発展戦略の方向と一致
ベトナムはなぜTPPに参加できたのか?(前編)

2023年2月24日

2016年2月に、米国主導により、30章からなる広範囲のルールを備えた環太平洋パートナーシップ協定(TPP)が署名に至った(注1)。TPPは米国のトランプ大統領(当時)が就任と同時に脱退してしまったものの、その後、日本のリーダーシップにより、米国抜きで2018年末に、環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP)として発効した。このCPTPPメンバー国の中で、ひと際、異彩を放っているのが、ベトナムである。同国はメンバー国の中では、1人当たりのGDPが最も低い開発途上国で、かつ唯一の社会主義国である(注2)。TPPに参加するためには原則、全ての関税撤廃が求められ、かつ国有企業、労働、電子商取引、知的財産など含め広範な分野でハイレベルなルールへの適合が必要となる。このため、ベトナムは最も参加が難しいとみられていた。

なぜ、ベトナムはハイスタンダードなTPPに参加できたのか。さらに、なぜ、米国脱退後も離脱せず、CPTPPに参加したのか。本稿では、ベトナムがTPPの協定、さらにその後のCPTPPの協定に合意できた要因を日越の交渉関係者らへの聞き取り調査などより明らかにし、今後のCPTPPの新規メンバー拡大を考える上での示唆としたい。

輸出拡大、安全保障の確保、経済改革の推進が動機

ベトナムがTPPに参加した動機としては主に、(1)経済効果への期待、(2)安全保障上の懸念、(3)経済改革の必要性、の3点があったと考えられる(注3)。動機が強ければ強いほど、その引き換えとして、国内調整で痛みを伴う新たなルールを受け入れる余地も広がる。順にみていきたい。

1点目の経済効果については、米国への輸出拡大への期待が大きかった。ベトナムがTPP交渉への参加を決めた2008年ごろの経済状況を振り返ると、2008年9月にリーマン・ショックが発生し、世界金融危機に陥り、世界経済が大きく減速した。ベトナムも例外でなく、2008年のGDP成長率は前年の7.1%から5.7%へ、輸出伸び率も13.7%から3.2%に大きく落ち込んだ(図参照)。貿易赤字は過去最高の128億ドルに達し、対GDP比で12.9%に及んだ。また、インフレ率も23.1%と高騰し、マクロ経済は極めて不安定な状況に陥った。ベトナムにとって、輸出の拡大は急務であったといえよう。2008年当時、ベトナムの主力の輸出品目は原油を除くと、アパレル製品を中心とした縫製品がトップであり、輸出の15%近くを占めた。主な輸出先は米国であり、TPPの関税削減による、アパレル製品の輸出拡大への期待が特に大きかった。

図:ベトナムの輸出伸び率の推移
2001年4.0%、2002年11.2%、2003年20.6%、2004年31.4%、2005年7.6%、2006年14.4%、2007年13.7%、2008年3.2%赤丸、2009年6.5%、2010年6.4%、2011年12.1%、2012年15.6%、2013年18.1%、2014年12.5%、2015年14.5%、2016年10.9%、2017年18.3%、2018年10.9%、2019年5.2%、2020年8.5%、2021年16.0% 

出所:IMF

さらに、ベトナムにはTPP交渉に入る以前から、ベトナム経済を国際経済と統合していくことで、輸出を拡大し、外国投資も積極的に誘致し、経済発展を実現するという基本方針があった。この方針のもと、2007年にWTO加盟が実現した。さらに、2013年に打ち出されたベトナム共産党政治局決議では、「重要な経済・通商パートナーとの自由貿易地域に参加する戦略を構築し、展開する」とし、「国際的な規則の構築に主体的・積極的に参加すること」を方針として掲げた。TPPへの参加は、ベトナム共産党の経済発展戦略の方向性と一致していたといえる。

2点目として、安全保障上の懸念もベトナムがTPPに参加する動機になったと考えられる。ベトナムにとって、最大の貿易相手国は2004年以降、一貫して中国であった。特に輸入の依存度は2008年時点で約2割に上り、年々上昇してきた。ベトナムは工業化を実現するために、中国製の素材や部品に多くを依存してきた実態がある。

