CPTPP中国加入の展望
ベトナムはなぜTPPに参加できたのか?(後編)

2023年2月24日

前編では、ベトナムのTPP協定合意の要因をみてきたが、その後2017年1月、米国のトランプ大統領は就任直後にTPPからの脱退を宣言してしまった。しかし、2017年3月にチリで開催された、米国を除いたTPP閣僚会議で、TPPの戦略的重要性が改めて確認され、同年7月に残された国々でTPPの発効を目指し、交渉が開始された。その後、わずか4カ月後の11月には、ベトナムのダナンでの閣僚会議で原則合意に至り、2018年3月にはCPTPP協定として、署名された。後編では、ベトナムが米国の脱退後もTPPに残り、CPTPP協定に合意したプロセスをみていき、今後のCPTPP新規メンバー拡大への示唆や米国主導で交渉が開始されているインド太平洋経済枠組み(IPEF)へのベトナムの対応を考えたい。

米国のマーケットアクセスを失い、当初は消極姿勢

米国へのマーケットアクセスを最大の動機としていたベトナムにとって、米国の脱退はベトナムに大きな衝撃を与えたと考えられる。米国の脱退を受け、2017年5月には労働法の改正の審議の中止も発表された。しかし、2017年7月から、日本を議長国として、交渉が開始された。米国が脱退し、米国へのマーケットアクセスがなくなってしまったため、凍結する項目を認めて、バランスを取る必要があった。日本にとっては、CPTPPの交渉はいかに凍結項目を少なくするか、という交渉であった。

一方、各国とも、米国は発言力が強いため、多国間より2国間交渉を志向するトランプ政権と直接交渉は避けたかった。このため、将来的な米国のTPPへの復帰を期待しつつ、早く11カ国で交渉をまとめておきたい、という利害関係は各国で一致してあった。ベトナムも2017年3月からは、貿易投資枠組み(TIFA, Trade and Investment Framework Agreement)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます で米国との協議が再開され、様々な要求を受けていた。交渉に関わった日本政府関係者によると、当初、ベトナムは、CPTPPの交渉には消極的であったが、日本側は11カ国で早く合意した方が米国との関係でプラスになると説得し、ようやく交渉に乗り出してきた。

各国から共通して出てきた凍結項目は、米国の強い要求で認めていた知的財産権関係であった。その他、ベトナムからは、アパレル製品の原産地規則、電子商取引、労働の章について、凍結の要求が出てきた。アパレル製品の原産地規則については、ベトナムはヤーンフォーワードルールの撤回を要求していた。しかし、マーケットアクセスを議論し始めると収拾がつかなくなるため、マーケットアクセスは手を付けない、という原則で交渉が進められた。このため、ベトナムもこの原則は受け入れざるを得なかった。

電子商取引、労働で5年間の猶予期間

電子商取引については、ベトナムは国内でサイバーセキュリティー法を準備しており、CPTPPに、「データの国境を越える移転の自由」「コンピュータ関連設備の設置要求の禁止」が規定されていることを懸念していた。紛争処理の条項によって、特恵関税の恩典が停止されることを恐れていた。交渉の結果、ベトナムは、TPPでは2年間しか認められなかった猶予期間を5年間とすることを日本とのサイドレターの形で受け入れた(注1)。

2017年11月には、ベトナムのダナンで、APEC首脳会議に合わせて、TPP閣僚会議が開催されて、新協定の条文、凍結リストなどを含む合意パッケージに全閣僚が合意した。

しかし、同時に4つの項目については合意できず、協定署名までに合意に至る必要があることが示された。そのうちの1つが、ベトナムの労働の章の違反に対する紛争解決処理の適用への猶予期間であった。ベトナムは7年間の猶予を要求、メキシコが長すぎるとして、反対した。茂木敏充外相(当時)は、ベトナム、メキシコの双方を訪問し、調整を行った。日本の仲介により、日本とベトナムとの間のサイドレターPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.27KB)という形で、全般的な条項については3年間、「結社の自由」については、5年間の猶予を認めるということで決着した(注2)。

2018年3月には、CPTPP協定が署名された。交渉によって、凍結された項目PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(678KB)は22に上った(参考参照)。そのうち、半数は医薬品の試験データの保護期間など知的財産に関するものであった。一方、凍結項目の中には、米国との交渉で争点になった労働、国有企業、電子商取引は入っていない。ベトナムが別途、署名したEUとのFTAでも「結社の自由」を認める必要があり、労働法の改正は不可避の状況であった。このため、ベトナムは時間的な猶予を求めていた。国有企業の規律も、例外が多く認められたこと、およびベトナム政府の国有企業改革の方向性に一致していたことで受け入れることが可能となっていた。国有企業の規律は、EUとのFTAでも規定されていた。日本政府関係者によると、ASEAN加盟国の中で、外国投資の誘致を競うライバルのタイを超えたいという意思も強かった、という。最後は日本からの強い説得が功を奏して、米国不在のCPTPPへの合意に至った。

参考:主な凍結項目

  • 急送少額貨物
  • ISDS(投資許可、投資合意)関連規定
  • 金融サービス最低基準待遇関連規定
  • 電気通信紛争解決
  • 政府調達(参加条件)
  • 政府調達(追加的交渉)
  • 知的財産の内国民待遇
  • 特許対象事項
  • 審査遅延に基づく特許期間延長
  • 医薬承認審査に基づく特許期間延
  • 一般医薬品データ保護
  • 生物製剤データ保護
  • 著作権等の保護期間
  • 技術的保護手段
  • 権利管理情報
  • 衛星・ケーブル信号の保護

