教育現場にも日本就業への期待(スリランカ)

2023年7月11日

スリランカで昨今、日本での就業に対する関心が高まっている(2023年5月23日付地域・分析レポート参照)。経済危機を契機に、人々が海外へと向かう動きが強まったのが一因だ。スリランカ政府もこの流れを後押ししている。こうした状況のもと、日本企業も、スリランカ人材の獲得に向けて動き出し始めている。

働く人材を育成するスリランカの教育現場では、日本での就業に関してどのような期待や変化が生まれているのか。本稿では、スリランカの有力大学や日本語学校での現状を紹介する。

経済危機が大学教育にも影を落とす

ケラニヤ大学は、仏教僧侶向けの教育機関として発足した国立大学だ。創立は1875年、スリランカの有力大学の1つとして知られている。商学・経営学部、コンピューティング・テクノロジー学部、人文学部、医学部、理学部、社会科学部で構成。大学院も併設されている。

同大学は、日本語教育の分野で名高い。例えば、人文学部現代言語学科では、日本語専攻の学位を取得できる。日本語以外の分野でも、日本の大学で博士号を取得した教授陣が少なくない。日本とのつながりが深いことがわかるだろう。

今回は、同大学で社会科学部長を務め、経済学を専門とするM.M.グナティラケ(M.M. Gunathilake)教授に聴取した。話は、スリランカでの大学教育やスリランカの取るべき経済政策、学生の就職状況、日本への期待などに及んだ(インタビュー日:2023年4月7日)。


ケラニヤ大学 グナティラケ教授(左、ジェトロ撮影)
質問:
経済学者として、現在のスリランカの経済危機の原因をどのように見ているか。
答え:
「外貨を獲得できない」「有力な産業が欠けている」という構造的な要因が経済危機につながってしまった。今後スリランカは、外貨を獲得できる商品を生み出せるよう、新たな産業を育成していかなければならない。ただし、スリランカには利用可能な資源が限られている。そういった制約を考慮したうえで、外国との協業により、付加価値の高い産業の創出を探求する必要がある。
質問:
経済危機は、学生の就職にどのような影響は与えるのか。
答え:
卒業生にとって、就職の機会を見つけることが深刻な問題になっている。経済が縮小し、人々はもはや過去の生活習慣を維持できなくなりつつある。加えて、スリランカ国内では、特に大学の卒業生に向けた民間企業の求人が限られている。
この状況下、海外に就職先を求めようとする学生が増えている。英語やその他の外国語を駆使する学生や、ITに関する知識を備えた学生は、海外での働き口を確保している。学内では中国語やスペイン語、ロシア語など様々な外国語を教育している。彼らが海外からスリランカの家族に送金すると、スリランカにとって外貨の獲得になる。国家経済への貢献にもつながるだろう。
質問:
スリランカの大学では、社会に出て活用できるよう、実務的な教育がされていないという批判がある。
答え:
そのような批判は承知している。
ただ、大学は就職予備校ではない。ある特定の産業に特化し、短期的に習得可能な知識を教えこむわけではないのだ。異なる文脈においても役立ち、また応用できる教科の知識を学ぶ場こそが大学だ。さらに、より広範な文脈として、学生のビジョンや創造的思考を広げる場所でもある。

学生の日本就業や日本企業の技術移転に期待

質問:
スリランカにおける、日本に対する印象は。
答え:
非常に良い。スリランカでは、日本への信頼が厚い。日本は、スリランカと同様に天然資源がない中で、豊かな経済を創出した。また、スリランカの人々は、日本が先進的な技術を誇る国と信じている。加えて、日本の社会や文化は高度な道徳的な価値観を備えている。スリランカ人が日本製の自動車や電気製品を好んで利用するのは、高品質で手頃な価格という信頼があってのことだ。
スリランカは、植民地支配を受けていた英国など、英米圏とつながりが深い。一方で日本に対しては、同じアジアの国で、共通の文化を共有する。そういう点から、互いのつながりを意識している。スリランカ国民の多くが信仰するのが、仏教だ。このような面からも文化的な近接性がある。
質問:
日本に対する期待は。
答え:
何よりもまず、学生や卒業生が就職する機会を見つけることを願っている。ケラニヤ大学には、優秀な学生もいる。私が知っているだけでも、すでに2名の学生が民間の就職エージェントを通じ、日本への就業を求めている。こうした事実は、日本での就職に対する関心がケラニヤ大学で高まっているということを示している。ケラニヤ大学には日本語が堪能な学生もいるので、日本で働く機会を見つけるうえで強みがあるとみている。
日本には、先端技術や知識をスリランカに提供することを期待している。有能な人材の創出につながるためだ。そうした取り組みを通じて、スリランカが現在の経済危機を乗り越えるために力を貸してほしい。

