MIDAに聞く、サラワク州の魅力(マレーシア)
脱エネルギーに期待

2023年11月8日

マレーシアの国土は、半島部と東マレーシアに分かれる。国土の約60%、人口の約21%を占める東マレーシアは、サラワク州とサバ州により構成される。なかでもサラワク州は、大型水力発電所を複数有することもあり、将来的な脱炭素ビジネス拠点としての関心が高まっている。マレーシア投資開発庁(MIDA)サラワク事務所へのインタビューから、同州の投資環境の現状と今後のビジネス拡大の可能性を探る(取材日:2023年9月20日)。

水素や再エネへの注目高まる

サラワク州の人口は約251万人(2023年時点)、マレーシア全体の7.5%にあたる。州都クチンに3分の1が居住するも、州の北部海岸沿いを中心にバランスよく居住地が分布している。キリスト教徒が人口の39%を占め、次いでイスラム教37%、仏教、ヒンズー教と続く。民族グループも、サラワク先住民族を含め、多様な人種と民族グループが比較的平準な人口バランスの下で居住している(注1)。

MIDAによると、サラワク州では2022年、前年比31.8%増の123億9,820万リンギ(約3,843億円、1リンギ=約31円)の外国投資が認可された。また、同年の製造業分野におけるサラワク州への投資認可(統計上の制約から、国内投資と外国投資の区別はできず)のうち、新規案件は2.8%、拡張案件が97.2%を占めた。外資製造業による大型案件としては、韓国のポリシリコンメーカーのOCI Companyと化学品メーカーのKumho P&B Chemicalによる、エピクロロヒドリン(ECH)製造拠点の設立などがあった。

また、ジェトロ・クアラルンプール事務所の調査によると、サラワク州には19社の日本企業があり、多くがクチンに所在している。直近では、太陽誘電が製造拠点を拡張したほか(2023年10月完工)、ちとせ研究所の微細藻類大量生産施設「ちとせカーボン・キャプチャ・セントラル(C4)」が2023年4月に操業開始、トクヤマが韓国化学大手のOCIと協業し、半導体用多結晶シリコンの半製品生産に関する合併会社を設立した(2023年5月)案件などが報じられている。

州内には、北部海岸沿いに約20の工業団地がある(図参照)。ビンツル近くにあるサマラジュ工業団地は、約2万エーカー(約81平方キロメートル)の敷地を有し、マレーシア最大規模となる。MIDAサラワク事務所長のジョナ・アナク・ケラニ氏によると、現在6社が操業中で、敷地面積の8割を占めているという。産業分野としては、素材や合金鉄といったエネルギー消費型が多いようだ。州全体で、中国、日本、オーストラリア、韓国の企業からの新規進出や拡張の問い合わせが増えており、特に水素や再生可能エネルギー(以下、再エネ)などの新エネルギー分野に注目が集まっているとのことだ。

図:サラワク州の主要都市と工業団地
サラワク州の地図。サラワク州北部海外沿いに位置するミリ、ビンツル、シブ、クチンそれぞれのエリア近くに存在する工業団地を20件ほど掲載している。

出所:各種資料を基にジェトロ作成


MIDAサラワク事務所長のジョナ・アナク・ケラニ氏(MIDA提供)

脱・エネルギー集約型産業に優位性

サラワク州の投資環境の直近の魅力を聞いた。ジョナ氏は、(1)面積の広さ(半島マレーシアと同等)、(2)資源の豊富さ、(3)安価な電気代、(4)水力発電というクリーンエネルギー由来の電力供給割合が多いことによるESG(環境・社会・企業統治)準拠上の優位性、(5)人件費の安さ、(6)住みやすさ、(7)地理的優位性、(8)政治的安定性、を指摘する。

地理的優位性については、「シンガポールやブルネイに近い。さらに、インドネシアの首都がヌサンタラに移転すれば、インドネシア市場を開拓する際の拠点として、サラワク州の活用可能性は増大すると見ている」と、長期的な優位性の持続を確信する。

