ムハンマド皇太子は中東和平の推進役を目指す(サウジアラビア)

2023年10月6日

サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子兼首相は2022年以降、主要国との関係強化に取り組んできた。2022年は1月に30年以上にわたって外交関係が制限されていたタイのプラユット・チャンオーチャー首相の訪問を受けたのを皮切りに、英国、トルコ、米国、フランス、ドイツ、南アフリカ共和国、韓国、中国など主要国の首脳との間で精力的に対話を続けた。2018年10月にトルコでサウジアラビア人ジャーナリストのジャマル・カショギ氏の殺害事件が発覚して以降、関与を疑われ、国際舞台での露出が減少していたムハンマド皇太子にとって、2022年は狙いどおりの1年だったと国内外で評価された(2022年12月27日付ビジネス短信参照)。

2023年に入っても、ムハンマド皇太子の積極的な外交姿勢は変わらず、3月にイランと国交再開で合意し(2023年3月13日付ビジネス短信参照)、5月には西部のジッダで開催したアラブ連盟首脳会議にシリアのバッシャール・アサド大統領の13年ぶりとなる出席を実現させた(2023年5月22日付ビジネス短信参照)。

こうした動きについて、レバノンの首都ベイルートを拠点に中東情報を提供する「タクティカル・レポート(Tactical Report)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」で編集責任者を務めるジョージィ・クフォーリー氏は「ムハンマド皇太子は中東和平の推進を重視している」と語った。同氏に、サウジアラビアを取り巻く状況を中心に、中東情勢について話を聞いた(2023年9月14日)。


