巨大市場に機会、日本食普及に難しさ(インド)
現地企業はどう動いているのか
2023年5月9日
インドの人口は、2023年中に中国を抜いて世界一になると言われる。また、G20議長国を務めるなど、近年、存在感を増している。
食事の面では、カレーをはじめとして独自の文化を持つ。そうしたインドで、日本食はどのような展開が可能なのか。本レポートでは、日本からインドへの食品輸出の現状と留意点を追う。加えて、日本食品を販売する現地企業へのインタビューなどを通じ、インドでの日本食品拡販の可能性について概説する。
日本食品の対インド輸出に伸びしろあり
インド市場は、新型コロナウイルス禍を経ても成長を続けてきた。生産労働人口も拡大。これに伴い、名目GDPが2027年に日本を上回り、5兆4,000億ドル規模になる見込みだ。ジェトロが2022年12月に発表した「2022年度海外進出日系企業実態調査」(2,001KB)では、インドの「市場規模」への高評価は71.6%、「成長性」については88.3%と、調査対象国・地域(アジア・オセアニアの計20カ国・地域)の中で最も高い評価だった。進出日系企業からもインド市場への期待値が高いことが裏付けられたかたちだ(2023年3月20日付地域・分析レポート参照)。
他方で、日本食の普及はまだまだ進んでいるとは言い難い。日本からインドへの農林水産・食品輸出金額をみると、2022年でインド向け輸出額は全体の0.15%。約18億6,000万円にとどまっている(図参照)。順位としては、上位20カ国・地域の圏外。近隣の東南アジア諸国よりも少なく、ベトナム1国と比べても、その2%ほどに過ぎない。インド側からみても、世界全体からの農林水産・食品輸入のうち、日本からの輸入は0.04%にとどまる(2019年)。潜在的な市場規模が大きいことは間違いない。にもかかわらず、現状、インドでの日本食品関連ビジネスは極めて限定的なのだ。
高関税や規制、物流、食文化が当面の壁
インドで日本食品を普及してくためにはどうしたら良いのか。これ考えるに当たり、最初に課題を理解しておく必要がある。
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関税や輸入規制
関税や輸入規制(注)は、日本食品をインドへ輸出にあたり、大きな障壁になっている。
インドは乳製品やコメ、野菜の生産が盛んで、穀物の自給率は110%に上る。国内産業を守るため、関税率も精米などで70%、玄米などで80%と高く設定されている。アルコール飲料については、ビールが100%、その他のアルコール飲料も150%。いずれもかなりの高率だ。最高関税率が100%を超えるものは、ほかにも野菜や果物、茶、コーヒー、動物性製品など多岐に及ぶ。
青果物も事実上、日本からの輸出が難しい品目が多い。インド政府が検疫条件を設定していないのが、その大きな要因だ。 -
物流に難あり
規制や関税条件をクリアし輸入した後も、物流が課題になる。特にコールドチェーンはいまだ発展途上にあり、道路や橋などの輸送インフラや設備投資が進んでいない。生鮮品分野では、コールドチェーンのインフラ不足などにより、40%ほども廃棄されているもようだ。
現在、インド国内では1,000平方メートル以下の小規模倉庫が大半を占め、かつ、各地域に分散していると言われる。今後、大規模な物流倉庫の設備投資が求められるだろう。 -
インドの食文化
文化的な考慮も必要だ。マサラなどスパイスをベースとした味付けが一般的で、日本の味をそのまま導入しようとしても、受け入れられず失敗に終わってしまうことも少なくない。インド国内での販売には、現地の味覚に合わせた改良が必要になることも多いだろう(もちろん、シェア確保を狙うターゲットにもよる)。
また、宗教的背景やベジタリアン・ビーガンへの配慮として、牛肉や豚肉をはじめとする動物性食材について、材料表示記載なども必要になる。目に見える食材だけでなく、だしやエキスを含めて、だ。
南部のマンガロールで、みそを作る現地企業
ここまでみてきたとおり、日本食の浸透にはまだ難しさがある。しかし、そうした中で、日本食品を取り扱うインド企業もある。
今回は、南部の都市マンガロールにみそ工場を構えるジャプカル・フーズ(Japcul Foods)社にインタビュー。同社で日本食の製造・販売を担当するシャミーン・アッバス氏とプラシャント・クマール氏に聞いた(2023年2月20日)。日本からの食品輸入も模索中という。
- 質問:
- 現在はどのような事業を行っているか。
