楽園の投資環境
繁栄する島国、モルディブ(前編)

2023年9月29日

日本では新婚旅行先として有名なモルディブ。透明度の高い海や白い砂のビーチ、水上コテージなどのリゾートホテルでの宿泊が人気を集めている。

他方、同国への年間対内直接投資額(フロー)は近年、GDP比で10%を超え、隣国スリランカを上回ることもある。同国が海外投資を積極的に受け入れている結果と言えるだろう。しかし、そのビジネス環境は、日本ではあまり知られていない(注1)。事実、日本からの投資は限られる。モルディブに進出する日本企業は20社に満たないのだ。

モルディブは、1965年の独立時は後発開発途上国(LDC)だった。しかし、観光業を軸に経済成長。2011年にLDCを卒業した。今や1人当たりGDPは1万ドルを超え、南アジアで最も生活水準が高い高位中所得国になっている。今後の成長も期待できる。IMFは、2023年の実質GDP成長率を7.2%と見込む。

本稿では、前編でモルディブの投資環境の概況を確認。後編では、主要産業の観光業と漁業に関する動向や、日本食材の輸出に向けた市場環境を紹介する。

図:モルディブの地図
モルディブは、インド南西の洋上に位置する。南北が長い楕円形に並んだ島嶼国で、首都マーレは中部東側にある。

出所:外務省

目覚ましく成長しながらも物価安定

モルディブは1,192の島と26の環礁からなる島しょ国だ。住民が住む島は188島、リゾートのある島は160を超える。面積は300平方キロメートルで、東京23区の半分程度。51万5,132人(2022年時点)の人口のうち、外国人は13万2,493人で25.7%を占める。全人口の41.1%に当たる21万1,908人が首都のマレに住む。イスラム教が国教。そのため、写真1のようなモスクも見られる。


写真1:モルディブ最大のモスク「キング・サルマン・モスク」(ジェトロ撮影)。
サウジアラビアが建設資金を一部負担した。

モルディブは、2004年のスマトラ島沖地震や2009年の世界金融危機、2019~2021年の新型コロナウイルス流行を乗り越えてきた。例えば、コロナ禍を受けて、2020年の実質GDP成長率はマイナス33.4%を記録した。しかし、外国人観光客の受け入れを早期に再開したこともあり、2021年の実質GDP成長率は41.7%。わずか1年という短期間で経済が回復したことになる。2022年も実質GDP成長率は12.3%の成長を遂げた。IMFの基準では、2022年の1人当たりGDPは1万7,630ドルに及んだ。一方で、物価は安定している。現状、年間平均物価上昇率は2.6%だ。

主要産業は、観光業と漁業だ。特に観光業は、GDPの約4分の1を生み出している。写真2に見られるようなビーチが、その中心と言える。また漁業は、都市部より地方部で労働者が多い産業だ。一方で、生活必需品のほとんどは輸入に依存せざるを得ない。そのため、経常収支は、貿易収支で赤字になり、観光業を中心とするサービス収支で埋め合わせるというのが通例だ。例えば2022年については、貿易収支が29億ドルの赤字、サービス収支が31億ドル黒字だった。


写真2:モルディブのビーチ(ジェトロ撮影)

外国からの投資を積極的に誘致

モルディブ経済を牽引してきた要因の1つが、海外からの投資だ。2000年代後半から、海外直接投資がインフラプロジェクトを中心に拡大してきた。経済開発省傘下の投資促進機関「インベスト・モルディブ」のコンサルタント、ラミヤ・イブラヒム氏は、政府の経済政策では近年、一貫して外国企業による投資を重視してきたと指摘。「仮に政権が交代したとしても、外資誘致を推進する政策に急激な変化はない」と強調した(注2)。

他方、モルディブ経済は観光業と漁業に偏重している。すなわち、産業の多角化が課題だ。産業創出や雇用確保の観点から、政府は新たな分野への投資で経済の多様化を推進しようとしている。(1)再生可能エネルギー・廃棄物処理・環境、(2)農業、(3)不動産、(4)金融、(5)交通・物流、(6)保健、(7)人材開発、(8)ITなどがその柱になる。

海外企業による投資には、(1)標準的な外国直接投資、(2)民間企業からの提案による政府プロジェクトへの参画、(3)政府入札・官民パートナーシップ事業、(4)経済特区(SEZ)の4類型がある。(1)については、モルディブの「外国直接投資政策PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(992KB)」に応じて、外国企業による最大出資比率や最低初期投資額などが規定されている。(2)は、案件内容の政府の戦略的優先事項との適合性という観点から評価される。(3)については、幾つかの分野で外国企業も案件に参加できることがある。(4)は、経済特区法を根拠にする経済特区制度に基づく。政府の戦略的優先事項〔輸出加工、港湾・空港、船舶給油・荷揚げサービス、教育・保健サービス、情報通信技術(ICT)関連産業、国際金融サービスなど〕に合致し、投資額が1億5,000万ドルを超える場合に、認められる。

対内投資促進機関が、インベスト・モルディブだ(写真3参照)。外国からの投資や事業運営に関する手続きを法的に明確化するとともに、迅速な対応に努めている。投資手続きは、オンラインで完結。インベスト・モルディブがワンストップで窓口を担う。ホテル事業で投資したベルーナ(本社:埼玉県上尾市)の執行役員、安野洋氏は「会社の設立手続きは特段問題なく、必要な文書なども明確だった」と語った。


