一般特恵関税制度(GSP)復活なるか(米国)
人権問題も焦点に

2023年5月22日

一般特恵関税制度(GSP:Generalized System of Preferences)は、開発途上国・地域に対して関税を減免する国際的な仕組みだ。しかし、米国では2020年12月末に失効して以降、2023年5月現在まで「復活(renew)」されない状況が続いている。

GSP失効が長期化し、企業にとっては特恵関税を享受できないことによる不利益も生じる中、米国連邦議会ではGSP復活を求める動きもある。

本稿では、失効前のGSPの制度概要や、失効による影響を整理した上で、復活に向けた議会の動きや、人権問題など争点をまとめる。その上で、GSP復活の可能性を展望する。

そもそもGSPとは

米国のGSPは1974年通商法により、1976年に発効した関税上の優遇措置だ。開発途上国・地域に対して輸入関税を減免することにより、開発途上国・地域の経済成長を促すとともに、米国企業の輸入コスト削減によって競争力を強化することや、GSP受益要件に含まれる人権や知的財産権の保護などの取り組みの実施による開発途上国・地域の慣行改善を図ることなどを企図している。2020年11月時点で119の開発途上国・地域(以下、受益国)を受益対象としており、うち、44カ国は後発開発途上国(LDC:least developed countries)に分類される。GSPの対象品目は約3,500品目あり、LDCに限っては追加で約1,500品目が対象となっている(注1)。原則として、受益国での付加価値割合が原則35%以上の場合に適用することができる。

なお、GSP受益国および対象品目は毎年見直しされる。受益国は、世界銀行の公表する統計に基づき、当該受益国が「高所得国」となった場合に「強制卒業(mandatory graduation)」になる。そのほか、受益国の経済成長性や貿易競争力に鑑みて、または、受益国の不公正な慣行などを理由に、除外(termination)する場合がある。実際に、2019年3月には、トルコとインドが除外対象になった。米通商代表部(USTR)は、トルコは経済発展が高いレベルにあること、インドは市場アクセスを妨げる広範な障壁があることをそれぞれ除外の理由に挙げている。

また、対象品目は、ある特定国からの特定品目の年間輸入総額が(1)全世界からの当該品目輸入総額の50%以上を占める場合、または(2)一定の金額(2020年は1億9,500万ドル)を超える場合には、当該品目に十分な競争力があると見なされる。その場合には、「競争上から必要となる制限(CNL:Competitive Need Limitation)」の対象とされ、CNL対象品目は原則として翌年11月からGSP対象品目から除外(いわゆる「品目別卒業」)される。実際に、2020年10月には、ブラジル、アルゼンチン、エクアドルなどを原産国とする品目について、CNLの基準を超過していることを理由に、GSP対象品目から除外している。

GSP失効期間中への遡及適用と還付措置

一方で、GSPは2020年12月末に更新されないまま失効しており、2021年1月以降は、それまでのGSP対象品目についても、輸入に最恵国待遇(MFN)税率が適用されている。GSP復活を訴える米国企業・業界団体から組織される「GSP連合(Coalition for GSP)」が米国商務省経済分析局の公表数値を基に算出したデータによると、米国企業は2021年1月から2022年7月までの間に、18億ドル以上の関税支出を強いられたとしたほか、失効期間中に新たにGSPの適用を受ける可能性があった品目に対する関税を含めると、実質的な負担は20億ドルを超えると訴えた。また、ジェトロが2022年9月に実施したアンケート調査「海外進出日系企業実態調査(北米編)」では、回答した在米日系企業の4.2%が、GSP失効によりビジネスに「マイナスの影響がある」と回答している。

なお、GSP失効は今回が初めてではなく、直近では2017年12月末にも失効していた。この時は、2018年4月に復活し、GSP失効時点までさかのぼって関税上の優遇措置を適用し、失効期間中に輸入者が支払った関税は還付を求めることができた。このように、GSP復活に際しては遡及(そきゅう)適用条項が盛り込まれるのが通例となっていることから、今後GSPが復活された場合にも、同様の措置が期待される。なお、GSP失効後の2021年にGSP受益国から輸入された物品2,019億ドル相当のうち187億ドル分、2022年は同2,526億ドル相当のうち215億ドル分が遡及適用の対象になり得ると推定される(図参照)。

図:GSP受益国・対象品目輸入額の推移(2002~2022年)
GSPが失効した2020年以降、2021年は187億ドル相当、2022年は215億ドルがGSPの対象となると推定される。

注:輸入額は直接輸入(Imports for Consumption)価額。加工などを経て再輸出される分を含まない。
出所:商務省経済分析局公表資料からジェトロ作成

USTRはGSP失効後の2021年1月に公表したよくある質問(FAQ)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(40KB)で、今後のGSP復活および還付に備えて、電子通関申告にあたってGSPの特別プログラム表示(SPI、注1)を引き続き記入するよう、輸入者に要請している。適切にSPIを記入していた輸入については、自動的に還付手続きが行われるとしている。

また、GSP対象品目でありながら、失効期間中にSPIを記入せずに申告していた物品についても、USTRのGSPガイドブックPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(571KB)によると、米国税関・国境警備局(CBP)に書面で還付申請することが可能だ。なお、同ガイドブックでは、CBPが要求する可能性のあるGSP立証書類として、以下を例示した(表参照)。

