日本企業にとっての事業機会
繁栄する島国、モルディブ(後編)

2023年11月7日

モルディブの主要産業は、観光業と漁業である。今後、これらの主要産業はどのような成長を続けるのか。また、当該分野において、日本企業にはいかなる事業機会があるのか。

後編では、モルディブにおける観光業と漁業の概況を説明するとともに、当該分野で現地に進出する日本企業の事例を取り上げる。加えて、新たな日本の農林水産食品の輸出先市場としての可能性について紹介する。

競争が激化する観光業

モルディブでは、政府が所有する1つの島を、1つのリゾートホテルに使用権をリースして開発を認める「1島1リゾート」のコンセプトのもと、1970年代以降に高級リゾート施設が開発されてきた。新型コロナ禍以前は、中国からの観光客が最も多かったものの、2022年の外国人観光客数は167万5,303人で、インド、ロシア、英国、ドイツ、イタリアの順に観光客が訪れた。他方、日本からの観光客は多くなく、2023年(1~8月の累計)は合計1万4,218人、国別で18位にとどまっている。

2023年5月にモルディブ政府が発表した「第5次モルディブ観光マスタープラン(2023~2027年)」では、観光客・労働者・ビジネス・地域社会の4軸において持続可能な観光を目指すとともに、2022年には35億ドルだった年間観光収入を、2027年までに60億ドルに引き上げることを目標としている。政府は、長年、外国人観光客の立ち入りをリゾート島と首都・マーレに限定していたが、他地域の開発を目的として、2009年以降、住民が住む島で「ゲストハウス」と呼ばれる宿泊施設の運営も認めている。このゲストハウスには、外国企業による49%までの投資も可能だ。

モルディブが直面する、海面上昇やサンゴの白化といった気候変動の問題は、観光業に大きな影響を与えている。モルディブ観光省は2023年8月に「モルディブ観光気候アクションプラン」を発表し、ビジネスモデルの多様化や自然の再生など観光産業における気候変動に対応した行動計画を示した。

モルディブでは、日本企業も観光業に参画している。ベルーナ(本社:埼玉県上尾市)は、2018年にリゾートホテル「ウェスティン・モルディブ・ミリアンドゥーリゾート(Westin Maldives Miriandhoo Resort:WMMR)」を開業した。ウェスティンは、世界でホテルを展開するマリオット・グループのブランドの1つだ。 ベルーナ執行役員の安野洋氏によると、モルディブは島でのリゾート施設の過度な開発を防ぐため、需給が安定する範囲内で政府が認可しており、競争の激化を避けてビジネスを展開できるというメリットがあったという(取材日:2023年4月17日)。その一方で、一からの無人島の開発や、欧州など世界各国での営業を自社で進めることが困難だったため、集客を期待できる知名度の高い大手ホテルチェーンのマリオット・グループに運営を委託することにしたという。

他方、WMMRで支配人を務めるヴィジェイ・クマール氏は、近年、リゾートホテル間の価格競争が激化していると指摘する(取材日:2023年4月21日)。リゾートホテルの宿泊料金の平均価格帯が下がったことで、高級リゾート地という特別感が失われ、手頃に観光できると受け止められかねない、と危惧する。最近では、「オール・インクルーシブ」と呼ばれる、旅行代金にホテル内での1日3食の食事やアルコールなどの飲み物、ウォータースポーツなどのアクティビティにかかる料金がすべて含まれるパッケージ商品が人気を集めており、オール・インクルーシブで利用可能なオプションを増やそうという、ホテル間の競争が展開されている。モルディブでは、どのホテルでも最大の魅力は美しい海という点が共通しており、価格やサービス内容以外では、差別化が難しいという背景もある。

高付加価値化に向けた日本との協業に期待寄せる漁業

モルディブで、観光業に続いて盛んな産業は漁業であり、地方では最も多くの人が従事している。2022年のモルディブの輸出額の99%を水産品が占めており、漁業はモルディブ唯一の輸出産業といっても過言ではない。なお、2022年の漁獲量では、カツオが81.4%、キハダマグロが18.1%を占めている。