写真3:インベスト・モルディブの担当者(左から2人目、4人目、6人目、ジェトロ撮影)

機能分散化に向け、インフラ整備が進展

首都マレは、「世界で最も過密な都市」と呼ばれるほど人口集中が激しい(写真4参照)。それだけに、都市の持続性が社会問題になっている。マレ島の人口密度は1平方キロ当たり10万人を超える。実に、東京23区の6.6倍に相当する。こんなことになるのも、仕事や教育、医療などの面で利便性が高いためだ。その結果として、住宅費が高騰している。2020年に国立統計局が実施した調査によると、家具なし1ベッドルームの平均月額家賃が8,118モルディブ・ルフィア(約7万7,121円、1モルディブ・ルフィア=約9.5円)だった。

加えて、気候変動による海面上昇への懸念も大きい。世界銀行の観測によると、2100年までにモルディブの国土の大半が水没する可能性がある。マレ島も例外ではない。このため、政府は都市機能の分散化と地方の開発に向け、インフラ整備を進めている。


写真4:狭い道を車やバイクが走るマレ市内(ジェトロ撮影)。
利便性が高いため、大臣でもバイクで市内を移動することがあるという。

増大する住宅需要を満たすため、マレ島周辺で人工島まで造成された。1997年から平均海抜2メートル以上に埋め立てたフルマレ島だ(写真5参照)。マレ島とは、空港のあるフルレ島を挟んで、シナマレ橋(写真6参照)でつながる。。ちなみにこの橋は、中国が建設資金の一部を援助したことで知られ、中国モルディブ友好橋とも呼ばれる(注3)。

なお、2023年1月にはジェンダー・家族・社会サービス省がマレ島から同島に移転したという。


写真5:フルマレ島の模型(ジェトロ撮影)

写真6:シナマレ橋(ジェトロ撮影)

フルマレ島の開発(写真7参照)を担うのが、国営企業の住宅開発公社(Housing Development Corporation、HDC)だ。道路や景観を整備し、建築を規制・監督するとともに、住宅、商業、法人それぞれに向け不動産を販売する。


写真7:建設が進むフルマレ島の住宅(ジェトロ撮影)。マレ島より道が広く通行に適する。

HDCでアシスタントディレクターを務めるジャズラーン・サイード氏によると、フルマレ島全体では、今後1万1,000世帯分の住宅を供給予定だ。同時に、適切な公共交通機関の導入に向け、軽量高架鉄道(LRT)に関して富山市と連携も進める。スマートシティー分野では、中国通信大手の華為技術(ファーウェイ、Huawei)と協力し、公共データの収集と人工知能(AI)による分析を通じた市民サービスを提供する予定だ。現状では、フルマレ島内での雇用機会は限られ、マレ島へ働きに出る住民が多い。フルマレ島へのサービス産業などの企業の誘致や、中小企業の育成にも取り組んでいくという。

地方開発を期し空港を整備

地方での開発に向けて、モルディブの北部・中部・南部で空港整備が進んでいる。モルディブの国土は南北に広がり、北端と南端の距離は871キロに及ぶ。航空機での移動が欠かせないことになる。 中部フルレ島にある国内最大のベラナ国際空港(写真8参照)では、旅客ターミナルの拡張を進めている。2025年までに、新たに年間750万人の旅客に対応できるようにする見込みだ。

北部では、国営空港運営会社リージョナル・エアポーツ・カンパニー(Regional Airports Company)がハニマドゥ島のハニマドゥ国際空港の再開発を進めているところだ。年間130万人の旅客収容を目指している。このプロジェクトに関し、インド輸出入銀行がモルディブ政府に対して1億3,663万ドルの融資を発表済みだ。

インドの関与はほかにも見られる。南部のガン国際空港の拡張事業は、インドのレナ―タス・プロジェクツ(Renaatus Projects)が担う。同社は2025年までに、年間150万人の旅客を収容できるようターミナルの拡張し、関連施設を整備する予定だ。


写真8:中部のフルレ島・ベラナ国際空港(ジェトロ撮影)。開放的なカウンターを構えている。

後編では、主要産業の観光業と漁業について概観し、食品分野のビジネス機会を紹介する。


注1:
モルディブの経済や政治、社会や文化、歴史などを網羅した書籍として、荒井悦代、今泉慎也編著『モルディブを知るための35章』(明石書店、2021年)がある。
注2:
モルディブでは、9月30日に大統領選(再選挙)の予定がある(2023年9月12日付ビジネス短信参照)。
注3:
モルディブと中国の関係については、荒井悦代「(アジアに浸透する中国)モルディブの選挙で親中派の大統領が敗北外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(アジア経済研究所、2018年)を参照。シナマレ橋についても解説がある。

繁栄する島国、モルディブ

執筆者紹介
ジェトロ・コロンボ事務所長
大井 裕貴(おおい ひろき)
2017年、ジェトロ入構。知的財産・イノベーション部貿易制度課、イノベーション・知的財産部スタートアップ支援課、海外調査部海外調査企画課、ジェトロ京都を経て現職。
執筆者紹介
ジェトロ・コロンボ事務所
ラクナー・ワーサラゲー
2017年よりジェトロ・コロンボ事務所に勤務。