一方で、中国とベトナムの間では、南シナ海のスプラトリー諸島およびパラセル諸島において領有権問題が存在していた。特に、2009年ごろから海上での中国との係争事案が頻繁に発生するようになった。このような状況から、米国との貿易を拡大させ、中国への経済的な依存を軽減するTPPは、ベトナムの安全保障にとっても一層、重要性を高めていたといえる。

3点目として、経済改革の必要性もベトナムのTPP参加を後押しした。ベトナムでは2008年以降もしばらく、マクロ経済の不安定な状態が続いた。その根本的な原因の1つに、国有企業の無謀な多角化や経営の失敗があった。それを象徴する出来事として、2010年には国有造船会社のビナシンの経営破綻が明らかになった。こうした状況を受け、ベトナム共産党指導部は、2011年の第11回党大会において、国有企業改革による経済再編、成長モデルの刷新が不可欠であるとの方針を示した。TPPによる国有企業の規律の導入などは、改革を進めていくうえで、外圧として利用できるというメリットがあった。

共産党一党体制で反対勢力は限定的

ベトナムがTPPに参加した動機をみてきたが、いくらベトナムに強い動機があったとしても、協定内容を受け入れるにあたって、国内で議会や産業界、市民団体などに強い反対勢力があると、国内批准が難しくなる。この点で、ベトナムは共産党による一党体制である。議会は共産党員が大勢を占めるため、共産党の方針に沿った決定がなされる。共産党内では、保守派を中心に統治体制への影響に懸念もあったとみられるが、経済成長、経済改革のためにTPPは必要、という点ではコンセンサスがあった。また、ベトナムでは、他国でみられたような、産業界や市民団体からの強い反対もなかったようだ。産業界の声を政府の交渉チームに伝える役割を果たしたのはベトナム商工会議所(VCCI)であった。VCCIでTPP交渉にも関わった幹部は「TPPへの参加自体に反対の声はなかった。ただし、同じTPP加盟国であるマレーシアの企業などと比較すると、ベトナム企業はあまり意見を表明しない傾向がある」としている。

TPP参加がベトナム国民の間でも広く受け入れられていることは、世論調査の結果にも表れている。米国研究機関のピューリサーチセンターが2015年4~5月にTPPの交渉参加国を対象にTPPへの見方に関する調査外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を実施した(表参照)。「TPPはあなたの国にとって、良いものか悪いものか」との質問に対して、ベトナムでは89%が「良いもの」と回答し、対象国の中で最も高い割合であった。「悪いもの」との回答はわずか2%であった。他国と比較しても、TPPが圧倒的に高い割合で支持されていることが示された。米国で「良いもの」と回答した割合は49%で、「悪いもの」との回答は29%と3割に達した。これらのことから、ベトナムでは、TPPに対する反対勢力は限定的であり、このことが、合意を容易にしたという点が指摘できる。

表:TPPに対する支持の状況
質問:TPPはあなたの国にとって、良いものですか、悪いものですか?(単位:%)
国名 良いもの 悪いもの
ベトナム 89 2
ペルー 70 12
チリ 67 8
メキシコ 61 23
日本 53 24
豪州 52 30
カナダ 52 31
米国 49 29
マレーシア 38 18

注:「まだ十分に聞いていない」「どちらでもない」の回答は含まれない。
出所:2015年春季世界意識調査 、ピューリサーチセンター

交渉はアパレル製品の原産地規則に集中

さらに、TPP交渉の中で、交渉をリードした米国も一定の譲歩を行い、例外規定や執行までの猶予期間を受け入れた点も、ベトナムのTPP合意をもたらした不可欠な要素であった。前述のとおり、ベトナムがTPP交渉で最も重視していたのが、アパレル製品の米国市場へのマーケットアクセスであった。この関係で、同品目の原産地規則の交渉が最も難航した。交渉に関わった日本政府関係者によると、「米国とベトナムの2国間交渉は、半分ぐらいを繊維の原産地規則の交渉に費やしていたと思う。米国では繊維は衰退産業で、政治化しやすいセンシティブなテーマであった」という。その他の分野では、「交渉で争点になったのは、労働、国有企業、電子商取引などであった」(交渉に参加したベトナム政府専門家)。これらは、いずれも社会主義国としてのベトナムの統治体制に影響を及ぼす可能性があるものである。それぞれの交渉の推移をみていきたい。