新型コロナを乗り越え、日本語学校は黒字経営に

スリランカでは、日本語学習に対する関心が高まっている。スリランカでは、2022年12月の日本語能力試験(JLPT)に1万7,000人以上が応募。海外で開催されたJLPTの応募者数としては、ミャンマー、韓国、台湾、ベトナム、中国に次いで6番目となった(2023年5月23日付地域・分析レポート参照)。

一方、実際の教育現場ではどのような変化が生じているのか。日本語学校「オリオン・エデュケーショナル・インスティチュート(Orion Educational Institute:OEI、注1)」で、ディレクターを務めるマスクリンナス・プラシャン氏と、マネージャーのマスクリンナス明子氏に話を聞いた(インタビュー日:2023年5月10日)。


OEIのスタッフ(左から3人目がプラシャン氏、右から3人目が明子氏。ジェトロ撮影)。
質問:
OEIの概要について。
答え:
2020年1月に開校。スリランカ人学生に日本語を教えている。現在は、日本人教師が2人。また、日本の生活習慣の一部として、掃除なども担ってもらっている。
日本での就業に向けた特定技能試験を受講する学生には、介護や外食についても基礎的な知識を提供している。その他、日本への渡航に向け、申請書類の記入なども支援している。
質問:
教育方針について。
答え:
なるべく学生の質を担保するようにしている。遅刻や欠席などが重なる場合は退学を促すこともある。多くの学生を確保すると、当然、授業料収入が増えることにはなる。しかし、規模を追うばかりに評判を落とすわけにはいかない。
これまでに日本へ送り出した学生は、35人程になる。そうした実績が、評判につながっている。送り出し先の日本企業からは、学生の聞く能力と話す能力が高い、という評価を受けている。
質問:
昨今の経営状況について。
答え:
新型コロナウイルスが流行していた時期は、対面での授業ができず苦労した。
現時点では、対面での授業が実施できている。スリランカ南西部のカルタラや、北中部のアヌラダプーラなど遠方から教室に通う学生もいる。
実感するのは、日本語学習に対する関心が高まっていることだ。2022年度は開校3年目にして黒字経営へ転換した。学生の授業料収入とともに、技能実習生の日本への送出機関としての収入も確保できている。
他方で、スリランカ政府に対する送出機関の登録に必要な銀行への保証金額が引き上げられた。年間75万スリランカ・ルピー(約35万2,500円、1スリランカ・ルピー=約0.47円)だったものが、今年から300万スリランカ・ルピー(約141万円)に増加した。これが、経営上負担になっている。

日本への渡航を期し、日本語学習にも関心

質問:
日本語学習に対する関心は、どのように変化しているか。
答え:
関心が非常に高まっていると、実感している。特定技能の資格で日本に入国して、日本で働こうという学生が増えてきた。スリランカでは現在、試験会場が満席になるほど、分野別技能試験への申込が殺到している。
開校当初は、日本語能力試験のN2(注2)に合格する水準までの教育を提供することを想定していた。実際に日本で働くには、その程度の技能を確保する必要があると考えたためだ。だが現状では、N4(注2)の合格を目指す学生が多い。N4があると、特定技能資格を取得できる芽が出てくる。それ以上の日本語能力は、日本に行ってから身に付けようと考えているようだ。
質問:
今後の展望について。
答え:
より多くの学生が、日本に渡航できるように支えていきたい。また、スリランカ人が日本に渡航できる業種が拡大されるとうれしい。その他、日本への渡航に向けたプロメトリック社(米国)の試験(注3)を当校で実施できるようにしたい。学生がわざわざコロンボまで出かける必要がなくなり、当校にしてみると集客につながると期待している。

学生が日本語で自己紹介する様子(注4、ジェトロ撮影)。

注1:
OEIは、オリオンコンピュータ(本社:栃木県宇都宮市)のグループ会社。日本語学校は、スリランカ西部のニゴンボに所在する。
プラシャン氏には、日本で17年間生活した経験がある。本文で触れた以外にも、スリランカには投資機会が多いことに言及した。
注2:
日本語能力試験の級構成は、N1を最上級とし、以下N5まで段階的に簡単に設定されている。ちなみに、N2は「幅広い場面で使われる日本語をある程度理解することができる」、N4は「基本的な日本語を理解することができる」水準。
注3:
特定技能資格取得に向けた試験は、プロメトリック社(米国)が受託実施している。
注4:
写真撮影に当たって聞いた限り、いずれの学生も学習を開始してわずか2週間とのことだった。しかし、自身の氏名・国籍・年齢・家族構成などを発話することができていた。
執筆者紹介
ジェトロ・コロンボ事務所長
大井 裕貴(おおい ひろき)
2017年、ジェトロ入構。知的財産・イノベーション部貿易制度課、イノベーション・知的財産部スタートアップ支援課、海外調査部海外調査企画課、ジェトロ京都を経て現職。