- 答え:
- マンガロールというインド南部の都市で、みそを製造、販売している。販売先は日本食レストランやスーパー。近隣のベンガルールを中心に、デリー、ムンバイ、チェンナイ、ゴア、プネ、コチといった日本人が集積する地域で販売している。
- 日本に10年間住んでいたことから、日本の味覚に慣れている。そうした経験を活かし、日本からこうじを輸入して独自にみそを作っている。そのほか、七味やマヨネーズ作りなどにも挑戦している。インド人の味覚に合わせて、カシューナッツやドライフルーツを入れたみそなども作っている。
- ただし、自社だけで研究開発を進めることに限界がある。今後は、日本からの輸入食材でどのようなものが売れるのか、テストマーケティングしていきたい。
- 質問:
- インドで日本食を取り扱う上で難しいことは。
- 答え:
- 関税が高い点や、商品説明が日本語で書いてある点だ。輸入関税が高いので、日本での販売価格の2倍、3倍となってしまう。いきおい、対象がハイエンド層に限定される。
- インドではモディ首相が推進する「メーク・イン・インディア」政策を背景に(2018年3月30日付ビジネス短信参照)、現地での生産が推奨されている。そのため、日本の食品企業には、インドを将来的な有望市場として捉え、長期的な視点を持って現地工場を設立してもらえることを期待したい。また、インドへの輸出を希望する日系企業は、販売の可能性を広げるため、成分表示をきちんと英語で表記することが重要と感じている。
- 質問:
- 今後取り扱いたい日本食材は。
- 答え:
- 日本食材を、インドでも手軽に入手できるようにしたいと考えている。例えば、日本の食材メーカーと連携し、ラーメンやみそ、ソースなどさまざまな製品の製造機を設置したい。これにより、インドで高品質でコストパフォーマンスが高い食品をつくることが望めそうだ。
- また、みそや調味料だけでなく、(1)枝豆やのり、(2)チョコレート、ビスケット、煎餅、和菓子などの菓子類や、(3)マグロ、サーモン、サバなどの水産品にも、需要があると考えている。
- 加えて、当地では、例えば、日本のアニメがとても人気だ。ドラえもんを見てどら焼きが食べたくなり、ナルトを見てラーメンが食べたくなるというように、若い世代を中心に新たな食文化への興味が広がってきている。そのため、日本人はもちろん、インド人に対しても積極的に売り込みたいと考えている。
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ジャプカル・フーズ社で製造しているみそ(同社提供)
今は、先行的に市場を獲得するチャンス
現状、インドでの日本食品売り込みに難しさがあるのは事実だ。もっとも、これを裏返すと、先行的に市場を獲得できるチャンスが生じることにもなる。
例えば、2022年8月にベンガルールで開業した「ナル・ヌードルバー(Naru Noodle Bar) 」は、本格的なラーメン店だ。日本人だけでなく、現地の顧客も獲得している。カウンター8席の完全予約制の店舗で、1週間に約250人の来客があるという。店主のカバン・クタッパ氏は「お客さまの比率は、予約方法の関係もあり、95%がインド人、5%が日本人。個人的にはラーメンが大好きな一方で、ベンガルールでは本格的なラーメンがあまり作られていない。そのため、シェフの経験も生かしてラーメン屋を始めた」と語った。あわせて、「インドでは現在、すしは非常によく知られて人気があるが、本格的なラーメンはごく一部の人にしか受け入れられていない。日本食は、これから人気が出てくるだろう」とコメントした。まずは1店舗目を開店し、今後の進め方をうかがっているという。(2023年3月24日聴取)
両社とも、日本食はインドで今後さらに受け入れられていくという見立てを建てている点、注目される。本稿で触れた留意点や先行事例が、将来的なインドへの日本食輸出や販路拡大に向けた検討材料になれば幸いだ。
- 注:
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コメ、茶、加工食品、アルコール飲料、水産物の輸出に関する制度はジェトロウェブサイトを参照。
例えばコメでは、遺伝子組み換え米が輸入制限の対象となっている。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ベンガルール事務所
松田 かなえ(まつだ かなえ) - 2020年、ジェトロ入構。企画部を経て、2022年9月から現職。