モルディブでは、一匹ずつ釣り竿(ざお)で釣る伝統的な漁法の一本釣りでカツオを漁獲しており、消費対象ではない他の魚種を傷つけて捕獲する可能性が低く、一度に大量に漁獲することがないことから、持続可能な水準で漁獲できる。2012年には、モルディブのカツオ製造企業で構成されるモルディブ水産加工輸出協会(Maldives Seafood Processors and Exporters Association:MSPEA)が水産資源の維持や環境保全など持続可能な漁業を認証する、英国・ロンドンに本部を置く国際認証団体の海洋管理協議会(Marine Stewardship Council:MSC)による漁業認証を取得した。

モルディブ政府は、水産物の輸出拡大に力を注いでいる。2022年の漁獲量の73.4%は輸出に向けられた。輸出額の内訳としては、約半数をタイに、主にツナ缶詰への加工用として、冷凍カツオが輸出されている。このほか、ツナ缶詰や冷凍したキハダマグロ、カツオを加工したかつお節「ヒキマス(モルディブ・フィッシュ)」を輸出している。モルディブ・フィッシュは、主にスリランカで消費される。


マーレの水産市場でモルディブ・フィッシュを取り扱うスリランカ人業者(右、ジェトロ撮影)

投資促進機関である、インベスト・モルディブ(Invest Maldives外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)によると、輸出において特に高付加価値製品の拡大が課題となっており、ツナの缶詰工場やキハダマグロの輸出加工施設、コールドチェーンの充実に向けた低温貯蔵施設への投資、工場の生産設備への機械の導入などが求められている(取材日:2023年3月27日)。また、水産業の多様化に向け、ハタ、ナマコ、大アサリなど、天然のサンゴ礁を利用した養殖や研究開発にも期待を寄せる。


マーレ沿岸(ジェトロ撮影)。船外機は日本製のものが広く使用されている。

国営企業である、モルディブ産業漁業会社(Maldives Industrial Fisheries Company:MIFCO)は、ツナ缶詰をはじめとしたカツオやキハダマグロの加工食品を製造しており、1,800人以上の従業員を抱える。1977年にモルディブ政府と日本企業が合弁で、モルディブ北部のフェリバルに設立した缶詰工場を今も活用するなど、日本との歴史的なつながりも深い(注1)。2023年現在は、英国やイタリアなど欧州を中心にツナ缶詰を輸出している。MSC漁業認証に加えて、EUのHACCP認証(Hazard Analysis and Critical Control Point、注2)を取得し、米国の食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA、注3)への登録なども完了している。


MIFCOが販売する多様なツナ缶詰(ジェトロ撮影)。唐辛子(とうがらし)味や胡椒(こしょう)味、オリーブ
オイル漬けなどがあり、1缶12.5ルフィア(約120円、1ルフィア=約9.6円)から21.5ルフィアで販売されている。

2023年3月現在、同社はモルディブ各地で、冷凍や保存、集荷施設の新設に取り組んでいる。同社CEO(最高経営責任者)のイスマイル・ファウジー氏は「カツオやキハダマグロの付加価値を高め、より魅力ある製品を作らなければならない。水産加工分野で技術のある日本企業との事業連携や、精度の高い機械の工場への導入を進めたい」と日本企業への期待を語っている(取材日:2023年3月28日)。


MIFCOの経営陣(右から3人、ジェトロ撮影)

モルディブの水産加工分野には、日本企業も進出している。かつお節やだしを製造するヤマキ(本社:愛媛県伊予市)は、2016年にモルディブ南部のアッドゥにかつお節工場を設立し、毎年200トン(t)のかつお節を日本に輸出している。同社で原料部部長を務める伊野部和幸氏は「モルディブのカツオは、魚体がきれいで漁場が工場の近くにあるので鮮度もよく素晴らしい。脂肪分が少ないことから、かつお節に適した、渋みのない良質なだしが取れ、後味も良い。世界で最もかつお節に適している」と話す(取材日:2023年3月30日)。

ただし、日本とモルディブ間で7,500キロメートル(km)、アッドゥとマーレ間でも500km以上離れていることや、モルディブに就航する船舶の本数が限られていることもあり、現状、輸送費がネックになっているという。加えて、生産設備の資材の調達にも課題がある。かつお節は、カツオを煮た後に煙で燻(いぶ)してから乾燥させたものを削ることで作られる。この燻す工程に必要となる薪(まき)を日本から輸送しているのだ。インドやスリランカから薪の輸出を検討したが、資源保護の観点から原木や薪などの加工度の低い森林資源については両国の手続き上、輸出許可を得ることができず、結局、薪を日本から輸出することになった(注4)。日本の薪を使えば強い火力で長く燃焼することができ、さらにかつお節の製造に適した香りが付与できるという。加えて、カツオを削る機械の現地調達も難しいため、削る工程は日本で行っているという。