また、政治に関しても、「州の政権が非常に安定しており見通しが立てやすい」という。2018年に行われた第14回総選挙では、独立以来の政権与党だった国民戦線(BN)が敗北し、サラワク州の4政党が同連合を離脱、サラワク政党連合(GPS)を結成した。直近では、2021年12月に州議会選挙が実施され、GPSが全82議席中76議席を占める最大与党として政権を運営している。アバン・ジョハリ州首相は、人種や宗教を政治活動の道具として使おうとする半島側の政治をよく批判している。こうした背景もあり、ジョナ氏も、サラワク州では「人種や宗教上の衝突も見られず、多民族がうまく共生している」と、外国人に対する許容性をアピールしている。

将来的な方向性として、「エネルギー大量消費型産業からの脱却・変革と、高い付加価値を生み出すプロジェクトの推進を目指しているところ。例えば、グリーンテクノロジー、医療機器、医薬品などが、MIDAとして積極的に投資誘致したい分野」と、脱エネルギー集約型の産業誘致を目指す。

人材確保も積極支援

サラワク州に投資を行う際の投資インセンティブは、州独自のものは特段なく、原則として連邦政府の取り決めに従う。他方、土地の取得や労務などを含め、投資手続きのすべてのプロセスにわたり、州政府と連邦政府が連携して支援を行うという。

州内で十分な人材を確保する場合、困難も予測されるところだ。ジョナ氏に対策を聞いたところ、「サラワク州内にトレーニングセンターがあり、地場企業とも強固な関係を築いている。マレーシアサラワク大学(UNIMAS)、マラ工科大学(UiTM)サラワク分校、UCSI大学クチン校、そしてオーストラリアに本校があるスインバン工科大学やカーティン大学のサラワク校といった高等教育機関のほか、テクニカルスクールも数多くあり、人材育成には力を入れている」とのことだ。

MIDAによる支援策については、「まずは、サラワク州内で人材を募集し、次に半島部やサバ州へ、さらに外国へと門戸を開くのが正規の方法。ただし、特に半島マレーシア人の採用について、州政府はかなり柔軟に対応している。サラワク州内で求める人材が採用できないことが証明できれば、当然、ビザを発行する(注2)。州外からの入境を管轄するサラワク州の委員会にMIDAも委員として参加しており、すべての事項が共有されている」とのこと。

「日本の中小企業にも、ぜひ最新のサラワクの投資環境を見てほしい。歓迎する」と、日本企業によるサラワク州への投資や同州でのビジネス拡大をきめ細かく支援・円滑化する姿勢を示した。


注1:
サラワク州を含む東マレーシアの概要については、ジェトロ・クアラルンプール事務所「東マレーシアの投資環境PDFファイル(1.51MB)」(2022年3月)も参照。
注2:
サラワク州外から人を雇用する場合には、マレーシア人であっても、非居住者雇用許可を取得する必要がある。
執筆者紹介
ジェトロ・クアラルンプール事務所(執筆当時)
小野澤 麻衣(おのざわ まい)
1996年、ジェトロ入構。ジェトロ金沢、海外貿易開発協会(現・海外産業人材育成協会)バンコク事務所、ジェトロ大阪、ジェトロ新潟所長などを経て、2018年7月から現職。共著『ASEAN経済共同体の創設と日本』(文眞堂)、『ASEAN経済共同体と日本』(文眞堂)、『ASEAN経済と企業戦略」(日本経済研究センター)、『アジア主要国のビジネス環境比較』(ジェトロ)など。
執筆者紹介
ジェトロ・クアラルンプール事務所
吾郷 伊都子(あごう いつこ)
2006年、ジェトロ入構。経済分析部、海外調査部、公益社団法人日本経済研究センター出向、海外調査部国際経済課を経て、2021年9月から現職。共著『メイド・イン・チャイナへの欧米流対抗策』(ジェトロ)、共著『FTAガイドブック2014』(ジェトロ)、編著『FTAの基礎と実践-賢く活用するための手引き-』(白水社)など。