11社、2016年以前創業の19社では6社がそれぞれアーリー・ミドルであった。

出所:ジェトロ「ベトナム・スタートアップへのアンケート調査」(2023年)

国内マーケット指向、コンシューマードリブンのスタートアップ

第2に、事業内容やビジネスモデルに注目すると、ベトナム・スタートアップは、同国内における市場基盤が強みとなる一方、国内市場を優先する内向き志向、ないしは競争力がある技術やソリューションの不足が弱みとして表れる。ジェトロ・シンガポール事務所が実施した「東南アジアにおけるイノベーション創造活動に関する調査」(2022年8月)では、スタートアップ・エコシステムの特徴をもとに、東南アジア各国を「イノベーションのローンチパッド」(シンガポール)、「コンシューマードリブンイノベ―ション」(インドネシア、ベトナム、フィリピン)、「二面性のあるイノベーション中進国」(マレーシア、タイ)という3つのグループに分けている。ベトナムを含む「コンシューマードリブンイノベーション」のグループでは、拡大する消費者市場向けや、社会課題解決向けにビジネスモデルを展開しているスタートアップが多い。

本調査でも、ベトナム国内市場に注力している地場スタートアップが多いことがわかった。スタートアップが国内外の投資家への説明にあたり、最も強調するポイントを尋ねたところ、「ベトナム地場の課題に対するソリューション」との回答が37.2%、「巨大な成長を見込める市場性」が23.3%だった(表1参照)。6割超のスタートアップがベトナム市場での事業展開に軸足を置き、国内事業で企業価値を高めようとしているといえる。一方、「最先端の技術・ソリューション」との回答は19.8%にとどまり、技術の先端性よりも、いかにマーケットを獲得していくかが重視されている様子だ。

表1:ベトナム・スタートアップ(回答企業86社)の事業展開内容(単位:社、%)
質問 回答内容 回答数 回答割合
合計 シード アーリー・
ミドル
投資家にプレゼンする際に最も強調するポイントは何か? ベトナム地場の課題に対するソリューション 32 22 10 37.2
巨大な成長を見込める市場性 20 17 3 23.3
最先端の技術・ソリューション 17 15 2 19.8
海外(米国、中国など)における成功モデル 7 5 2 8.1
その他 10 8 2 11.6
海外でのビジネス展開は? 展開済み 24 18 6 27.9
3~5年以内に展開したい 49 39 10 57.0
展開する予定はない(ベトナム市場に注力) 13 10 3 15.1
ビジネスモデルは? BtoB 40 30 10 46.5
BtoC 12 7 5 14.0
BtoB、BtoC両方 13 12 1 15.1
BtoBtoC 13 12 1 15.1
その他 8 6 2 9.3

出所:ジェトロ「ベトナム・スタートアップへのアンケート調査」(2023年)

海外でのビジネス展開に関する設問でも、「展開済み」は27.9%にとどまる。「3~5年以内に展開したい」という回答は57.0%と過半数を超えているが、一般的にベトナム・スタートアップに対する投資家の評価として、海外市場を見据えた事業計画策定や体制整備などの弱みを指摘する声がある。

ビジネスモデルに着目すると、「BtoB」が46.5%と約半数を占めた一方、「BtoC」は14.0%にとどまった。「BtoB、BtoC両方」の15.1%、「BtoBtoC」(注3)の15.1%も含めると、ベトナム・スタートアップの8割弱が企業向けにビジネスを展開していることがうかがえる。事業内容をみると、人事管理、マーケティング、物流など、企業の経営課題解決、事業効率化のためのソリューションやサービスを提供するスタートアップが目立った。

創業者の多様性が強み、2大都市で幅広く活躍

第3に創業者に注目すると、ベトナム・スタートアップの強みとして、創業者の多様性がみられる一方、弱みとしては、エグジット経験など、先行するロールモデルの不足が挙げられる。創業者に関する設問では、創業メンバーの人数が「1人」と回答したスタートアップが11.6%であったのに対し、「2人以上」が88.4%と大半を占めた(表2参照)。また、創業者の経験について聞いたところ、英語圏での留学経験者は57.0%、大手外資系ITテック企業での勤務経験者は34.9%、ITテック以外の大手外資系企業での勤務経験者は47.7%だった。さらに、過去に起業およびエグジット(IPO、M&A)の経験がある創業者は29.1%だった。

表2:ベトナム・スタートアップ(回答企業86社)の創業者属性 (単位:社、%)
質問 回答内容 回答数 回答割合
合計 シード アーリー・
ミドル
創業者の人数は? 1人 10 6 4 11.6
2人以上 76 61 15 88.4
創業者は英語圏での留学経験があるか? はい 49 38 11 57.0
いいえ 37 29 8 43.0
創業者は大手外資系ITテック企業 (例:Google、Amazon、Uber、Alibaba、SEA、Grabなど)での勤務経験があるか? はい 30 22 8 34.9
いいえ 56 45 11 65.1
創業者はITテック以外の大手外資系企業 (例:P&G、Nestle、KPMG/PwC、Samsung, Toyotaなど)での勤務経験があるか? はい 41 32 9 47.7
いいえ 45 35 10 52.3
創業者は過去に起業し、エグジット(IPO、M&A)させた経験があるか? はい 25 19 6 29.1
いいえ 61 48 13 70.9

出所:ジェトロ「ベトナム・スタートアップへのアンケート調査」(2023年)

