政府系開発金融BIIの新戦略1年目を分析(英国)
対象地域を拡大、気候変動へのコミットを強化

2022年9月29日

英国の政府系開発金融グループ「ブリティッシュ・インターナショナル・インベストメント(BII)」が2022年を起点とする新戦略を開始して、8カ月たった(注1)。本稿では、新旧戦略を比較し、BIIによる直近のプロジェクト支援状況を分析する。

新戦略では、気候資金および気候変動関連リスクへの対応を盛り込み、対象地域にインド太平洋諸国・カリブ海諸国を追加した。BIIは2022年4月以降、アフリカや南アジアでの再生可能エネルギー(再エネ)導入や電気自動車(EV)普及などへの支援を相次いで発表した。一方、東南アジアなどでの具体的な支援事例は、今後の増加が期待される。

革新的なBII戦略の枠組み

CDCグループ(BIIの前身、注1)は2021年12月、新戦略PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(3.27MB)を発表した。この新戦略は、気候変動や新型コロナ感染拡大に伴う貧困や、社会的不平等拡大を含む直近の国際情勢を踏まえたもの。対象期間は、2022年から2026年までとされた。BIIが出資して支援する開発計画にあたり、(1)グリーンインフラや気候変動に向けての投資、(2)デジタルトランスフォーメーション(DX)向けの融資、(3)ジェンダー平等および多様性に向けた取り組み、を強化するのが眼目だ。その際には、「生産性」「持続可能性」「包括性」に重点を当てる。これらの考え方に立って、向こう5年で年間15億~20億ポンド(約2,475億~3,300億円、1ポンド=約165円)、総額90億ポンド規模を投資するとした。

CDCグループのニック・オドノホー最高責任者(CEO:当時、現時点ではBIIのCEO)は発表時、「インパクト投資(経済、環境、社会の変化の実現に向けた投資)がパートナー支援において重要な手段となる」と表明。英国が国際的に主導的・革新的な立場を維持するため、「テクノロジーへの投資や気候資金、金融包摂(注2)を理念の中心に置く」と述べていた。

新戦略では、生産性・持続可能性・包括性に関する3つインパクト目標を設定し、目標ごとの具体策を盛り込んでいる(表参照)。

表:BIIの新戦略(2022~2026年)に盛り込まれた3つのインパクト目標
目標 生産性の高い開発 持続可能な開発 包括的開発
概要 デジタルインフラや革新的なデジタル企業に投資することでデジタルトランスフォーメーション(DX)を促進する。これにより、新規およびより良い雇用の創出、非公式経済の労働生産性向上や、企業・家計向けにアクセスしやすい金融商品の提供を進める。 アフリカ、南アジアの再エネに適した豊かな地域資源と条件を活用し、持続可能な農業・林業・地力回復における変革により、経済により良い変化をもたらす。また、冷却、輸送などの分野における新たなグリーン技術開発に投資する。 貧困層や社会から排除された集団に対し、生産性や持続可能性の向上による恩恵を共有する。
具体策
  • 市場経済の推進:革新的な投資、テクノロジー、ビジネスモデルの成功事例を示し、市場参加者の行動を変化させることで市場競争を促す。
  • 市場経済の推進:革新的な投資、テクノロジー、ビジネスモデルの成功事例を示し、市場参加者の行動を変化させることで市場競争を促す。
  • ポジティブな波及効果の実現:より多くの投資や生産性の向上につながる投資を行い、経済的成長のために必要な製品やサービスを提供する。手頃な価格での電力、効率的な物流、適切な条件での金融サービスの提供などを含む。
  • 開発ニーズの把握および対応:開発ニーズが最も高い国・地域と分野への活動を優先する。
  • 効率の良い投資の実現:投資額当たりのインパクトが最大となるプロジェクトや企業に投資する。
  • 気候変動の緩和:2050年までに(世界の平均気温の上昇を産業革命以前と比べて)1.5度(以内とする)目標実現に向けたネットゼロ経済への移行達成を支援する。そのため、低炭素な、または間接的に炭素の排出量を削減する活動や事業を投資対象にする(例えば、再エネ、EV、産業用のグリーン水素、林業などの炭素除去など)。
  • 気候変動に対するレジリエンス強化と適応能力強化:産業分野、企業、人やコミュニティごとの気候変動リスクへの適応策とレジリエンス強化に向けた取り組みに向け、資金を提供する。異常洪水などのリスクを回避し、太陽光発電による灌漑のような資源の効率性向上に向けて投資する。可能な限り自然に基づく、強靭なインフラ、土地活用を推進する。
  • 循環型経済の支援:経済活動に伴う環境フットプリントの削減促進のため、原材料のライフサイクルの長期化、持続可能な廃棄物管理や自然の保護・回復を促進する。
  • 男女平等と多様性の推進:女性のエンパワーメントと経済参画を支援するために資金を運用・動員する。新規投資額の25%を、女性へのインパクトを測る「2X基準(注)」を満たす投資に割り当て、サブサハラアフリカでの黒人アフリカ人によるビジネスを支援する。
  • 低所得経済の支援:アフリカとアジアのより低所得国や脆弱な国の経済の現代化を優先し、生活水準を改善する。
  • 低所得者層の生活向上:よりよい雇用などの経済的機会の創出や、低所得者層のニーズを満たす製品およびサービスの提供に投資する。