米国の締結するFTAでは、米国産綿花の販路確保、輸出促進の手立てとして、製糸・紡績工程およびそれ以降の工程がFTA(自由貿易協定)締結国で行われることを原産地基準としている。この原産地基準はヤーン・フォワードと呼ばれる。繊維を中国などからの輸入に依存しているベトナムのアパレル製品は、ヤーン・フォワードルールでは特恵関税の対象にならない。このため、交渉は難航した。

ベトナムは、アパレル製品のマーケットアクセスで米国の譲歩がない限り、他の分野についても譲歩しない、というスタンスを取った。交渉に参加したベトナム政府専門家によると、「各分野ごとに、それぞれ交渉していたが、みんな市場アクセスの交渉の結論をずっと待っていた」という。交渉の膠着(こうちゃく)状態が続く中、米国側から、ヤーン・フォワードルールを前提としつつ、域内での供給が十分でない材料(繊維、糸、生地)については、例外的に域外から調達しても、原産品と認められるという、ショートサプライ・リスト(SSL)のアイデアが提示された。最終的には、協定文には187品目のリストPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(318KB)が添付された。米国がそれまでに締結したFTAにおけるヤーン・フォーワード基準の例外では、中米ドミニカとのFTAにおけるショートサプライリスト43品目が最大であった。米国は大幅な譲歩を示したといえる。

労働では「結社の自由」が争点に

労働者の保護は、民主党政権の米国がベトナムに対して最も強く要求した分野である。労働の章で、ベトナムにとって最も受け入れが難しかったのは、「結社の自由」であった。TPP協定19.3条第1項では、ILO宣言にある中核的労働基準を採用し、維持することを締約国に求めており、その中に「結社の自由」もあった。ベトナムでは、労働組合は共産党傘下のベトナム労働総同盟(VGCL)しか認められていなかった。労働組合は共産党を支える組織であり、労働者の秩序を守っている。それと違うものをつくるのは共産党一党体制を揺るがす変更になりかねず、ベトナムも容易には受け入れらなかった。

一方、米国側も議会からの強い圧力を受け、労働者保護の要求を強めていった。マーケットアクセスの提供と労働者の保護とのリンケージを明確に主張した。最終的には、ベトナムと米国の間で「貿易と労働関係向上計画(Plan for the Enhancement of Trade and Labor relations)」PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(769KB)を2国間のサイドレターとして、TPP協定に付属させることで合意が成立した。同計画では、自律的に活動する独立した労働組合を結成する権利を認めるなど労働法を整備すること、法令実施のための制度構築や能力開発に取り組むこと、米国と共同で本計画の実施状況を定期的に評価する、ことなどが合意された。

幅広い例外が認められた国有企業

国有企業に関する包括的な協定はこれまで存在せず、TPPによる国有企業の章が世界で初めての試みであった。同章では、国有企業に対する「非商業的な援助」で他の締約国の利益に悪影響を及ぼすことが禁じている(第17.6条)。また、国有企業が商業的考慮に従って行動することや締約国企業に対して無差別待遇を供与することを求めている(第17.4条)。対象は貿易のみならず、投資、サービスにも及ぶ。国有企業への規律は当初の交渉分野には入っておらず、交渉の途中で米国から提案されたものである。米国の産業界から、ベトナム、マレーシアなどの国有企業への優遇措置に対して懸念が表明された。これには、政府の支援を受け、世界的な展開を進める中国の国有企業も念頭にあったとされる。