「タクティカル・レポート」編集責任者のジョージィ・クフォーリー氏(本人提供)
質問:
2023年以降のサウジアラビア政府を取り巻く環境をどうみるか。
答え:
サウジアラビアとイランの関係改善の動き、シリアのアラブ連盟への復帰は中東地域にとって非常によいニュースだ。加えて、イエメンの反政府勢力のフーシー派が永続的な停戦協定を目的に、サウジアラビアの首都リヤドを訪問するという情報もより真実性を帯びており、これもよい知らせだ。
客観的にみて、サウジアラビアが紛争を望む理由は存在せず、隣国とよりよい関係を築くことを重視している。地理的(geographic)、戦略地政学的(geostrategic)に捉える場合、紅海側で隣国となるイエメン、エジプト、イスラエル、東部のペルシア湾を挟んで国境を接するイランの主要4カ国との間でよい隣人として、平和的な関係を築くことを期待している。
幾つか乗り越えるべき事案は残っている。例えば、北京でイランと合意する以前に、イランはイエメンでフーシー派が軍事行為を止める、または平和的解決に向けて交渉するかについて影響を及ぼす明確な意思はなかった。前述したように、その後、フーシー派との決定的な停戦合意に向けた対話の動きが確認されているのは明るい側面だと言えるが、一方、イランの核施設の扱いはさらに難しい課題であることは間違いない。
もっとも、以前のように、サウジアラビアとイランの間の仲介役を長らく務めていたオマーンを介さずに、両国が直接的に対話をできる関係になった。全体でみれば、状況はポジティブとみなすことができる。
質問:
サウジアラビアとイランの関係改善の進展と見通しは。
答え:
サウジアラビアとイランの関係を考える上で、まず米国のイランに対する経済制裁の存在を考慮する必要がある。イランは制裁緩和に向けてあらゆる手段を講じる姿勢を見せており、サウジアラビアに対してもこの点について同様の支援を求めるだろう。同時に、サウジアラビアとしても、隣国との関係を改善し、国家改革「ビジョン2030」の実現により集中する必要がある。
しかし、両国の関係を考える際、ムハンマド皇太子の脳裏には常に米国の存在がある。ムハンマド皇太子は、米国の中東と国際社会での利益を常に考慮する必要があるのだ。これが、今後両国が対話を進める上で、限度(ceiling)になる場合が生じるだろう。サウジアラビアは、米国の利益を尊重しており、それを損ねるつもりはない。
質問:
サウジアラビアの米国、ロシア、中国など大国との今後の関係は。
答え:
ロシアとの関係はOPECプラスでの協力に限定され、それを以外で目立った関係の拡大はないと予想する。
次に、米国との関係では、サウジアラビア政府とバイデン大統領の相違(difference)がよく知られているところだが、その相違を埋め、新たな戦略的パートナーシップを築くため、両国の努力が進められている。前述したように、米国の利益は両国にとって重要な事柄だ。モハンマド皇太子は米国との歴史的な関係を損なうつもりはない。一方、サウジアラビアは多くの国家プロジェクトを抱えている。そこでは、民生利用を主目的とする原子力技術に加えて先端技術を必要としているが、米国はサウジアラビアが求める技術を全て提供する姿勢を示していない。サウジアラビアは、この点をイスラエルとの関係正常化における米国との交渉材料としている。同時に、サウジアラビアは次なる選択肢として、供給元の多角化を検討しており、中国は有力な候補国になっている。米国とその同盟国の英国、日本、韓国などが必要な技術を提供する姿勢を見せないことで、サウジアラビア政府が中国に目を向ける状況を招いている。
中国は、サウジアラビアの原油輸出先として最も重要な貿易相手国だ。同時に、中国は国内外で大規模プロジェクトを素早くかつより安価で実現する経験を有する点でも興味深い選択肢だ。サウジアラビアが進める高度な技術や人工知能(AI)などを要する大型プロジェクトでも、中国はそれに応じることができる。ただし、繰り返しになるが、仮にサウジアラビア政府が中国と取引するにせよ、米国との関係を損ねない範囲と予想する。
質問:
中東地域の足元のビジネスリスクは。
答え:
中東地域の最大のリスクは間違いなく地域における紛争、とりわけ米国またはイスラエルによるイランを標的とする攻撃の可能性だ。次なるリスクは湾岸諸国間、アラビア半島南部地域での紛争可能性だ。その中には支配王族の瓦解(collapse)も含まれる。3つ目のリスクは暴動(uprising)、テロリズムなどが生じるリスクだ。これらのリスクは、間違いなく中東地域の不安定さに影響を与えており、外国企業がビジネスや投資を決断するか否かを決める上でも大きな意味を持つ。残念ながら、中東地域では政治や安全保障の変化が、人々の暮らしとともに、ビジネス面でも依然としてリスクをもたらしている。
質問:
サウジアラビア特有のビジネスリスクは。
答え:
権力の喪失、暗殺など何らかの理由で、仮にムハンマド皇太子が不在となる場合、大きなリスクを抱える。サウジアラビアでは国家改革「ビジョン2030」が進められている。全ての大型プロジェクトや国家の改革事業には彼が関与しており、ムハンマド皇太子自らが中心的な推進役を果たしている。彼がいなくなった場合、例えば、国内保守派や過激派による何らかの行為、あるいは政府や王室内の不安定化など、それがささいな事案であれ、外国企業の事業展開に疑問符を与えるだろう。
それから、ムハンマド皇太子も大いに懸念している油価の下落も、当然ながら大きなリスクといえる。国内プロジェクトの多くは(高い)油価に依存しているからだ。
質問:
中東事情に関して日本企業へのメッセージは。
答え:
中東地域の各国政府は現在、いずれも地域の安定を望む姿勢で一致している。人々は経済を発展させ、社会がより統合されより幸福になることを願っている。中東域内では、いずれの国が先頭を進むか、または、経済面でいずれの国が優位性を持つか競争しているものの、湾岸諸国全体で人々が就労し、よい人間関係を築けるような、正しい方向に進むべきだと考えている点を明るい側面として指摘できる。
執筆者紹介
ジェトロ・リヤド事務所長
秋山 士郎(あきやま しろう)
1995年、ジェトロ入構。ジェトロ・アビジャン事務所長、日欧産業協力センター・ブリュッセル事務所代表、対日投資部対日投資課(調査・政策提言担当)、海外調査部欧州課、国際経済課、ジェトロ・ニューヨーク事務所次長(調査担当)、海外調査部米州課長、海外調査企画課長などを経て2021年11月から現職。