サンフランシスコなどベイエリア経済の動向と今後の見通し(米国)
2023年9月11日
米国サンフランシスコでは、オフィスの空室率が上昇傾向にある。その要因として、柔軟な勤務形態の定着、大規模なレイオフによる従業員の減少などが考えられる。また、小売店の閉鎖が相次いでいる。本稿では、サンフランシスコを含むベイエリア(注1)の経済動向や今後の見通しについて、最新の事例やデータ、関係者のコメントを交えながら紹介する。
オフィスの空室率が上昇、柔軟な勤務形態の定着などが要因に
新型コロナウイルスの感染が拡大して以降、当地に所在する多くの企業は、リモートワークを主とする勤務形態を採用した。ベイエリア・カウンシルが新型コロナ禍の2021年4月に実施したアンケート結果(注2)によると、「一般的な従業員は週に何日出社しているか」との問いに、「0日」との回答が72%を占めた。新型コロナ禍以後、サンフランシスコ周辺のオフィス稼働率は低水準で推移してきた。この傾向は、特にテック業界で顕著だ。フェイスブックの親会社のメタ(注3)は2023年1月、ウーバー・テクノロジーズ(注4)は同年5月に、サンフランシスコ市内のオフィスを外部に貸し出す予定、と報じられた。
米国不動産会社CBRE が2023年7月に発表したレポートによるとサンフランシスコのオフィス空室率は上昇傾向にあり、2023年第2四半期は31.6%だった。また、米国不動産管理システム会社キャッスルによると、サンフランシスコのオフィス稼働率は、8月2日時点で42.9%にとどまっている。
オフィスの空室率が上昇し、オフィスの稼働率が低水準にとどまる一因に、完全なリモートワークやハイブリッド勤務の定着が挙げられる。ベイエリア・カウンシルが2023年5月に公表したアンケート結果(注5)によると、「一般的な従業員は週に何日出社しているか」との問いに対し、「0日」と「5日以上」が同率の23%で最も多く、「3日」が22%で続いた。すなわち、完全なリモートワークまたはハイブリッド勤務を採用する企業が、半数弱となっている。1つの企業事例として、セールスフォースは2023年5月、勤務形態などに関するプレスリリースを発表した。同社はこの中で、「オフィス・フレキシブルチームは週3日出勤し、顧客やパートナーとの面談、イベントへの参加などを行う。製品・エンジニアチームは四半期に10日出勤し、製品のリリース、チームビルディング、コラボレーションに時間を充てる」などと述べ、職種に応じた柔軟な勤務形態の採用を公表した。
勤務形態の変化は、公共交通機関の利用や交通量にも表れている。例えば、ベイエリア5郡を結ぶベイエリア高速鉄道(BART)の平日の平均利用者数は回復傾向にあるものの、2023年も2019年水準の3分の1程度で推移している。サンフランシスコと対岸のオークランドを結ぶベイブリッジの月別車両総通行量も、新型コロナ禍以前の水準の80%強にとどまっている(図1参照)。

出所:都市交通局からジェトロ作成
また、2022年後半から2023年初めにかけて、グーグル、メタ、ツイッター、ペイパルなどの大手テック企業が大規模なレイオフを実施した(2023年2月13日付、2023年3月20日付ビジネス短信参照)。こうした従業員を削減する動きも、オフィス需要の低迷をもたらしているとみられる。筆者が2023年5月12日にベイエリアの不動産関係者に話を聞いたところ、「契約を更新するタイミングで物件を手放す、または縮小させる企業が今後増えてくるだろう。商業不動産の需要はしばらく低迷するかもしれない」と述べていた。
小売店の相次ぐ閉鎖
サンフランシスコ市内では、小売店の閉鎖が相次いでいる。新型コロナ禍の影響を受け、ユニクロ、H&M、GAPなどアパレル企業のほか、CVSやウォルグリーンといった薬局チェーンも複数の店舗を閉鎖した。最近では、アマゾン・ゴーが2023年3月末に全4店舗を閉鎖し(2023年3月28日付ビジネス短信参照)、ホールフーズが4月に1店舗を一時閉鎖した。これら閉鎖された店舗の多くは、空きスペースのままとなっている。