日本食品の輸出先市場としての成長に期待

モルディブは、日本食との親和性が高い国でもある。FAOによれば、国民の1人当たり年間水産物消費量は、142kgと世界で最も高い水準で、カツオなど魚を使った食事が現地に深く根づいている。モルディブのリゾートホテルの多くが日本食レストランを構え、寿司(すし)や鉄板焼きなどを提供する。国教がイスラム教であるモルディブでは、国民の大半がイスラム教徒であるため、住民が住む島では飲酒は認められていないものの、外国人が主に宿泊するリゾートホテルでは飲酒も可能であり、日本酒も提供されている。

しかしながら、モルディブで日本食材の流通は限られており、特に日本から直接の輸入は少ない。WMMRも日本食レストランを併設しているリゾートホテルの1つであり、現地で漁獲されるカツオやキハダマグロなどの食材との相性が良いと指摘する。しかし、日本食材はスリランカ、アラブ首長国連邦(UAE)、ニュージーランドやオーストラリアなどから輸入しており、日本からは直接輸入していないという。

モルディブの首都マーレでも、日本食材そのものは流通している。だが、複数の日本食品を販売する小売店を訪問した限り、マレーシアやインドネシア、オーストラリアやUAEから輸入されたものばかりだった。輸入食品を販売するブラックゴールド・フーズ(Blackgold Foods)の担当者は「モルディブでは、本格的な日本の食品に対する需要もあるが、日本食材はオーストラリアや他の国から輸入されている」と指摘する(取材日:2023年3月29日)。

モルディブは、一般的な消費財・食品の価格帯や食文化の観点から、日本食材を受け入れられる潜在性がある。島国である同国では、魚や果物などを除く食品の多くを他国から輸入し、輸入品は日常的に消費されている。リゾートホテルの高価な日本食も人気を集めている。人口は多くないものの、外国人観光客を含めれば、一定の市場規模にもなる。今後、日本食材の輸出先市場としての成長が期待される。


マーレ島の輸入食材店(ジェトロ撮影)。
扱っている日本食材は醤油(しょうゆ)ぐらい。

マーレ島のスーパーマーケット(1)。
外国産食品が並ぶ(ジェトロ撮影)

マーレ島のスーパーマーケット(2)。
韓国の食材も多い(ジェトロ撮影)

注1:
モルディブには、1970年代に日本の水産会社が数社進出した。1975年に宝幸水産(現在のマルハ・グループ)、1977年に日本水産が現地法人を設立している。だが、収益性の観点から、1980年代前半に両社は撤退している。詳細は、今泉慎也「社史に残る水産業への日本の貢献」荒井悦代、今泉慎也編著『モルディブを知るための35章』明石書店、2021年を参照のこと。また、1976年に公開された映画「スリランカの愛と別れ」には、スリランカとモルディブで勤務する水産会社の日本人駐在員の姿が描かれている。
注2:
HACCPとは、食品などの事業者自らが食中毒菌汚染や異物混入などの危害要因(ハザード)を把握した上で、原材料の入荷から製品の出荷に至る全工程の中で、それらの危害要因を除去または低減させるために特に重要な工程を管理し、製品の安全性を確保しようとする衛生管理の手法。本手法は 国連の国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)の合同機関である食品規格 (CODEX) 委員会から発表され,国際的に認められたもの。
注3:
米国への食品輸出に当たり、必要とされる食品施設登録。
注4:
財務省貿易統計によると、2022年度の薪材の日本からの輸出先はモルディブ向けとインドネシア向けのみとなっており、モルディブが数量ベースで93%を占めている。

繁栄する島国、モルディブ

  1. 楽園の投資環境
  2. 日本企業にとっての事業機会
執筆者紹介
ジェトロ・コロンボ事務所長
大井 裕貴(おおい ひろき)
2017年、ジェトロ入構。知的財産・イノベーション部貿易制度課、イノベーション・知的財産部スタートアップ支援課、海外調査部海外調査企画課、ジェトロ京都を経て現職。
執筆者紹介
ジェトロ・コロンボ事務所
ラクナー・ワーサラゲー
2017年よりジェトロ・コロンボ事務所に勤務。