表:GSP立証書類の例(examples of the types of documents)
書類例 ガイドブック上の原文
部品表 Bill of Materials
インボイス Invoices
発注書 Purchase Orders
通常の業務で使用される生産記録 Production records kept in the ordinary course of business
人件費を記録した給与情報 Payroll information to document labor costs
工場概要 Factory profile
宣誓供述書(添付書類付き)  Affidavit with supporting documentation

出所:GSPガイドブックからジェトロ作成

復活に向けた連邦議会の動きは根強く

GSP失効が長期化し、米国企業の負担が増大する中、連邦議会ではGSPの復活を求める動きもある。前117議会(2021年1月~2023年1月)では、連邦上院が2021年6月に「米国イノベーション・競争法案(注2)」を、また、連邦下院が2022年2月に「米国競争法案(注3)」を、それぞれGSP復活および遡及適用条項を盛り込むかたちで可決した。しかし、対中国通商条項などを巡って、上下両院間で法案の相違を調整することができず、最終的に、GSPを含む通商条項を除外するかたちで、2022年8月にCHIPSおよび科学(CHIPSプラス)法が成立するに至った。

なお、2021年12月には下院に、CNLの基準値要件(2020年は既述のとおり1億9,500万ドル)を年次改定する基準を改正する個別法案(注4)も提出された。現行では年間で500万ドル増加させているのに対し、前年基準値の6.5%増にする(実質的な上限引き上げ)というのが法案の内容だったが、審議には至らなかった。

2023年1月からの今118議会にあっても、上下両院で通商担当のGSP復活に向けた動きは根強い。連邦下院歳入委員会貿易小委員長のエイドリアン・スミス下院議員は2023年1月に、上院財政委員のマイク・クラポ上院議員は翌2月に、それぞれGSPの早急な復活を求める発言をしている。さらに、米中道左派系シンクタンクの進歩的政策研究所は2023年2月に、「太平洋諸国との通商政策に関する報告書」を公表し、その中で連邦政府に対してGSP復活を提言した。直近では、2023年5月に、上院民主党トップのチャック・シューマー院内総務と上院各委員会の委員長ら12議員が、対中競争法案第2弾の作成に向けたイニシアチブを発表した(2023年5月8日付ビジネス短信参照)。米国のサンドラー・トラビス&ローゼンバーグ法律事務所(5月9日)によると、同法案パッケージにはGSP復活が含まれる可能性があるとしている。

人権問題も復活に向けた争点に

なお、GSPの受益国になるためには、国際的に認められた労働者の権利を守るための措置を講じていることなどが要件になっている。例えば2013年7月には、それまでGSP受益国であったバングラデシュについて、同国の劣悪な労働環境などを理由にGSP受益国から除外することが発表された(注5)。

2020年12月末のGSP失効の際にも、受益要件が争点の1つとなったもようだ。米国通商専門誌「インサイドUSトレード」(2020年12月1日)によると、主に民主党議員がGSP更新と同時に、「労働者の権利」や「ジェンダー平等」などに関する受益要件の強化を求めたのに対して、主に共和党議員がこれに懸念を示したという。また、前述した米国イノベーション・競争法案(前117議会上院で可決)でも、GSP復活や遡及適用と同時に、受益国の「国際的に認められた労働者の権利」や「ジェンダー平等の維持・強化」に関する取り組みへの評価を受益要件に追加する条項を盛り込まれていた。

前117議会では、GSPの復活を含む法案が上下両院でそれぞれ可決していた。このことからも、GSP復活の必要性自体は党派を超えて合意が得られているとみられる。その一方で、受益国の人権問題などで党派間の隔たりは依然として残っていることから、識者の中では「復活の可能性はあるが、高くはない」(注6)との見方が強い。今後の実現可能性を占うには、どのような条項が盛り込まれるのかに注目し、議会の動きを見ていく必要があるだろう。


注1:
GSP対象国・地域は、米国関税率表外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます の注釈4(General Note 4)に記載される。その中で、4(a)にGSP対象国・地域、4(b)に後発開発途上国、4(d)にGSP対象外になる品目と国・地域のリスト、が列挙される。
GSP税率は、関税率表の「特別税率(Rate of Duty:Special)」欄の「特別プログラム表示(SPI)」で、「A」「A+」「A*」の3種類で表示される。
  • 「A」:全GSP対象国・地域
  • 「A+」:後発開発途上国からの輸入製品が対象
  • 「A*」:GSP対象国・地域のうち、4(d)に掲載されている品目と国・地域が対象外
注2:
United States Innovation and Competition Act of 2021(S.1260)
注3:
America COMPETES Act of 2022(H.R.4521)
注4:
CNL Update Act(H.R.6171)
注5:
米国はバングラデシュ除外の理由に、労働者の権利や安全に対する懸念などを挙げた。同国で2012年11月に発生した縫製工場の火災事故や、2013年4月に発生した商業ビルの崩壊事故などを、具体例として示した。
注6:
ジェトロのヒアリングに基づく。
執筆者紹介
ジェトロ調査部米州課
葛西 泰介(かっさい たいすけ)
2017年、ジェトロ入構。対日投資部、ジェトロ北九州を経て、2022年5月から現職。