近いうちに閉鎖される小売店もある。ノードストロームは、2023年8月末までに市内中心部の2店舗を閉鎖した(2023年5月9日付ビジネス短信参照)。高級キッチン用品専門店のウィリアムズ・ソノマと高級家具ブランドのココ・リパブリックもユニオン・スクエア内の店舗を閉鎖する予定で(注6)、ウェストフィールドは店舗の閉鎖を検討中、と報じられている(注7)。
なお、小売店の閉鎖は、サンフランシスコ市に限って見られる傾向ではない。新型コロナ禍による電子商取引(EC)の普及が、実店舗の閉鎖を加速させている。アドビ・アナリティクスが2022年11月に公表したデータによると、米国の年末商戦の始まりとされる感謝祭(11月24日)の2022年オンライン売上高は、前年同期比2.9%増の52億ドルだった。その伸び率は、新型コロナ禍の2020年(前年同期比21.5%増)と比べると緩やかだが、売上高は過去最大となり、EC消費は引き続き拡大し続けている。一方で、ベイエリア特有の事情として、治安への懸念がある。2021年10月にサンフランシスコ市内の5店舗を閉鎖したウォルグリーンは、閉鎖の理由に万引きを挙げ、「小売店を対象にした組織的な犯罪は、サンフランシスコ市内の小売業者が直面する課題であり続ける」と述べた。これら治安面の懸念は市民にも共通しており、2023年4月の調査では、サンフランシスコ市民による「安全性」への評価は1996年の調査開始以来、過去最低となった(2023年4月20日付ビジネス短信参照)。
ベイエリア経済の今後の見通し
前述した大手テック企業による大規模なレイオフについて、ジェトロ・サンフランシスコ事務所が2022年12月7日に開催したウェビナー「サンフランシスコ・ベイエリアの最新経済動向」で、講師を務めたベイエリア・カウンシルのショーン・ランドルフ・シニアディレクターは「大手テック企業は、新型コロナ禍に雇用を増やした。今はその調整局面を迎えているのではないか」と述べた(注8)。他方、このような事象が発生する中、ベイエリアの失業率は低水準で推移している(図2参照)。

注:サンフランシスコ、サンマテオ、レッドウッドシティを含む地域。
出所:米国労働統計局からジェトロ作成
サンフランシスコ市・郡チーフエコノミストのテッド・イーガン氏は、筆者が2023年6月6日に実施したインタビューに対し、「大手テック企業による大規模なレイオフは地域経済にインパクトを与えるが、シリコンバレーはいつも新たな企業の出現により成長してきた。これら企業の従業員は、ハイブリッド勤務を行っている。彼らはベイエリアにとどまるだろう。スタートップの従業員も同様だ」と述べ、人材の流出に否定的な見方を示した。また、同氏は「オフィスや住宅市場の調整局面が完了すれば、サンフランシスコ市内の小売店の利用客も増えるだろう」と語り、小売りの回復に期待感を示した。なお、ジェトロが2022年8月に発表した「2022年カリフォルニア日系企業実態調査結果」でも、今後1~2年の投資・事業計画について、「縮小や閉鎖、撤退」と回答した北カリフォルニアの日系企業は、わずか2.9%にとどまった(注9)。シリコンバレーでビジネスを目指す日系スタートアップも、依然として多数存在している。
また、サンフランシスコ市は、治安面の課題についても、改善に向けて対策に乗り出している。サンフランシスコ市は2023年2月に「サンフランシスコ・ダウンタウンの未来へのロードマップ」を発表し、9つの戦略の1つ目に「中心部を清潔、安全、魅力的な場所であることを確保する」と明記した。治安を含む市の社会環境は、新規ビジネス、労働者、観光客、居住者の誘致に不可欠であり、同市の高い改善意欲がうかがえる。また、同市議会は2023年3月、公衆安全の維持を目的として、警察官の人件費に2,500万ドルを充てる追加予算案を可決した。同市監督委員会はその翌月、市長が支持する、警察官との新たな契約を承認し、ベイエリアの新任警察官に高い初任給を提供することを決定した。
まとめ
このように、サンフランシスコ市内では、オフィス需要の低下や小売店の撤退、治安への懸念が見られる一方、失業率は低水準で推移している。筆者がインタビューを行った有識者は今後のベイエリア経済を楽観視しており、サンフランシスコ市は治安への取り組みを強化している。日本企業は継続してベイエリアへの進出や投資に高い関心を示しており、同地域の動向には今後も注目が集まりそうだ。
- 注1:
- サンフランシスコ湾岸周辺9郡を含む地域。
- 注2:
- 実施時期は2021年4月12日の週。回答者はベイエリアに拠点を置く雇用主59人。
- 注3:
- 2023年1月19日付のサンフランシスコ・ビジネスタイムズ紙報道に基づく。
- 注4:
- 2023年5月18日付のSFGATE報道に基づく。
- 注5:
- 実施時期は2023年5月9~23日。回答者はベイエリアに拠点を置く雇用主193人。
- 注6:
- 2023年5月10日付のSFGATE報道と、2023年5月12日付のサンフランシスコ・クロニクル紙報道に基づく。
- 注7:
- 2023年6月12日付のサンフランシスコ・クロニクル紙報道に基づく。
- 注8:
- 本ウェビナーは、オンデマンド配信中(視聴ページは、ジェトロウェブサイト【ウェビナー】サンフランシスコ・ベイエリアの最新経済動向)。説明資料もダウンロード可能。
- 注9:
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調査結果の全文は、2022年カリフォルニア日系企業実態調査結果
(1.13MB)から確認可能。

- 執筆者紹介
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ジェトロデジタルマーケティング部ECビジネス課
石橋 裕貴(いしばし ゆうき) - 2011年、ジェトロ入構。海外調査部、ジェトロ沖縄、ジェトロ・サンフランシスコ事務所を経て2023年9月から現職。