社会主義国のベトナムでは、国有企業は同国経済において重要な役割を担っている。納税額では2015年時点で36%を占めており、国家財政への貢献は大きかった。このため、米国の要求に抵抗した。一方で、国の手厚い支援にもかかわらず、競争力を向上できず、2010年ごろからは深刻な経営破綻に追い込まれる企業が出てきた。このため、国有企業改革はベトナム政府が取り組まなくてはならない重要課題であった。

最終的な協定では、政府機能遂行のための国有企業による物品・サービスの提供や経済危機への一時的な対応措置、国内でのサービス提供などについて、適用が除外された(第17.1条、第17.13条)。また、国別の留保表でも幅広い例外が認められている。ベトナムについては、「対象企業の再編に必要な資金提供を行うことが可能」として、国有企業改革の取り組みに支障が出ないことが明記された。また、経済的安定を確保するための国有企業の活動についても対象外とすることが認められた。

さらに、ベトナム石油・ガス集団(Petro  Vietnam)、ベトナム電力集団(EVN)、ベトナム石炭・鉱物集団(Vinacomin)、ベトナム空港総公司(ACV)、ベトナム航空総公司(VietnamAirlines)、ベトナム海運総公司(Vinalines)など主要な国有企業や、国防省または公安省によって所有される国有企業も例外扱いすることが認められた。こうした幅広い例外が認められ、国有企業改革にも支障がない形となり、ベトナム側も国有企業章を受け入れることが可能となった。

EUとのFTAもTPP合意を後押し

電子商取引の章では、(1)情報の電子的手段による国境を越える移転の自由(第14.11条)、(2)コンピュータ関連設備の設置要求の禁止(第14.13条)などが盛り込まれている。これらはベトナムにとって、安全保障上の問題があり、受け入れが難しかった。このため、ベトナムは、同規定に違反した場合において、紛争処理の適用の5年間のモラトリアム期間を要求した。しかし、米国議会や産業界からは強い反対があり、最終的には、2年間という短期間の猶予を設けることで落ち着いた(第14.18条)。

また、合意に至る上で、重要な要素となったのが、EU‐ベトナムFTA(EVFTA)であった。EVFTAは2012年12月から交渉が開始され、2015年8月に大筋合意に至った。ちょうどTPPの交渉時期と重なっていた。EVFTAには、TPPと同様に労働、国有企業の章があった。このことは、TPP交渉でもベトナム側が譲歩できるスペースを広げたといえる。ベトナム政府専門家によると、「ベトナムはTPP、 EVFTAの交渉を同時に行っていた。もし、TPPだけであったなら、労働、国有企業の章の受け入れはもっとハードルが高かった」。以上みてきた複合的な要因により、最終的には2015年10月に大筋合意に至った。


注1:
TPPのメンバー国は、ニュージーランド、シンガポール、チリ、ブルネイ、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシア、メキシコ、カナダ、日本、米国の12カ国だった。また、TPPは投資、サービス貿易、電子商取引、競争政策、知的財産権、国有企業、労働、環境など広範な分野をカバーし、「21世紀型のFTA」と呼ばれる。
注2:
交渉を開始した2010年当時、ベトナムの1人当たりGDPはわずか1,628ドルで、メンバー国の中で2番目に低いペルーの5,056ドルとも大きなギャップがあった(IMFデータベース)。
注3:
TPP参加の動機を含め、ベトナムの国際経済参入の方針など対外発展戦略については、以下の文献が詳しい。
藤田麻衣“第3章 国際経済参入の新たな段階―WTO加盟から「新世代の自由貿易協定」参加へ”外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 「ベトナムの「第2のドイモイ」‐第12回共産党大会の結果と展望」77~105ページ、2017年3月、アジア経済研究所(IDE‐JETRO)

ベトナムはなぜTPPに参加できたのか?

  1. 発展戦略の方向と一致
  2. CPTPP中国加入の展望
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部長
若松 勇(わかまつ いさむ)
1989年、ジェトロ入構。ジェトロ・バンコク事務所、アジア大洋州課長、海外調査計画課長、ジェトロ・ニューヨーク事務所次長などを経て、2021年10月から現職。