注:「起業」「リーダーシップ」「雇用」「消費」「金融仲介機関を通じた投資」という5項目から成る。
出所:BII「Productive, Sustainable and Inclusive Investment 2022–26 Technical Strategy」(新戦略)からジェトロ作成

さらに、BIIは投資の成果を定期的に評価するため、「総合インパクトスコア」と「財務実績」という2つの基準を設定。投資のインパクトを最大化させながら、財務的な持続性を確保するとした。「総合インパクトスコア」は、(1)生産性、(2)持続可能性、(3)包括性の目標が満たされているかを確認する。「財務実績」は、直近7年間の平均に基づき、投資のリスク・リターンを測定する。

旧戦略での重点はアフリカと南アジア

CDCグループ(当時)は2017年7月、期間を2017年から2021年までとした戦略を発表していた(旧戦略)。旧戦略では、「生活を変える投資」をテーマに、「発展的」「責任ある」「革新的」「永続的」という4つの優先項目を設定。注力分野は、インフラ、金融機関、食品・農業、製造、建設、健康、教育。地域的には、アフリカと南アジアの2地域に投資を集中させるとしていた。

2021年末年のCDCの投資データ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(最終アクセス日:2022年9月6日)からも、これら分野・地域への注力度合いが見て取れる。分野別では、投資総額の34%を金融サービス、25%をインフラ、7%を健康、5%を製造、5%を食品・農業、3%を建設・不動産、2%を教育に投じた。残る18%は、最も困難で脆弱(ぜいじゃく)な地域を支援する各種プロジェクトに振り当てられた。

2021年単年では、投資額の40%をインフラが占めた。これに、金融サービスが26%、通信技術が11%で続いた。地域別には72%がアフリカ地域、27%が南アジア。さらに国別ではインドが28%で最大。次いで、ナイジェリア7%、ケニア5%が続いた。

また、2017~2021年の実績PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(7.69MB)には、新型コロナウイルス感染拡大への対応として貿易金融機関の支援に充てられた3億500万ポンドが含まれる。また、ジェンダーに配慮した投資として、G7諸国の開発金融機関とともに「2Xチャレンジ」を創設。この基準を満たす案件に5億ポンドを、気候変動対策資金に7億ポンドを投じた。

新戦略で対象地域を大きく拡大し、気候変動対応にコミットメントを強化

新戦略では、より包括的なアプローチを採用するとして対象地域を拡大。具体的には、インド太平洋とカリブ海諸国を含めた。英国は、今後10年間で地政学的・経済的重要性が増すとされるインド太平洋地域を重視していく姿勢を示している。英政府が2021年3 月に発表した「統合レビュー外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」でも、同地域における安全保障の確保と貿易関係の深化・拡大の両立を目指すとしている。

こうした状況下、インドネシアやタイ、マレーシア、フィリピン、パプアニューギニア、ラオスなどが対象国に追加された(注3)。特に、フィリピンやインドネシアといった経済大国や、ベトナム、カンボジア、ラオスなどを含むメコン地域を重視。BIIはインド太平洋地域において、再エネによる電力部門の脱炭素化と強化、水・衛生分野への投資支援のニーズが強いとの認識を示している。また、2026年までに、同地域での気候変動対策資金として最大5億ポンドを投じる意向を示した。