出所:「TPP11協定の合意内容について」内閣官房TPP等政府対策本部

新規加入には厳しいベンチマーク

CPTPPは現在、新規加入に向けて動き出している。まず、英国との協議が進行している。2021年9月に中国、台湾が加入を申請、そのほか、エクアドル、コスタリカ、ウルグアイも申請を行っている。韓国も申請に向け国内手続きを準備しており、そのほか、タイ、フィリピンなどの国々も加入に関心を示している。アジア太平洋地域では、貿易・投資の促進、安定的でサステナブルなビジネス環境の整備に向けて、経済ルールの整備が重要な課題になっており、CPTPPは地域の経済ルールの土台となることが期待されている。

ベトナムのCPTPP参加から、今後の新規加入について、どのような示唆が得られるであろうか。中国の場合について考えてみると、同じ社会主義国のベトナムと同様に、労働、国有企業、電子商取引などが争点となると考えられる。CPTPPの加入プロセスPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(99KB)で定められたベンチマークによると、加入希望エコノミーは、CPTPPのすべての既存ルールを順守するための「手段」を示すことを求めている。また、物品やサービスのみならず、政府調達や国有企業についても、最も高い水準の市場アクセスをオファーすることが求められる。すなわち、新規加入エコノミーが充足すべきベンチマークは、オリジナルメンバー国間の交渉時と違い、ルールの柔軟性が必ずしも期待できない、厳しいものになっている。ベトナムがTPPに合意できたのは、国有企業章では、数多くの例外措置、労働、電子商取引では国内調整のための猶予期間が認められたからであった。こうした点を考慮すると、現時点での中国の新規加入は非常に厳しいといえる。

さらに、CPTPPの加入プロセスによると、加入交渉を開始するためには、全メンバー11カ国のコンセンサスが必要となっている。すなわち、1カ国でも反対があると、交渉が開始できない。この点で、中国は2020年、オーストラリアの新型コロナ起源に関わる独立調査の要求に反発し、石炭、大麦、ワインなどの輸入制限措置を実施し、両国の関係は悪化している(注3)。中国が加入交渉に入るためには、少なくとも両国の関係改善がまず必要であろう。

その他の加入希望エコノミーについても、同様に新規加入プロセスでは、既存のメンバー国間では交渉の中で受け入れられたルールの柔軟性が認められない可能性がある。ハイスタンダードなルールや自由化を受け入れるための国内経済改革に対して、どれだけ深いコミットができるかが重要となるだろう。また、ベトナムや中国と違い、民主主義体制である多くの国では国内に自由化や改革に反対する勢力も少なくないであろう。自由化でネガティブな影響を受ける国内グループに対する説得や補償も重要となろう。

マーケットアクセスに代わるインセンティブが課題のIPEF

一方、2022年5月、米国はTPPに代わる、アジア太平洋地域におけるマルチラテラルな枠組みとして、インド太平洋経済枠組み(IPEF)の交渉を立ち上げている。参加国は、米国、日本、インド、韓国、シンガポール、タイ、ベトナムなど14カ国に上る。同じ米国のイニチアチブであるが、両者にはいくつかの大きな違いがある。1つは、IPEFにはマーケットアクセスが含まれていないこと、2つ目として、サプライチェーン、クリーンエコノミーなど現在の国際情勢に合わせた新しい分野が対象になっていることだ。3つ目として、IPEFは対象の4つの柱について、関心のあるものだけを選んで参加すればよい、という柔軟なモジュール式の仕組みを導入していることである。TPPは、30章からなる協定を一括して受け入れる必要がある。

ベトナムは、IPEFにどのように対応していくのであろうか。ベトナムのTPP参加の最大の動機は米国市場へのアクセスであった。それと引き換えに、労働や国有企業、電子商取引で譲歩を行い、合意に達した。IPEFにおいても、マーケットアクセスに代わる、具体的なインセンティブを示せるかどうかが大きなポイントになるであろう。サプライチェーンの強靭(きょうじん)性の強化、デジタル、エネルギー、インフラなどの分野における資金的、技術的支援などが期待される。さらに、交渉においてフレキシビリティが示されるかどうかも重要なポイントである。IPEFはモジュール式ということで、既にTPPに比べ柔軟な仕組みになっているが、拘束力のある内容の場合は、例外や猶予期間などに柔軟性が認められるかどうかもベトナムのIPEFへの参加のポイントとなるであろう。


注1:
サイバーセキュリティー法はその後、2018年6月に成立し、2019年1月から施行。その施行細則が2022年10月から施行されている(2022年10月12日付ビジネス短信参照)。一定の条件を満たす外国事業者を対象に、ベトナム国内でのデータ保存義務を求める規定になっており、CPTPP協定に抵触する可能性が指摘されている。
注2:
2019年5月、ベトナム労働法改正案は国会に提出され、同年11月に可決。2021年1月に改正労働法が施行された。これにより、独立系労働組合の設立も可能となったが、実際に設立された事例はまだない模様(2022年10月28日、在ハノイ法律事務所での聞き取りによる)。
注3:
ただし、石炭については、米国紙ウォールストリートジャーナル(2023年1月12日付)などの報道によると、中国は豪州産石炭の禁輸を事実上解除した、と報じられている。

ベトナムはなぜTPPに参加できたのか?

  1. 発展戦略の方向と一致
  2. CPTPP中国加入の展望
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部長
若松 勇(わかまつ いさむ)
1989年、ジェトロ入構。ジェトロ・バンコク事務所、アジア大洋州課長、海外調査計画課長、ジェトロ・ニューヨーク事務所次長などを経て、2021年10月から現職。