興味深い結果となったのが、創業者と資金調達ステージの相関だ。英語圏での留学経験、大手外資系ITテック企業での勤務経験、ITテック以外の大手外資系企業での勤務経験、起業およびエグジット経験とも、シードとアーリー・ミドルとで大差が見られなかった。例えば、英語圏での留学経験者は、シードでもアーリー・ミドルでも比率はほとんど変わらず、留学経験と調達ステージに相関関係はないと言えそうだ。

ベトナム南部のホーチミン市は、ベンチャーキャピタル(VC)やアクセラレーターが多数存在する起業しやすい環境に恵まれ、一般的に起業家や海外で起業を学んだ人材は同市で会社を起こす傾向が強かった。しかし、最近は北部のハノイ市でも起業家が増えてきた。ハノイ市には、国内理系トップと言われるハノイ工科大学をはじめ、IT系の大学が集まっており、IT・デジタル人材が豊富だ(注4)。また、民間IT大手のFPT、国有通信大手のViettel、VNPTなどもハノイに本社を構え、こうした大企業からスピンオフするケースも少なくない。実際、ハノイでは非留学組の起業も目に付く。このように、留学経験者のみならず、IT・デジタル人材が起業家となり、2大都市のスタートアップ・エコシステムの一翼を担っている点もベトナムの特徴と言えそうだ。

国内投資家や政府支援も徐々に活発化

第4に、投資家、アクセラレーター、政府、大学などの支援機関に目を向けると、未発達ながらも、徐々に成長しつつあるベトナムのスタートアップ・エコシステムの状況がみえてくる。直近の資金調達におけるリード投資家を尋ねる設問では、「ベトナム地場投資家」が60.5%、「海外投資家」が39.5%で、ベトナム地場投資家の存在感が目立った(表3参照)。これを資金調達ステージ別で比較すると、シードでは国内投資家が71.6%であったのに対し、アーリー・ミドルでは海外投資家が78.9%であった。初期のスタートアップにはベトナム地場の投資家が重要な役割を担っているのに対し、スケールアップのためには海外投資家の支援が不可欠であることがわかる。

表3:ベトナム・スタートアップ(回答企業86社)の受けた支援 (単位:社、%)
質問 回答内容 回答数 回答割合
合計 シード アーリー・
ミドル
直近の資金調達におけるリード投資家は地場?海外? ベトナム地場投資家 52 48 4 60.5
海外投資家 34 19 15 39.5
インキュベーション、アクセラレーションプログラムを利用したか? はい 45 35 10 52.3
いいえ 41 32 9 47.7
政府の支援を受けたか? はい 58 49 9 67.4
いいえ 28 18 10 32.6
大学の支援を受けたか? はい 27 21 6 31.4
いいえ 59 46 13 68.6

出所:ジェトロ「ベトナム・スタートアップへのアンケート調査」(2023年)

各支援機関の活用状況については、インキュベーション、アクセラレーションプログラムの支援を受けたという回答が52.3%、政府の支援を受けたという回答は67.4%だった。政府の支援を受けたスタートアップは、アーリー・ミドルでは47.4%だったのに対し、シードに絞ると73.1%に上った。ベトナム政府は2019年、計画投資省(MPI)傘下に国家イノベーションセンター(NIC)を設立するなど、スタートアップ支援に乗り出しており(2021年1月20日付ビジネス短信参照)、近年、公的支援が活発化してきているものとみられる。一方、大学の支援を受けたのはシードとアーリー・ミドルの合計で31.4%にとどまった。

今回の調査から、多くのスタートアップが初期段階であること、海外展開志向が低いこと、先行するロールモデルが少ないことなど、ベトナム・スタートアップ・エコシステムの弱みが明らかになった。一方、国内市場の急伸を背景としたコンシューマードリブン型のスタートアップの増加や、2大都市における創業者の多様性、国内投資家や政府機関などの支援の活発化などの強みもみられた。ベトナム政府は、自国を東南アジア第3のスタートアップ・エコシステムと位置付けるが、実際にはマレーシアやタイとほぼ団子状態となっているのが現状だ。この3位競争を勝ち抜くため、いかに強みを伸ばし、弱みを改善していくかがベトナムに問われている。


注1:
本調査は2023年2月21日から3月15日にかけて、ジェトロのハノイ・ホーチミン両事務所が東京工業大学・辻本研究室とともに実施した。以下のいずれかに該当するベトナム・スタートアップ239社にアンケートを依頼した結果、86社から回答を得た(有効回答率36.0%)。
  • VCなどからの資金調達実績がある。
  • イノベーションに関する受賞歴や特許、大学・研究機関・企業などとの連携実績などがある。
なお、調査対象の中には、主な事業をベトナム国内で行いながら、資金調達などのため、登記上は本社をシンガポールなど国外に置いているスタートアップも含まれる。本稿では、こうしたケースも含め「ベトナム・スタートアップ」と称している。
注2:
資金調達ステージについて調達額の厳密な定義はない。本稿では、ベトナムのスタートアップ投資におけるフェーズ、金額やスタートアップの申告をもとに区分を整理した。
注3:
消費者を対象に事業展開する企業をサポートするビジネスやサービスを指す。例えば、EC(電子商取引)サイト運営を支援するウェブデザインサービス、マーケティング支援などが例として挙げられる。
注4:
ジェトロが実施した「ベトナムのIT系大学と日本企業などとの連携可能性に関する調査」でも、調査対象大学の7割ほどがハノイに所在する。
執筆者紹介
ジェトロ・ハノイ事務所
新居 洋平(あらい ようへい)
2010年、ジェトロ入構。展示事業課、麗水博覧会チーム、ミラノ博覧会チーム、ジェトロ広島を経て、現職。