気候資金や気候変動関連リスクへの対応も強化した。気候資金に関し新たに数値目標を設定し、新規コミットメントの30%を気候資金に充てるとした。これにより、2026年までに30億ポンド超が気候変動対策に投じられると見込む。この中には、国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)で発表された「気候・イノベーション・ファシリティ」も含まれている(注4)。また、対象地域を拡大したことにより、アフリカに加えてインド太平洋地域に、グリーンおよび再エネのインフラ開発資金を誘導。この同地域で、BII以外の資金を含めて世界最大規模の気候変動投資が進められることを目指す。

直近でも相次いで投資を発表

次に、2022年4月以降にBIIが関与したプロジェクトを概観する。

まず当年4月、スイスのアセットマネジメント会社イノックス・キャピタル(INOKS Capital)と連携。「トレード・アクセス・プログラム(TAP)」を発足させた。BIIは初期資金として2,500万ドルを拠出している。同プログラムでは、特に農業・食品分野の、アフリカの中小企業、アグリテック、フィンテックに対し資金提供する。また、「2Xチャレンジ」の基準(注5)に従い、金融アクセスの改善や女性の経済参加の促進に考慮した投資を進めるとした。

5月には、米金融機関シティとの間で、アフリカ企業向けのサプライチェーンファイナンス向けに1億ドルのリスクシェアリング融資を提供することについて合意。このプロジェクトの対象になるのは、中小規模のサプライヤー、十分な支援が受けられていない企業、または社会・経済的に疎外された企業だ。

また、ノルウェー開発途上国投資基金(Norfund)とともに、ノルウェーの再エネ電力会社スキャテックの合弁事業に参加。アフリカ全域(ルワンダ、マダガスカル、マラウイを含む)での水力発電プロジェクトに最大1億6,200万ポンドを投資すると、6月に発表した(2022年7月4日付ビジネス短信参照)。

また7月7日には、インドの大手自動車メーカー、マヒンドラ&マヒンドラと連携。同社が設立したEV合弁事業に2億5,000万ドルを投資すると発表した。同国やその他の市場でEVの普及を促進することを目指す。

スイスのシンバイオティクスとは、7,500万ドルのグリーン・バスケットボンド(注6)を6月に発足した。シンバイオティクスは、インパクト投資プラットフォームを提供する企業だ。アフリカや南・東南アジアの中小零細銀行を通じ、小規模なグリーンプロジェクトに資金を提供する。具体的には、エネルギー効率の高い機器(EVなど)、建物のエネルギー効率改善(屋上用太陽光パネルの設置など)、持続可能な農業、などが想定される。対象地域としては、アフリカ諸国、インドのほか、新戦略で対象国として追加されたインドネシア、フィリピン、ベトナム、カンボジア、ラオスなども含まれる。

BIIは新戦略で、コミットメントを強化した気候変動対応について、プロジェクトへの支援を相次ぎ表明した。その中には、水力発電などの再エネ導入、EV、持続可能な農業などが含まれる。一方、新戦略に盛り込まれたインド太平洋、カリブ海地域への拡大については、現時点では事例が多くない。これらの地域への拡大を実現できるかが、開発途上国の気候変動対応で英国が存在感を示すことができるかを左右する1つのカギになりそうだ。


注1:
BIIは、新戦略を2021年12月に開始した時点でCDCグループだった。英政府は2022年4月、CDCをBIIに改組した。
注2:
世界銀行の定義によると、個人や企業が、責任ある持続可能な方法で提供される有用かつ手頃な価格の金融商品やサービスを利用可能であること。
注3:
新たに追加された国の全リストは、新戦略PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(3.27MB)の51ページ目の表の「New countries」欄を参照。
注4:
「気候・イノベーション・ファシリティ」は、コミュニティの気候変動対応支援に向けた2億ポンド規模の基金。
注5:
「2Xチャレンジ」の目的は、女性のエンパワーメントと経済参画を支援するところにある。そのために女性へのインパクトを測る基準として、「起業」「リーダーシップ」「雇用」「消費」「金融仲介機関を通じた投資」の5項目が設定された。
表「BIIの新戦略(2022~2026年)に盛り込まれた3つのインパクト目標」も参照。
注6:
複数企業の少額債務証券をまとめたもの。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所(執筆時)
オステンドルフ・七海・ありさ(おすてんどるふ・ななみ・ありさ)
2021年8月、ジェトロ・ロンドン事務所入所。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
山田 恭之(やまだ よしゆき)
2018年、ジェトロ入構。海外調査部海外調査企画課、欧州ロシアCIS課を経て2021年9月から現職。